第一王女と宰相補佐
「お誕生日おめでとう、リリアナ」
「ありがとう!!お姉さま!!」
十歳になったリリアナの誕生パーティーは豪華絢爛を極めた。
リリアナの美しさは年々増して行き、その幼さも相まってか天使のようですらある。
女神の娘、そう城の者からは呼ばれていた。
リリアナの周りには、いつでも笑顔が溢れていた。
いつもは気難しい宰相も、あまり笑わないと評判のメイド頭も。
リリアナの傍にいるだけで笑顔を零していた。
「リリアナ、こちらにおいで」
王がリリアナを手招きする。
その顔にも溢れんばかりの慈愛の笑顔があった。
イルミナは、父親である王に頭を下げると、その場から離れようとする。
王は、そんなイルミナを一瞥すると声を掛けることなく背を向け、慈しみに満ちた笑みをリリアナに向ける。
その背後では、王妃もその顔を綻ばせながらリリアナだけを見ていた。
「お姉さま?
どちらにいかれるの?」
そんな姉を見たリリアナは不思議そうに問う。
パーティーはまだ始まったばかりだというのに、一体どこに行くのだろうと思っているのだろう。
その声音と表情から考えるまでもない。
「少し向こうにいるだけよ、本当におめでとう、リリアナ。
あなたは私の自慢の妹だわ」
微笑みながらそう言うと、リリアナの表情が笑みに染まった。
リリアナが最近イルミナに会えていないことに不満を抱いていることは知っていた。
たまにすれ違うたびに、不満そうにしていた。
その講義の内容が、姉が女王となる為のものだと彼女は知らないのだろう。
「ありがとう!お姉さま!」
リリアナは嬉しそうに言うと、父の元へと足を進める。
「・・・ごめんなさいね、リリアナ」
イルミナはそうぽつりと零すと、大広間を後にする。
正直、あの場に居続けるつもりはなかった。
自分の周りの空気だけが強張るのを知って、誰が居たいと思うだろうか。
いくら微笑もうとも、周りの皆が自分と話す時強張るのだ。
せっかくのリリアナの誕生日。
自分なんていなくとも彼女を祝う人はたくさんいる。
そう思い、イルミナはその歩みを外へと向けた。
***********
「イルミナ殿下?」
「・・・、クライス宰相補佐殿?」
明るい大広間を出て、暗い廊下を一人、自室に向かって歩いていると、前方の人影から声をかけられる。
そこには、次期宰相と名高いヴェルナー・クライスが一人立っていた。
青がかった銀の髪が風に揺れ、ブルーグレーの瞳が驚いたように瞬いている。
その色彩もさながら、冴えわたる美貌である彼は氷の貴公子と密かに呼ばれているらしい。
アーサーベルトに、彼と年が近く、仲がいいということを聞いていたが、ここまで印象が違うと逆に凄いとイルミナは思った。
宰相補佐であり、その能力の高さから膨大な仕事量を難なくこなす彼は、仕事では一切の優しさを見せないと有名だ。
効率の良さを基本的に考えているが、利を得られるのであれば回りくどいこともする。
そして彼は、無駄遣いなどを嫌う潔癖な面も持っていると聞いた。
無駄を許さず、利益を得られるのであれば時間を費やすことを厭わない彼は、国からすれば理想的な文官だ。
それ故に、彼は誰かも認められる候補となっている。
彼がこのようなパーティーに出席することはあまりないと聞いていたが、どうやらさすがに今日は出席したらしい。
「どうされたのですか、殿下。
パーティーは終わっていないはずですが」
ヴェルナーはそう言いながらイルミナの元にやってくる。
王女である自分の身を気遣って言ってくれているのは理解できる。
それでも、今のイルミナはその優しさが欲しくない。
できることなら、誰とも会わずに自室に向かいたかった。
「こんばんは、クライス宰相補佐殿。
少し人酔いをしてしまったので醒まそうとしているだけです」
ヴェルナーは、イルミナのその言葉に眉根を寄せる。
彼のその表情に、イルミナは少しだけ居心地の悪い思いをした。
その機嫌が悪そう、というか怒ったような表情はイルミナの苦手とする表情だからだ。
「左様でしたか。
本来であれば衛兵がお傍にいるべきでしょうが・・・私がお供いたしましょう」
その言葉に驚いた。
今日はリリアナのパーティーなのだ。
自分はいなくともいいはずだが、彼は補佐であり、この先国の要となる人物だ。
宰相がいるのに彼がいないのは他の貴族からしても良くは思われないだろう。
ただでさえ、今日は多くの貴族のみならず、隣国からもリリアナを一目見ようと一部の貴族が来ているというのに。
「いいえ、宰相補佐殿。
私は結構です、どうぞパーティーにお戻りください」
どうにかして戻ってもらおうと思いそう言うが、ヴェルナーは取り合わない。
「何を仰っているのですか、
そもそも衛兵たちはどうしたのです?
殿下をお一人で退室させるなんて」
ぎくりとする。
イルミナは普通に大広間の扉から出ている。
確かに衛兵も近衛兵もいた。
しかし誰もイルミナに注意を払わなかったため、彼女はそのまま出てきているのだ。
「あ、その・・・」
下手に言い訳をすれば、彼らが罰される対象になりかねない。
いくら蔑ろにされているとはいえ、第一王女を一人で自室に戻らせるなど、職務怠慢と取られておかしくない。
さらに今日は他国の人すら来ているのだ、警備を万全にするのが彼らの仕事だというのに警護対象を放置したなどクビになってもいいくらいだ。
しかし、それは絶対にあってはならないことだ。
今日はリリアナの誕生日なのだから。
「その、私が勝手に出て、必要ないと言ったからです・・・。
少し疲れていますし、もう部屋に戻ります」
そう言って離れようにも、ヴェルナーがそれを許そうとしない。
「ならばそちらまで送りましょう」
別に送ってもらうのは構わない。
部屋の中まで送ってもらうわけではないのだから。
しかし、イルミナはヴェルナーという人を苦手に思っていた。
アーサーベルトからその人なりは聞いていて、悪い人ではないのは理解している。
むしろ国の為に尽くしていることから、彼がどれほど重要な人物かも。
しかし彼は、リリアナを好んでいない。
嫌、好んでいないとかではないのかもしれない。
彼は、リリアナという人に興味を持っていない、とでもいうのだろうか。
リリアナに対して過保護でもなく、淡々と王女としての対応しかしないその人は、イルミナにとって未知なる存在だった。
そう、彼はイルミナもリリアナも同じような対応しかしないのだ。
いつだって自分よりリリアナを大切にする人たちと接してこなかったイルミナは、彼への対応をどうすればいいのか分からないでいた。
だからだろうか。
接し方がわからない彼を苦手と思ってしまうのは。
「殿下?」
沈黙し、固まってしまっているイルミナを、ヴェルナーが不審げに見やる。
「あ、の・・・」
戸惑う彼女を見て、ヴェルナーはため息をつきそうになった。
どうして彼女はいつも申し訳なさそうに縮こまっているのか。
そう本人は考えていないのかもしれないが、自分の目にはそう映ってしまう。
彼女は、人から気にされることや、好意といった感情に酷く怯えているかのように見える。
今迄の生活からすればそれは仕方のないことなのかもしれない。
目の前の王女は、いつだって優先順位の上位という言葉から、遠く離れたところにいるのだから。
それでも、彼には理解できない。
朋であるアーサーから彼女のことは聞いている。
とても素晴らしく、のびしろのある御方だと。
だが、今の彼女は彼の評価するような人間なのかわからない。
「殿下、少し私にお時間を頂けますか?」
その言葉に、イルミナは目を見開く。
まるでそのようなことを言うとは思わなかった、と言わんばかりの表情に、ヴェルナーはそれも仕方ないと考える。
アーサーの言葉が無ければ、きっと自分は彼女と話そうなどと思わなかっただろうから。
「・・・少しなら」
戸惑いながらも了承する彼女に、ヴェルナーはこくりと頷いた。
「ありがとうございます、
どうせですから、離れの四阿にいきましょうか」
そう言ってヴェルナーは背を向け歩き始める。
イルミナは、彼の視線が外れたことでそっと息を吐いた。
ここで断るのは、得策ではないとイルミナは考えた。
いずれ自分が女王として立つとき、苦手だからと言うのは理由にならない。
そんな理由で、恐ろしいまでに有能な彼と何の縁を持たずにいるのは将来的に良くないだろうと考えての了承だった。
アーサーベルトから、彼の話は少しだが聞いている。
だからこそ、話しをしなければとも思った。
だがそれとヴェルナーを苦手だと思うのは違うことなのだ、とイルミナは感じながら、男にしては細めの背を追った。
2017/04/08修正