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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代

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88/180

裏側の裏側




「・・・やっと決められたのですか」


まるで氷のような視線に、イルミナは肩をすくめた。

いくら女王の立場になり、彼より上になろうとも本質はすぐには変われないようだ。


「時間がかかってしまったことには変わりないが、いいだろう?」


隣の男は、彼のそんな態度に慣れているのか飄々としている。

視線を向けていた男、アリバル侯爵は一つため息を吐くとおめでとうございます、と口にした。


「時間がかかりすぎですよ、グラン。

 貴方であればもっと早くに事を進めたでしょう?」


「いや、私の中で最速だ」


「どの口が・・・」


「そこまでにしろ、二人とも。

 陛下、この度はおめでとうございます。

 これで問題は一つ片が付きそうですな」


二人を諫め、イルミナに祝いの言葉を送ったのはブラン公爵だ。


「ありがとうございます、ブラン・・・。

 それでこれからのことなのですが・・・」


「わかっております。

 しかし、やはり相手もやり手ですからな。

 早々に尻尾は出さないでしょう。

 そもそも、自作自演かもしれないという憶測の域を出ませんからな」


「状況的には真っ黒なのですがね。

 ですが証人ともいうべき実行犯はまともな状態ではないですから。

 正直に言ってこれから証言を得られる確率の方が少ないでしょう」


それぞれが状況を確認し合う。

しかし今一歩というところで手が出せない状況にいた。


「そういえば陛下、

 ラグゼンファードに手紙を送ったと聞きましたが、返事は?」


「・・・それが、来ていません。

 それも懸念の一つになっています」


良い年した弟なのだから、傷物にされたと怒鳴り込んでくることはないと思うが、それでも不安は尽きない。


「その後、ラグゼン公とは?」


「フェルベール医師が確認しております。

 経過は順調で、後遺症も残らないだろうとのことです」


「そうですか、少なくとも後遺症が残らないのであればいいでしょう、

 それと陛下、食事会ですが」


「はい、ラグゼン公に確認してもらいましたが、問題ないとの事なので予定通り行います。

 既に一部貴族と他国の要人が国を発っていますから、やらないというのはよっぽどのことが無い限り無理でしょう」


「そうですね」


そうして四人は一旦一息ついた。

アーサーベルトとヴェルナーには、食事会の段取りと警備を確認してもらっている。

予定通りに行うのであれば、どんどん進めないと間に合わないほどに時間が無い。


「・・・正直、食事会で発表してしまえばよろしいと思います」


アリバルが発言する。


「グランが何を考えているのかは分かりませんが、納得させての婚姻など無理です。

 というより、面倒のほうが大きい。

 婚姻を盾にしてくるのであれば、他の貴族のご令嬢とさせればよろしいのではないですか?」


それにグランは返した。


「わかっているがな。

 ただ、あいつは蛇のようにしつこそうで・・・。

 できるのであればここで絶っておきたい」


ブランも発言する。


「そもそも、他のご令嬢で納得していないから陛下に言い寄っていると思っていたが・・・?

 だが、リチャードのにも一理ある。

 さっさと発表さえしてしまえば、そうそう簡単に手は出せんだろう」


ブランの言葉にイルミナは首を振った。


「もしこれでラグゼンファードが介入でもして来たらこちらが手の打ちようが無くなります。

 出来るのであれば穏便に済ませたいというのが本音です」


そして四人はため息をついた。


「・・・振り出しだな」


「まったく、陛下もなんてお人に好かれたのだ」


言われるがままのイルミナは肩を小さくする。


「ブラン公爵、アリバル侯爵、そんなに陛下をいじめるな。

 陛下とて好きで好かれている訳では無い」







*****************







「ハーヴェイ様」


王宮の一室で、侍従がそっとハーヴェイに耳打ちする。


「・・・。

 やはり私を疑うか」


ハーヴェイは面白そうに口元を歪めながら言った。


ハーヴェイの侍従である青年は、非常に優秀な駒だった。

存在感があまりなく、それでいて隠密に長けた彼はヴェルムンドの王宮内でもその力を存分に発揮してくれていた。

いや、むしろ彼の場合はハーヴェイが城に入る前から手となり足となり、そして耳となって仕事をしている。

その侍従が持ってきた情報、それはハーヴェイを愉悦に浸らせた。


「やはり出てくるか、ライゼルト」


内容は、イルミナがグランを選んだことと、今回の事件が自作自演ではないのかを調べている、との報告だった。

それ自体は、正直にいえば想定内だ。

しかし、そうそう簡単に抑え込まれるつもりもない。

ハーヴェイは、イルミナと結婚してラグゼンファードのために彼女の知識が欲しいのだから。


ハーヴェイ・ラグゼンには、二つの目的があった。

一つ、自国にいる馬鹿な貴族を黙らせる為。

いくら自分が王に向いていないと言っても聞かず、あまつさえクーデターすら考える馬鹿ども。

いい加減そういった輩から離れたいのだ。


そして二つ目は、イルミナの知識だった。

イルミナのことを調べているうち、彼女がこれから成そうとしていることは自国にも必要だと考えたのだ。

それほどまでに素晴らしいものだった。

特に教育というもの、あれは言葉に出来ないほどの衝撃をハーヴェイに与えたものだ。

しかし、もしそれがうまくいったという実績の元、自国に持ち込むことができれば。


しかし、同盟国であるラグゼンファードはそう簡単に内容を聞くことはできないだろう。

そもそも、実績がないものを自国に持ち込もうとは思わない。

でも、成功する可能性が高いのであれば、ぜひとも欲しい。

結婚すれば、その状況を逐一確認できる。

それを自国に流せば、自国も一気に成長する。

なんて素晴らしいのだろうと。


もちろん、ハーヴェイ的にはラグゼンファードに残って兄の補佐をするのも全く以て構わない。

むしろ、そうしたいという気持ちのほうが大きい。

しかし、そうするには余りにも小蠅が煩い。

なれば、他国からできる限りの補助をすればいいと考えたのだ。

彼女―――イルミナを知ったときに。


「・・・あれは、大丈夫なのか?」


「はい、もう現世うつしよに戻ってくることもままならないでしょう」


「そうか」


今回の事件、イルミナたちが考えるようにハーヴェイの策略の元行われたものだ。

しかし、ハーヴェイは何もしていない。

したのは、目の前の侍従であり、彼も少し囁いただけだ。


―――あんな、美しい妹姫を蹴落とす姉が、この国を守れるのだろうか、と。


ベナンという貴族の推薦で―――実際には彼の部下だろうが―――城へと上がった男は、正義感に満ち溢れるが現実を知っている男だった。

ベナン伯爵、彼は悪政を強いたりはしなかった。

しかし、領地を活性化させるほどの力も、知識も、技量もなかった。

まるで、ゆるやかな退廃に向かっているような、漠然とした不安がいつだって纏わりつくような、そんな生活を男はしていたのだ。


だからこそ、男は城に上がることによってベナンを失脚させようとした。

このままでは、自分の親兄弟、仲間が緩やかに終わってしまうと恐れて。

予想外だったのは、ベナンは悪政を強いていなかったので失脚させる要因がなかなか見つからなかったことだ。

だから、ベナンを失脚させたイルミナに対する言葉は、どれも尊敬に満ちていた。


しかし、本当に?と問うたのだ。

両親、妹ですら切り捨てるイルミナは、本当にこの先ベナンと同じようにはならないのだろうか、と。

貴方の親兄弟は、切り捨てられたりはしないのだろうか、と。


それは、男の中で不安を呼び起こした。

ただ、正義感に溢れているだけであれば難しかったかもしれない。

しかし、男は現実を知っていた。

人は、変わりゆく生き物だということを、男は知っていたのだ。

男は哀れなほどに戸惑い、苦悩した。

信じたいのに、信じられない。


そんなときに、楽になるといって麻薬を吸わせたらすぐさま堕ちた。


「本当に、堕ちるものは簡単に落ちてしまうのは、どこの国だろうと一緒だな」


「・・・はい」


あとは簡単だった。

何度も何度も、不安を煽るようなことを言い惑わせ、夜も眠れぬほどに苦悩させ、そして男は勝手に堕ちたのだ。

そのあとは、侍従にタイミングなどを任せた。

正直に言って、ここまでうまくいくとは思っていなかったが。


「・・・それにしても、ライゼルトは邪魔だな。

 何かないのか?」


「・・・申し訳ありません、やはり見つけたとしても難しそうです」


「そうか・・・」


ハーヴェイは、兄と同じ褐色の肌の侍従に視線をやりながら頷いた。

ヴェルムンドは、ラグゼンファードと違って肌の白い人が多い。

だから、侍従の肌の色を見ていると不思議と安心した。


「引き続き、頼んだぞ」


ハーヴェイの言葉に、侍従は深く一度だけ頷いた。



「すべては、ラグゼンファードのために」






*****************






「・・・やはり、そう簡単に見つからないか」


「いえ、そもそもあるかどうかすらわからないものですから、想定範囲内です。

 確かに難しいところですが、いくつか気になることは見つかりました」


とある屋敷の一室で、男二人は話し合っていた。


「騎士団の仕事もあるというのに悪いな、ヘンリー」


「いえ、グラン様のおかげで俺はここにいるのですから。

 それに国の為です、苦労ですらありません」


グランは独自の手段でハーヴェイを調べていた。

イルミナに任せるのもいいが、やはり蛇の道は蛇。

正攻法以外のやり方で見つけるという手段が、グランにはあった。


「助かる。

 それで、気になることというのは?」


「今回の事件の主犯の男ですが、仲間内に聞いたところそのようなことをするはずがないとしか言いません。

 業務中も非常にまじめな態度で、不正などを嫌うタイプの人柄だったと。

 そもそも、彼はベナンに対していい感情を持っていなかったのは有名だそうです。

 酒の席ではいつか失脚させると(うそぶ)いていたとも。

 むしろ、なぜその男がベナンが使用していた薬物に手を出したのか、全く以てあり得ないとの証言があります」


グランはヘンリーの言葉にふむ、と頷く。


「ただ、事件前から様子がおかしくなったとも聞いています。

 何かに思い悩んでいるようで、聞いても話してはくれなかったそうです。

 ただ、精神的に不安定に見えたと。

 彼はベナンを更迭した陛下のことを褒め称えることが多く、心酔していましたが、同時期からそれもなくなったと聞きました」


「・・・そこか」


「俺もそう思います。

 陛下のことで、何かしら吹き込まれたのだろうと。

 ただ、誰が・いつ・どうやって・なんのために、が見つかりません」


「大体の想像はつくのだがな。

 やはりそう簡単に見つけさせてはくれないか」


「・・・グラン様」


「なんだ」


「ものすごく、個人的に気になるものがいます」


「誰だ?」


「まだ、確証がないのでお伝えできません・・・。

 しかし、可能であれば俺に調べさせていただきたいと思います」


「それは構わないが、どうした。

 何か問題でもあるのか?」


グランの言葉に、ヘンリーは覚悟を決めたようにグランの目を見た。


「・・・万が一のことですが、俺のことは捨て置いてください」


「・・・どういう意味だ」


「この先、何か(・・)があったとしても、俺のことは捨ていてください。

 絶対に、助けようなどと思われませんように願います」


「何を言っている、ヘンリー。

 私にお前を見捨てろというのか?」


「そうです。

 絶対に、俺とグラン様が個人的な繋がりがあるなどと仰られませんようにしてください」


「何を、するつもりだ」


「今は言えません・・・。

 しかし、俺はグラン様の為にだけ、動きます。

 貴方に救ってもらった恩を、忘れたことなど一度としてありませんから。

 裏切ることなど、絶対にありえません」


「それは信じているが・・・」


ヘンリーは、強張った表情のままグランに言う。


「どうか・・・グラン様、俺を信じてください」


ヘンリーの真摯な眼差しに、グランは何も言えなくなる。

彼を信じていないわけではない。

だが、万が一というのもある。

そしてそれ以前に、ヘンリーはライゼルト領の人間だ。

いくらグランが領主でなくなったとはいえ、自領の人間を危険に晒したいわけではない。

それでも。


「・・・わかった、

 しかし、自分の身も案じてくれ、ヘンリー」


グランの言葉に、ヘンリーは微かながらにも笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、グラン様。

 必ず、必ず成し遂げます」


ヘンリーは、グランの言葉に嬉しそうに頷いた。







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