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設定話ついでのその後②告白できなかった男

 箱詰めにされた男は何を想えばいいのか。

 真っ暗な箱の中、ヴェルナーはほうっと溜息を吐いた。


 この状態となった溜息では無い。

 彼はここから解放される事を知っているし、その気になればこんな箱など彼は自分の力で粉々にできるのだ。


 彼が吐いた溜息は、今度こそ、という気合のためのひと息である。


 彼は出会った少女に恋をしてから、自分をでくの坊としか見ないその少女の気持を変えるために、何度か告白を試みているのである。

 彼が気合を入れようとしているのは、今度こそ失敗しないぞ、という意気込みに他ならない。


 彼は今まで失敗続きなのだ。


 例えば、出会ってすぐの頃、彼は彼女の瞳と同じ色の花を学園の敷地の一角に絨毯のように植え、高台から彼女にその花の一群を臨ませようと試みた。


「俺の好きな風景だ。君の瞳を見つめているようで好きなんだ」


 その台詞は前半部分しかアダリーシアに言えなかった。

 彼が作り上げた風景を気に入ったカップルによって、その場所をラブシーンをするための絨毯にされてしまったからだ。


 それ以降も、ヴェルナーはアダリーシアを誘い、なんだかんだと告白しようと試みたが、いつも邪魔が入るばかりだった。

 彼女を誘う手紙も贈り物も、全て届いていなかったのだから仕方がない、と、彼は今度こそ普通の溜息を吐く。


「俺は呪われているよ。告白一つ上手くいかない。遊び人のユリウスに相談するのも癪だし。相談できそうな王子様連中は全員奥手の童貞君ばかりだし」


 ガッツン。


 黙れ、という風にヴェルナーが閉じ込められている箱が衝撃を受けた。

 ヴェルナーは自分の監視者には見えなくとも、嘲るように両目をぐるりと回した後、暗すぎる箱の中で右手の手のひらを顔の上で開いた。

 指先に仄かな白い明かりが灯り、暗闇の世界を薄暗がりにする。


 彼の胸の上に乗せ上げている左手は、ケーキ事件と同じ箱に添えられている。

 図書館で想いが通じ合ったからこそ、ちゃんとした告白をするべきで、あの日の失敗をやり直そうと用意したものである。


 しかし、と、彼は自分の右手を眺める。


 彼の右手を使った事は初めてだった。

 できるとはわかっていたが、実際に為したことで、この右手を封印して良いものかどうかと、彼は悩んでしまっているのだ。


 ヴェルナーは女子寮での事件と被害者の状況を知るや、誰にも見咎められない早朝に病院へと忍び込んでいた。

 そしてことを成したのだが、彼は現実に押しつぶされたのである。


 病院には焦げたマッチ棒状態のリリーだけでなく、治らない病で苦しんでいる人々でごった返ししていたのだ。

 聖女の力ならば治せるかもしれない人々が。


「どうしようかな」


「悩む事は無い。そんな力など、消してしまえるならば消してしまえ。一人助ける度に寿命も一年削られるのだろう?そんなものは君にも、他の人間にだっても不要な能力だ」


 ヴェルナーは彼の呟きを盗み聞きしただけでなく、答えをくれた相手に感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

 例え、その相手がヴェルナーが閉じ込められている箱の上に座り、捕虜ヴェルナーを見張っている人物であろうと。


「君はもうその力を大いに使った。リリーの怪我を癒したんだろう?だったらいいじゃない。これから先は医術が進歩していく事を望もう。相手が我が父でもね、自分の命を削ってまで助ける価値は無いんだよ」


 考え方が誰よりも進歩的で、そこが悪魔的だと、ヴェルナーは年下の従弟の物言いに笑っていた。

 誰かに恋をして能力を失う選択をしたはいいが、ヴェルナーはそれが自分勝手ではないかという罪悪感を抱いてしまったのだ。

 それをアロイスはヴェルナーから吹き飛ばしてくれたのである。


「アロイス。君はいつから知ってた?俺に聖女の力があることを」


 ゴゴン。


 箱を大きく蹴る音が立ち、ヴェルナーは一瞬だけビクッと震えた。

 今は黙れと、アロイスがヴェルナーに教えようとしているのか。

 ヴェルナーはそう考えたのである。

 病院でヴェルナーを捕まえ、ヴェルナーを箱詰めした男がいるのか?


 ゴンゴンゴン。


「アハハハ。従兄の中で一番の武闘派なのに、持っているのが聖女の力!!」


 ヴェルナーはぎゅっと目を瞑った。

 アロイスが無邪気な子供みたいにして、単に手足をバタバタさせて笑っていただけらしい。


「中に人がいるんだ。もう少し気を付けて笑え!!」


「アハハ。ガミガミ婆さんみたいだあ。やっぱ聖女だからかな?」


「この性悪め」


「いいじゃない。僕から初恋の人を奪っちゃったんだから」


「――すまない。知らなかった」


「いいよ。アダリーシアこそ僕との出会いなんか覚えていないもの。酷いよね。僕は王子様でそれなりに目立つ外見なのに、全く記憶に無いんだから」


「どこで知り合ったんだ?」


「王城での僕の五歳の誕生会かな。おめでとう、って僕に可愛く言ってくれた。僕は灰色うさぎさんみたいな可愛い子だなって思った」


「そこから好きだったのか」


「氷姫なんて呼ばれている子がいるって聞いて、見に行って思い出して思ったんだ。運命かなって」


「君も出会いなんか綺麗に忘れていたじゃないか。そこで運命主張するなら、俺こそ君の誕生会どころかイベント全部に出席してたぞ?」


「うん。だから失敗だったな。気に入った時に婚約者に決めれば良かった」


「アロイス?」


「わかったでしょ?行動あるのみだよ。でも行動でもね、この間みたいに彼女を侮辱をしたら、僕はそれなりな仕置きを君にするからね」


「あの日はお前のせいであいつを追いかけられなかったんじゃないか!!」


「ハハハ。アダリーシアに謝罪するためだけに、強面のヴェルナーさんがけなげに魔法薬研究室に隠れて待っていたなんて僕は知らないもの。僕が知っているのは、酷い悪戯をアダリーシアに仕掛けて虐めたってことだけ。あの日の僕は、彼女を守れるのは自分しかいないって気負ってたしね」


「そうか、そうだよな。俺が悪かったんだよ」


「君がそう考えるのはベルに叱られたから?」


「違うよ」


「そう?僕は叱られたよ。ユーフォニアに寂しいのって丁度相談を受けたところだったからね、良い口実になるかなって思ったの。そしたら、それはしちゃいけないのよって、すごい剣幕で怒られた。メチャクチャ怖かった。イエルクって美人だったら何でもいいのかな?」


「――君は実は反省して無いな」


「反省は死んでからするもの、でしょ。さあ、そろそろ僕達のお姫様の登場だ。今度こそしっかりやりなさいよ。兄弟」


「感謝するよ。兄弟」

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