三章 遣らずの雨
国王は抜いた剣を床に軽く差した。
「最後のチャンスだ。本当にその選択で後悔しないのだな?」
国王は変わらず笑顔のままバルト達に聞いてくる。
「どうせするなら、自分が納得できる後悔を選びたいので」
バルトはにこやかに返事をした。
「では仕方ない。死ぬほど辛い圧力をかけさせてもらう」
「圧力なら十分……っ!」
バルトは目に見えない壁に上から押し潰される様な感覚を覚えた。ハンナ達を見ると同様に、苦しそうに床に膝をついている。
あまりの圧力に肺が押しつぶさられそうになり魔法の詠唱さえ出来そうにない。
圧力って精神的なものじゃないのかよ……!
バルトは強くなり続ける圧力に潰されそうになりながら国王を見た。国王が、床に差した剣の先に小さく魔方陣が浮き出ているのが見える。
魔法名は分からないが、対象空間にいる全員が効力を受ける無属性の空間魔法を展開していることが分かった。
つまり、バルト達は身体的な拘束により、魔法も物理攻撃も出来ず、反撃のチャンスさえ与えられてないのだ。
バルトの体に限界に近い強い圧力がかかり、次第に意識が遠退いていく。
畜生……これまでか……
「遣らずの雨!」
リリィの力強い声が響くと同時に、赤い雨がバルト達に降りそそそぐ。
するとバルトの体は一気に軽くなり、同時にハンナ達も動けるようになっていた。
むしろさっきより体が軽いくらいだ。
「この魔法を押しのけ……珍しい魔法を使うのだな。相手の魔法を自分達に都合の良い効果魔法に書き換える。相手の魔法が強いほど都合が良い」
「随分物知りね。陛下には悪いけど、私はバルトの進む道を一緒に歩きたいの。邪魔をするなら陛下でも敵と見なすわ」
リリィが弓を構えながら陛下を睨み付けた。
「私の敵なら、君達は国民の敵と言うことになるな……もはやただの冗談でしたでは収まらんぞ」
国王は剣を静かに引き抜き、軽くその場で振り落とす。
「風のゆりかご!」「キャス!」
召喚されたキャスがバルトを体に乗せ、パーティーの一番後ろへ連れていく。
バルトのいた場所は、ハンナの風のゆりかごを突き破って床に大きな穴を開けていた。
「良く魔法攻撃だと分かったな。なかなか見所のあるパーティーなのにもったいないことだ……」
「バルト君を攻撃するまでは黙ってたけど……こっからは国王だろうが関係ないよ。これ以上何かするならぶち殺す」
「私は教会の人間なので、神とバルトさん以外は皆様平等です。国王様だからといって特別扱いは出来ませんわ」
ハンナとクリスもバルトの前に立ち、戦闘体制に入る。
「キャス!あのおじさんを噛み千切って!」
「分かりました!」
クリスの命令と同時に、キャスは国王目掛けて飛びかかっていった。
「良き使い魔だが、このレベルでは話にならん」
国王はキャスの攻撃を軽く避け、思い切りキャスに蹴りを入れる。
キャスは一瞬でバルト達の横を通りすぎ、後ろの壁に激突した。
「キャス!」
バルトは急いでキャスに駆け寄ろうとする。
「バルト君!キャスは大丈夫だから、今は動かないで……お願い」
クリスがバルトを制止した。
「でも!……いや、すまん……」
何も出来ないにも関わらず動けば、ハンナ達は俺を守りづらくなる。
バルトは、何も出来ない自分が心底憎かった。
「威勢が良いのは結構だが、状況把握を正確に出来ないのは減点だ。ここが騎士団本部なのを忘れたのか?勝ち目など最初からないのだよ」
「ははっ!僕達の事色々調べて詳しいみたいだけど、肝心なところは分かってないんだね」
「分からなくとも……状況はかわらない。いい加減意地を張るのは止めて、諦めたらどうかね?」
「勝つことなど最初から諦めてますわ。別に私達は最初から勝とうなんて思ってません」
「謎かけをしてるわけではない。悪いが終わりにさせ……」
国王が剣を振り上げた瞬間、バルト達は国王の前から消えた。
「上級の転移魔法……あの使い魔で助けを呼んだか……」
キャスを蹴り飛ばした方向を見ると、キャスの姿はすでになかった。
国王の顔から笑みが消え、氷のような冷たい表情に変わる。
「このまま逃がすと思うなよ……糞ガキ共が……」
国王が壁を軽く剣で刺すと、壁一面が崩れ落ちた。
バルトが瞬きをした次の瞬間には、知らない森の中にいた。
「あれ?国王は?」
辺りを見渡したが、ハンナ達の姿もなかった。
まさか……ここは天国か!?サキュバス店に行けてないのに?
「ふざけんじゃねー!俺はまだ童貞だったんだぞ!あの糞国王呪い殺してやる!」
バルトは森中に響くような大声で叫んだ。
「兄ちゃんは、相変わらずぶれないねぇ」
いきなり横から声がして振り向くと、黒のワンピースを着た金髪ロングの可愛い幼女が立っていた。
「天使ですか?」
「天使?あたしが知る限り違うよ。そうか……この姿で会うのは初めてだったかい」
幼女はクスクスと笑うと、バルトの肩に飛び乗り肩車をさせた。
「この姿?意味が分からないのですが……」
「別に大した話じゃないから、気にしなくてえぇよ。それにしても、兄ちゃん本当に男かい?あたしを肩車してるんだよ?」
「確かに美少女を肩車するのは幸せだけど、俺はサキュバスのような女性がタイプなので」
バルトは困惑しながら答える。
「サキュバスねぇ……ふふっ……兄ちゃんは本当に飽きさせない男だね」
少女が笑いながら、足をパタパタとさせた。
「とりあえず歩きながら話そうかい。このまま北に歩いておくれ」
「はぁ……」
バルトは状況を全く理解できなかったが、この少女が手掛かりになることは確かだと思い、言われるがまま歩き始めた。
「いきなり兄ちゃんが真横に現れたから驚いたよ。何をしてたらそんなことになるんだい?」
「まぁ、色々と……お嬢さんこそ、こんな森で何をしてたんだ?」
「別に大したことじゃないさ、少しばかり気になることがあったでね」
この子が助けてくれたわけじゃないのか……
少しは状況が分かるかと期待したが、それはかなわなかった。
「あ!あと、良い忘れたことがあるさね」
「ん?何かな?」
「魔物が後ろから走ってきとるぞ」
「…………え?」
バルトが恐る恐る後ろを振り返ると、魔物が凄い勢いでこっちに走ってきていた。




