第一王女の生まれた日
「殿下、おめでとう!!!!」
空にたくさんの花が舞い踊っている。
色とりどりのそれらは、イルミナの目を楽しませた。
「おめでとうございます、イルミナ殿下。
これはクライス殿とアーサーベルト殿から預かったものです」
ジョンはそう言いながら包みを二つ、イルミナに渡した。
「ありがとう、ジョン」
イルミナは顔を緩ませながら礼を言う。
中身を見ると、アーサーベルトからはお菓子とよくわからない玩具のようなものと、ヴェルナーからは綺麗な羽ペンが入っていた。
忙しいなか、わざわざ選んで送ってくれた二人に心の中でイルミナは感謝した。
「そしてこれは私からです」
ジョンはそう言って綺麗な刺繍のハンカチを渡してきた。
「綺麗・・・、
ありがとう、ジョン。
大切にします」
二人がにっこりと微笑みあっていると、子供たちがイルミナを呼んだ。
「ひめさまーーー!!」
イルミナはジョンに一言いうと子供たちの所へゆっくりと歩を進める。
五、六人の子供たちは、弾けんばかりの笑顔をイルミナに向けていた。
「おめでとう!!
これ、みんなで一緒に作ったんだ!!」
そう言って一番年上らしき男の子がイルミナに何かを差し出す。
沢山の花だが、花束ではないようだ。
「これは・・・?」
「あれ、ひめさま知らないの?
かがんで、かがんで!!」
イルミナは言われたとおりにかがむ。
そうすると頭にそれがぱさりと乗せられた。
「はなかんむりだよ!!
おひめさまだもん、きれいなのさがしてつくったんだよ!!」
女の子が嬉しそうにニコニコしながら言う。
それに、イルミナの心は温かくなった。
「はなかんむり、って言うのね。
ありがとう、とても綺麗だわ」
イルミナの頭の上には、色とりどりの花で作られた冠が乗せられている。
それは子供たちの手で作ったからなのか、酷く歪ではあったが、それでもイルミナは嬉しかった。
「でんかぁー!」
「っ、はい!」
村のあちらこちらでイルミナは祝われる。
正直、城で行われるものよりずっと嬉しかった。
貰うもの一つ一つに、心がこもっているのが分かる。
それが、イルミナにとって一番嬉しいことだった。
たくさんの祝辞を受け、イルミナはいったん家に戻ることにした。
貰った物たちを置きたかったし、少し休憩が欲しかった。
「ふぅ・・・」
嬉しいけど、少しだけ疲れた。
嬉しい疲労感に、目を閉じる。
前まで何度も見ていた悪夢は、ここ最近で回数も減った。
体力こそ完全回復していないが、療養するほどでもない。
そうすれば、自分は。
「イルミナ」
眠気の中考えていると、聞きなれた声がイルミナを呼んだ。
「・・・グラン?」
そう言えば、村の中では見かけていなかった。
家にいたのだろうか。
と、グランは背後に立ち、いきなりイルミナの首元に手を伸ばしてきた。
「少し、動かないでくれ」
グランの低い声が耳朶を打つ。
びっくりして目を閉じていると。
―――――シャリ
細い、金属同士がぶつかるような音がイルミナの耳に届いた。
うっすらと目を開けると、目の前には優しく微笑むグランがいる。
「っ、な、にを」
「―――よく、似合っている」
グランはそう言った。
そうして、イルミナはようやく首に何かがあることに気付く。
「・・・首飾り?」
グランは一つ頷くと、鏡を持ってきてイルミナに見せた。
「―――――、き、れい・・・」
それは綺麗な緑の宝石で彩られた首飾りだった。
小さな石が銀の鎖によって繋がっている。
一目で見て素晴らしい意匠だというのがイルミナにもわかった。
「こ、んな、素敵な物・・・」
イルミナは慄く。
自分のようなものが、こんな素敵なものが似合うはずないと。
しかしグランは嬉しそうに微笑みながらそれを否定した。
「それは君のために作らせたものだ。
嫌いでなければ使ってほしい」
その言葉に、イルミナは逡巡するも小さく一つ、頷いた。
「イルミナ姫!
ここにいたのか」
休憩をはさんで外に出ると、そこにはハーヴェイが待ち構えるようにしていた。
数日後に来るとは聞いていたが、まさか本当に来るなんて、とイルミナは思う。
それにまさか、自分の誕生日の日に来るなんて、とも。
その足元には小さな子供たちがわらわらといる。
「ねーねー、
おじちゃん遊んで」
「たかいたかいしてー」
「お、おじちゃ・・・、
高い高いはしてやる、だが少し待て、
イルミナ姫に渡したいものがあるんだ」
その言葉を皮切りに、子供たちは渋々ハーヴェイから離れる。
それでも近くに待機するようにいて、ハーヴェイは苦笑を零していた。
「誕生日おめでとう、
これは私からだ」
そう言って小瓶をイルミナに渡した。
透明なそれは、凝った作りをしていて見た目にも美しい。
「これは?」
「開けてみるといい」
イルミナはハーヴェイの言う通りに小瓶を開ける。
そうすると、ぶわっと一気に香りが広がった。
「っ、これ・・・!」
それは、嗅ぎ覚えのある香りだった。
あの、四阿の周りに咲き誇る白い花の香りだった。
「初めてあった時、貴女はあそこにいただろう?
私にとっても思い出の香りとなったからな」
「、この、花の名前は・・・?」
その言葉に、ハーヴェイは驚いたらしく目を見開く。
「知らないのか?」
「はい・・・、
どんなに調べても見つからなくて・・・」
「・・・あぁ、王は知っていたのか」
ハーヴェイは納得がいったかのように頷いた。
「何をですか?」
イルミナの問いに、ハーヴェイはにやりと笑い、その顔をイルミナの耳元に近づけた。
「この花はな、男が好きな女に贈る花でな。
まぁ、今回は思い出の花の香りということで選んできたが。
・・・だが、きっと王も知っていたのだろう。
それでいて、知られたくなかったのだろうな。
自分がどれだけ、王妃を想っているのかを」
「!!」
低く囁かれた言葉に、イルミナの体温が上がる。
慌てて距離を取ろうとするイルミナに、ハーヴェイは彼女の首元で光るそれを見つけたのだろう、少しだけ剣呑な光でそれを見た。
「・・・これは?」
しゃり、と涼やかな音をたてるそれを、険しい目で見る。
そんなハーヴェイに気付かず、イルミナは答えた。
「それは、グランから頂いたのです」
その言葉を聞いて、ハーヴェイは舌打ちしそうになった。
そして、ライゼルト辺境伯である彼が、イルミナに本気であることを悟る。
「・・・そうか、良く似合っている。
ところでライゼルトはどこに?」
「グランなら、先ほど広場へと向かっていましたが」
ハーヴェイはそれを聞くと、挨拶をしてくると一言残し、イルミナの傍から離れた。
そんなハーヴェイに、イルミナは不思議そうに小首を傾げながら、彼を待っていた子供たちのところへと足を進めた。
「・・・まさか、本気だったとはな」
「言っていたでしょう。
私は本気だと」
広場から離れた、人気のないところでグランとハーヴェイは対峙するように立っていた。
「首飾りは執着心の表れ・・・さらに自分の瞳の色を使うとはな」
「あなたこそ、彼女の好きな花の香り?
あれこそ、貴方の国で男性が恋人に送る花でしょう。
名前は知りませんがね」
グランの言葉に、くく、と楽しそうに笑うハーヴェイ。
「それを知っているだけでもいい方だろう。
かの王はそれすらも伝えてないようだからな」
「・・・花の名を聞いても?」
「イルミナにも教えていないのに、男に教えるわけがないだろう」
そうして二人は不敵な笑みを浮かべ合った。
同じ女性を選んだもの同士、センスの良さだけは認めてもいいと思った。
少なくとも、アーサーベルトの子供用の玩具よりかは認めるに値した、とでもいえばいいのだろうか。
アーサーベルトのセンスのなさにはグランですらため息を吐いてしまうほどだった。
彼と比べること自体、無意味に等しいが。
グランはハーヴェイにそろそろ戻るよう進言した。
イルミナも休ませるつもりだし、なによりここでは王弟の休める場所はない。
だから暗くならないうちに戻られた方がいい、と。
グランの言葉に始めは納得していなかったハーヴェイも、渋々同意すると連れて来ていた護衛と侍従を連れて馬車へと戻っていく。
グランが広場に戻ると、そこには少し疲れたようにしているイルミナがいた。
それでも話しかけてくる村人たちに、嬉しそうな笑みを浮かべながら対応するその姿は、心から安心しているようにも見える。
グランは、そんなイルミナを抱えて家に戻ろうと声をかける。
「でも、まだ・・・」
渋る彼女に、グランは年相応の姿だと内心で笑いながら、駄目だと言う。
「まだ本調子ではないだろう。
ラグゼン公も先ほど見送ったし、そろそろ休みなさい」
話しをしながら歩を進めていると。
「マリーネア!!!!」
「!?」
そこには、居るはずの無い人がいた。
「・・・?」
その姿は、最後に見た時よりも細くなっていた。
服もぼろぼろで、彼の身に何があったのかを容易に想像させる姿であった。
それでも、目はぎらぎらと燃え盛るように光っていた。
イルミナは声にならない悲鳴を上げた。
―――どうして、ここに。
「、さ、さい・・・」
そして宰相と呼んで怒られた記憶が蘇る。
身体は知らぬ間にカタカタと震えていた。
「ティンバー!!
貴様!
どうやってここに・・・!?」
グランがイルミナを背に隠しながら鋭く問う。
しかし、宰相の耳にはグランの声は届いていなかった。
「マリーネア、
マリー・・・。
どうして逃げたんだい?
僕の為に生まれてきたんだろう?
なんで、そんなところにいるんだい?」
ティンバーは壊れたようにイルミナに問いかける。
否、壊れているのだ。
「マリーネア、帰ろう・・・。
僕たちの家に、
ずっと、準備していたんだよ・・・、
こんな、僕たちを認めない世界なんて捨ててやろう・・・。
そして二人で一生暮らしていくんだ・・・」
ぴくり、とイルミナの肩が揺れた。
グランはそれに気づかない。
「大丈夫だよ、
誰が認めなくても、僕だけは認めてあげるよ・・・。
マリーネア、僕だけの、マリー・・・」
「ティンバー、
残念だが、イルミナは貴様のものにはならない」
地の底を這うかのような低い声で、グランは激怒していた。
こんな、壊れたやつに。
誰が。
「イルミナは、私と結婚することが決まっていてな。
もうお前のところにはいくこともないだろう」
その言葉に激高したのはティンバーだった。
「そんな馬鹿な!!!!
マリーネア!!
また僕を裏切るのか!!」
先ほどの穏やかな表情とは打って変わて、その目は血走り、口元からは白い泡が見える。
そのあまりの変わりように、グランは悲しさすら覚えた。
国一番と呼ばれた頭脳の成れの果てが、これなのか、と。
「ティンバー、貴様も宰相であったのであれば、いい加減にしておけ!!」
「黙れ!!
僕が、わたしが、この時をどれほど待ち望んでいたのか・・・!!
貴様に分かるかぁああ!!」
それはまさに、慟哭であった。
魂すらも裂きかねない、そんな慟哭。
それを聞いたイルミナの体は、なぜか震えるの止めていた。
その慟哭のような悲鳴には、酷く聞き覚えがあったから。
そして、ゆっくりと宰相を見る。
「―――――、さい、しょう・・・」
そこにいたのはただ一人の老人だった。
愛する人を失い、代わりを見つけてしまった哀れな人。
そして、慟哭を上げるその姿は、かつての自分。
愛されたいと、それだけを願い続けて生きてきた自分なのかもしれないとイルミナは思った。
どうして、そんな人を怖がっていたのだろうか。
イルミナの呟きを聞いたのか、ティンバーはさらに激高した。
「どうしてだ!
どうして、あの時の様に呼ばないんだ・・・!!
なぜ、なぜなんだ、マリー!!
どうして、君は、僕を選んでくれない・・・!!
こんなにも、こんなにもっ、
あ い し て い る の に・・・!!」
その言葉は、彼の全身全霊の想いが籠った愛の言葉であった。
たとえそれが、狂気に満ちていようとも。
宰相は膝から崩れ落ちるように地に伏せた。
枯れ木のようなその体からは、先ほどまでの強烈な存在感は既にない。
震える肩に、すすり泣く声が悲しく響いた。
それを囲むように、村人や護衛が遠巻きに見ていた。
何かあれば彼を切るつもりであっただろう騎士たちは、その手を剣に添えている。
しかしイルミナは目でそれを制した。
彼に、そんな力はないだろうし、きっと自分を害することはできないだろう。
「・・・宰相。
マリーネア様は、亡くなられましたよ」
「っ、そんなこと・・・!!」
宰相は顔を上げ、イルミナを睨む。
真っ赤になった宰相の瞳は、マリーネアと同じ色をした、それでも他人のイルミナを映す。
イルミナは続けた。
「私は、イルミナです。
宰相、イルミナ・ヴェルムンドです」
「――――っっっ!!!!
あ、あぁ、あああああ――――!!」
男の慟哭は、静かに村に響き渡った。