第一王女と城の者
イルミナは、後悔していた。
あの日、どうして、あのようなことを言ってしまったのだろうか。
あんなことを言ってしまったから、彼は来なくなった。
もう、見ることらも叶わなくなるのだろうか。
後悔が押し寄せて来るが、イルミナはふっと自嘲染みた笑みを浮かべた。
王や王妃にあのようなことを言っておきながら、自分は幸せになろうとしていた。
その道を一瞬でも選ぼうとした自分に反吐が出そうになる。
本当は理解していた。
自分に選択権などないことを。
ただ、夢を見てしまったのだ。
好きだと、好意を寄せられていると知り。
それに浮かれた。
自分にも、自分だけを愛してくれる誰かがいるのだと、舞い上がった。
―――でも。
「・・・おもいあがっては、だめ」
口すると、何かが身体を染めていくような気がした。
「・・・じょおうになるために、すべてをすてると、きめたでしょう」
言い聞かせるように、問伏せるように。
「・・・かれらのしあわせが、わたしの、しあわせ」
そう、そこに自分など入っていなくていい。
民が幸せであれば、女王は幸せなのだから。
そう、思わなくてはならない。
そうでもしないと、自分はここでは認めてはもらえないのだから。
「―――――さようなら、【こい】」
イルミナはきっと初めてだろうその感情に、ひっそりと別れを告げた。
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「殿下は、何色をお好みですか?」
メイドの一人が恐る恐る聞いてくる。
取って食いなどしないというのに、いつまでたってもメイドや一部の騎士たちはイルミナを腫れもののように扱う。
「・・・、そう、ですね・・・。
何色がいいのでしょうか・・・」
型は決まっている。
使う宝石や、一部の生地も。
しかしどうしても色が決まらない。
イルミナはの濡れ羽色の髪に、紫紺の瞳だ。
下手に暗い色のドレスを着ようものなら、更に暗く見えてしまう。
だからといって、パステルカラーは着るのに抵抗がある。
なら無難に白かといっても、何通りもの白があって目を回してしまいそうだった。
正直、自分に合うものであれば勝手に決めてくれて構わないとすら思っている。
「殿下、少しよろしいでしょうか」
沢山の色の生地とにらめっこをしていると、ヴェルナーが外から声をかけてきた。
予め採寸していると伝えてあったが、それでも来るということは何かしらあったのだろう。
「何かありましたか、ヴェルナー」
中から問いかけると、ヴェルナーは言い淀むことなく発言した。
「アウベールからの書状です。
内容を確認したところ、殿下にお見せすべきものと判断してお持ちしました」
イルミナは内心で首を傾げる。
アウベールから何か緊急の案件でもあっただろうか。
だとしてもヴェルナーの態度は落ち着いている。
「・・・」
イルミナは考えても仕方ないと判断し、ヴェルナーを中に招き入れた。
「・・・これは、すごいですね・・・」
室内に入ったヴェルナーがあっけにとられるのも仕方ない。
それほど、室内じゃ色々なものであふれかえっていた。
沢山の宝石に、イルミナの採寸を取った型。
そして沢山の生地に色。
年頃の女の子であれば心躍る光景だろうが、イルミナにはただただ疲れる光景だった。
「ヴェルナー、私に合う色とは何だと思いますか」
イルミナは正直自分に似合う色なんてものを考えたことが無いため、どれがいいのかわからず手詰まり状態だった。
縋るようなイルミナの視線に、ヴェルナーは何かを感じ取ったのか、眉間に皺を寄せながら色を見始める。
正直、逃げられるかと思っていたので、ヴェルナーのその対応にイルミナは驚きを隠せない。
たが、選んでくれるのであれば願ったりかなったりだ。
「・・・こちらなんてどうでしょうか」
そういってヴェルナーが指さしたのはわずかに黄色味を帯びているようにすら見える白だった。
「生成り色ですわね」
メイドが確認する。
「どうしてこの色を?」
イルミナは純粋に疑問に感じた。
イルミナは、普段からあまり明るい色のドレスを着ない。
どちらかというと落ち着いた色の、悪く言えば暗い色のドレスしか着てこなかったのだ。
だからどうしてその明るい色を選ぶのか、気になった。
「・・・これに光沢を出せばきっと殿下にお似合いになると思ったからです。
これを見ていると、あの花を思い出したので」
ヴェルナーの言う花とは、きっと四阿に咲く花のことだろうか。
イルミナがもう一度見ると、言われればそのような色かも、と感じた。
光沢を出せば、しっとりとしたあの花弁の感じが上手く表現できるのかもしれない。
「ではこの色でお願いしますね」
「え、よろしいのですか・・・?
もっとお考えになられても・・・」
即決するイルミナに、メイドたちは困惑気だ。
普通の女性であれば、満足いくまで色の見本を眺めるだろう。
しかし、イルミナは男であるヴェルナーの意見をそのまま採用した。
確かに時間は無いが、それでも潔過ぎではないだろうか。
「ヴェルナーがそう言うのであれば、似合わないことも無いでしょう。
これに光沢を出したもので決定します。
申し訳ありませんが、お針子たちには急いでもらえるように願えますか?
そんなに凝ったものでなくともいいので、完成させるようにだけ願います」
イルミナはメイドに指示を出しながら、ヴェルナーから手紙を受け取る。
一度開封された形跡のあるそれは、開くとふわりと薬草の香りが広がった。
清涼感のあるそれは、イルミナが好んで飲むリリンの葉だ。
「・・・。
ヴェルナー、既に読んだのであれば、指示は?」
「はい、
アリバル侯爵にすでに頼んであります」
手紙の内容は、タジールたちが王都に来る、というものだった。
一度学び舎のことを面と向かって報告したい、ついでに王都も観光したいといった内容だった。
来るのは、タジール、グイード。
二人が離れてしまうので、ジョンとバルバスは離れるわけにはいかないらしい。
「来てくださるのは嬉しいのですが、すぐに時間が取れそうにはありません。
来たらそのことも伝えてもらえますか」
来てくれるのは純粋に嬉しい。
しかし、今のイルミナには彼らに会う時間がなかなか取れない。
滞在予定日数は書いていないから、もし長期になれば会えるかもしれない、といった状態だ。
「かしこまりました、
ではそのように手配しておきます」
ヴェルナーはそれだけ言うと、部屋から出て行った。
「・・・本当に、クライス様かっこいいですわぁ」
不意にメイドの一人が思わず、といったように呟いた。
「本当ですわぁ、
あのクールな眼差し!!
痺れますわね!」
他のメイドたちも便乗して話し出す。
きゃあきゃあと話す姿は、きっとイルミナのことを忘れているのだろう。
今更ながらに、イルミナはヴェルナーがモテることを思い出した。
青みがかった銀髪に、青灰の切れ長の目。
背も高く美丈夫でありながら次期宰相という肩書すら持つ。
いつも一緒にいたから、そのことをすっかり忘れていた。
忘れていた、というよりそういった対象としてみたことが一度もなかった、のほうが正しいのかもしれない。
「そ、そのっ・・・で、殿下は・・・!
クライス様と恋仲なのでしょうか・・・!」
物思いにふけっていたイルミナは、一瞬誰が何を言ったのか理解できなかった。
「え?」
勇気を出して聞いただろうメイドは、ぷるぷると震えている。
「ヴェルナーと・・・?
いえ、そのような事実はありませんが・・・」
イルミナの言葉に、他のメイドが食いつく。
「なぜですの、殿下!!
あのような見目麗しい殿方が常にお傍にいて、ときめいたりはなさいませんの!?」
「そうですわ!!
他にもライゼルト様もいらっしゃいますわよね!!」
「私は個人的にアーサーベルト様が・・・」
イルミナは、メイドたちの怒涛の言葉に完全に押され、そして呑まれた。
「いえ、その、ヴェルナー達とは長い付き合いですから・・・。
ライゼルトも、前妻を想っていらっしゃるから今も独り身なのでしょうし・・・」
たじたじになりながらも答えるイルミナに、メイドたちは更に熱くなる。
そこには、最初の頃にあった腫れ物に触れるような空気はない。
「駄目ですわ、殿下!!
今どきの女性とて殿方を狩りに行く気持ちをお持ちでないと!」
「か、かり・・・?」
「そうですわ、殿下!!
クライス様も奥手の様ですから、殿下から行きませんと!」
「お、おくて・・・?」
まるで呪文のような言葉たちに、イルミナはたじたじになる。
勉強をたくさんしたと思っていたが、それは気のせいだった。
現に、目の前のメイドたちが話している言葉の意味が理解できない。
虚ろになりそうな目で、メイドたちを見ていると、きゃあきゃあ騒いでいた彼女たちはいきなりしゅん、とした。
皆がそわそわとしているなか、一人のメイドが勇気を出したのか、イルミナをまっすぐに見る。
そして。
「・・・殿下、今更と仰るかもしれませんが・・・、今まで、大変失礼いたしました・・・!!」
一人がそういうと、皆が一気に頭を下げた。
「このように謝罪して、許されることではないのは重々に承知しております・・・!
ですが、私たちは殿下が女王になれらることを、とても頼もしく、そして嬉しく思っております・・・!」
「・・・たのもしい?」
「っ、リリアナ様のことを悪く言うつもりは毛頭ございませんが、やはりリリアナ様は、珠玉の玉であらせられるのです・・・。
恐れおおくも、やはりリリアナ様より殿下が女王となられることの方が、この国には一番良い事なのだと今更ながらに理解できました・・・!」
イルミナは不思議そうに目の前のメイドを見た。
正直、イルミナは彼女の名前すら知らなければ、会ったことがあるのかどうかも、知らない。
そんな彼女に謝罪されても、正直なところ困惑しかできなかった。
だが、自分が女王になることに対して、好意的なのには驚いた。
城のみんなは、イルミナよりリリアナのほうが女王に相応しいと思っていると考えていたから。
「・・・その謝罪は、要りません。
ですが、これからしっかりと務めを果たすようお願いします。
私も、今までのようにはいかないことの方が多くなるでしょうから、これからもよろしく頼みます」
イルミナはそう言ってから、微笑んだ。
今までのように、自分の面倒を自分で見ることは出来ないだろう。
女王である以上、メイドたちが必ず付く。
彼女たちの仕事を取るわけにはいかないだろう。
そんなことを考えているとは知らずに、メイドたちはイルミナの言葉に瞳を潤ませる。
「殿下、これから、誠心誠意、お傍にいます・・・!!」
泣き出したメイドたちを、いつまでも傍に置くわけにもいかず、イルミナは一人仕立て部屋に立っていた。
恐縮そうにする彼女たちだが、イルミナを見るたびに涙を零すのだ。
それだったらいっそのこと少し休んできてほしいと思うのは間違いだろうか。
「・・・・」
イルミナは、ドレスの型を目の前に、立ち尽くす。
それは、イルミナでさえ美しいと思うシルエットのドレスだった。
ダイアモンド型に切られた襟は、きっと鎖骨を綺麗に見せてくれるだろう。
二の腕はぴったりとしていて、肘から下はたっぷりとレースを使ったパコダスリーブというものにすると言っていた。
スカート部分は、中を膨らませたりせず、落ち着いた感じのものになる。
背は高いが、若いイルミナが軽視されないよう、敢えて大人な雰囲気のドレスを作っているのだと聞いている。
メイドたちは渾身の力を込めて最高のドレスを作ると言っていた。
刺繍などは要らないと言ったのだが、それはだめですと即答されてしまったのだ。
彼女たちは徹夜でもするつもりなのだろうか・・・。
―――――これを、自分が着る。
イルミナは一人感慨深くなってしまった。
女王になると決め、その為に色々なことをしてきた。
一時は潰えそうになったけれど、結果的に自分はその望みを叶えつつある。
数日後には、自分は名実ともにこの国の女王となり、そして治めてゆく。
即位後は、更に忙しくなるだろう。
きっと、全てを忘れられるほどに。
イルミナは、色を選んでほしかったその人の面影が、消えてくれるよう願いながら。
目を固く瞑った。




