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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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【閑話】 メイドたちの戦場





暗いお人だと、思っていた。


あまり喋らなくて、いつも一人でいるそのその人は、いつも無表情であった。


その人形のようなお人を、怖がって近づくこともなかった。






―――本当はわかっていた。


第二王女殿下にばかり、沢山のものが集まり過ぎていると。


それでも、どうしようもなかった。


第二王女を溺愛する陛下の前で、第一王女のお世話をすれば、何が起こるかわからなかった。


クビにされたりなどはないだろうが、同じメイド仲間の中で浮いてしまうだろうとも思ったのだ。


メイドは、女の世界だ。


少しでも変な行動をすれば、干されるか、ひどいときは虐めにあうことだってある。


だから、そこまで第一王女殿下に思い入れの無い私は、見て見ぬふりをし続けた。




小さなあのお方が、我慢を強いられていることを知っていた。


姉なのだから、と、誰からも世話をされて居ない状況を、知っていた。


本来愛されてしかるべきあのお方が孤独にいることを、知っていた。


それでも、私は何もしなかった。








「ジョアンナメイド長、

 今日の配膳は終わりました!」


中堅メイドのナンシーと、メリルローズが、新人を引き連れながら報告してくる。


「お疲れ様、

 今日はここまででいいわ。

 皆、ゆっくり休んで頂戴」


第二王女殿下についているメイドと、私たちは厳密には同じ立場のメイドではない。

リリアナ殿下につくメイドは、正式に言えば専属メイドという役職で、リリアナ殿下の為だけに動く。

だから、城の掃除や洗濯、食事の配膳なんてものは一切しない。


若いメイドたちにとって花形の様だが、実際は仕事の出来ない集団だと一部のメイドたちは陰口を叩いている。

実際同じようなことは、思わなくはない。

彼女たちは、リリアナ殿下の喜ぶことだけをするのが仕事なのだから。

正直、少しだけ羨ましくも思う。

仕事量の関係では。


「そう言えば、今日イルミナ殿下をお見かけしたのよ」


ナンシーが喜々として話してくる。

彼女は城の中のゴシップが大好きなのだ。

いい子だとは思うが、その部分は抑えて欲しいと思ってしまう。


「珍しいわね。

 どちらにいらしたの?」


「それがね!!

 離れの四阿にいらっしゃのだけど、あのクライス宰相補佐様とご一緒だったのよ!!」


ナンシーの言葉に、メリルローズが食いつく。


「クライス様と!?

 イルミナ殿下、いつの間にお知り合いになられたのかしら・・・」


ジョアンナは、ひとつだけ思い当たるところがあった。

リリアナ殿下の誕生日の際、イルミナ殿下が一人退室するのは見ている。

そしてイルミナ殿下はお戻りにならず、クライス宰相補佐殿の姿も見えなかった。

後日、別の近衛兵が四阿にいる二人らしき影を見たと言っていたが、本当だったのか。


「いつでもいいでしょう、

 さぁ、さっさと休んで明日に備えてちょうだい!」


ジョアンナは終わりとばかりに手を打ち、文句を言う二人を部屋へと返した。








***








医師に、秘密を守れるかと問われ、頷いた先の部屋に、そのお人はいた。


詳細は聞くな、と念押しされ、彼女の身の回りの面倒を頼みたい、と。


血反吐を吐くそのお人の姿を見て、恐怖からなのか全身が震えた。


弱弱しくシーツを握るその手は、驚くほど青白い。


ぶるぶると体は震え、何かを堪えるように歯を食いしばっている。


どうしてこのような酷いことを、と医師に詰め寄っても、彼は何も言わない。


額に浮かぶ汗を拭い、水を飲ませていると。


クライス宰相補佐がやってきた。


そのお人の状態を確認し、医師に時間を確認し、紙にそれらを記していく。


そこで、これは彼の指示であるということに気付いた。


詰め寄りたかった。


いったい、なにをされているのですか、と。


どうして、こんなにも苦しまれているのにお助けしないのですか、と。


でも、聞いてしまったら戻れないような気がして私は何も聞けなかった。






そうこうしているうちに、そのお人は色々なことをし始めた。


村に行ったり、政策に関して口を出すようになったり。


たまにお見かけするそのお姿は、凛としていて目を一瞬奪われたのを覚えている。


・・・暗くなんて、なかった。


紫紺の瞳は、キラキラと輝いていて。


どうして、私はあんな酷いことが出来たのだろうと自分を詰りたくなる。


それでも、やはり怖かったし、自分の身が可愛かった。





そのお人は、一時城を離れた時期があった。


その間に何があったのかは、知らない。


でも、陛下の発表したリリアナ殿下の女王にすると言うのはどうしても納得が出来なかった。


どう見たって、イルミナ殿下の方が向いていると思うのに。


それでも、私は何も言えなかった。


一介のメイドが進言して、何になると言うのだ。


むしろクビにされて終わりだろう。


私は、苦い思いを箱に詰めて自分の心の奥底に沈めることしかできなかった。







**************






「ジョアンナ、本気ですか?」


お針子の一人が、真剣な目で問う。

その視線に、ジョアンナも深く頷いた。


「分かっています。

 確実に、徹夜になるでしょう」


沢山のことがあった結果、イルミナ殿下が女王に即位されることが決まった。

それは、本当に喜ばしいことだ。

しかし。


「でも殿下は、本当に興味が無いのですねぇ」


そう。

殿下に好きな色を聞いても、なんでもいい。

宝石を聞いても、なんでもいい。

自分は忙しいから、私たちで決めてくれると助かるなんて仰られる。


イルミナ殿下は、自分の装いに少しも興味を持たないお人だった。

しかし、それでへこたれるメイドたちではない。

むしろ、イルミナの興味の無さが、彼女たちの魂に火をつけた。


「だからこそ、私たちで美しくするのです・・・!!

 少しの妥協も、許さないで、最高のものを・・・!!」


お針子とジョアンナの手には、ヴェルナーが決めた生成り色の生地が握られている。

光沢のあるそれは、しっとりとしていてとても柔らかそうに目に映った。

正直、これを選んだクライス様の目は外れていないのかもしれない、と考える。


それに一針一針、真っ白な糸で丁寧に刺繍をしていく。

心を込めて、この一針一針を縫うことしか、私にはできないから。

それで例え、幾夜眠れずともしても。


「たとえ、何日徹夜しようとも・・・、

 殿下をお美しくするのが私たちの使命です・・・!!」


ジョアンナはそう意気込むと、早速お針子と図面の確認に走った。

その間の城の管理は、メリルローズに任せると一言言っただけだ。

もちろん当のメリルローズは、断る暇なく任され、ジョアンナに恨み言をはいているらしい。


「・・・さぁ、やるわよ・・・!!」


めらめらと、その瞳の中で炎が踊るのを、ナンシーたちは恐ろしげに見ていた。









本当は、ずっと分かっていた。


自分が可愛くて、あのお人を蔑ろにしたということを。


関わることで、失うものがあると知っていたから、関わらないようにしていたことを。


それが、幼いあのお人をどれだけ傷つけただろうか。


それを、こんなドレス一枚で帳消しに出来るなんて少しも思っていない。


でも、私は。


殿下は、謝罪を受け入れてはくださらなかった。


必要ないと仰って。


でも、これからはよろしくとはにかんで。


一介のメイドだけれど、一つだけ願うことがある。



――――イルミナ殿下に、幸せになって欲しい。



それは、酷く傲慢な望みなのかもしれない。


あんなことをして置きながら、私は願うことすらもしてはならないのかもしれない。


それでも。









「殿下、本当に、本当に、お似合いですわ・・・」




その日に、きっと私は涙を零しながら言ってしまうのでしょう。



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