小説発売記念小話
記念小話です。
時系列的にはグイードが玉砕した後あたりです。
その日、イルミナとグイードは城の中庭でお茶をしていた。
すぐに会えるというわけではないので、王都にいる間にとイルミナが彼を招待したのだ。
庭師によって丁寧に手入れされている庭は、アウベールとは違った趣だ。
緻密に計算されながらも、不思議と温かみのある庭で二人は近況報告を兼ねてお茶会をした。
「なるほど、そのように進めているのですね。
ジョンからの報告も来ていますが、やはり現場にいる人の話を聞く方がいいです」
「まぁ、書いてないところもあるだろうしな。
俺も久々にこんなゆっくりとした時間過ごしたよ。
村じゃあ親父とジジィがうるせーからなー」
グイードは少しだけ憂鬱そうな表情を浮かべながら言った。
きっと村でのことでも思い出しているのだろう。
「・・・そう言えば、グイードは、その・・・」
少しだけ言いづらそうにしているイルミナに、グイードは彼女が聞きたいであろうことを聞いた。
いつもはハキハキ話す彼女が話しづらい内容なんてそんなにないのだから。
「いつからお前を好きになったのかって?」
「・・・その、はい」
「いつだろうな・・・。ほんと、気付いたらって感じだな」
グイードは昔を懐かしむかのように目を細めながら言った。
そんなグイードに、イルミナは恥ずかし気に俯く。
「最初はなんて馬鹿なオヒメサマだろうって思ったって話をしただろう?」
「あぁ、そんなこともありましたね」
「正直さ、あんとき俺、お前が怒るんじゃないかって思ったんだ」
グイードは独白するかのように言葉を続ける。
「普通そうだろ?
馬鹿呼ばわりされて怒らないヤツなんて、そうそういない。
俺だっていきなり言われたらなんだコイツって思う。
それにお前はオヒメサマだしな。
そういうこと、言われ慣れさそうだったから、なおさら。
・・・でも、お前は怒らなかった」
「・・・」
「それからもさ、少しの間だが、色々と行動しただろ?
少なくとも、お前の人となりを知れるくらいには。
・・・正直、負けたって思ったよ」
「負けた、ですか?」
「あぁ、だって、俺より若いくせに、しっかりとしてたからな。
なんていうの、男の矜持って、やつ。
だから俺も頑張らなきゃなって思わされたよ」
「・・・そうですか」
イルミナは用意していた紅茶を口に含んだ。
リリンの葉からできたそれは、アウベール特産のものだ。
城でイルミナが良く飲むので、気になった者たちが飲み始めている。
このままいけば定期購入もありえるだろう。
「なぁ、俺も聞いていい?」
「なんでしょう?」
「ぶっちゃけさ、いつからライゼルト伯のこと好きになったんだ?」
「っ!!!ゴホ!ケホっ」
「お、おい、大丈夫かよ!?」
グイードのいきなりの質問に、イルミナは喉を詰まらせた。
なかなか止まらないそれに、イルミナの目が潤んでくる。
「――っけほ、っはぁ、はぁ」
「おいおい、そこまで動揺することかよ」
グイードはイルミナの背をさすりつつも苦笑を浮かべる。
「・・・その、質問は、答えないとだめですか・・・?」
「え、まぁ、答えられたら、でいいんだけどさ。
一応、俺も気になるし」
イルミナはグイードの言葉に唸った。
出来れば、言いたくない。
言いたくないというより、恥ずかしいのだ。
自分も聞いておいてなんだが、聞かれることがこんなにも恥ずかしいものだとは知らなかった。
「・・・私も、いつから、というのははっきりとはわかりません」
「・・・うん」
「でも、ウィリアム殿が、リリアナの婿になるという話を聞いた夜に、グランが来てくれたのです」
「・・・え、来た?」
「はい。まぁ、とても遅い時間だったので、窓から一瞬だけ、というような形でしたが」
「まじかよ」
「考えれば、その時から彼の存在は少しだけ特別になっていたのかもしれません」
グイードは、イルミナの言葉に絶句していた。
話を聞いてすぐに馬に乗っていたという事なのだろうが、それをあの辺境伯がしたということに、グイードは驚きを隠せなかった。
グイードも、ライゼルト領の端とはいえ、その領地に住まう村人だ。
だから、グラン・ライゼルトのことは噂ではよく聞いていた。
たまに来る貴族たちが馬鹿みたいな大声で彼の悪口を言っていたのだ。
グイードからすれば、お前らの方が悪いんでないのか、と言いたくなるような内容だったが、それを言ったところで面倒しか起こらないことは分かっていたので口にはしなかった。
その頃からだとは思わなかったが、村に療養に来た際の二人を思い出してグイードは一人納得した。
療養のためと分かってはいたが、心に刺さるものも少なからずあったが。
「まぁ、お前が村に療養に来た時もべったりだったもんな」
「!!」
グイードの言葉に、イルミナは顔を真っ赤にする。
「・・・正直、あの時の記憶が途切れ途切れで・・・。
そ、その・・・そんなに・・・?」
恐る恐る聞いてくるイルミナに、グイードの悪戯心がうずいた。
少しくらいいいだろう、とも思う。
「・・・あぁ。
あれはすごかったぜ。
もうどこに行くにも一緒、伯、ずーーーっとお前のこと抱えてんだもん」
「!!」
「飯時も親鳥みたく食わせててさ。
風呂もずっと部屋の前に待機、寝る時だって部屋の前にいたんだって?
他にも伯が見えなくなるとすぐ泣きべそかいたとか聞いたぜ?
もう恋人を通り越えて夫婦かよって見てて思ったね。
イルミナもイルミナで伯といると嬉しそうにしているし」
グイードは嘘を交えたつもりで話したが、それを事実と聞いているイルミナは顔を更に赤くした。
「そ、そんなことまで・・・!?
言わないでとお願いしたのに・・・!!」
「・・・は?」
「だ、誰ですか、そのことを話したのは・・・!」
「え、嘘だろ、本当かよ?」
「・・・え?」
「・・・」
「・・・」
「・・・その、聞かなかったことにしてください」
「そうだな・・・、俺の精神的ダメージも大きいわ・・・」
二人はまたお茶で喉を潤す。
グイードは諦めたとはいえ、その感情が全くなくなったわけではない。
もしかしたら、という希望は微かにあった。
しかし今の彼女を見て、そのわずかな希望も打ち砕かれた。
まぁ、それでも彼女が幸せそうであればいいとは思うが。
「・・・それにしても、結構な年の差だな」
「そう、ですね。
ですが政略結婚としてはありえますよ」
「政略結婚だったら、だろう?
子供が出来る頃には伯、じいさんになっているんじゃね?」
「こ、こども・・・」
イルミナは呆けたようにその言葉を繰り返した。
その表情は考えてもみなかったようにすら見える。
「そうだろ?
王族なんだし、てか普通に夫婦になったらなぁ」
「そ、そうです、ね・・・」
イルミナは必ず子を産まなければならない。
それが一番の仕事ですらあると周りは思っているだろう。
いや、事実そうなのだ。
しかし、イルミナは自分の政策のことばかり考えていてそのことが頭からすっぽりと抜けていた。
座学で、必要最低限のことは習っている。
しかし、それを自分とグランがするという想像ができなかった。
だって・・・、だって・・・。
座学の内容を思い出し、イルミナは一気に赤面する。
「お、おい、大丈夫か?」
湯気すらでそうなイルミナに、グイードは心配げに声をかけてくる。
それくらい真っ赤だったのだ。
「え・・・う、あ・・・だ、だいじょうぶ、です・・・」
「どう見ても大丈夫じゃないだろ。
もう休めよ、部屋まで送る・・・」
「それには及ばない」
「!?」
「ライゼルト伯!?」
二人のお茶会に姿を現したのはグラン・ライゼルトその人だった。
「グイード、悪いが、イルミナはこれで失礼させていただくよ」
「あ、はい、どうぞ」
「イルミナ、おいで」
グランはそう言いながらイルミナの手を取った。
「ん・・・、熱いな。
もしかしたら熱でもあるのかもしれない。
最近は特に忙しくしていたと聞いているぞ。
・・・とりあえず部屋に戻ろうか」
「は、はい・・・」
イルミナは違うとは言えずに、ただ黙ってグランの後についていった。
残されたグイードは。
「・・・あれ、絶対聞いてただろ」
そうぽつりと零すと、頭を掻きながらお茶を一口飲んだ。
***
「あ、あの、グラン、大丈夫ですから」
「そんなわけないだろう。
そんなに顔を真っ赤にして。
あとでフェルベール医師を呼ぶから、それまで部屋にいなさい」
「・・・はい」
イルミナはどうしても赤面した理由を言いたくなかったので、大人しくグランのいうことに従うことにした。
子どものことを考えて赤面するだなんて、気付かれたくない。
そうしてようやっとイルミナの部屋に着くと、グランはそのままイルミナを寝室へと促した。
「ぐ、グラン、ここまでで大丈夫です。
もう、行ってください」
さすがに未婚の男女が寝室にいるのは駄目だ。
いくら思いを交わしたとしても。
婚約すらしていないのだから当然のことだ。
しかし、グランはそんなイルミナを愛おしげに見ながら耳元に口を寄せた。
「・・・可愛いな」
「!?」
「子どものことを考えて真っ赤になるなんて・・・」
グランのその言葉で、彼がグイードとの会話を聞いていたことを知る。
「き、きいて・・・!!」
真っ赤になるイルミナに、グランは苦笑を零した。
「それはな。
好いている相手のことは気になるものだろう?
・・・ましてや、一時でもライバルだった男といるのだから」
イルミナは熱すぎて何が何だか分からなくなってくる。
完全にオーバーヒートだ。
「まぁ、子どものことはまだ考えなくてもいいだろう。
周りはせっつくだろうが、授かりものだ。
とりあえず今日は休みなさい。
知恵熱でも出ていそうだ」
イルミナは誰のせいですかと言いたかったが、言わない。
言ったらもっと酷いことがおきそうな気がする。
「・・・わかりました。
もう休むので、退室を・・・」
イルミナは真っ赤のままの顔を隠すように俯いてグランに促した。
そんなイルミナに、グランは笑みを零す。
そしてその旋毛に唇を落とした。
「!!」
「個人的には、君に似た娘がとても可愛いだろうと思っている。
まぁ、息子でも可愛いだろうとは思うがな」
グランはそう言い、ゆっくりしなさいとだけ言って退室した。
「・・・・・・~~~っ!!!!」
イルミナはベッドの中で一人悶えた。
***
男は一人微笑んだ。
出来るのであれば、自分との子が欲しいと思ってくれればいいと思って。
赤面する彼女も大変可愛らしかったが、きっと考えたのは子供のことだけではないのだろう。
それをばれたくないと必死に隠そうとしているその姿が、自分を悶えさせていることを彼女は知っているのだろうか。
堪えきれない笑みを零しながら、男は何か冷たいものでも用意させようとメイドの元へと足を進めた。