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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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大公と第一王女





「ご心配、おかけしました・・・」


そう言って頭を下げるイルミナに、タジールは嬉しそうに笑う。


「気にせんでもいいんじゃ、殿下。

 少し疲れたんじゃろう、なら休むのが一番じゃ」


「・・・ありがとうございます」


状況を知ったうえで、タジールは返す。

そんな彼に、イルミナは深い感謝の意を覚えた。




少しずつではあるが、イルミナは回復の兆しを見せていた。

もちろん、全快というわけではない。

記憶に若干の障害はあるし、体力も落ちきっている。

夜になれば前より回数は減っているものの、悪夢に魘されるときだってある。


だが、少なくとも人形のようになっていないということが村人たちを何より喜ばせた。

そうして、ここまで回復するために献身的な介護をしたグランに、村人たちはより一層好意的になった。


「グイード、

 こんな形になってしまいましたが・・・。

 お久しぶりです」


「・・・あぁ、

 来るならもっとしっかりとして来いよ。

 死んでるのかと思っただろ」


憎まれ口をつい叩いてしまうが、それがグイードなりの心配だということをイルミナは知っている。


「そうですね、

 今度から気をつけます」


くすくすと笑って返すが、それに対してグイードの表情は苦り切ったままだ。


「イルミナ」


グランがイルミナを呼んだ。

どうやら時間らしい。

外に出られるようになったとはいっても、イルミナはまだ安静にしなければならなかった。

しかし、引きこもっているだけだとよくないと考えたグランは、一日の数時間だけ外で誰かと話すように言っていたのだ。


「・・・、はい」


しかし、イルミナにはどうしても理解できないことがある。


「・・・、その、自分で歩く練習も必要では・・・?」


「まだ無理はさせられないからな。

 歩く練習であれば、家の中でしてからにしなさい。

 だから今は大人しく」


「・・・はい」


グランはイルミナを抱き上げた。

そしてそのまま歩き出す。

イルミナの頬は、羞恥によるものか赤くなっている。

いくら言っても、グランは聞いてくれないのだ。

自分で歩けると言っても、練習に必要だと言っても。

グランは絶対にイルミナを抱き上げて運んだ。


イルミナからすれば慣れないことだが、村の人々からすれば慣れた光景だ。

誰一人として不思議そうにしないことも、イルミナの羞恥を煽った。


「今日はアイリーンがイルミナの好きなものを作っているそうだ」


「・・・そうですか、

 楽しみです」


親子のような年の差の二人は、それでも穏やかに村の中を歩いていった。







*********************







「・・・ラグゼン公が?」


イルミナが就寝した後、ジョンがグランを訪ねてきた。

そしてアリバル侯爵から預かった言付けをグランに話す。


「はい、

 どうやら、殿下の意識が戻ったことを知ったようでして。

 数日中にこちらに足を運ぶと仰っているようです」


グランは舌打ちしたい気持ちになった。

確認したところによると、ハーヴェイ・ラグゼンは国には戻らなかったようだ。

王宮にこそいなかったようだが、貴族の伝手を使ってヴェルムンド国内にいたらしい。

そうでなければ彼の情報網は早すぎる。


「断れないのか」


「・・・難しいようです。

 求婚者なのだから、心配するのは当然だと言っているようです」


グランは唸った。

正直なところ、今の段階でイルミナには会わせたくない。


万が一、彼女がこの国にいることに不安を覚えていたとしたら、ラグゼンの話はまさに渡りに船状態になる可能性があるだろう。

彼女が望んでこの国を出て、ラグゼンファードとの繋がりを作れるのであれば一石二鳥であっただろう。

前までの自分であれば、許容できたかもしれない。

しかし、今は無理だ。


「・・・はぁ・・・。

 できれば会わせたくないものだ」


つい零してしまう。

その言葉に、ジョンは顔を綻ばせた。


「・・・?

 どうした」


「いえ、私がリチャード様から聞いていたライゼルト様と違っていたもので」


「?」


全く分からないという表情をするグランに、ジョンは話す。


「いえ、

 リチャード様はライゼルト様のことを、貴族の中の貴族と仰っておられましてね。

 国の為ならば、手段を選ばないと。

 平民上がりの私からすれば、そこまで国を考えてくださる貴族の御方というのは非常に喜ばしいのですが・・・。

 今の貴方を見ていると、恋に翻弄される一人の男のように拝見できます。

 そのほうが親近感が抱けます。

 まぁ、私ごときが何を言うんだと思われるかもしませんがね」


苦笑と共に零される話に、グランは瞠目した。

自分は、そのように思われていたのか、と。


「・・・っふ、

 そうかもしれないな・・・。

 今の私は貴族らしくないだろう。

 だが、私も今の自分を気に入っている」


グランは笑みを浮かべながら言う。

ジョンは、グランのその言葉に笑みを深くした。








*********************







「久しぶりだな、

 グラン・ライゼルト辺境伯」


「・・・そうですね。

 わざわざご足労いただかなくても、時間が経てばお会いしましたのに」


「そう言うな。

 私だってイルミナ姫の事を気にしていたのだぞ」


グイードは、二人の間に見えない火花を見たような気がした。




「それで、

 容体は?」


「少しずつですが回復しています。

 ですがまだ全快とは言えませんがね」


「そうか・・・。

 会うことは出来るのか?」


「・・・少しの間でしたら」


渋々答える。

イルミナには、昨夜ハーヴェイが来ることは伝えていた。

わざわざここまで来ることに驚きを隠せなかったようだが、それでも気丈に会いましょうと言って。


グランからすれば、やはり会わせたくない。

会うだけとはいえど、相手は他国の王弟だ。

緊張しないわけがない。

病み上がりの状態で、そんな緊張感しかない対面を誰がさせたいと思うだろうか。

ただでさえ、彼女は無駄に我慢しながら頑張ってしまうことが多いのだから。


「構わない、

 どちらに?」


「案内します、

 どうぞ」


いくら貴族同士とはいえ、相手はラグゼンファード国王の弟。

グランとは圧倒的なまでの身分の差がある。

それゆえに、グランはハーヴェイに対して節度ある対応を心掛けた。

たとえ、相手が自分の好きな人に懸想してようとも。




「ラグゼン公・・・、

 わざわざ来ていただいてありがとうございます、

 このような姿で申し訳ありません」


イルミナは寝台の上に座ってハーヴェイを歓迎した。

イルミナは、失礼に当たるのではないかと考え何度がグランに進言したが、グランが許さなかった。


「いや、こちらこそすまない。

 療養中だと知ってはいたんだがな。

 どうしても気になっていてな」


「そう言って頂けると気が楽です」


部屋の中には四人いた。

イルミナ、ハーヴェイ、グラン、そしてハーヴェイの護衛だろうか。

密集しているせいか、部屋が狭く感じる。

開かれた扉の向こうには、更に護衛の騎士たちがいるが。


「それで、

 この度はどのようなご用件でしょうか」


イルミナは切り出した。

グランにあらかじめ言われていたのだ。

長時間はだめだから、直ぐに話を切り出すように、と。


「・・・っふ、

 どうやら、忘れてしまっているようだな」


ハーヴェイは苦笑しながら言う。

その言葉に、イルミナは何かあっただろうかを考える。


「イルミナ・ヴェルムンド姫。

 私は貴女に求婚しに来たと、あの日言っただろう?」


「!!」


ハーヴェイの背後に控えているグランの息をのむような音が聞こえたが、気のせいだろうか。


「・・・!

 え、えぇ・・・、

 そのような話も、ありました」


イルミナはようやく思い出したのか、目をうろうろとさせながら肯定する。

そういえば、そんな話を聞いたような気がする。

その後に色々ありすぎて、忘れていたというのが正直なところだ。


「今でもその気持ちに変わりはない。

 考えてみてくれないか、

 これからのことを」


「っ、それ、は・・・」


これから。

イルミナはその言葉に重さを感じた。

これから。

これから、私はどうしたいのだろうか。

今はいい、でも、この先は?


「・・・ラグゼン公。

 そろそろ」


イルミナの顔色が悪くなったのに気付いたグランは、ハーヴェイにそう声を掛ける。


「もうか?

 まぁ、仕方ない。

 イルミナ姫も療養中なのだしな。

 後日また来る。

 それまで養生されるといい」


そういってハーヴェイはあっさりと護衛を連れて部屋を後にした。

それに安心したのはイルミナだ。


「大丈夫か」


グランが水を差しだしてくる。

それを少しだけ飲むと、イルミナは深く息をついた。


――――――いつまでも、こうしていられるわけではない。


それはイルミナがずっと考えていたことだ。

村での日常は、まるでぬるま湯のようだ。

誰もイルミナを傷付けないし、優しく穏やかに接してくれる。

イルミナという個人を認めてくれ、否定も何もしない。

出来るのであれば、ずっとここでこうしていたい。


しかし、それが不可能なことも知っている。


「グラン」


イルミナは、グランを呼んだ。

まだ、無理なことも知っている。

今の自分では、お荷物にしかならないことも。

それでも、ここに慣れてしまえば、自分は戻れないのではないかという恐怖もあるのだ。


「・・・どうかしたか」


そのことを分かっているのか、グランは眉間に皺を寄せた状態でイルミナを見た。

その表情に、申し訳なくなる気持ちが出てくる。


でも、今自分が頼れるのは彼しかいないのだから。


「・・・教えて下さい。

 今、政策は、城は・・・。

 どうなっていますか」






立ち止まりたい。

できるなら、逃げてしまいたい。

でもそんなことをしたら、きっと彼は失望してしまうかもしれない。

――――だから。




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