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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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愛乞う人の思惑




「・・・私たちに、同意しろということですか?」


「あぁ、そういうことだ」


「しかし、貴方から見ても理解できるでしょう?

 ラグゼンファードとの婚姻は、この国に利益をもたらしますよ?

 ・・・それをどうして」


ベネディート伯爵は顎に蓄えた髭を撫でながら問う。


「ベネディート、利益だけを求めれば、この国はいずれ駄目になる。

 確かに利益は必要だ。

 しかし、その為だけに彼女を犠牲にするのか?」


「犠牲とは、また・・・。

 確かに陛下は素晴らしい方です、あの若さで頑張っていらっしゃる。

 しかし、それだけでは国を治めることは叶わないでしょう。

 ・・・確かに、相手が貴方でも問題はないのかもしれませんが」


ロイズ子爵は、凡庸とした顔だちながらも鋭い目で言った。


「そうです、確かに貴方が伴侶となれば、国内の不満は少しは解消されるのかもしれません。

 ただでさえ、ベナン達はやらかしてくれましたからね。

 しかし、可能であればラグゼンファードとの繋がりも欲しいと言うのは理解いただけるでしょう。

 今はセバリアとは何ともないですが、かの国もいつ、我々に牙を剥くのかわからない。

 出来るのであれば、貴方にはこのまま国境を守ってほしいという考えは、ご理解頂けるでしょう」


セバーグ男爵は、この中で一番位が低いながらもはっきりと物申した。


「セバーグ、貴方の言いたいことも理解できる。

 国同士の繋がりを強くするのは、婚姻が一番なのは確かだ。

 だが、私とアリバルはそこに不安を覚えている」


「不安?」


「ここは私から。

 確かに陛下は有能です。

 正直、ここまでの期待していなかった分驚いています。

 しかし、かの方は余りにも危うい。

 知っていますか?ベナン達を誘き出すために毒入りと知っていながら紅茶を飲んだことを」


「!?」


「陛下は、予定内だとか死ぬつもりはなかったとか簡単に仰っておられましたが、考えてもみて下さい。

 彼女は十六ですよ?たった十六の少女が、国の為に苦しむことを当然と取るのですよ?

 それは、あまりにも危ない。

 ご自身を顧みることがあまりにも無い。

 今の彼女を見ても分かるでしょうが、どう見ても生き急いでいるようにしか見えない。

 そんな彼女を、ラグゼン公が支えられると本気で思っているのですか?」


アリバルの言葉に、ベネディートとセバーグが黙る。

確かに、十六にしてはやたらと有能だというのは理解できた、それだけのことを今の彼女はしている。

しかし、もし彼らの話が本当だとすれば、イルミナは危ない状態だということも理解出来る。

ベネディード、ロイズ、セバーグの脳裏に微笑みを浮かべる少女が浮かぶ。

あの若さで、こちらの予想を超える力量を見せ、美しく綻びかけている少女。


しかし、それがもしぎりぎりのところで行われているとしたら?

細い紐の上を、恐ろしいほどの薄氷の上を歩いているようなものだとしたら?

それは、いずれ壊れる。


「・・・それでは、グラン殿が支えられるとでも言いたいのですか?」


女王の心の安寧は必須だ。

心の壊れた王など、何をしでかすか分からないのだから。


「あぁ、私なら、必ず」


「その自信はどこから来るのですか?」


ベネディートが心底不思議そうに問う。

当たり前だ、グランは四十手前に対して、イルミナは十六。

親子ほどの年の差の彼らが、そのような感情を持つのだろうか。


「・・・陛下は、私を拒めないからだ」


「拒めない?」


「あぁ、彼女は、私に好意を持っている。

 私が彼女に対して持つ好意と同じものをな」


「・・・すみません、正直考えてみてはいたのですが・・・。

 グラン・ライゼルト殿、貴方は陛下に女性としての好意を抱いているのですか?」


セバーグは恐る恐るといったようにグランに問うた。

正直、初めからこの話をしてからそのことは考えないようにしていた。

歳の差が二十ほどもある彼らが、恋愛感情を持つ?

それこそ考えられないことだった。


「あぁ、私はイルミナのことを愛している」


「「!」」


その言葉に絶句する三人。


「まぁ、お二人がそのように思うのは仕方ありません。

 かくいう私も、初めグラン殿から話された時驚きましたからね。

 でもそれでもいいでしょう?

 陛下はグラン殿に好意を寄せていて、同様にグラン殿も陛下に想いを寄せている。

 ぴったりじゃないですか」


「・・・しかし」


「確かにお三方の仰っていることも理解できます。

 しかし考えてみて下さい。

 他国であれば戦うという選択肢もありますが、自国の内部からであれば手を打つ暇もなく食い破られるだけです。

 内部からの腐敗の可能性があるのであれば、私はそれを防ぐことが一番だと思います。

 ですから、陛下とグラン殿の婚姻に賛成ですよ」


「・・・」


黙り込む三人に、グランとアリバルは微かに頷いた。

答えをすぐさま出さないということは、考える余地があるということ。

だとすれば、三人もこちら側に引き込めるということだ。


「・・・少し、考えさせてください」


ベネディートが小さな声で言う。

それにセバーグ、ロイズも同意するかのように頷いた。


「わかりました。

 しかしあまり時間がありません、そこはお分かりいただけるだろうかと思いますが。

 ラグゼン大公のこともあります、出来るだけ早い決断を」


「・・・わかりました」






「とりあえず、これでひとつは片が付きそうですね」


「あぁ、すまないな、アリバル」


「いいえ、私とて自分の住まう国が良い方がいいですから」


グランとアリバルは、ラグゼン派の貴族たちや政務官たちに会っていた。

力任せに婚約するのは簡単だ。

そもそも、アリバルやブランたちがグランを推しているのだ、説得せずともイルミナとグランの婚約をなすことはできるだろう。

しかし、それをグランとアリバルは良しとしなかった。

下手に一物を抱えたものは、いずれどこかで爆発する。

だったら、時間をかけてでも説得する方が、この先のことを考えるといいと考えた為だ。


「陛下のところにいっているので有力なのは貴方とラグゼン公ですからね。

 あとのは十把一絡げでしょう」


「手厳しいな」


苦笑を浮かべるグランに、アリバルはため息を漏らす。


「当たり前です。我々の国なのですよ?

 私の愛する妻や子が、不安なく生きていくための土台を作るためであれば、私はなんでもできますから」


「・・・本当に変わったな、リチャード」


「・・・私でもそう思いますよ」


ブラン、アリバル、ライゼルトはヴェルムンドの中でも有力な貴族たちだ。

彼らは彼らなりの独自のコミュニティを築いていた。

若かりし頃は、切磋琢磨するライバルとして、そして今は、志を共にする仲間として。


故に、グランは昔のリチャードのことを知っていた。

情報戦を得意とする彼が、いかに危ない橋を渡って自領を守ってきたのかを。

そしてそれを変えた奥方のことも。


「あの頃は、お前がこのように変わるとは思わなかったよ」


「私もですよ。

 ・・・しかし、なんだかんだで今の自分の方が気に入っていますよ」


二人は懐かしい思い出に浸るようにそっと目を伏せる。

まだ、後継者としてしか見られていなかったあの頃、大きすぎる家の名に何度弱音を吐きそうになったことか。

逃げ出したいと思ったことだってあった。

しかしその思いを止めたのも、彼らがいたからだ。

猪突猛進なブラン、蛇のように狡猾なアリバル、慎重さを捨てず、感情に重きを置くライゼルト。

互いが互いに良い所を理解し、反発し、吸収していった。


「あぁ・・・一度ジェフが無謀にも山籠もりをしようとしていましたね」


「あぁ、懐かしいな、止めろと言っても聞かなくてな」


少し間、懐古の情に浸ると、二人はひとつだけ息をついた。


「・・・それで次はどうするのですか」


「できれば、ラグゼンと話したいところだな」


「できるのですか?」


「今王都に来ているだろう?

 確かマルベールが対応していると聞いた」


「まぁ、可能であれば話しておきたいですね、先代たちは?」


「何かあれば力になるとはいってもらっている。

 そろそろエルムストに到着して落ち着く頃合いだろう、アーサーベルトが帰還次第だな」


二人は話し合いながら移動をし続けた。






***************






「アーサーベルト、只今帰還いたしました!」


「良く戻りました、アーサーベルト。

 問題はありませんでしたか?」


「っは!

 問題なくお送りしております!!」


「そうですか、大儀でした。

 同行した者たちには五日間の休息を与えます。

 アーサーベルトは伝えた後、私の執務室に来るように」


「かしこまりました」


食事会まで二カ月を切ったころ、アーサーベルトたちは城に帰還した。

行きはゆっくりと時間をかけて二十日間ほどで進み、帰りは十日弱で戻ってきたのだ。

騎士団ゆえに、皆が馬に乗っているために出来たことだろう。

アーサーベルトはイルミナの前を辞すと、そのまま団員が待機している広場へと足を向けた。

そこで後ろから慣れた声に呼び止められる。


「アーサー」


「ヴェルナーか、久々だな」


「あぁ、先代たちはどうだった?」


「それも後で陛下に話す。

 お前も一緒にいるといい。

 そういえば、宰相になったそうだな、おめでとう」


「あぁ。益々忙しいが、遣り甲斐に溢れる」


「これからさらに忙しくなるな・・・。

 陛下の様子はどうだ?」


「あぁ、やはり過剰に仕事をされている部分がある・・・。

 政策に関しては少しずつだが進んでいるのだから、もう少し休んでも良いはずなのだがな。

 それとやはりあの若さだ、早めの婚姻を望む声が多い」


「・・・そうか、とりあえず一度騎士団に顔を出してくる。

 その後に行くから、悪いが後で」


「あぁ、呼び止めて悪かったな」






「本当にお久しぶりです、陛下」


「良く戻ってきてくれましたね、アーサー。

 道中はどうでした?」


「特に大きな問題はありませんでした。

 陛下こそ、如何ですか?あまり顔色が優れないようですが」


「・・・少し、寝不足なのかもしれないです。

 さしたる問題ではないので大丈夫でしょう。

 それで、先代たちの様子は?」


「はっ、取り乱す様子もなく、終始落ち着いておられるようでした。

 リリアナ様も最初の頃は泣き暮らしているようでしたが、旅の後半ではウィリアム殿の心遣いによりお健やかにあったかと・・・。

 私は拝見していないのですが、侍女たちがそのように言っておりました」


「・・・そう」


イルミナはアーサーベルトの言葉に心が少しだけ軽くなった。

別れ際あのようなことを言われたが、万が一あれが演技だとしたらと考えていたのだ。

アーサーベルトがいるから、簡単には尻尾は出さないだろうと思っていたが、腹に一物を抱えることのできないリリアナがそうなのであれば、きっと先王たちは彼女に話したのだろうと推察する。


彼らが、今のイルミナに対して害を与えないで大人しくしてくれる確証などどこにもない。

ああ言って、自分の同情を買おうとしたのかと勘ぐってしまったほどだ。

信頼も信用も築けなかった関係は、彼らに対して猜疑心しかイルミナに植え付けなかった。


アーサーベルトのことを信頼していないわけではない。

だが、彼らの存在自体が、イルミナにとってはトラウマでしかないのだ。

イルミナは、それを理解している。

そしてそれが一生付きまとうだろうとも。


「・・・ありがとう、アーサー。

 疲れている所、手間を掛けさせましたね。

 今日から五日間、ゆっくり休んでください」


「・・・、」


何か言いたそうなアーサーベルトに、イルミナは不思議そうに見る。


「?どうかしましたか」


「・・・そ、の」


言い淀むアーサーベルトに、イルミナは首を傾げる。

いつもはっきりと物言う彼が珍しい、と。

申し訳ないが、今のイルミナには時間が無限にあるわけではない。

これからまだ会議やら確認せねばならない書類が山となってイルミナを待っているのだ。


「ごめんなさい、アーサー。

 そこまで時間が取れません、何もないのであれば行っても?」


「!・・・はい、陛下。

 また、近いうちに・・・」


アーサーベルトは何も言わなかった。

本当は婚姻のことに関して聞きたい事があったのに、彼は臆して聞かなかったのだ。

それを後悔するのはすぐのことである。




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