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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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【閑話】グランの想い




しあわせになりたいと悲痛な声を上げながら泣く、腕の中の少女は、初めて自分に本音を吐露しているように見えた。

以前にも、好きだと言ってくれたことがあったが、それ以上の本音がつまっているような気がして、グランはやっと安堵に息を吐けた。



きっと、心も体も疲れ果て、傷ついていたに違いない。

怖かっただろうと、もういいのだと慰めたくなる。

もう、これ以上一人で傷つかなくてもいいのだと。


彼女の傷は、いつだって透けるように見えていた。

傍目に見ても痛々しく、治る前から傷が開いているのすらわかった。

そしてそれを必死になって隠そうとするその姿すらもが、痛々しかった。


周りの誰に話しても、理解できないだろう。

しかし、グランにはそのように見えたのだ。

だからといっては何だが、なおのこと惹かれたのだろうと思っている。


アリバルにあのように言っていたが、本当は勝算なんてなかった。

イルミナは、愛されることを望んで女王になった。

だから、場合によっては国民から愛されることを至上とし、自分とではなくラグゼンと婚姻を交わすのではないかと思ったのだ。


ラグゼンファードとの繋がりははっきりいって大きい。

現王も才知溢れ、着々と大国としての基盤を築いている。


そしてその弟も。

裏では結構なことをしているが、全てが国の為、兄王のためだと知っている者は彼に対して口を噤む。

自身を犠牲にしてでも悪を切り捨てるその姿に、良くないことだとわかっても何も言えないのだ。

たとえそれが、どんなに非道的なことをしていても。

国というのはそういうものだと知っている者は、なおのこと口を噤まざるを得なかった。


そしてその姿は、イルミナとも重なった。


グランはハーヴェイ・ラグゼンのことを調べて一番最初にそれに気付いた。

ハーヴェイは、兄のために全てを捨てる覚悟で。

イルミナは、自分のために全てを捨てる覚悟で。


それを知った時、グランは焦燥に駆られた。

もし、それを互いに理解しあってしまったら。

傷の舐めあいを求めてしまったら。

その間にグランが入り込む余地はなくなる。

だからこそ、焦った。


ハーヴェイは、既に氷上を一人で歩く決意をもって、その場におり、既に歩き始めてしまっている。

それに、イルミナを巻き込もうとする、と。


イルミナは、まだ、間に合う。

自分と、クライス、アーサーだって、傍に居ることが出来るのだから。

その温もりを、捨てないで歩くことを選べるのだ、と。

問題は彼女が選択肢があるということに気付いているかどうかで。


そう焦っていた矢先、ハーヴェイの傷害の話を聞き、彼も焦っていることを知った。

ヘンリーから話しを聞いて、そう思えた。

もし、その事件にラグゼンが絡んでいなかったとしても、少し頭のいいものが考えればその可能性を示唆するものもいるだろう。

事件が、自作自演ではないのか、と。

ラグゼンとてそこまで馬鹿だとは思わないから、きっと綿密に証拠を隠していることだろう。

もし、彼が本当に自作自演を行ったとしたのであれば、だが。


しかし、それに巻き込まれたイルミナはどうか。

きっと、ただでさえ疲労で弱り切った彼女に、それを跳ね除ける力はないだろう。

そこを付け入るようにして一度約束を交わしてしまえば、それはただの口約束ではすまなくなる。

そうされるのが、一番駄目だった。


だから、グランはイルミナに愛の言葉を囁いた。


グランは、どうしても我慢ならなかった。

もし、億が一にでも、彼らが思いを交わしているのであれば。

自分はきっと身を引くことすらも考えただろう。


しかし、違うと分かっているのだ。

どうして、愛する女性が不幸に引きずり込まれようとしているのを見過ごせるだろうか。

どうして、愛する人が孤独になろうとしているのを止めないでいられるのか。


腕の中にいる、この最も愛おしい存在を。


泣くのであれば、自分の腕の中で泣いてほしい。

怒るのであれば、自分の前で我慢せずに怒ってほしい。


―――そして、笑ってほしい。


こんなにも年の離れた自分が、みっともないと言う人もいるかもしれない。

しかし、グランにはそんなことはどうでもいいのだ。

もう、駄目なのだ。

彼女でなければ。


ライゼルトのために生きてきた。

その人生を棒に振るような真似をするのか、と訪問した貴族に問われたことがある。

もちろん、ライゼルトだって大切だ。

しかし、それ以上に彼女が、イルミナが大切なのだ。


正直、今だから言えることだが、ウィリアムとイルミナが結婚をしていなくてよかったと思うことが多々ある。

もし、二人が結婚していれば、自分はこの思いを抱えながら二人を支えなくてはならなかっただろうから。

親として、駄目なことを言っているのは理解している。

それでも、本能が理性を越えてしまうのだ。


もう、手放したくないのだ。

先立ったロゼリアの時も、ウィリアムの時も。

グランはいつだって後手に回ってしまっていた。

ロゼリアの病を、もっと早くに気付けていれば、と何度慟哭しただろうか。

ウィリアムのことも、もっと早くに理解していれば、他に手は無かったのだろうか、と。


だが、ともグランは思う。

もし、ロゼリアが先立っていなかったら。

もし、ウィリアムがあんなことをしなければ。

自分は、イルミナという女性を愛していると公言できなかっただろうと。


こんな欲に塗れた自分のことを知ったら、腕の中の少女はどう思うだろうか、と一瞬だけ考える。

彼女は、自分のことを心の底から信頼している。

その相手が、イルミナ(じぶん)を手に入れるためにあの手この手を使っていることを、彼女は知らない。

一生知らなくてもいいと思うし、何かの際に教えてもいいと思っている。

それを知ったからといって、自分は彼女を手放す気は一切ない。

それくらいには、グランはイルミナのことを思っているのだ。


「・・・イルミナ」


先ほどまでの勢いはなくなったものの、いまだほろほろと涙を零すイルミナの目元に唇を寄せる。

舌でなめとった雫は、少しだけしょっぱい。


「・・・はぃ」


少しだけ頬を赤くしたイルミナに、愛おしいという感情が生まれる。

ただただ、愛おしい。


本当に良かった。

彼女の魅力に気付くものが少なくて。

グランは気づかなかった周りの人間を蔑むと同時に、安堵する。


確かに妹姫のリリアナは美しかった。

しかしそれが外見だけであると気づけるのは、いったいいつになることだろうか。

美しさは、永遠ではない。

だからこそ、グランはリリアナに対して少しの魅力も感じなかった。


「私の、可愛い、女王陛下」


――――目の前の彼女以外に、もう魅力なんて感じられない。




グランは蕩けるような眼差しでイルミナを見つめ、そっと唇を寄せた。




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