第一王女と開く道
宰相補佐であるヴェルナーは、イルミナを憐れに思った。
アーサーから話を聞く前から、正直それは思っていたことである。
もし彼女が王女でなければ、そうは思わなかったことだろうが、そんなもしに意味はない。
王家には公費がある。
それらは各貴族たちが、定期的に献上しているものだ。
その徴収方法は特定のものに決まってはおらず、各貴族が民から集めている。
稀にだが、領主が商いをしていることによってそれで半分を賄う領地もあるが、それは本当に少数でしかない。
使い道は王族のための公費のみではなく、整備や防衛にも使用され、国の運営にも必要なものだ。
それらは、しっかりと分割されており、イルミナにもリリアナにも同額ある。
しかし、今回のパーティーには、姉であるイルミナの公費も使用されていた。
あと半年もすれば長子であり、次期女王になるはずの彼女の十二歳の誕生日が来るというのに、それを祝うためのパーティーすらも開けないほど、彼女の公費は妹に使用されている。
正確には、開けないわけではない。
しかし、リリアナのあとの開くものとしてはあまりに質素になってしまう。
それならいっそ開かない方がましだというくらいの分しか、残っていないのだ。
本来、それは宰相や陛下達が気付いて、修正しなければならない。
だというのに、彼らはそれを見て見ぬふりをしたのだ。
第二王女可愛さに。
勘定方が困惑した表情で見積もりを持ってきた日は、さすがに頭を抱えた。
見積書には既に宰相と陛下のサインがある。
それの意味することは、彼らがそれを了承したということだ。
今までは、質素ながらも姉殿下の誕生祝が行われていた。
しかし、今年はどうやっても開けそうにない。
開くことで、イルミナを傷付ける可能性があまりにも高いからだ。
だからといって、その為に他の公費を使うことは許されていない。
そんなことを一度でも了承すれば、いずれ国が傾く原因ともなり得るのだから。
ヴェルナーはため息を深く吐きそうになった。
イルミナにそのことを話し、了承を得ねばならない。
了承というより、事後報告といった方が正しいのは分かっている。
宰相も、陛下も。
誰も彼女という人を気にしていない。
その存在が頭にあるのかと問いたくなってしまうほどだ。
二人とも、いや、そもそも城の皆もそうだが、悪い人ではないのは分かっている。
だからこそ、責めるに責められない。
嫌な役回りだと、ヴェルナーは再度出そうになるため息を飲み込んだ。
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「どうぞ、殿下」
離れの四阿は、先々代の王妃が作らせたもので質素ながらも品のいい場所だった。
丁寧で細かい細工が施されたそれは、豪華というより質素な造りだが、見るものが見ればとてもセンスがいいと唸るほどの出来であった。
周囲に植えられている木は、花が開けば驚くほどいい香りのする白い花をつける。
「ありがとうございます、クライス宰相補佐殿」
イルミナは勧められるがまま、備え付けられている椅子に腰かけた。
「申し訳ありません、殿下。
何か飲み物でも用意ができたらよかったのですが、メイドが捕まりませんでした」
「いいえ、城の皆がリリアナを祝いたいのですから。
私は気にしません」
「そういって頂けるとありがたいです」
「それで、宰相補佐殿。
私に用とは、なんでしょうか」
イルミナは単刀直入に切り出す。
正直、ろくに話したことのない彼がイルミナに用無く時間が欲しいと言うわけがない。
彼は無駄を嫌うのだから。
そう考えれば、彼がイルミナの時間を欲したのは何かしら用事があるとイルミナは踏んだ。
しかしそのあまりの唐突さに、ヴェルナーのほうが驚いたように目を見開く。
「その、ですね・・・」
言い惑う彼に、イルミナはヴェルナーの言いたいことの予測が正しかったことを確信した。
最近聞いた話で、更に宰相候補ほどの能力を持つ彼が直々に話したいと言う内容なんて、思い当たることのほうが少ない。
「私の公費の件でしょうか。
知っているので結構です」
「!!」
イルミナは無表情のまま言い放った。
「・・・ご存知でしたか」
「はい。
勘定方が話されているのを聞きました」
淡々と感情を見せずに言うイルミナに、ヴェルナーのほうが何故が沈痛な面持ちをしている。
そのことに、イルミナは不思議に思った。
彼は、自分が悲しんで泣くとでも思っていたのだろうか。
そう考えて、自分がそうする想像がつかずにイルミナは苦笑を零す。
それをどうとったか知らないが、何故かヴェルナーは謝罪を口にした。
「申し訳ありません、殿下・・・」
「?なぜあなたが謝るのですか?
リリアナの為ならば仕方のないことでしょう?」
イルミナはただ公然の事実だと言わんばかりに言う。
それが当然ではないなんて、イルミナの頭にはない。
ヴェルナーは何度か口籠り、一度だけ頭を振ると真っすぐにイルミナを見た。
「・・・殿下は、アーサーから訓練を受けているとお聞きしましたが」
「・・・えぇ、それがなにか」
ヴェルナーは、いきなり話の方向を変え、質問をしてきた。
イルミナは怪訝に思いつつも肯定する。
前に比べて回数は減っているが、それでも時たま行っている。
「なぜ、そのようなことを?」
「アーサーベルト団長から聞いていないのですか」
「聞いておりますが・・・、
それでも私は、あなたの口から聞きたいのです」
イルミナは正直不思議に思った。
何故、彼が自分のことを知ろうとするのだろう。
そのようなことをして、彼に利でもあるのかわからない。
それでもイルミナは話すことにした。
「・・・私は強くなりたいのです。
私の居場所を作るために。
私も公務に参加させていただけるよう、既に陛下に打診しております。
しかし私には騎士もメイドもいません。
そのような話を聞いたこともないので、当分つくこともないでしょう。
なら、私は私自身を強くし守らねばならないのです。
そうでなければ、公務すらろくに行えない・・・そんな王族に価値があるとは私は思えません」
うっすらと浮かぶ微笑は、寂しそうに見えていることを、イルミナは知らない。
息を飲むヴェルナーに、イルミナは続けた。
「私は、居場所が欲しい、 必要とされたい・・・。
長子として、姉として、自分が不出来なのは知っています。
だからこそ、力が欲しい。
力を手に入れれば、国の為に何かできるかもしれない。
そうすれば、誰かが私を必要としてくれるかもしれない。
私が、何かをすることで救われる誰かがいるのだとしたら、それこそが私の救いとなるのかもしれない。
だから、私は変える力が欲しい」
虚空を見つめながら思いを吐くイルミナに、ヴェルナーは言葉を失っていた。
幼いとまではいかずとも、まだ子供でしかない彼女が、そのように考えているなど、夢にも思わなかった。
ぞわりと、背筋に何かが走る。
アーサーの言っていたことは、嘘では無いのかもしれない。
そうと分かれば。
「殿下、力が欲しいのですか?」
その言葉に、イルミナは言葉を発さずただヴェルナーを見据えた。
その視線に、何故、アーサーが彼女に力を貸したのかが分かった。
アーサーベルトという男だって、慈善事業で人を鍛えることなどしない。
その彼が、彼女に力を与えようとした。
そして、その気持ちはヴェルナーにも理解できた。
「殿下、あなたのお気持ちはよく分かりました。
不肖、このヴェルナー・クライス。
あなたの力となりましょう」
ヴェルナーのその言葉に、イルミナは目を見開く。
その瞳には、期待とわずかな恐れが浮かんでいるような気がした。
きっと、信じられないのだろう。
今はそれでもいいとヴェルナーは考えた。
最初から信頼されようなど、そもそも考えていない。
「しかし、アーサーも言った通り、辛い道となります。
あなたは独り、茨の道を裸足で歩くようなことをせねばなりません。
正直に、下手をすれば命すら落とすこともあり得るでしょう」
脅すつもりで言っている訳ではない。
ただ、それぐらいの気概が無ければ、彼女はこの先潰れるだけだろう。
そう思って、ヴェルナーなりに助言をした。
しかしイルミナは怯えた様子を一切見せずに、ヴェルナーの目を見ながらはっきりと言った。
「・・・私には、それが、必要です」
「・・・そうですか。
では、その道を先導させて頂きたく、思います」
イルミナは、決めていた。
どんな道であろうが、本当に欲しいものの為になんでもすると。
そのために、怖気づいている場合ではないのだ。
自分で、自分の道を歩くために。
2017/04/08修正