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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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女王陛下と騎士






「陛下、アーサーベルト団長とキリク・マルベール副団長が面会に見えています」


イルミナは、執務中の手を止めて報告してきた近衛兵の顔を見た。



「マルベールも・・・?」


そして手元の書類のなかで急ぎのものがないことを確認し、それらをまとめはじめると近衛兵に一つ頷いた。


「わかりました。

 丁度時間も空いたので、応接間に通してください。

 私は書類をまとめてから行きます。

 それと紅茶一式を持っていくように誰かに手配願えますか」


「かしこまりました」


いつもであれば執務室にそのまま通すが、今回はアーサーベルトだけではない。

呼んだのは自分だが、マルベールもいるとなると何か大切な話があるのだろうと考えたイルミナは、隣接している応接間に通すように言った。

それにすぐさま了解の言葉を言い、近衛兵はアーサーベルトたちを案内するために部屋を出る。


イルミナはその後ろ姿を見送ると、自身もその体を動かした。








アーサーベルトとキリクは、イルミナに指定された応接室で待っていた。

入室したその少しあと、メイドが紅茶を乗せた台車を持ってきたが淹れることなく退室するその姿に、キリクは内心で首を傾げる。

アーサーベルトは慣れているのか、何も言わずに椅子に腰を掛けていた。

そうこう立ったまま考えていると、イルミナが入室してきた。


「アーサー、待たせましたね」


「突然申し訳ありません、陛下。

 少しお話したいことがありまして」


アーサーベルトはイルミナを視界に収めるとすぐさま立ち上がり、イルミナに席を促しながらそう言った。

その忠犬のような姿にキリクは目を見開く。

確かに忠誠を誓ったとは聞いているが、ここまで細かな配慮が出来る人だったのかと若干失礼にも取られないようなことを考えていた。


「気にしないで座ってください、アーサー。

 呼んだのは私なのですから。

 マルベール副団長、どうぞ座ってください。

 立たれたままでは私も気にしますので」


「・・・は」


イルミナの言葉に、キリクは恐る恐る用意されていた椅子に腰かけた。

それでも深く腰掛けることはなく浅く座る。


「マルベール殿、

 紅茶はお好きですか?」


「は?

 ・・・え、えぇ、まぁ、飲みますが・・・」


イルミナは、キリクの答えを聞くと紅茶の用意をし始めるその姿に、キリクは慌てて声をかけた。


「へ、陛下!?

 お、俺がっ、いえ、自分が用意しますが!!」


慣れた様子で用意しているが、いくら何でも王族・・・ましては相手は女王陛下だ。

アーサーベルトが大人しく待っていることにも驚きを隠せないが、キリクは挙動不審になりながら進言した。


「キリク、お前紅茶の淹れ方を知らないだろう。

 陛下の紅茶は美味しいぞ。

 待っていろ」


アーサーベルトはそういうが、キリクは気が気ではない。

というより、慣れ過ぎではないのだろうか、この団長は。

まさか、毎回陛下手ずから淹れてもらっているのだろうか。


「陛下、私が・・・、

 いえ、メイドの方に用意させますので・・・」


キリクがそう進言するが、イルミナは微笑みながら首を横に振った。


「いいえ、マルベール殿。

 私は紅茶を淹れるのが好きなのです。

 よろしければ淹れさせていただけませんか」


「・・・まことに、光栄に存じます・・・」


キリクはイルミナの言葉に渋々引き下がらざるを得なかった。

淹れるのが好きというのに嘘はないらしく、その姿はメイドたちと遜色ないくらいに手慣れていた。


キリクは、イルミナの紅茶を淹れる姿、というより彼女そのものを見ていた。

伏せられた長い睫毛は頬に影を落とし紫紺の瞳は見えづらくなっている。

薄めの唇は僅かに口角が上がっていて、楽しそうしていると思った。

かっちりとしたドレスではないが、だからといってだらしないという印象もない。

ただただ、動きやすさを考えたシンプルなドレスだ。

黒く長い髪は、緩やかに纏められ背中に流されている。

メイドたちが丁寧に手入れをしているだろうその髪は、日の光に当たると青っぽく見えた。


―――本当に不意にだが、その姿がとても美しいと思った。


確かに妹姫の美しさは群を抜いていた。

庇護欲が生まれる彼女のその容姿は、妖精姫と呼ばれるだけのことはあった。

誰が見ても美しかった妹姫、しかし人形のような美しさでもあった。


目の前の彼女は、妹姫と比べると確かに花はないのかもしれない。

しかし、ふとした瞬間に驚くほど美しく見えるのだ。

知らぬ間に・・・そう、気付けば大輪の花が咲き綻びはじめているような美しさは、生きているからこそ流動的に感じられるのだ。


「―――どうぞ」


「!!

 あ、ありがとうございます!!」


ぼんやりと見ているうちに、どうやら紅茶を淹れ終えたらしいイルミナが自らカップとソーサーをキリクの前に置く。

そういえば、顔なじみのメイドがイルミナは世話のし甲斐が無いと嘆いていたのを思い出す。

たしかに、これではメイドの仕事などほとんどないに等しいだろう。


「美味しいです、陛下。

 リリンですか?」


一足先に飲んでいたアーサーベルトは、ほうとため息を吐きながら穏やかに微笑む。


「えぇ、

 やはりすっきりとした後味が好きで・・・。

 マルベール殿、もし苦手なようでしたら言ってくださいね。

 取り替えますので」


「は、はぁ・・・」


キリクはイルミナの淹れてくれた紅茶を一口口にする。


「―――これは・・・」


口に含んだ瞬間、何とも言えない爽快感が鼻を抜けていった。

だからといって、気つけ薬のような刺激があるわけでもない。


「どうですか?

 アウベール特産のリリンという葉から作ったものです。

 好き嫌いが分かれるものなのですが・・・マルベール殿はどうですか?」


「とても、美味しいです」


そう、書類仕事をしているときや後なんかに飲めば、きっと気分転換になるだろうとすぐさま思いつくくらいには、キリクはその紅茶を気に入った。


「よかった。

 マルベール殿は書類仕事をよくしていると聞いていたので。

 これだと眠気覚ましにもなるでしょう?」


「それはもちろん!

 陛下、自分にもこれを分けてはいただけませんか?」


「もちろんです。

 後でメイドに届けさせますので、どこに・・・」


「コホン」


イルミナとキリクが予想外にリリンの紅茶で盛り上がるその横で、アーサーベルトはいかにもわざとらしく咳をした。


「・・・団長。

 大人げないですよ」


「煩い。

 そもそも紅茶の話をしに来たのではないだろうが。

 本題を忘れるな」


少しだけむすりとしたアーサーベルトに、イルミナはくすりと笑みを零しながら執務室にあった焼き菓子を差し出した。


「よかったらつまんでください。

 疲れたときには甘いものだといろんな方が下さるのですが、私一人では食べきれないので・・・。

 それで、話しというのはなんでしょう?」




イルミナは一人がけの椅子に腰かけると、紅茶を手にすることなく二人に問うた。

騎士団の、それも上の二人がいることから大体の想像はついているのだが、念のためだ。


「陛下、先日お話しした件です。

 私はやはり団長の座を辞すことにしました。

 本日、団員にはそのつもりでいるようにとも話しています」


「・・・アーサー、

 いくらなんでも先走り過ぎでは・・・?」


「申し訳ありません・・・。

 とりあえず、食事会が終わるまでは私が団長という地位に形ばかりですが在籍します。

 その後、団員の中で次の団長を決めるつもりです」


アーサーベルトの言葉に、イルミナはふぅ、と小さく息を吐いた。

きっと彼ならそうするだろうと思っていたが、いくら何でも仕事が早すぎではないだろうか。

イルミナのその様子に、アーサーベルトが辞すことを良くないと思いこんだキリクは、内心で慌てた。


「陛下、恐れながら発言を・・・」


「・・・構いません、何ですか」


イルミナの様子に、キリクは恐る恐るといったように許可を求めた。

それにイルミナが頷くと、意を決したような表情でイルミナを見た。


「陛下、アーサーベルト団長は既に団長という立場から心が離れています」


「キリク?」


いきなり何を言い出すのかと言わんばかりの声音のアーサーベルトを、キリクは流してそのままイルミナに言い募った。


「アーサーベルト団長から話しを聞いていると思いますが、我々騎士にとって”騎士の誓”というのは夢であり、理想であり、そして叶うことのないものだと思っていました。

 幼き頃は夢物語であることを知らず、いつかはと夢見てきたものが多いのです。

 そして、現実を知り、それでも諦めきれずにいる・・・それが我々にとっての騎士の誓です。

 ・・・それを、アーサーベルト団長は破りました」


キリクの真摯な言葉に、イルミナは唇を真一文字に結んで続きを促す。


「夢が・・・夢が叶うところを見たのです・・・陛下。

 それは、我々にとって、どれほど素晴らしく、妬ましいものか・・・」


キリクは悔しそうに俯いた。

肩が小刻みに揺れているのを見たアーサーベルトは、キリクの肩に手を置こうとした瞬間。


「だから!!

 団長にはもう団長なんて無理なんです!!」


「!?」


「団長は、唯一を見つけた。

 俺たちの・・・俺の夢を!!

 ですから、陛下・・・!

 アーサーベルトを団長から外して下さい。

 俺たちに、夢の先を見させてください!!」


そういって頭を勢い良く下げるキリクに、イルミナは言葉を失った。

そこまで、彼らが騎士の誓というものに夢を抱いているとは想像もしていなかった。


「・・・キリク、お前・・・」


「・・・正直、俺は団長が妬ましいですよ・・・。

 最強と名高く、どんなに頑張っても追いつけない。

 そんで最後は騎士の夢を叶える貴方が、心底妬ましい・・・!!」


ギリ、と歯を食いしばりながらもキリクは続けた。


「だから、夢を見させてください。

 俺たちに。

 いつか・・・いつか、団長のように生涯を賭けられる唯一ができると・・・夢を見させてください。

 ・・・俺たちは、それだけでも頑張れそうな気がしますから。

 ・・・陛下」


「・・・何でしょう?」


「現段階で、次の団長は私になる可能性が一番高いです。

 もちろん、アーサーベルト団長には全く及びませんが、自分とて騎士団の中では認められています。

 ですから、食事会後は正式に発表なさってください」


驚きからか、目を瞠るイルミナにキリクは続けた。

キリクになる確率は高いだろうと想像していたが、本人も了承の上だったのか。


「陛下が、この国のことを一番に考えていらっしゃるのは皆知っています。

 ですから、アーサーベルト団長が陛下の為だけに尽くすことを良しとされないでしょう?

 でも、それでは駄目なのです、陛下。

 騎士の誓は、唯一の人の為に全てを賭けることをいうのです」


「・・・」


アーサーベルトも同じことを考えていたのか、黙り込んだままイルミナに視線を送る。


「・・・本当に、それでいいのですか。

 アーサーベルトの名は、あまりにも大きいのですよ?

 その後に団長となる貴方に、多大なる圧力がかかり、それが出来なければアーサーベルトと比べられ、苦しむことになりますよ?

 騎士団が認めても、民や貴族は内情など一切見ずに結果だけを求めます。

 それでもいいのですか?」

 

イルミナの言葉に、キリクはゆったりと首を縦に振った。


「想定内です。

 それでも、自分たちは夢を見たい。

 自分達は、何を言われても痛くも痒くもありません。

 自分たちだって守るために訓練や戦闘を行ってきている自信がありますから。

 ですから陛下、どうか安心してください」


「―――どうして、そこまで・・・」


イルミナの呆然とした声にキリクは苦笑を浮かべた。


「陛下はきっと、アーサーベルト団長がその座を辞すことを負い目に感じるだろうと思っていました。

 国の為であれば自身でさえも、捨ててしまえるだろうと団長の話を聞いてそう思ったに過ぎませんが・・・。

 そんな陛下に、自分は誓いを立てたいと思ったことがあります・・・しかしそれは、団長と陛下が稽古をしているときでした。

 ですが団長は、それよりもずっと前から、陛下に誓いを立てたかったと聞いています」


アーサーベルトの心に一切気付いていなかったイルミナは、一瞬アーサーベルトを見た。

キリクはそんな様子のイルミナを見ると、眉尻を下げながらも満足げに笑みを浮かべていた。

イルミナはそんなキリクの表情を見ると、少しだけ不安をのぞかせた面持ちでアーサーベルトを見る。


「・・・アーサー、本当に、後悔しませんか」


しばしの沈黙の後、イルミナはそれだけを言葉にする。

そんなイルミナに、アーサーベルトは笑みを浮かべた。


「後悔など、この先一生かかってもしませんよ。

 私は、貴女だからこそ、誓いたいと思ったのですから」


アーサーベルトははっきりとそう口にすると、イルミナは冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。


「・・・アーサーベルト。

 食事会後、騎士団長を辞し、私を守る盾と・・・剣となりなさい」




その言葉を聞いたアーサーベルトは、喜色満面の笑みを浮かべた。

誓を立てているので何も不安に思ってはいなかったが、こうして他の誰かに公言してくれると更なる安心感がある。

それがキリクのお陰というのは何とも言えないが、彼が言ってくれなければイルミナはこうして言ってくれなかっただろうとも考える。

キリクの言葉は、きっと団員の総意だ。

だから、アーサーベルトはやり遂げなければならない。

それは皆の為であり、自分の為でもあるのだ。




「有難きお言葉、拝命いたします。

 我が主よ」





そして食事会後、アーサーベルトは正式に団長の座を辞すると公表された。




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