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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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第一王女と視察前日



内臓が溶けると言うのは、こういうことを言うのだろうか。


融解しそうになる意識の中、イルミナは思った。

ヴェルナーの指示により、毒の耐性をつけるための服毒を始めてどのくらいが経過したのか。

痺れ薬から始まり、麻痺、筋弛緩など。

実際は大した数ではないのだけど、全てを飲み尽くしたのではないのか、と聞きたくなるほどの種類を飲んだ。


来る日も来る日も飲みつづけ、そして解毒されていった。

何回か、死にかけたこともある。

いや、フェルベール医師がいなければ、死んでいた。


今でも鮮明に覚えている。

初めて食道を血が逆流した、あの日。

ヴェルナーが泣きそうな顔で謝ろうとしてきた。

唇を戦慄かせ、眉間にこの上ない皺を寄せて。

彼もそんな表情をするのかと、ぼんやりと考えた気がする。


でも、彼は謝る必要などないのだ。

私が決めたこと。

ヴェルナーは私に謝る必要などないのだ。


そうでなければ、私がやっていることが無駄になってしまう。







**************




第二王女であるリリアナの誕生日から、早五カ月が過ぎた。

リリアナは日に日にその美しさに磨きがかかり、城中の愛情を一身に受けていた。

彼女の周りには笑顔が溢れ、その光景を見るだけで幸せになれると言われるほどだ。


逆に第一王女であるイルミナは、前々から自身で陛下に打診していたのか、公務を行うようになり始めた。

視察に赴き、孤児院を訪ねる。

しかし、そのことを知っているものは、城ではほんのわずかな人間のみであった。









「お姉さま!」


「リリアナ、」


リリアナは、久々に見かける自身の姉に、跳ねるように近寄った。

そんなリリアナの様子を、後ろからついてきているメイドや専属騎士たちは微笑まし気に見つめている。

同じことをイルミナがすれば、はしたないと言われる行動も、リリアナがすると愛らしいの一言で終わる。


「もう!

 お姉さまってば、全然私とお茶をしてくださらないのね!」


頬を膨らませて言うリリアナに、イルミナは苦笑を漏らす。


「ごめんなさいね、リリアナ」


目じりを下げて謝る姉に、リリアナは慌てた。

謝る姉を見て、そのように謝罪させたかったわけでないのだ。

慌てて、首をふるふると振った。


「あ、お姉さま!

 せっかくなのだからこれからお茶をしましょう!」


リリアナは名案とばかりに姉を誘う。

しかし。


「ごめんなさい、リリアナ。

 明日から長期の公務があって、外に出なければならないの。

 その準備をこれからしなければならなくて」


「・・・え、公務・・・?」


リリアナは目を瞬かせながら驚く。


「いつ、帰ってらっしゃるの・・・?」


「予定では、十日間くらいを予定しているわ」


イルミナのその言葉に、リリアナは小さく悲鳴を上げる。


「そんな!

 お姉さまの誕生日を過ぎてしまうわ!」




リリアナのその言葉に、イルミナはあぁそうだったと思いだした。

この半年、訓練やら講義、毒の耐性を付けるための服毒など。

忙しい毎日で日付の経過の感覚が無くなっていた。

そうか、もう誕生日が近いのか。


「ありがとう、リリアナ。

 でも大丈夫、帰ってきたらお茶をしましょう?

 戻ってくれば、きっと時間が取れるはずだから」


イルミナは、嘘をついた。

帰って来ても、きっとリリアナと会う時間はないだろう。

公務に視察、会議に講義だってある。

それらにすべての時間を費やすつもりなので、正直なところお茶を楽しんでいる時間ですら惜しいのだ。


「・・・約束よ、お姉さま?」


リリアナの大きな目は、水分を含ませ、キラキラと輝いている。

イルミナは、少しだけ胸を痛ませた。


「もちろんよ、可愛いリリアナ」









**************









「殿下」


昼食を終え、一人自室で明日の準備をしていると聞きなれた声が聞こえた。


「ヴェルナーと、アーサー?」


この半年という濃い時間は、イルミナから二人への遠慮と言うものを取り払っていた。

とはいっても、ほとんど敬語のままだが、それでも呼び捨てにするのは妹以外で彼らが初めてだ。

それくらいには、気を許していた。


「明日のことで打ち合わせをしたく」


「どうぞ、お入りください」


イルミナが入室の許可をする。

入ってきた二人に、イルミナはどうしても同年代に見えないと内心で思った。

一人はがっしりとした身体に、鋭い目つき、そしてその強面のせいで、人から怖がられている。

しかし、とても人情に厚く、騎士団からは慕われていることをイルミナは知っている。

もう一人は氷の貴公子と異名を得てるも女性からの人気は高い。

だが、その異名通りの冷たい対応しかしないので彼に近寄る人もあまりいない。

そして自分も、城の中では浮いた存在なので人が近寄ることはほとんどない。


「殿下、明日のことなのですが」


ヴェルナーは直ぐに本題に入った。

その横でアーサーベルトは少しだけ不満そうな表情を浮かべている。


「すみません、殿下・・・私が行きたかったのですが・・・」


そう言うアーサーベルトに、イルミナは首を振る。


「いいえ、アーサー。

 貴方は騎士団長でしょう?

 貴方にしかできない仕事があるのですから当然です」


アーサーベルトは、その言葉に1つ頷いた。


「有難うございます、殿下。

 今回の護衛には私の推薦した精鋭を付けますので、ご安心ください」


「ありがとうございます、アーサー」




今回の視察は、初めて遠出をすることになる。

今までの視察は長くても二日程度。

それを大幅に伸ばして遠い場所の視察をすることになった。

そのための護衛などの話し合いなのだ。


当初、アーサーベルトは自分も行くと言ってきかなかった。

しかし彼はイルミナの専属騎士でも何でもない。

その彼が個人でイルミナを護衛すると言うのは厳しい。

それに彼は騎士団長としての仕事もある。

ヴェルナーは速攻で却下した。


かくいうヴェルナーも行きたいと内心思ったが、それを許す環境に彼はない。

彼とて補佐としての仕事があるのだ。

それに護衛が付いての視察で、毎回アーサーベルトやヴェルナーが付くわけにもいかない。

イルミナには、一人で出来るようになってもらわねばならないという考えもあった。


そして、ヴェルナーもアーサーベルトもそこまでの心配をしていなかったのも、一人で行かせることへの要因となった。

彼女の近くで、彼女を見てきた。

そして育ててきた。

だからこそ、大丈夫だと思えるのだ。


「殿下、ご不安でしょうが、あなたなら大丈夫です」

「そうです殿下、ヴェルナーが人を褒めるってことないんです、だから大丈夫」


そのあと、ゴインと音がしてアーサーベルトが頭を抱えてうずくまっていた。

そんな二人に、イルミナは小さく笑った。




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