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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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女王陛下の決意の日

たくさんの評価、ブックマークをありがとうございます。



「失礼致します、陛下」


そう言ってイルミナの部屋にやってきたのはヴェルナーとアーサーベルトだった。

呼出してそう時間がたたないうちに来てくれた二人に、イルミナは心の中で感謝する。


「ヴェルナー、アーサー・・・、

 その、話があります」


いつになく緊張した面持ちのイルミナに、二人は一瞬だけ戸惑う。

そして部屋に入り、彼女の緊張の意味を知った。


「ライゼルト伯」


アーサーベルトの言葉に、グランは苦笑を浮かべた。


「今は当主ではないから、ただのライゼルトだ」


「!

 失礼致しました」


「二人とも、どうぞ入って下さい」


イルミナは二人をソファーへと促し、その対面にイルミナとグランが並んで腰かける。

その様子に、アーサーベルトは瞳を輝かせた。


「その、」


顔を赤くしながら言いよどむイルミナに、グランが横から話し始めた。


「クライス、アーサーベルト。

 イルミナと私は婚約することになった」


「「!!」」


アーサーベルトは喜色を浮かべ、ヴェルナーはぽかんとした表情を浮かべた。


「それはまことですか!!

 なんと、なんと喜ばしいことでしょうか!

 いつ発表されるおつもりで!?」


笑みを浮かべ、イルミナに祝いの言葉を送るアーサーベルト。

しかしヴェルナーは未だに固まったままでいる。


「ありがとうございます。

 いつにするかはまだ決まっていません。

 呼び立てしたのは、そのことについても話し合いたいと思ったからなのですが・・・、

 ヴェルナー?大丈夫ですか?」


「!!は、はいっ、

 その、陛下、おめでとうございます・・・」


ぼんやりとしたままのヴェルナーに声を掛けると、ヴェルナーは一瞬体をびくりとさせ、きょろきょろと視線を彷徨わせながらも返事をした。


「そのことについてもというと他にも話が?

 何でしょうか?」


ヴェルナーはそれ以上突っ込まれないようにか、彼にしては珍しく慌てたように先を促した。

イルミナもそんなヴェルナーを見て持ち直したのか、居住まいを正す。

そしてグランが口を開いた。


「可能であれば、食事会の時にはこのことを発表したいと考えている。

 しかしわかるだろう?

 発表するにしても、少し障害があることを」


「・・・それは」


流石に口にするのには憚られるのか、ヴェルナーは口を噤んだが、アーサーベルトは一つ頷きを返した。


「ラグゼン公ですね」


アーサーベルトの言葉に、グランはひとつ頷いた。


「彼のやっていることを断罪するつもりはない。

 国を想うがあまりに、暴走している感じがしてしまうのは否めないが。

 だが、それはラグゼンファード内であれば、の話だ。

 それにヴェルムンドを巻き込むことも、ましてやイルミナを巻き込もうとするのであれば容赦はしない」


グランは力強く言った。


「・・・わかりました。

 それで、我々を呼んだ意図をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


ヴェルナーは落ち着きを取り戻したのか、冷静な表情でグランに問うた。


「・・・私は、今回のラグゼンの傷害事件を、公の自作自演ではないかと考えている」


「!」


それは、ヴェルナーやアーサーベルトも考えた。

しかしそれでも言えなかったことだ。

相手は大国、ラグゼンファード現王の弟だ。


「・・・恐れ入りますが、確証があってそのようなことを仰られているのですか?」


ヴェルナーが顔を強張らせながら問う。

相手は国賓だ。

確証なしにそういったことを発言したことが知られれば、問題にしかならない。


「だがヴェルナー、今回の主犯はベナンのところのやつだろう?

 さらに使用していた薬もラグゼンファードのものだったのだろう?

 状況証拠というものではないのか?」


アーサーベルトはそういったことまでは詳しくないのか、そう口にする。


「何を言っているんだ。

 確固たる証拠ではないのだぞ?

 相手に口を割らせるとでもいうのか?

 国賓にそんなことをしてみろ。

 もし何も出てこなければ、ヴェルムンドの印象だけが最悪になる」


「それもそうか・・・。

 ライゼルト殿、証拠はないのですか?」


「ない、な。

 今のところ、私の手の者にも探させているところだが、そうそう簡単に尻尾は出さないだろう。

 そうでなければ、他国でこのような問題は起こすまい」


グランの言葉にアーサーベルトは唸る。


「正直、彼が金銭的な慰謝料を要求してくれれば簡単に事は済むのですがね・・・。

 彼が欲しているのは私の婿という立場のようです」


イルミナも少しだけ面倒くさそうな表情を浮かべながら話す。


「それは思わなくもないですがね・・・。

 しかし今更言っても、詮無きことですからね。

 それよりもどう穏便に、静かにいてもらうかが問題ですね」


ヴェルナーの一言に、四人は黙り込んだ。


確か、現状でイルミナとグランが婚約することに大きな問題はないだろう。

しかし、それはハーヴェイが何も言わなければ、の話だ。

もし彼が、イルミナを凶刃から守ったのにそれに対する感謝が見えないとでも言おうものなら、周辺国家だけでなく自国の貴族にすら不信感を抱かせることになる。

いくら金銭的な慰謝料は払ったとしても、金で解決しようとする国と印象付けるのはあまりによくない。


「正直に言わせていただけると、どうしてラグゼン公がここまで陛下にこだわるのか、不思議でしょうがないです」


ヴェルナーは目元を揉むようにしながらため息をつく。

イルミナはそれに対して何も言わなかった。


一番の理想としては、ハーヴェイが納得して、諦めてくれることだ。

もちろん、慰謝料を受け取るなりなんなりして。


「とりあえず、こちらとしてはライゼルト殿と陛下の婚約を決めたということはお伝えしましょう。

 そうでなければ無駄に期待させてしまう可能性も捨てきれません。

 それに公は陛下に婿入りの話を持ち寄られていますから、先に伝えておく方がまだマシでしょう。

 少なくとも彼を軽視したなどとは思わせる行動は控えなければなりません。

 それと・・・繋がりは探しますか?」


「いや、不要だ。

 下手に探ればこちらの痛くもない腹を探られることになるだろう。

 ただ、相手がどう出るのかが問題だがな」


「わかりました、ではそのように。

 それと陛下、アリバル侯爵から治水に関しての報告書が上がっています。

 どうやら一部貴族が興味を示したようです」


「!そうですか。

 タジール殿とグイード殿は?」


「まだアリバル侯爵の屋敷に滞在しているそうですが、もう間もなく村に戻ると」


「わかりました。

 学び舎に関しては?」


「それはまだのようです。

 バルバス殿とジョンが最終確認をしていると」


「そうですか。

 急いで失敗することの方が問題ですので、時間の許す限りは詰めるようにしてください。

 ただ、可能な限り早い方がいいとも」


「かしこまりました、そのように伝えておきます。

 報告書は後ほど持ってこさせますので確認をお願いします。

 では、私はこれで」


ヴェルナーはそう言うと、まだ仕事が残っているのでと言い退室した。


「・・・陛下」


「アーサー?

 どうしたのですか?

 まだ、なにか?」


アーサーベルトはヴェルナーと共に出て行かずに、イルミナに声をかけた。

その声音は、驚くほど柔らかく喜色に満ちている。


「陛下、本当に、おめでとうございます」


心の底からそう思っていると分かるほどの深い言葉だった。

イルミナがアーサーベルトを見れば、その表情は今まで見たことがないくらいに安堵に満ち、そして喜びを前面に出している。


「あ、ありがとうございます、アーサー・・・」


改めてしみじみ言われると、どうしても頬に熱が籠る。

もちろん一緒に喜んでくれる人がいて嬉しい。

が、それと羞恥心は別だ。


「グラン・ライゼルト殿」


アーサーベルトは頬を紅潮させるイルミナを見、そしてグランに正面から向き直った。

その顔は先ほどまでとは打って変わり、真剣そのものだ。

そんなアーサーベルトの様子に気付いたグランも、まっすぐに見る。


「なんだ、アーサーベルト」


「・・・このような事を、貴方に言うのは不敬に当たるかもしれません。

 ですが、敢えて言わせていただきたい。

 ・・・どうか、どうか陛下を、幸せにしてください」


アーサーベルトはそう言うと頭を垂れた。


「あ、アーサー!?」


「私は、イルミナ陛下が殿下であった時から、お傍におりました。

 ヴェルナーよりも付き合いは長く、陛下の苦悩や孤独をそのお傍で見てきました。

 そして、私は何も出来なかった・・・!

 陛下が、毒で苦しんでおられるときも、ご子息との婚姻が成り立たなかったときも、ウォーカーに浚われたときも、何も・・・!!」


それはアーサーベルトの懺悔だった。

苦しみに満ちたその声音を、グランは黙って聞いた。


「何を言っているのですか、アーサー・・・!

 貴方は、いつだって守ってくれて、」


「違うのです、陛下」


アーサーベルトは垂れていた頭をゆっくりとあげた。

その目尻には、微かに光るものがある。


「私は、騎士団長という立場にいましたが、結局陛下が本当にお辛いときにお傍に居ることが出来ませんでした。

 今回の件に関してもそうです。

 もっと、警備をしっかりとしていたら、あの時、自分がお傍に居たら・・・そう考えない日はありません。

 ラグゼン公が婚姻の言葉を口にしたとき、私は己を燃やし尽くしたいほどの後悔に駆られました。

 ・・・私はっ、陛下に愛のある結婚をして欲しいと言っておきながら、私の怠慢でそれが出来なくなる状況に一時でも置いたのです・・・!

 私は、それが、どうしても・・・!!」


息を詰まらせるアーサーベルトに、イルミナは言葉を失った。

確かに、そう思わなかった訳ではない。

だから、ここまでアーサーベルトが気に病んでいることが分からなかったのだ。


「っ・・・ですから、本当に、お二人の婚約が、我が身のことのように嬉しいのです・・・!!

 ライゼルト殿っ、どうか、どうか陛下を・・・私が言うのも、お門違いだと分かっていますが、それでも、どうか幸せに・・・!」


そこから先は言葉にならず、アーサーベルトは眉間に皺を寄せて顔を真っ赤にした。

それでも目は潤み、握りしめられた手は微かに震えている。


「・・・アーサーベルト」


「はっ!」


「私は、お前やクライスのような人物がイルミナの傍に居てくれたことに心底感謝している」


グランは真剣な表情から一転、目元を緩ませながら続けた。


「お前たちのようなものがいなければ、イルミナはもっと早くに駄目になっていたことだろう。

 気に病むなとは言わない。

 私とて、同じ状況になれば後悔しかしないだろうからな。

 だからこそ、敢えて言わせてもらおう。

 アーサーベルト、今までよく、陛下のお傍に居てくれたな。

 私に出来る全てで、幸せにしよう」


その瞬間、アーサーベルトは涙を堪えきれず、ぼろぼろと流し始めた。


「あ、アーサー・・・!!」


イルミナはそんなアーサーベルトの手を握った。

そんな彼女の頬にも、涙の跡が光っている。


「アーサー、今まで貴方たちがいてくれなければ、私はここまで頑張れなかった・・・!

 貴方たちは、いつだって私の味方でいてくれた、だから、私は、貴方たちが誇れる女王になろうと決めたの・・・!

 だから、そんなこと、言わないで・・・!

 私は、貴方たちに数えきれないくらい、救われたというのに・・・!」


「い、るみな、陛下・・・!」


アーサーベルトはイルミナの言葉に号泣といっていいほどの涙を流した。





***




しばらくして、アーサーベルトは鼻を啜りながら笑った。


「申し訳ありません、陛下。

 このようなみっともない姿を見せてしまって」


「いいえ、アーサー。

 貴方がそう言ってくれなければ、貴方の想いを私が知ることができなかったでしょう。

 本当に嬉しく思っています」


イルミナも鼻の頭を赤くし、時折スンと鼻を啜りながら言う。

そんなイルミナの肩をグランが包んだ。


「アーサーベルト。

 お前のような男は得難い。

 これからも一緒にイルミナ陛下を支えてくれ」


「勿体無きお言葉、ありがとうございます。

 きっと、ヴェルナーも同じ思いです」


ここにはいないが、アーサーベルトはヴェルナーの想いを知っている。

あの日。

月明かりの下で共に強くなろうと言った言葉に嘘はない。


「そうだな。

 宰相となってからのヴェルナーの働きぶりには、正直心配もあるが・・・」


「いえ、頭のいい男です。

 本人の中ではうまく配分しているはずです」


男二人の会話に、イルミナはそっと笑みを零した。

思えば、幼少期から幾度となく折られそうになった自分を救ってくれたのは二人だ。

そして、自分に愛することを教えてくれたのは、隣に立つ人。


まだ問題が片付いたわけではない。

それでも、イルミナは少しだけ安心した。

しかし、完全にはしていない。

かつて、そのせいでダメになりそうだった恐怖は、今でも覚えているのだから。

それでも。


「本当に、私は幸せ者です」


ぽつりと零したイルミナに、男たちは破顔した。

その言葉が、どれほど嬉しいものか。

そう思えるようになった彼女に、どれだけ安堵したか。


「そうであれば、私も幸せ者ですよ、陛下」


「あぁ、私もだ。

 だから、もっと幸せになる為にやらねばならないことをせねばな」


グランとアーサーベルトの言葉に、イルミナはそうですねと微笑んだ。



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