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19.この、灰色の世の中に花束を!

 叶瞳は、配られて来た社内報にざっと目を通すとさも関心なさそうにそれを仕事机の隅の方に放った。

 「あら? 随分とぞんざいに扱うのね」

 それを見て、偶々近くに来ていた立石がそう話しかける。

 「記事に何か問題でもあるのかしら?」

 それを聞いた叶はいかにも面白くなさそうな顔で「別に、私はいつも社内報なんて真剣に読んでないわよ」と返す。

 「それにしても、今の放り方にはちょっとばかり悪意を感じたけど?」

 「今時、紙媒体の社内報なんてって思っただけよ。まったく、うちは本当にシステム会社なのかしら?」

 それを受けて立石は淡々と言う。

 「社内報って何故かWeb化があまり進んでいないらしいわよ」

 そして、断りも容れずに叶の社内報を手に取り、パラパラとめくり始め、あるページで手を止めると「仕合せそうじゃない」とそれを見せながら叶に言った。

 そのページにはウェディング姿の如月音と白いタキシードを着た浦田一の写真が載っていて、二人はまったくあか抜けていないはにかんだ笑顔で笑っていた。

 「ええ。良かったわ」

 と、それに叶は返した。しかしそれは言葉とは裏腹にあまり祝福しているようには聞こえなかった。

 こういう面での演技は彼女はとても下手だ。

 自分の感情に嘘をつくのも。

 「良かったの?」

 と、そんな彼女の様子に呆れながら、それでいて軽く同情しながら、立石はそう尋ねた。すると、やや逡巡しているかのような様子を見せていたが、やがて観念したのかまるで白状でもするかのように叶瞳は言葉を吐いた。

 「“良かったの?”も何もないわ」

 「何が?」

 「私、仕事の為だったら、自分の親だって犠牲にしかねない仕事人間よ? でも、浦田さんはそんな選択肢なんてまったくないみたいだった。どう考えても私には無理」

 そう言い終えると、叶は肩を竦める。

 「どう考えてもお似合いよ、この二人は。割れ鍋に綴じ蓋。私に入り込む隙なんてまったくない」

 それを聞くと「そうなの?」と言ってから、立石は社内報の写真の二人を見つめた。それから、

 “誰かを不幸にする道を選ぶなら、あなたにだってチャンスはあったのじゃない?”

 などと思ったが、それを口に出しはしなかった。

 それから立石はほんの少しだけ如月と浦田の二人に興味を持ったが、運行チームのフロアにまで足を運ぼうとは考えなかった。どうせ行っても二人ともいないのを知っていたからだ。そんな立石の心中を察したというわけでもないのだろうが、そこで叶は口を開いた。

 「それよりも、覚悟しておいた方が良いわよ。今、なんかシステムトラブルが起こったら、運行の連中は、こっちに助けを求めて来るかもしれないんだから」

 「そんなの城之内が嫌がるのじゃないの? プライド高そうじゃない」

 「あいつはそーゆータイプでもないのよ。多分、色々と言い訳して、こっちに責任を押し付けるような感じで“トラブル対応しろ!”って迫って来るわ」

 「そんなの跳ねのけちゃえば?」

 「それはそれで面倒。くだらない言い争いをしているくらいだったら、まだトラブル対応をしていた方がマシよ」

 「まぁね。しかし、運行チームの体制も問題ありよね。浦田さん一人欠けるだけで、直ぐにピンチなんて。こっちがどうこう言う話でもないけど」

 それに軽く叶は頷いたが、それから「多分、それは向こうも分かっていると思うわよ。城之内以外は“話せる”メンバーだから」とそう言った。

 

 運行部署のフロア。

 「――しかし、いざという時に浦田さんに頼れないってのはやっぱり心細いですね」

 そう言ったのは村上だった。それに対して麻倉が言う。

 「そう思うなら、努力してスキルを身に付けなさいな、村上君。たった一人いなくなるくらいで、運行が危うくなる体制は問題だって分かっているでしょう?」

 「いや、もちろん、日々努力はしていますけどね」

 と村上が答えると、そこに霧島がこう続ける。

 「……技術力っていきなり上がるもんでもないですしね」

 いつもは勝気な彼女だが、どうやら技術的な課題にぶつかってしまっている最中らしく、弱気になっているようだった。恐らくは、浦田に相談がしたいと思っているのだろう。頭を抱えている。

 軽くため息を漏らすと、

 「今、電話をかけたら、流石にまずいですよねぇ?」

 そんな事まで言った。

 「こらこら、新婚旅行の間くらい、仕事のことは忘れさせてあげなさい」

 その発言に、そう言ったのは木戸。そこに村上が続ける。

 「でも、案外、浦田さんも仕事の事が気になっているかもしれませんよ」

 それに麻倉が「否定はできないわね」と返した。

 「けど、だからこそ、せめて新婚旅行の時くらいは、仕事は忘れさせてあげたいとも思うけど」

 「ですね。結婚したら、お母さんの介護は如月さんに任せられる訳だから、残業もできるようになるはずだし、浦田さん」

 そう言った村上に「それを期待しているのは、君だろう」と木戸が言った。その後で霧島が口を開く。

 「だけど、浦田さんが仕事をバリバリやり始めたら、もしかしたら、出世してしまうかもしれませんね」

 皆はそれを聞いてしばし黙る。

 そして、ワンテンポの間の後で、

 「そういうタイプでもないかー」

 と、一斉に口を開いて、笑い合った。

 責任感のあるなし仕事のできるできないと、出世するしないはまったく別の話で、そして浦田は責任感もあって仕事もできるけれど、まったく出世するタイプではない。

 そして、もちろん、出生したからといって仕合せになれるタイプでも。

 多分、だから如月のようなタイプの女性が彼には合っていたのだろう。ある種の人間達には決して分からない事かもしれないが。

 「残業できるようになったと言っても、多分、浦田さんは、如月さんに気を遣って、そんなに遅くまでは仕事をしないのじゃないですかね?」

 そう霧島が言った。

 

 「――仕事のことを考えていませんか?」

 

 青い空と青い海が見えるラウンジ。ボーっとしている様子の浦田に向けて、如月音、今は浦田音がそう言った。

 何か誤魔化せば良いのに、浦田は「いや、ごめん」と素直にそれを認めて謝罪をしてしまう。

 軽くため息をつくと「別に怒ってはいませんよ、分かっていましたし」と彼女は返す。それから微笑みを浮かべてこう続けた。

 「仕事とは完全に切り離せるように沖縄にしたって聞いた時から、多分、無理だろうなとは思っていました」

 「ははは」とそれを聞いて浦田は笑う。

 「いや、ごめん。こんな俺で」

 「――何を言っているのですか?」

 そう如月は言う。

 「私は充分に仕合せですよ。まるで夢じゃないかと思えるくらいに」

 それからまた微笑む。

 「私、この世の中は灰色なんだってずっと思っていたんです。自分は、そんな灰色の世の中を我慢しがら生き続けるしかないんだって。

 或いは、今もそれは同じなのかもしれません。でも、それでも、そんな自分の人生にも花束くらいはあるんだって今はそう思えるようになったんです。

 ――そして、その花束は、そんな灰色の世の中だからこそ、とても綺麗に見えるのじゃないかとも」

 それから如月はそっと浦田の手を握った。体温が柔らかく伝わって来て、それを互いのやさしさの象徴のようにお互いが感じ合っていた。

 「そういえば、母さんは、今頃どうしているかな?」

 少しの間の後で、照れ隠しなのか、浦田はそう呟くように言った。新婚旅行の間、母親の世話は介護ヘルパーに任せているのだ。

 「お母さんのことも考えていたのですね?」

 と、それに如月。

 「――いや、ごめん」と、浦田はそう言いかけたのだが、それよりも早く如月はこう言った。

 「いえ、それは私もです」

 そしてそれから、二人とも笑い合った。

 

 ――この、灰色の世の中に花束を!

 

 その二人の笑顔には、或いは、そんな言葉が似合っているのかもしれなかった。

 

 終わり。

今まで恋愛で長編を書いたことも自分の仕事を活かした話で長編を書いたこともなかったので、ちょっとばかり作ってみました。

もちろん、いつも通り何かしらメッセージ性を埋め込んで。


「”なろう”では、こーいうのは人気ないのだろうな」

と思っていたのですが、自分で思っていたよりはアクセス数があって

嬉しかったです。

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