設定話ついでのその後①魔女裁判の仕掛け の続き
生徒会室に不機嫌そうな凶悪な声が響いた。
ユリウスはその声がいくら不穏でも、男だったら誰でも欲しいと望むような恰好の良い声だと思いながら声がした方へと振り返る。
そこにはうんざりした風情で、壁にもたれて居る黒ずくめの男がいた。
黒い軍服につけられている階級章によれば、少佐、である。
その上彼は、男でも惚れそうなほどの麗人だった。
だがしかし、その見るからに不機嫌そうな男は、ユリウスどころか彼以外の生徒会メンバーなど目もくれず、アンドレアスだけを虫を見るような目で睨んでいた。
ユリウスはそれは仕方がないと思った。
アンドレアスが言うように、聖女に不逮捕特権があるならば、その聖女を捕らえる役目となる人間が多大な面倒を被ることが予想される。
上級軍人を顎で使えるなんて、やはりアンドレアスはそれなりの政治力を持っているのだな、とユリウスは空恐ろしい気持ちだ。
子爵でしかない彼が好き勝手に振舞えるわけだ、と。
「僕に感謝しなさいよ。三年前のクーデター事件の関係者。レニー・セファルを見逃した失態が取り戻せるんだ」
「レニーがいたのか?」
「本気で気が付かなかったとは。軍人はこれだから。見る影もない老けっぷりだが、君の恋人の愛人でしょ」
少佐は、忌々しそうに歯噛みする。
そしてユリウスは、初耳だとアンドレアスに尋ねていた。
政治力など関係ない話だったな、と、少々気楽になりながら。
「何ですか?三年前のクーデター事件?」
イエルクがそこで、咳ばらいをして見せた。
それはイエルクがユリウスに、黙れか、口を挟むな、とけん制するためのものだとユリウスは受け取ったが、ユリウスはそれで黙る青年では無い。
それで黙るようならば、彼はアンドレアスを実家の不審死事件に巻き込んでいないのである。
「教えてくださいよ。三年前のオットー・アエミリアの反逆事件が、どうして今ここで関係しているんですか?」
「エルバインスト会の会長がオットー・アエミリアに傾倒して、奴を匿っていたんだよ。俺はエルバインスト会に選出されたことを無邪気に喜んだけど、蓋を開けたらそれでしょ。ヴェルナーが機転を働かせてくれなかったら、今頃の俺は人生積んでたね。ブルーノ達の退学は、それで、だよ」
ユリウスはマルクを見返す。
マルクは自嘲するような笑みで口を歪め、ユリウスに肩を竦めて見せた。
「俺を会から追い出した勇者ヴェルナー様は、そこの少佐とアエミリアの逮捕に動いてたそうだ。ガキはお呼びじゃ無いってさ」
「君がエルバインスト会から追い出されたのはそれが理由だったんだ。で、あいつは、自分だけエルバインスト会に残って、それで俺達と親交も絶って?格好良すぎてムカつくな」
「あ、でも、三年前は僕んちの一番上も関わってるからね。たぶん、全部叔父さんの仕込みなんだと思うよ。でもって、当のヴェルナーはそこまでわかってない」
「ああ、馬鹿。口が軽すぎるぞ、アロイス」
「いいじゃないの。僕達はみんな同士でしょ。同士は絆を深めるために情報を共有するべきだって、我が争闘に書かれてたよ」
「それは禁書となったアエミリアの著書じゃないか」
ユリウスとマルクは両手で顔を覆ってしまった第二王子を見つめ、その隣であっけらかんとしている第三王子との対照がすさまじいと同情した。
第一王子は恋愛脳のぼんくらで、第三王子は悪魔の落とし子、その間の二番手は常識人の苦労人とは、と。
「おい。それでレニーか?確かに三年前のあの女は男を手玉に取れるぐらいのいい女だったが、王子を誑かした相手は違うだろう?」
少佐の声は不機嫌なものでは無くなっていた。
しかし、アンドレアスに尋ねる立場となったのは物凄く不本意、という雰囲気は、ユリウスには手に取るようにわかった。
アンドレアスも同じであったのであろう。
相手の不本意が物凄く嬉しい、と見るからにわかる笑みを顔に作ったのである。
「違うね。だが組み合わせは一緒なんだよ。レニーとその娘、だ。三年前はレニーとその妹だったかな?」
「すいません。僕の兄が恋人だって連れて来た子は金髪で、確かにユーフォニアに似た顔立ちだった気がしますけど、今のユーフォニアよりも年上ですよ。あれから三年経っているんでしょう?」
「アロイス王子、若返りの魔法は聖女の十八番です。そしてそれが出来るならば、年を重ねる魔法も使えるでしょう」
アロイスは楽しいおもちゃを見つけたように目を輝かせたが、少佐は自分の頭が禿げあがる勢いで自分の頭を片手で掻きむしりながら罵り声をあげた。
「くそ。当時若返っていたレニーは本来の年齢の姿に戻り、逆に聖女の方は幼い姿になって身を隠していたのか」
「そう。聖女は悪い事をしない。そんな固定概念で騙されちゃってたねえ」




