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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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第一王女と騎士団




その人から、鷹が来た。


元気にしているかと。


無理はしていないだろうか、と。


なかなか顔を出せずにいて申し訳ない、とも。



手紙が来て、嬉しかった。


手紙が来て、悲しかった。



最後のその人の署名を見た時。


心が躍ってしまった。


そのことに気付いて、愕然とする。



戴冠式にはなんとか顔を出せるようにする。


手紙はそう締めくくられていた。


酷い人、そう思う。


引くのであれば、こんなことをしてほしくは無かった。


もう、放って置いて欲しかった。


そしてそんな些細な彼の行動に、一喜一憂する自分をやめたかった。


涙が零れることはなかったけれど。


心のどこかが、何かを流した気がした。









*******************









「アーサー、久々に、少しだけ稽古をお願いできますか?」


いきなり騎士団の鍛錬所に現れたイルミナは、アーサーベルトを見かけるなりそう声を掛けた。

軽装に、護衛の一人も付けていないその人に、その場にいたものは驚きを隠せない。


「殿下!?

 仰っていただければこちらから伺いましたのに・・・!」


アーサーベルトの焦りは当然のことだった。

騎士団の鍛錬所は、男しかいないし、みなむさ苦しい。

そんなところに、次期女王が一人でふらりと来るなんてあってはならないことだった。

いや、そもそも護衛のいない状態でどうやって一人で出てきたのだろうか。

近衛兵たちは仕事をちゃんとしているのだろうか。


「ごめんなさい・・・、思い立っていきなり来てしいました・・・。

 無理そうであれば、また今度お願いします」


イルミナはアーサーベルトが言いたいことを理解して、しゅんとしながら微笑んだ。

―――思い立って来たのはいいが、考えてみればアーサーベルトのことを何も考えていなかった。

  傍にいてくれることが多いから勘違いしていたが、アーサーベルトは団長だ。

  彼にだって仕事はたくさんあるというのに。

イルミナの表情がそう言っているのがわかってしまった。

長年の付き合いからわかるものだろうか。


「~~~、わかりました!

 少しお待ちください」


イルミナの諦めたような微笑みを見て、アーサーベルトは折れた。

彼女にそのような表情をさせたいわけではないのだ。

ただ、心配だっただけで。


「しかし!!

 今回だけですよ!

 次は必ずこちらから伺いますので!!」


イルミナはアーサーベルトの言葉に嬉しくなる。

結局、彼は自分に甘いのだ。


「わかりました。

 以後気をつけます」





「―――っは」


「―――甘いっ」


ギィンッ


「っく!!」


久々のアーサーベルトの扱きは、さすがに考えてくれているのか以前よりかは優しかった。

そして、数度の突合せて息が上がってしまう自分に、イルミナは苛立ちすら覚えてしまう。

前は、いくらかこれよりマシであったというのに。


しかし、イルミナは何度か毒を盛られ、療養していた。

体力や筋力が落ちてしまうのは仕方のないことだとアーサーベルトは言うだろう。

しかし、それに胡坐をかいてはいけない。

それを理由に鍛錬を怠ったのは自分なのだから。






「おい、まじかよ・・・。

 あの人本当に第一王女殿下なのか・・・?」


団員たちは、二人の打ち合いを遠巻きに見ていた。

正直、彼らの意見としてはイルミナが剣を嗜み程度ではないレベルで使いこなせるなんて、想像もしていなかった。

しかし、目の前の第一王女は動きに鈍さこそあるものの、一度は師事をしたことのある動きだった。


そして何より彼らを驚かせたのが、団長であるアーサーベルトが彼女の相手をしているという事実だ。

アーサーベルトは強い。

それこそ、異常といっていいほどには。


その強さ故、彼とまともにやりあえる人間が騎士団にいないのも仕方ないと言わせるほど、強かった。

そんな団長は、基本的に人と打ち合いをしない。

強すぎて手加減しても怪我をさせてしまうことがあるからだ。

もし行ったとしても、多数対一の模擬戦というものが多い。


本人は皆としている鍛錬とそこまで変わらないメニューをこなしていると言っているが、それだけでどうしてあそこまで強くなれるのかは分からない。

むしろ教えてほしいと言っても本人ですら分からないその強さは反則だと騒いだ記憶がある。


その、団長が。


「殿下、鈍りましたな。

 足がろくに動いておりませんぞ」


「―――、っはい!!」


「次は右。

 左。

 上から」


「―――っ、はぁっ!!」


遊んでいるわけでは無い、それは団長の瞳を見て分かった。

からかうような色など、少しだって見えない。

それは、人を成長させようとする人の真剣な眼差しだった。


キィン、と甲高い音が一度聞こえたかと思うと、イルミナの手から剣は飛ばされていた。

刃を潰しているとはいえ、そこまでの強さで団長は第一王女殿下と打ち合ったのだ。

それは、団員からすれば、信じられないことでしかなかった。


「っはぁ、っはぁ、」


イルミナの額からは、滝のような汗が流れ落ちている。

少しの打ち合いで、彼女の体力は底をついていた。


「・・・、やはり衰えましたな」


「・・・っは、っは・・・、ほんとうに、ひどい、ものです・・・。

 ・・・ありがとう、ございました」


イルミナは心晴れたかのような笑みをアーサーベルトに向ける。

しかし、アーサーベルトは難しげな表情をイルミナに向けた。


「・・・殿下、今日はこちらにいらして頂いたので、相手をしましたが・・・。

 今の殿下では、何をしても無駄でしょう。

 ・・・理由は、お分かりですね?」


団員は、アーサーベルトの言葉に目を剥いた。

王族に、そのような口の利き方をしてはいけないはずだと、知っているはずなのに。

下手をせずとも、不敬でクビにされかねない言い方だ。


「・・・、わかって、ます・・・」


しかし、イルミナは居心地悪そうに肩をすくめながら肯定した。

そのことにも、団員は驚いた。

王族であるイルミナが、団長の言葉に素直に頷いたことに。


「・・・いい加減、寝るようにしてください。

 それか、仕事の速度を落としてください。

 今のままでは、誰から見ても生き急いでいるようにしか見えません。

 周りがそれで不安に思っていることくらい、殿下であればお気づきでしょう。

 いくら汗を流したところで、根本が解決していないのであれば無駄ですよ」


イルミナは痛いところを突かれたのか、唇を噛み締めている。

しかし、アーサーベルトは続きを言うことをやめなかった。

それは、今のイルミナにはしてはならないと判断して。


「・・・殿下、今の貴女の剣は、迷いや恐れが感じられます。

 そして、それを振り切ろうとする急いだ気持ち。

 そんな人が、女王としてこの国を守ることが出来るのでしょうか」


「・・・」


「殿下、貴女は誰にも悩みを打ち明けられない。

 貴女は一人で全てを成そうとしている。

 周りがどんなに心配しても、貴女はそれに気付こうとせずに・・・いえ、気づいていても進もうとなさっている。

 それが間違った方向に向けば、暴君と呼ばれることになるのはご存知ですか?」


その言葉に、イルミナは凍り付く。

そんなつもりではなかった、しかしそう取られてもおかしくないのだとようやく気付く。


「っ・・・・、」


「とりあえず、今日はこのままお休みください、お送りしますので。

 これ以上身体を酷使しても、答えは得られないでしょう。

 いいですね?」


「・・・はい」


イルミナはしょんぼりと肩を落としながら震えそうになる足でしっかりと立ち上がった。

たまにふらついたとしても、アーサーベルトに寄りかかることはしない。

そんなイルミナに、アーサーベルトは何かを言いたそうにしていたが、結局何も言わずに傍に侍る。


そしてそのまま、イルミナはアーサーベルトと共に鍛錬場を後にした。






「・・・俺、団長の事尊敬してたけど・・・、さらに尊敬したわ・・・」


「俺も」


「あぁ、王族にあんなこと言えるなんて、すげーよな」


団員たちは、ざわざわと先ほどまでの出来事について話し合う。

本来であれば鍛錬をしていなければならない所だが、あんな出来事の後に出来るわけがない。

第一、副団長ですらその会話の輪に入っているのだから。


「お前たちは何を見ていたのだ。

 団長がああして、殿下に仰られるということは認めているということだぞ?

 認められるほどの技量を、殿下が持っているということだ」


「・・・確かに。

 第一王女殿下も、それを受け入れていたしな・・・」


騎士団は、王に忠誠を誓って所属しているわけでは無いものが多い。

それどころか、一生忠誠という言葉を知らぬまま退役する団員が圧倒的だ。

しかし、彼らは先ほどの出来事をみて、イルミナへの印象を一新させた。


「・・・あの、団長があそこまでいうってことは、きっと信じてんだろうな」


「あぁ。

 それに殿下の剣を見たか?

 あれは団長の型そっくりだ」


「確かにな。

 殿下は軽いし力もないだろうから、少しの違いはあったが元は団長から来ているやつだな」


副団長であるキリク・マルベールはイルミナのことを考えた。

正直、暗くて人形のようなお姫様だと思っていた。

見た目だけで言うのであれば、第二王女のリリアナの方がよっぽど守りがいがある。


しかし、さきほどの出来事でその考えは一変した。

絵本に出てきそうな、護られるのが当たり前の第二王女より、自らも戦うことを選べる第一王女の方がずっといい。

当然のように守られることを選択するのではなく、自分でも出来ることをしようとするその姿勢は、誰の目から見ても好印象だろう。

それに、ああやって大人に怒られて反省している彼女は守り甲斐がありそうだった。


「・・・俺は第一王女殿下に忠誠を誓うかもしれん」


「!!

 本当ですか、副団長!?」


忠誠を誓うからと言って、何かの儀式があるわけではない。

ただ一言、言うだけで終わる簡単なもの。

むしろその風習は時代と共に廃れてきてすらいる。

それでも、忠誠を誓うというのは騎士にとって憧れですらあった。


誰でもいいわけではない。

相手を、騎士は考えて考えて、見極める。

王族など、関係ない。

自分の忠誠に見合うたった一人の人を見極め、自らの意志で膝を折り、全てを捧げる。


忠誠を誓った騎士は、そのたった一人の人の懐刀にも、盾にも、剣にでもなる。

添い遂げるわけではない。

しかし、たった一人の主人を一生護り続けると意志を固くするのだ。

まるで絵本のようなことだが、それでもそれを夢見る騎士は確かにいる。


ちなみに、かつて忠誠を誓った騎士は、誰一人として家庭を持たなかった。

家庭を持つことよりも、騎士としての矜持を守り続け、主の傍に一生寄り添ったものがほとんどだ。

だからこそ、廃れ始めているのだろうとも思われている。


それに騎士たちは、生半可な気持ちでは忠誠を誓うことはない。


「わからないがな。

 団長も誓っているようには見えなかったし」


常に傍にいるわけではない。

ただの師として、接しているようにすら見える。


「確かに・・・。

 どういう関係なんでしょうかね」








「・・・ごめんなさい、アーサー」


イルミナのぽつりとした言葉が廊下に響く。

その言葉に、アーサーベルトは歩みを止めた。


「私の方こそ、言い過ぎました」


イルミナは、アーサーベルトの言葉に首を振った。

正直、自分でも理解していたのだ。

自分の体調管理すらまともにできていないことに。

それを他人に指摘されるなど、あってはならないことだ。


「いいえ、言わせてしまったのは私でしょう。

 ・・・今日はもう休むことにします」


イルミナはアーサーベルトに背を向けた。

そしてアーサーベルトは気付く。

イルミナの背中のあまりの小ささに。


「・・・殿下。

 そんなに、衝撃的なことだったのですか」


イルミナはアーサーベルトのいきなりの言葉に、困惑しながら振り返る。


「・・・なんの、」


「そんなに、ライゼルト伯が来ないことが・・・、

 そんなにも、貴女を急かしているのでしょうか」


「———、何を言っているのですか。

 来ないのは、彼にも仕事があるからでしょう」


振り返ったイルミナの表情に、アーサーベルトは慄く。

その表情には、何もなかった。

いつか見た、あの時のような、何も感じられない、その笑みが。


「ここまでで大丈夫。

 また、明日に」


イルミナはそれだけ言うとゆっくりとした足取りで自室へと向かっていった。






「どうして・・・そこまで、頑ななのですか・・・」



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