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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代

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グラン・ライゼルト





久々に見る彼女は、酷く痩せてしまったと思った。


そして、その折れそうな華奢な体に合わず、力強い目をしていると。


その美しい姿に、息を飲んだ。


そして他の皆も同じような思いを抱いていることに、嫉妬を覚えた。


彼女をずっと傍で見てきたのは、自分のはずだと。


そう言ってしまいたかった。




白っぽい光沢のあるドレスの上から黒い上着を着た彼女を、一体誰が美しくないと言うのだろうか。


あのような折れそうな痩躯で、それでいて凛としている彼女を。


髪を結い上げて、背筋を伸ばした彼女を、一体誰が両親に似ていないと言うのだろうか。


彼女の切れ長の目と薄い唇は、王に。


その鼻筋と、耳の形は王妃にあんなにも似ていると言うのに。


どうして、誰も気づかなかったのだろうか。


同時に、誰も気づかなかったことに、自分しか気づいていなかったことへの優越感は、ある。




「―――――、?」




不意に。


彼女の笑みが前と変わっていることに気付いた。


まるで、貼り付けたかのようなその笑み。


彼女が望んで得た、その地位なのに。


どうして、その様な表情をするのか、分からなかった。


会えなかった間に、何かあったのだろうか。






戴冠式が終わった後も、彼女に会える時間が取れずにいた。


ブランやアリバルが、今までどうしていたのかと詰問してくる。


その問いに答えるのは、出来ればもう少し待ってほしいと答えると、彼らは渋々引き下がってくれた。


幾人かの貴族に声を掛けられる。


今回、自分の弟も一緒に来ている。


彼を紹介しながらも、横目で彼女を確認する。


疲れた表情を一切見せない彼女は、ヴェルナーとアーサーベルトを脇に、挨拶に来る貴族に優雅に返している。


自分がいない少しの間に、彼女はあのような笑い方をするようになったのか。


しかし。


自分が挨拶に行っても、彼女は何一つ変わらなかった。


他の貴族と同じような当たり障りのない笑顔、そして挨拶。


親しい間柄というのを一切彷彿させないような対応。


どうして、と思った。


先ほどまで感じられた優越感が、一瞬にして霧散する。


一体、彼女に何があったのだろうか。






グランは、忘れていた。

イルミナと最後に会ったのが、あの夜だということを。

そして、その日以来、イルミナと話していないことを。


そのことが、イルミナの心を凍らせてしまったということを。









*****************









「――――やっと、見つけた」


グランは、廊下に散る白い薔薇の花びらを追って、ようやくイルミナの場所を突き止めた。

四阿に行ったが、ちょうど入れ違いで見つけられなかったのだ。


陛下に用事があると衛兵に言い、城を闊歩していたその先。

ようやく見つけたその後ろ姿。


真っ白な花束を抱え、驚くほど速足で遠のく彼女に。

グランは声を掛ける暇なくただ追いかけた。

そうして、自室に着いた彼女は―――。





「どうして、」



イルミナは、呆然とつぶやいた。

まるで信じられないものを見たかのように。


「どうして、貴方がここにいるのですか、ライゼルト」


その小さくも冷たい言葉に、グランは怪訝な表情をする。


「・・・イルミナ?」


名を呼ばれたイルミナは、ぐっと何かを堪えるような表情をし、そして眉間に皺を寄せた。

どうして、その様な表情をするのだろうか、とグランが考えていると。


「ライゼルト、このような時間に何用ですか。

 私を女王と知ってのことですか」


イルミナの言葉に、グランは瞠目すらした。

いつもであればこのような状況で、イルミナは立場を口にすることはなかったはずなのに。

しかし、彼女が体裁を気にするのであれば仕方ない。

それに従わないわけにはいかないだろう。


「・・・申し訳ございません、陛下。

 どうしても貴女のお耳に入れたいことがございまして」


グランは一礼しながら言葉を続けた。


「このようなお時間に来たこと、謝罪致します。

 しかし、出来るのであれば少しだけ、私にお時間を」


イルミナは逡巡した。

確かに、このような時間に女王になったばかりのイルミナを訪れるなんて。

ましてや夜も更けようという時間帯だというのに。

しかし、相手はライゼルト。

万が一、彼が伝えたいことというのが非常に大切なことであれば、聞かなかったことを後悔するだろう。


・・・それに。

イルミナは一瞬でもそう考えた自分を自嘲しそうになった。


――――綺麗だと、言ってほしい、なんて。


「・・・分かりました。

 執務室で聞きましょう」


イルミナは折れて、グランを自身の執務室へと招いた。

そんなイルミナに、グランは内心で笑う。

きっと他の王族であれば、追い出されてもおかしくない。

しかし、それをしないイルミナに、自分が信頼を寄せられているのだと心の中で安堵した。







「・・・それで、話とは」


机を挟んで座った途端、イルミナは切り出した。

彼が目の前にいることで、浮足立ちそうになる自分の心を諫めるためだ。

そんなイルミナに、グランは苦笑をこぼした。


「陛下、そんなに急がずとも情報は逃げませんよ」


余裕のグランに、イルミナは悔しい思いを抱く。

彼がいなかった期間、イルミナがどのような気持ちで彼に別れを告げたのか、グランは知らない。

当たり前だ。

イルミナが勝手にしたことなのだから。

だからこそ、イルミナは彼に対して毅然とした態度を取らねばならない。


「・・・イルミナ陛下。

 貴女の婿となる人は、どのような方が理想なのでしょうか」


グランの突然の質問に、イルミナはきょとんとする。

そして、若干怒りすら沸き上がった。

好きだと言ってきたくせに。

どうして、その様な質問をしてくるのだろうか。

そうしてそう思う自分に、吐き気すら起こった。

どうしてこうも自分の感情とはままならないのだろうか。


「・・・それが、関係あるのですか」


「ありますよ」


「・・・。

 女王である私を支え、権力を持ち、私より知識があり、見聞の広い人が理想です」


それは、イルミナが女王として必要としている人だった。


「・・・他には?」


「・・・何を言わせたいのですか」


「ラグゼンへの返事は?」


イルミナは、冷水をかけられたような気持になった。

心が、冷たく凍っていく。

その言葉が、心に突き刺さる。

あぁ、そうか、きっと、あんなこと言ったから、彼は私から離れたいのだ。

だから、こんなことを言ってくるのだ。

まだ返事をしていない自分を、責めているのだ。

さっさと婚約を成さない、自分を。

イルミナは、ようやくそのことに思い至った。

そして、むしろどうして今までそのことを思いつかなかったのかと嘲笑した。


イルミナは微笑を浮かべた。

氷のように冷たい笑みを。




「・・・候補の一人です。

 当たり前でしょう、ラグゼンファードは大国ですから」





グランは、間違えたとようやく気付いた。

ただ、断るという一言が欲しかっただけなのに。

イルミナの、感情の無い笑みは、それほどまで衝撃的だった。


「・・・陛下」


「ライゼルト、貴方から言われずとも、彼は第一候補です。

 かの国との繋がりから得られる恩恵は大きいものでしょう。

 返事をしていなかったのは、私が確固たる地位を得ていないからに他なりません」


「陛下っ、違いま」


「確かに、貴方に思いを寄せたことはありました。

 でも、それが実現するわけがない」


「イルミナ!!」


グランはイルミナの肩を掴み、自分の目と合わせる。

そして、その暗い瞳に、呼吸を忘れそうになった。




「貴方は、辺境伯でしょう。

 ・・・これで、国はもっと安定しますよ」




イルミナは、少しも輝かない瞳で、言い放った。

そしてそのままグランに退室するように言う。


「イルミナ、違うんだ、話を聞いて欲しい」


言い募ろうとするグランに、イルミナの心が決壊した。

どうして、終わりにしようとしているだけなのに。

どうして、終わらせたいくせに。


「何を、聞けばいいのですか・・・?

 大事な話とはそれでしょう?

 私だって、城の者たちが私の婚姻に関して急いていることくらい知っています。

 誰に言われたのですか?

 全く、せっかちな者もいるのですね」


「違う、そうではない!!

 私はただ、ラグゼンへの返事は断りを・・・!」


「断る・・・?

 断って、どうするというのですか?

 他に誰か見つけられたのですか?

 ・・・なんて、なんて残酷な人・・・。

 私の傍にいると言った口で、他の人を勧めるのですね」


口から、言いたくもない冷たい言葉がどんどん流れ出ていく。

本当は、こんなことを言いたいわけではないのに。


「それともライゼルト、貴方がその他の人だと?

 辺境伯である貴方が?

 貴方がその地位を捨てることないでしょう・・・!

 そうでしょう!?

 ・・・私は、女王になると決めたのです・・・、

 女王は、国の為に、存在するのっ、女王になるために、その為だけにわたしは存在するのっ!!」


嫌々と頭を振りながら言うイルミナに、グランは何とか落ち着かせようとその華奢な手首を掴む。

あまりの細さに、驚きを禁じ得なかった。

最後にあった時よりも、細くなっている。


「やめて!!

 貴方がいると、私は弱くなる!!

 もう期待したくない・・・!!

 お願いだから、期待させないでっ、グランは、私から、離れたいのでしょう?

 だから、あの日から来なくなったんでしょう・・・?

 お願いだから、もう、放っておいて・・・!」


イルミナはグランから必死に離れようともがく。

しかし、力の差は歴然だった。


「なぜ、そんなことを・・・?」


グランは混乱していた。

どうして、イルミナがこのように考えてしまっているのか、理解できなかった。

自分がいない間に、何かあったとしか思うほか無いほどの混乱。


「お願い、グラン、離して・・・!!

 だって、あの日から、来なくなった・・・!

 あんなこと、言わなければ・・・!

 お願いだから離してッ・・・!」


泣き叫んでいるように聞こえるのに、その頬は一切濡れていない。

グランは、そこでようやく、あの日残されたイルミナの心を考えた。

最後に会った日、イルミナは自分に家を捨ててとは言えないと言っていた。

しかし、結果的にそれを口にしたことで、自分が彼女を嫌になったと考えているのだと、ようやく気付いた。


「イルミナ、イルミナ」


「お願い、お願いだから・・・!

 もう、期待するのは、いや・・・!」


そのもがきは、だんだん力を失くしていき、ついにイルミナは床に座りこんだ。

グランは、そのイルミナに付き添うように一緒に床に座り込む。


「・・・どうして、

 私は、ラグゼンと、結婚するの・・・、女王として、ずっと・・・」


呆然としながら、呟くイルミナに、グランは彼女が追い詰められていることを知った。

国の為に、女王として。

それが、彼女の存在意義だと信じ込んで。

そうでなければ、息することも叶わないとでも思いこんでいるのだろうか。


「イルミナ、」


グランは、出し渋った自分を恥じた。

本当であれば、喜んでほしいだけだった。

そのために、ライゼルトの領地から王都に出てきている貴族たちに会いに行った。


連日の移動に仕事。

数羽の鷹を使って、多方面と移動しながら連絡を取り続けた。

その為、イルミナに連絡することですらままならない日々。

しかし、これを超えれば彼女と一緒になれると思ったから。

だが、グランは一人先走ってイルミナを放置したのだ。

置いて行かれたイルミナは、自分は要らないのだと判断するほかなかっただろう。

それ以外の方法で、自分を守れなかったのだろう。


そうさせてしまった、自分を恥じた。

辺境伯と敬われているくせに、好きな人の心ひとつ守れないなんて。





「待たせて、すまなかった」




「・・・、」



「イルミナ、私を婿にしてくれないか」






その言葉に、イルミナは息をすることすら、忘れた。






グランは、ライゼルトの当主を弟に譲るために、各貴族と連絡を取っていた。

幸いにして、戴冠式の為に有数のライゼルト領の貴族が王都付近にいたのだ。

彼らに鷹を送り、そして自身も面会したりしていた。


ライゼルトは血の繋がりを大切にする。

そしてグランは当主だ。

もちろん、彼の領地の貴族は納得しなかった。

グランの名前で、守られるものもあるのだと、彼らは知っていたから。

いくらグランの弟だとしても、それはグランではないのだと。


しかし、グランも譲ることは出来なかった。

愛する妻を早くに亡くし、そして息子も自身の領地で閉じ込める事になった。

もう、ただのグランには何も残っていなかったのだ。


だからこそ、イルミナの隣に在りたかった。

強く見えて弱い彼女を、守り続けたかった。

かつての妻には感じなかった感情だが、グランはそれをことのほか気に入っていた。


そのために、彼は馬を駆り続けた。

戴冠式に間に合わせるために。


グランにとって良かったのは、彼の弟も仕事が出来る分類に入る人だったことだ。

名前だって、そこそこ知られている。

そんなグランの弟は、四十近い兄の恋にエールを送った。

内心でロリコンとつぶやいたが。


そうして、弟の助力の元、グランは当主の座を弟に譲る話を進めることが出来たのだ。











「イルミナ、私はもう、ライゼルトの当主ではない。

 君と結婚できる、ただの貴族だ」





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