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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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それぞれの始まり




あの後。

宰相は騎士たちによって拘束された。

イルミナはその後を知らないが、グランが話をつけていたので彼が知っているだろう。


宰相は、哀れなまでに純粋だった。

彼の初恋は情熱に燃え盛り、消えることもできぬまま燻り続けた。

そうしてたった一人を見続け、そして緩やかに狂っていったのだ。


最初に拘束されたときには何も話さなかった宰相だが、二度目の拘束ではぽつりぽつりと話し始めたと聞いている。


マリーネアという存在を愛していたこと。

彼女が自分の手を取ってくれなかったときの言葉にできない絶望、そしてハルバート王と結婚し、子を成した事実。


生きていればいつか、と思っていたのに何者かによって暗殺され、二度と会うことが出来なくなってしまった。

それから、暗く絶望の日々を送ってきたこと。


何もかもが無為に思えていた日々に王妃が懐妊し、生まれたイルミナを見て彼女の生まれ変わりであると信じた。

彼女も、自分と添い遂げられなかったことを無念に思っていたのだと。

そうでもしないと、何もかもがやりきれなかった。

そして今度こそは、何が何でも自分の元に居て欲しいと心の底から願った。


そのためにどうすればいいのかを考え続け、リリアナが女王になればイルミナを降嫁できると気付いたこと。

王たちが、イルミナを嫌悪していることを知っていて、それを利用しようと考え、リリアナを女王とする為に彼女に教育を施し、そして王にそのことを進言したこと。

一度捕まったのは想定外だったが、城の中には彼の信奉者がおり、その者に手伝ってもらいここまで来たこと。


イルミナが、あそこまで成長しているのは予想外だったと宰相は諦観に満ちた笑みを浮かべた。

あそこまで、政策に関わっていなければきっと上手くいってただろうと。


王たちがイルミナを愛していないのは一目瞭然だった。

しかし、決定的な言葉がなければ、イルミナはいつかという夢を見るだろうとも思っていた。

その為に、宰相はイルミナと王たちとの距離を置き、愛されていない事実を気づかれないようにしていた。

イルミナを傍に置く。

それだけの為に、ティンバーは十年以上もの間、裏で暗躍していたのだ。


しかし、宰相の思い描く理想と、現実は違った。

そして、イルミナを認めた貴族たちによって、全ては破たんした。

クライスやアーサーベルトがイルミナの傍にいるようになり、グランを始めとする貴族がイルミナを認め、その存在を求めた。

それゆえに、イルミナは孤独にならずにいた。

宰相が思うほどまでには、イルミナは愛情だけをひたすら求めることはなかったのだ。


「・・・私は、ずっとあなたが愛おしくて、恐ろしかった・・・。

 マリーネアも、賢妃として名高かったそのせいで、暗殺された。

 相手を殺そうにも何もわからず、復讐すらも出来なかった・・・。

 悔しくて悔しくて、ハルバートに攻め込もうと王に進言しようとすら考えたことだってあった。

 ・・・そんな時に、貴女がお生まれになった。

 マリーネアの生まれ変わり、二度と同じ道を歩ませてなるものかと思った・・・」


そう言い、宰相は項垂れた。


イルミナは彼と話していて、彼は彼なりに愛していたのだということに気付く。

彼は彼なりにマリーネアに似た自分を思ってくれていたのだろう。

だが、彼はその表現方法を間違えた。

愛しているのであれば、常に傍に居れば良かったのだ。

そして、イルミナを認める一番の人になれば、結果は変わったのかもしれない。

全ては終わったことでしかないが。


「・・・私は、自分で自分の道を決めます。

 貴方の祖母への気持ちは確かにあったでしょう。

 しかし、私は祖母ではありません、

 その気持ちを向けるべき相手を、間違えてしまって、いいのですか・・・。

 貴方は、マリーネア様を愛していたのではないのですか?」


イルミナの言葉に、宰相は目を見開くと静かに涙を零し始めた。

彼が現世うつしよに戻ってこれたのかどうかは分からない。

それでも、もう二度とイルミナの前に姿を現すことは無いだろうと感じた。









********************








「もう、行かれてしまうのか・・・?」


「大変お世話になりました、

 タジール殿。

 あなた方のお陰で、私はこうしていられるのです。

 だから、今度は私がその恩に報いる番です。

 必ず、成功させて見せます」


イルミナはタジールに宣言するように言う。

しかし、タジールはそれに苦笑した。


「殿下、

 そのように気負わなくてもいいじゃ。

 一人でやるもんではないと、薄々気付いておるじゃろう?」


「・・・」


「殿下は、一人でなんでもしようとなさる。

 じゃがな、いくら殿下と言えどまだ十六になったばかりの女子じゃ。

 分からないことがあって当然じゃし、失敗するのも普通なんじゃ。

 それをフォローする為に、年長者とはいるんじゃよ?

 もっと、周りをみなされ。

 そして頼ることを覚えるとよかろう」


タジールは皺の寄った笑みをイルミナに見せた。

それは、祖父が孫に見せるような、暖かいもの。

こそばゆい感情が、イルミナの胸中に生まれる。


「・・・、ありがとう、タジール殿・・・。

 肝に銘じます」


その堅苦しい言い方に、タジールは笑った。


「そんな堅く考えずともいい、

 もっと軽く考えなされ」


「・・・イルミナ」


背後から声を掛けられる。

振り向くとそこにはグイードがいた。


「グイード」


「・・・少し、いいか」


そんな二人を、グランは遠くから見つめていた。






「あの時も、俺はこうしてお前を呼び出したな」


懐かしい気持ちになって、グイードはそう零す。

イルミナも同じことを考えていた。


「そうでしたね・・・。

 あの時も、こうして呼び出されました。

 時間がないと言ったのに」


くすくすと笑いを零すイルミナに、グイードはほっとしたようなため息を漏らした。


「・・・イルミナ、

 その、もう大丈夫なのか」


救出されてから一ヶ月半後ようやく意識を取り戻し、それからひと月も経たないうちに村を去ろうとしている。

最初の見立てではもっと長くいる予定だったのに、とグイードは思う。


「万全というわけではありませんが、

 そろそろ戻りませんと」


イルミナは苦笑を零しながらグイードに返す。


「宰相の件で、リリアナは女王としてはあまりにも不足しているのが確定しましたからね。

 今までは宰相の言葉だけで判断していましたが、その宰相が自身の目的のためにリリアナを利用していたのであれば話しもまた変わるでしょう。

 陛下もそれを話して気付いて下さればいいのですが・・・、

 それに、私は諦めないと誓いました。

 たとえ女王という立場でなくとも、この国を良くするために出来る限りのことをすると。

 だからこそ、私は戻らないとなりません」


それが今のイルミナの出した答えだった。

初めての、友人に、どうしてもそれを報告したかった。

自分の考えを、朧気ながらも人に話すのは、グイードが初めてだった。


「婚姻だって片付いてない問題だってありますが・・・。

 でも、一人じゃないってやっと思えるようになったんです。

 ここにいる、皆さんのおかげで」


照れたように笑うイルミナに、グイードは言葉を詰まらせる。

初めて会った頃より、ずっと表情豊かなイルミナに、意識を奪われる。

しかし、その根幹は何一つ変わっていない。

そうだ、そうやって前を向く彼女だから、自分は。


「―――イルミナ」


「なんでしょう?」


「・・・俺は待っててくれといつか言ったな」


そしてグイードは深呼吸を一つした。

大切なことを言うために。


「俺は、もっと力をつける。

 お前の前に立てるくらいには。

 そして、お前の望みを支えられるような男になる」


イルミナは、驚いたように目を見開いて、そして深く頷いた。

そして嬉しそうに、顔を綻ばせた。

花が開くようにという比喩が、比喩でないと思ってしまうくらいのその表情。

そうだ、初めから分かっていたはずなのに。

イルミナは美しい、その内面から。


それでも、初めて見るような気分になって、どくりとグイードの心臓が大きく脈打った。

好きだ、と言ってしまいたい。

出来ることなら、グランにだって宣言してやりたい。


でも。


「だから、お前に相応しい男になるまで待っててくれ」


「ふふ、もう、十分ですよ」


イルミナはころころと笑った。

グイードも、それに合わせるように笑う。


―――違うんだ、イルミナ。

  俺はまだ、お前に告白すらできない。


それを口に出すことは出来ない。

自分をそこまでの男だと思えないから。

だからこそ、グランが嫌いなのだ。

自分にとって、なりたい男というのが、ああいう人だから。

なりたいと思っている理想の自分が、既に彼女のそばにいるから。


グイードは決意を新たにする。

正直、グランのようになれるのかどうかなんてわからない。

そもそも、自分は平民で相手は貴族だ。

でも、イルミナはそんなことで判断しないと思っている。


結婚したいとかではない。

嫌、可能であれば家庭を築きたいと思うが、あまりにも現実的なものではない。

彼女は王族で、女王にもなれる人だ。


だからと言って、告白しないという手段を取るつもりもない。

自己満足になるのはわかっている。

それでも、いつか彼女に胸を張って言いたいのだ。


好きになったことを、後悔することは無い。

結ばれないと分かっていても。

ただ、幸せになって欲しいと心の底から思う。


出来るのであれば、自分が幸せにしてやりたいと思う。

でもきっと難しいだろうから。

だから、それができるだろうあの男を憎たらしくも思うし、嫉妬もする。

それがグランでも、あのラグゼンとかいう男でも、きっと自分は許せないのだろう。


醜い嫉妬だと言うのはわかっている。

それでも、やっぱり感情はついていかないのだ。


グイードは絶対に城にいってやると決意する。

そして、ジジィ達の代わりにイルミナの伴侶となる男を見極めてやるのだ、と。

それぐらい、きっと許されるだろう。



「またな、イルミナ」



「えぇ、また」





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