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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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女王とグイードという村人





ここに来るまでの間、グイードが一言も話そうとしないので、イルミナも無言のまま執務室にやってきた。

扉は少し開いてくれているあたり、貴族としてのマナーを少しは勉強しているらしい。

いつもと雰囲気の違うグイードに、イルミナは少しだけ不安を覚える。

何か、悪い知らせでもあるのだろうか。


「・・・グイード?」


背を向けたまま、何も話そうとしないグイードに、イルミナは恐る恐る声をかける。

そうして、グイードはようやくイルミナを見た。

その力強い瞳に、イルミナは一瞬目を奪われる。


「・・・イルミナ」


「な、なんでしょう」


「・・・俺は、お前に言いたいことがあって、ここまで来た」


グイードは言うと、一つ深呼吸をした。

こんな彼は初めて見た、とイルミナは考えた。

そんなに長くいたわけではないけれど。


「・・・俺は、いつかお前の傍に行くと、役に立ちたいといったことがあったな」


「・・・はい」


そう、あの時。

イルミナはグイードという友人を手に入れたのだ。


「・・・まだ、お前の傍にも行けていないし、役に立ってないけど」


「そんなことありませんよ。

 グイードたちだからこそ、私は安心して任せられました」




イルミナの言葉に、グイードは泣きそうになった。

そう言ってくれるだけで、心が満たされてしまう。

本当は、貪欲にもっと欲しがるはずなのに、それは不思議と生まれてこなかった。


「・・・イルミナ、俺、お前が好きだ」


「・・・え?」


「はは、やっぱ気づいてなかったか。

 親父とかジジィには気づかれてたんだがな。

 イルミナ、俺は、お前が好きだ。

 頑張って頑張って、その身すら削って生きてくお前が」


「え・・・あ、う・・・」


イルミナはグイードのいきなりの告白に、顔を真っ赤にして口をはくはくさせる。

そんな彼女の表情を、グイードは嬉しく思う。


「出来れば、俺が支えてやりたいとも思ったよ。

 だから、傍に行きたかった。

 傍で、お前の心を守りたかった」


まるで独白するようなグイードに、イルミナは怪訝そうな表情を浮かべた。

どうして、過去形なのだろうか、と言わんばかりに。


「・・・でもな、ジョンが来て、村で勉強して、気づいた。

 俺には、お前を支えることなんかできやしないって。

 辺境伯を見て、さらにそれを痛感した」


「、辺境伯・・・?」


「気づいてないのか、覚えてないのか・・・。

 イルミナ、お前は、辺境伯に懐いていたよ。

 心底安心できる場所がここだって、そう全身で視線でいってた」


グイードはアウベールでの情景を思い出しながら口にした。



その言葉に、イルミナの頬に熱がのぼる。

そんなこと、一体いつしたのだ。

イルミナは自分の記憶を浚うが、一向に思い出せない。

ただ、ぼんやりとする思考の向こうで、とても暖かい何かに守られていたような気がする。

それがいつのものなのかは、思い出せないのだが。


「その顔、俺にはさせられねーな。

 イルミナ、俺は、お前を支える柱の一つになる。

 唯一には、なれない。

 ・・・あの時気づいちまったからな。

 だから、お前は安心して進め。

 お前は、人を引き寄せるよ、だから、安心して人に、俺に後ろを任せろよ。

 ・・・絶対、守るから」


「―――っ、」


グイードは泣きそうな笑顔でそう言った。

それは驚くほど綺麗で、イルミナの胸を締め付けた。


「・・・グイード」


「いいんだ、言わなくて」


イルミナの言葉を遮ろうとするグイードに、イルミナは首を横に振った。

言わなくてはならない。

自分に誠実に思いを伝えてくれたというのに、それから逃げるなんてしてはならないことだ。


「グイード、貴方を気持ち、とても嬉し、です。

 ・・・唯一の人には出来ないけど、一番の友人になって欲しい・・・そう思います」


余りにも都合がいいのは分かっている。

恋人にはできないが友としてよろしくなんて、なんて我儘な願いだろうか。

でも、どうしても。

初めて出来た友人を、失いたくはないのだ。

グイードが、一番最初に何も知らないイルミナを認めてくれたのだから。


「・・・ははっ、ホント、ずりーよな・・・」


「!!」


「正直さ、尊敬とかも色々混じっちゃってんだよ、俺のって。

 最初は馬鹿で、お人よしで、世間を知らねー餓鬼だと思ったんだ。でも、そんなお前が可愛く見えた。話せば話すほど、俺よりもずっとしっかりしてんだなって気付いた。

 頑張っているのを見て、尊敬した。

 ・・・多分さ、尊敬したから、駄目だったんだよな。

 一緒に同じ場所に立とうって、思えなかったんだよ、俺は。

 きっと、俺は、お前の友達としてやっていくのが、一番いいんだと思う。

 馬鹿やってる時は、俺が体張ってでも止めに来るからさ、俺がやったら、殴ってでもいいから俺を止めてくれよ、イルミナ」


「グイード・・・」


「なんでお前が泣きそうなんだよ。

 イルミナ、俺の大切な友達。お前のお蔭で、俺たちは変われるんだ。

 自慢しておけ、俺も、お前を自慢するから。

 この国一番の、器量良しだって」


すこしだけ不格好ながらも、グイードは笑みを浮かべた。

その笑みをみて、イルミナも熱くなりそうになる目頭を何とか抑えながら笑みを浮かべる。


「・・・ありがとう、グイード」


不格好で、酷く歪な笑みだったが、グイードにとっては一番だった。

そんな表情をさせたのは自分なのだ。

グランでも、他の誰でもない、自分が。

グイードはそれで十分だと思った。

生まれた思いは、ほんのり色づいた程度なのだ、と言い聞かせる。


「一緒に頑張ろうぜ、イルミナ。

 隣には立てなくても、後ろから支えられるくらいには俺も頑張るからさ」


「っ・・・はい!」


グイードが手を出す。

イルミナはそれを握り、二人は握手を交わした。

そこには男女の甘い空気はなく、戦友のような空気しかなかった。


「私は、必ずこの国を良くします。

 私が行なってきたこと全てに報いるために、そして、アウベールの皆やグイードが誇ってくれるように」


「・・・ま、そこまで気負わなくていいんじゃないか?

 ジジィも言ってただろ、頼ることを覚えろって」


「・・・充分頼っているのですけどね」


「お前の頼ってるっておかしいんだよ。

 もっと他の奴らに仕事回せってーの。

 一人でガンガンやってよー、倒れんぞ」


「そんなことありません、皆一生懸命やってくれているのですよ」


「お前がやり過ぎだって言ってんの。

 はぁぁぁー、宰相に言っとくかー」


「や、やめて下さい、もう何度か怒られているのです、もうこれ以上は嫌です」


「ほらな」


二人は軽口を叩きながら部屋を出て、タジールとヴェルナーの待つ執務室へと足を運んだ。

そしてもう少し、というところでグイードがイルミナを呼んだ。


「イルミナ」


「?まだなにか?」


「・・・諦めるなよ」


「何をでしょう?私は諦めませ、」


「ライゼルト辺境伯のことだ」


「!!」


グイードは、真剣な目でイルミナに説くように言った。


「諦めるな、イルミナ。

 ・・・お前にとっての、唯一を、諦めたりすんな」


グイードはそれだけ言うと、さっさと一人で部屋の中へと戻ってしまった。






****************






「陛下、グイードとは何を話されたのですか?」


「・・・気になるのですか、ヴェルナー?」


タジールとグイードが帰ったあと、イルミナは普段通りに執務に励んだ。

グイードは頼れと言っていたが、自分はもっと頑張らなくてはならない。

勉強だってまだまだ足りないし、お飾りの女王と言われない為にも頑張らないといけないのだ。

そんななか、ヴェルナーは少しだけ不服そうに聞いてきた。


「・・・タジール殿が、チャンスをやらねばならないと言っていたので・・・」


そう言えば、タジールもバルバスも気づいていると彼は言っていた。

しかしどうしてヴェルナーが気にするのだろうか。

彼がこういった私的なことを質問してくること自体、ほぼないのだ。


「・・・二人だけの、秘密ですよ、ヴェルナー。

 これ以上は、聞かないでください」


イルミナの言葉に、ヴェルナーは一瞬呆けたような表情をして考え込んだ。

確かに、イルミナのいう事は最もだ。

自分とイルミナは王と臣下、それ以上でもそれ以下でもない。

だと言うのに、どうしてこうも気になるのか。


「・・・いえ、差し出がましいことをしました。

 お気になさらないで下さい、陛下」


ヴェルナーはしかめっ面のまま、視線を書類に落とす。

そんな彼の様子に、イルミナは首を傾げながらも自身も書類に視線を落とした。

本当は、ヴェルナーが何を聞きたいのか、イルミナには分かっていた。

そして、それを彼に話すことはないことも。


グイードから、その言葉を贈られた時。

イルミナは喜びや興奮ではなく、ただただ戸惑いと驚きが胸中にあった。

そう言う風に見られているなんて、思いもしなかったのだ。

だから、素直に嬉しいとは思えなかった。


それが如何に酷いことか、理解している。

今回友人を失わずに済んだのは、たまたま相手がグイードだったから他ならない。

きっと、自分であれば逃げてしまう。

というより、逃げようとした。

グランという人から。

だから、グイードを素直に尊敬した。


きっと、これからは今までの様には行かないだろう。

少なくとも、今すぐにかつてのような関係に戻ることは難しい。

きっとお互いにどこかしらで何かを抱えた状態になる。

それはまるで、小さな針が刺さったかのような状態だろう。


しかし、イルミナはそれを大切にしようと思った。

この、微かな胸の痛みも。

そしてグイードへの思いも。

何もかもが、きっと大切なことなのだ。


そして、彼がくれた最後の激励も。








「・・・伝えられたのか?」


「・・・あぁ」


別の場所の、ある屋敷の一室で、面影の似ている二人の男がグラスを片手に向き合っていた。

グラスには、琥珀色の液体が半分ほど注がれている。

アリバル侯爵からの差し入れだ。


「・・・そうか、良かったのか?」


「どうしろってんだ。

 相手は女王陛下だぞ。伝えられただけでも御の字だ」


少しやけっぱち気味なグイードに、タジールは苦笑を漏らした。


「そうか・・・。

 グイードよ、わしはそろそろ寝る。

 お前は折角の酒なのじゃから、しっかり飲んでおけ」


「・・・あぁ」


タジールはそうしてグイードを一人にした。

そうでなければ、きっと孫は感傷に浸ることも出来ないだろう。

我慢強いというのか、プライドが高いと言うのか。

そこは自分の息子に驚くほど似ていた。


「・・・いずれ、好きになったことを、誇れる日が来るじゃろう」


タジールはそう呟いて、ひっそりとした廊下をしっかりとした足取りで進んでいった。






「・・・・・・」


伝えたことに、後悔は一つとしてない。

むしろ伝えられただけ、良かったと本気で思っている。

だが、この胸の痛みだけはどうしようもなかった。

グイードはグラスを傾けて度数の高いそれを一気に煽る。

身体が一瞬で熱を持ち、それと同時に目頭も熱くなる。


「―――すき、だ」


本当に、好きだった。

一人の女の子として。


出逢った頃、自分が如何に若造だったか、色々な勉強をする上で知った。

一緒に居たい、それは本当だ。

ただ、一緒に立ちたい、ではなかった。

彼女の傍に居たかった、支えたかった。

愛し、愛されたかった。


でも。

あの日、グランがイルミナを連れてきたとき、痛感してしまったのだ。

イルミナは、自分を友人としてしか見ていないことを。

ボロボロになった彼女は、自分ではなくグランを必要としていた。

彼女が、その男に対してどれだけの信頼を寄せ居ているのかを知ってしまった。

そこに、自分が入る隙間が無いことを。


負けた、素直にそう思った。

それに、負けたとか勝ったとかないことは理解している。

それでもそう思ってしまった。

男に対して、年甲斐もなく、なんて一切思わなかった。

・・・思えなかった。


「・・・つらい、な」


好きだけじゃ、足りないのだ。

彼女の傍にいる為には。

それでも、出逢ったことに後悔はない。

今はまだ、この胸はじくじくと痛むが。

告白しない方がきっともっと辛かっただろうと思うから。


空になったグラスが、窓から入る月明りを反射している。


それが、とてもきれいにみえて。



グイードの瞳から、ほろりと涙が一筋零れ落ちた。



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