第一王女の断罪
「正直、呼んでもらえるとは思っていませんでしたよ」
「一つ借りがありますでしょう?
貴方に借りを作ったままですと、高くつきそうですから。
それに、利害の一致というのもあるかもしれませんから」
イルミナとハーヴェイは、黒い笑みを浮かべながら紅茶を楽しんだ。
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―――どうして、こうなった。
ベナンは腸煮えくり返る思いを抱いて、登城していた。
否、させられたのだ。
屋敷でこれからの未来に思いを馳せていると、いきなりやってきた城の騎士たち。
団長のアーサーベルトがいたのはわかった。
奴も平民の癖に、ちょっと覚えが良いからと調子に乗っているな、そう考えていたが、奴はただ見ていただけで、階級持ちではないものたちが対応してきた。
そのことにすらも、ベナンの腹は立っていた。
本来なら、貴様ら等話しかけることすら叶わなん存在なのだと言ってやりたかったが、ここは大人になって我慢してやった。
呼ばれた心当たりは、無きにしも非ずだったが、呼び出したのが第一王女となっては苛立ちを隠せない。
やはり下賤な女に任せるべきではなかったと今更になって後悔する。
―――死んだと、思ったのに。
ベナンは、自分達が薬物関係で疑われていることにはすぐに気づいた。
というより、ヴェルナー・クライスがあんなに大胆に動いて、気付かないはずがない。
やはり小娘のままごとよと笑ったものだ。
しかし、これ以上下手に探られるのは具合が悪い。
殺してしまえとある協力者に言われ、それを実行した。
用意した毒は、必ず死に至ると聞いていたのに。
なのに、第一王女は生きていた。
命じた女は、きっと既に逃げているだろう。
連絡が取れなくなっているのが良い証拠だ。
前もって、やったら直ぐに消えろ、そして二度と連絡するなと言い含めてあるのだから。
少なくともあの女さえ捕らえられなければ、こちらに火の粉が降りかかる恐れもない。
・・・万が一かかったとしても、関係ないと言い切ってしまえばいいだけの話だが。
そして話が違うと密書を送り、返事を待っている矢先のこの暴挙。
心の広い自分でなければとてもではないが耐えられないだろう。
証拠もろくにない癖に、やる事だけは一丁前だと鼻で笑ってやると心に決める。
そう考えながら着いた城には、何故か良くしている奴らが雁首揃えていた。
「フェルクに、イルバニア・・・!?」
「ベナン伯爵・・・!」
そうして初めて、ベナンは悪い予感がした。
「お久しぶりですね、ベナン伯爵」
上座に優雅に座っているのは、ヴェルムンドの第一王女。
暗くて王家のお荷物と揶揄されていた彼女は、微笑みを浮かべながら三人を受け入れた。
「殿下・・・。
いったいこれは何の真似ですかな?」
ベナンは大きな腹を揺らしながら傲慢に言う。
王族であるイルミナにそのような口の利き方は、許されることではない。
しかし、イルミナはただ微笑みを浮かべた。
「ベナン伯爵・・・。
それは貴方がよく知っているのではないのですか?」
イルミナの言葉に、ベナンは一瞬憎々しげな表情を浮かべた。
しかし、すぐにその表情を戻し、訳がわからないといったような顔をする。
あんな表情を浮かべておいて、わからないという彼の顔の厚さを知りたいものだ。
「何を仰られているのか・・、分かりかねますな」
その場には、複数の人がいた。
ヴェルナー、アーサーベルト、ブランにアリバル。
そしてグラン。
一方はイルミナの支持者で固められ、もう一方はベナンにフェルク、そしてイルバニアだ。
彼らの周りには、何人かの騎士がいる。
側から見れば、どう考えてもベナンたちが断罪されるような立ち位置だ。
しかし、ベナンは薄く笑っていた。
「どうされたのです、殿下。
陛下もいらっしゃらないようですし・・・。
何の権限があって、貴女様が我々を呼び出したのか・・・、
是非にお伺いしたいものですな」
自信満々なベナンに、アリバルは失笑を零しそうになる。
同じ貴族なのに、なにも知らない彼らへ哀れみすら生まれてくる。
実際はそんなことはしないが。
「・・・権限・・・?
私が王族と知っての言葉ですか?
そうだとすれば、よほど貴方は自分の地位に自信をお持ちのようですね、ベナン伯爵」
イルミナは馬鹿にしたように嗤った。
いや、実際に馬鹿だからそうなってしまっただけなのだが。
しかし、ベナンはそうはとらなかった。
「!!
小娘が・・!!
私を愚弄して許されると思っているか!!」
「それを言うのであれば、貴方こそ私を愚弄していませんか?
私はこの国の第一王女ですよ?
貴方こそ、何の権限があって私にそのような口の利き方を?
貴方はいつ、私よりも地位が高くなったのでしょうか?」
イルミナは変わらない笑みを浮かべながらも冷静に問い返す。
その様子を見ていたブランはため息すら出なかった。
彼らは知らないのだろう。
女王になるのがイルミナでほぼ決まっていることを。
それでも、王族に対する言葉とは思えない。
「どうせどこかの下流貴族に下賜される身のくせに・・・!」
そのベナンの言葉に、イルミナは心底面白そうに笑った。
「っ、なにがおかしい!!」
打てば響くとは彼のことだったのかと、ヴェルナーですら思ってしまうほどの、予想内の反応だった。
「っふふ・・・。
いえ、正直貴方たちがここまで何も知らないとは思わなかったものですから。
少しは情報を持っているのかと思っていたのですが・・・、色々な意味で裏切られましたよ、ベナン。
予想外にも頭が弱すぎて、とても悲しくなってしまうほどです」
イルミナは一通り笑いを満足すると、冷たい笑みを浮かべながら言った。
その言葉に、怪訝な表情を浮かべるのはフェルクとイルバニアだ。
「種明かしでも、して差し上げましょうか」
そう言ったイルミナは、ヴェルナーに目配せをした。
そしてヴェルナーは、すぐさま近くにあった扉をを開く。
「・・・こんなにも面白い貴族は、私の国だけだと思っていたのだがな」
そう言葉を発しながら、一人の男が謁見室に姿を現した。
「っっっ!!」
その姿を認識した三人から、驚愕の感情が生まれる。
「どちらもどちらでしょう、ハーヴェイ・ラグゼン公」
そこには、獰猛な笑みを浮かべたハーヴェイが、のそりとその姿を現した。
「そもそも、なぜおかしいと思わなかったのですか?
ヴェルナーはこの国の中でも有名です。
その彼を使うという意味が、本当に分からなかったのですか?」
心底不思議そうに問うイルミナに、ベナンはギリギリと歯ぎしりした。
どうして、自分がこのような小娘に、と言わんばかりのその顔に、アーサーベルトですら不思議に思うようで首を傾げている。
陽動作戦の基本中の基本なのだろう。
気付かない方がどうかしていると言わんばかりの表情だ。
「あぁ、ベナン伯爵、あなたの雇われたメイド。
こちらで保護していますよ?
酷いですね、家族を人質にとって、あのようなことをさせるなんて・・・。
それにあの毒・・・私でなければ死んでいましたよ?」
小首を傾げるイルミナに、死んで欲しかったのだとは言えない。
しかし、その場にいる誰しもが、彼の心の声を感じ取っていた。
「可笑しいと思っていたのですよ。
ウォーカーの持っていた麻薬を。
ご存知でしょう?
私が毒に対して耐性があることを。
今までにも何回か送ってきてくださいましたものね?
そのほとんどが、ヴェルムンドにあるもので私が耐性をもつものばかりだったというのに・・・。
その私にすぐに効いた麻薬・・・、
出所がここではないのは直ぐに分かりましたよ。
見たことも聞いたこともないものでしたし、ウォーカーが教えてくれましたからね」
ベナン達の傍には、数人の騎士が直ぐに取り押さえられるように待機している。
そのことに対しても、苛立ちを隠せないベナンを余所に、フェルクとイルバニアは顔色を真っ青にしている。
彼らは、自分がこの先どうなるのか、正確に理解してしまったようだ。
「そこで、どうやら国外から手に入れていることが分かりました」
イルミナは、そう言ってからゆっくりと立ち上がった。
そして、ハーヴェイの元に近寄る。
「・・・ラグゼンファード」
「「「!!」」」
驚きの表情を隠せない三人に、イルミナは笑みを零した。
「我が国に、薬物を扱う貴族が居てね。
第一王女殿下から麻薬の話を聞いた時、わが国でも問題になりつつあるものと同じものだと分かったんだ。
あれは、この土地では育ちにくいものだ、なぜこの国にもあるのかと考えていたのだがね・・・。
どうにも尻尾が掴めなくて困っていた。
しかし君たちのお蔭で、ようやく引きずり落とせる」
ハーヴェイもにこやかに三人に話す。
「・・・嘘だ!!
な、何かの陰謀だ!!
私たちが、その麻薬とやらを扱っているとでも言いたいのか!!」
ベナンは脂汗を額に滲ませながら唾を飛ばす。
「・・・ここに呼ばれた意味を、理解されていないようですね」
イルミナは酷薄な笑みを浮かべた。
その表情に、三人の顔色がざっと青くなる。
イルバニアは腰が抜けたのか、その場に崩れるように座り込んだ。
「証拠がないまま、呼ぶと思われていたなんて・・・心外です。
ヴェルナーの大胆な動きの身に気を取られて、別のものが証拠を集めていたなんて、夢にも思われないのでしょうか?」
「彼らの頭のネジの緩さには感謝している、お蔭でこちらのも引っ張れるからな」
イルミナとハーヴェイは、小馬鹿にするように三人を見る。
実際本当のことだ。
彼らのその頭の悪さのお蔭で、証拠が挙がっているのだから。
「っっ!!
こ、むすめがぁああああ!!」
ベナンは狂気に満ちた目でイルミナを見据える。
飛びかからないのは騎士が彼を見ているから他ならない。
そうであっても、飛びかかりそうだが。
「その、
小娘に、
してやられるあなたは、
いったいなんなのでしょう?」
「―――――!!
ああああああああ!!」
ベナンがイルミナに飛びかかろうとする。
その巨体からは想像もできないような素早さで。
そのため、騎士の反応が一瞬遅れた。
「こ、殺して―――!!」
血走った眼で、一心不乱にイルミナを目指す。
隠し持っていたナイフで、一撃を与えてやりたい。
これのせいで、自分の人生は狂ったのだ。
これさえいなければ。
「――――今まで、おつかれさまでした」
イルミナはふわりとほほ笑んだ。
そして隠し持っていた剣をベナンに向ける。
―――キン!!
甲高い音は、一回だけ謁見室に響いた。
「イルミナ姫が、剣の心得まであるとは驚きだったな」
ハーヴェイは用意された紅茶を楽しみながらしみじみと呟いた。
「いえ、あれで出来るなんていえません。
所詮、真似事の範囲内です」
イルミナは、内心で今度絶対にアーサーベルトに鍛錬してもらおうと決める。
あの後、三人はそのまま牢へと連れていかれた。
これから彼らには事情聴取を受けてもらうのだ。
だが、彼らの罪は重い。
きっと日の目を見ることは二度とないだろう。
「・・・それで?
今回私を招いた理由をお聞きしようか?」
その言葉を聞いたイルミナは、傾けていたカップをそっとソーサーに戻した。
そしてハーヴェイをまっすぐに見つめる。
「これで、借りは返せましたか?
それとも、うまく利用して頂けましたかね?」
「・・・やはり気付いていたのか」
感嘆すらしているハーヴェイに、イルミナは言う。
「あれで気づかないなんて、あり得ませんよ。
・・・証拠が、欲しかったのでしょう?
ラグゼンファードの貴族が、他国の貴族に薬物を売っている証拠が。
しかし、他国の貴族だから、簡単には手に入れられない。
だからこそ、私にあの紙片を渡したのでしょう?」
イルミナの言葉に、ハーヴェイは笑みを深めた。
十六でまだ世の酸いも甘いもよくわからない彼女が、良く気づいたものだ、と言わんばかりに。
「・・・私の国の貴族は、本当に面倒でな。
兄の統治するラグゼンファードには、不要な存在だった。
だが、力と金と頭だけは持っていてな・・・。
簡単には失脚しそうになかった。
そんな時に、君の麻薬のことを聞いてね。
似たような何かと思ったんだが、あまりにも似すぎていて、調べさせてもらった。
そうすればうちの国のものと同じものだとわかった。
それなら、互いに不要なものだ、一緒に消してしまった方が良いだろうという考えからだ」
だから、ハーヴェイはイルミナの療養先であるアウベール付近にいたのか、と納得する。
「・・・そうですね。
結果的には、そうなりましたね」
結果からすれば、イルミナは利用されたのだ。
本当であればもっと時間をかけても良かった。
というより、ラグゼンファードの貴族が薬物を持ち込んできたのだから、彼らの国に正々堂々と物申すことだって可能だった。
しかし、それをしない理由はただ一つ。
ハーヴェイが貴族のリストを持ってきたからだ。
彼のそのリストのお蔭で、調べる時間を短縮でき、今に至れたのだ。
「・・・必要な証拠は、お持ちいただいて構いません。
ただ、二度目は無いです」
イルミナはそういうと、扉の外にいるだろうアーサーベルトに声をかけた。
「・・・そういうところが、好みだと言えば、頷いてくれるのか」
ぽつりとハーヴェイが零した一言は、イルミナに届くことは無かった。




