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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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第一王女と宰相





どうして、こうなるのだろう。


わたしは、なにかわるいことをしたのだろうか。






心はボロボロで、今までについた傷から、鮮血を噴出させていた。

治しても治しても、もう追いつきそうにないくらい、イルミナの心は傷付いていた。

頑張っても無駄だったという感情が、イルミナを苛む。

だって、どうすればいいのだ。


そんな、自分の全てを否定されてしまったら。


あの、王の表情を見て、イルミナは悟った。

きっと、自分が女王となっても、彼らはイルミナを愛することはないということを。

・・・褒めることはないだろうと。


もし、自分に非があるのであれば、直そうと努力できたことだろう。

しかし、イルミナに非はなかった。

ただ、祖母に似ている、たったそれだけで嫌悪されているのだ。


そしてそれに気づいた時、イルミナは自身の本当の願いも知ってしまった。


居場所を得たい、力が欲しい。

民の為に、何かをしたい。


それらは全て、イルミナのたった一つの願いを叶えるための手段でしかなかったのだ。

考えてみれば、どうしてそう思うようになったのか。


そして気づいた。

リリアナが生まれてから、自分は蔑ろにされるようになったのだと思っていた。

小さいころは、こんな風ではなかったと。

しかし、思い起こせば、リリアナと自分に対する対応は、あまりにも違っていた。


それでも最初は、それが愛されていないのだと知りもしなかったから、良かった。

でも、大きくなり、その違いを知ってしまった。

当たり前だ、比べる対象がすぐ傍にいるのだから。


自分が小さい時、あのように常に傍にいてくれただろうか。

乳母に任せきりなどせず、母は抱き上げてくれただろうか。

夜、一人で眠るのが怖くて、両親の部屋に行っても、王女なのだから我慢なさいと言われることも、なかったのだろうか。


たった一人の妹である、リリアナは。





「っは、・・・・は、」


今までしてきたことは、高尚な気持なんかではなかった。

もっと酷く、生々しく、自分の欲望を叶える為のものだった。

それは、イルミナを絶望させた。


唯一、他人に誇れることだと思っていたことが、本当は自分のためだったなんて。

国を良くしたいと言いながら、実は自分が愛されるためだったなんて。

褒められるために、国を良くしようとした、など。

なんて、浅ましいのだろうか。


イルミナは、プライドも自尊心も何もかもを壊されたような気持だった。

愛されたいという純粋な気持ちは、自分の手によって歪み、そして結末はなんてお粗末なもの。


「―――ははっ」


あまりにも酷い、喜劇のようなそれに笑いが零れてくる。

女王になれないと知った時、これ以上失うものはないと思っていた。


「あ、ははは、っははは!!」


否、そうではない。

失ってなどいない。

そもそも最初から、なかったのだから。



――――最初からないものを、どうやって手に入れようとしていたのだろうか。



イルミナは走り出した。

ボロボロと零れてくる涙で、前が見えない。

――本当に、涙のせいなのだろうか。

しかし、そんなことはどうだっていい。


「―――、っは、ぁ、ああっ」


一体何度、悲鳴を上げれば気が済むのだろうか。

しかし、今回ばかりは誰にも会いたくない。

いや、合わせられる顔なんて、ない。


言えるわけがない。

アーサーベルトやヴェルナー・・・グランに。


イルミナは激しく自分を責めた。

ウィリアムを責められるはずが、なかった。

本当は、少しだけウィリアムを責める気持ちがあった。

彼が、リリアナに恋なんてものをしなければ、自分が女王になれたのに。


女王になったら、そんなことに気づく暇など無かったかもしれないのに。

・・・そうすれば、自分が持つこんな醜くておぞましい感情なんて、知らないままでいられたのに。


そうして、そう考える自分を気持ち悪く感じた。

責任転嫁もいいところだ。

自分は、ここまで自分勝手だったのか。


「っひ、っく・・・っは、ぁぁ」


自分は、いったい自分を何だと思っていたのだろうか。

聖人君子だとでも、思っていたのだろうか。

馬鹿だ。


イルミナは必死に走る。

見慣れた四阿を越え、生け垣に飛び込んだ。

青々とした葉に紛れ、鋭い枝がイルミナの肌を傷つけたが、いっさい気にしなかった。

いや、出来なかった。

もうすぐ花開くであろうそれらから、甘い香りが漂ってくる。

それすらも、今のイルミナには辛いだけのものだった。


「―――っひ、っく・・・う、あ・・・」


地面に座り込み、口を手で必死に抑える。

それでも、嗚咽は漏れた。


「っく、ご、め・・・な・・・っく・・・」


泣きたくない。

いや、泣く資格がないと思う。

こんな惨めで意地汚い自分(イルミナ)は、誰かに慰めを求めてはいけない。


何が、女王だ。

こんな自分がなって、国が良くなるはずなんかなかった。

こんな、私利私欲にまみれた女王なんて。

そう自分を責める心と、何もかもが嫌だと叫ぶ心が、胸中を嵐のように蹂躙していく。

もうやだ、どうして、わたしだけ、と。

イルミナの心は、壊れそうだった。


幾度となく壊れそうになりながらも、何度も何度も治してきたその心は、限界を迎えようとしていた。

もう、頑張れない。

頑張りたくない。

だって。





だって、結局愛してはくれないのでしょう?





「―――――――殿下」


「っ、・・・っ?」


枯れた声が、イルミナを背後から呼んだ。

その声は、聞き覚えがあるようで、初めて聞いたような声だ。

見られたくない一心で、体を小さく丸める。

もう、放っておいてほしい。


しかし、声の主はイルミナを放っておこうとはしなかった。


「殿下、殿下。

 我が愛おしい殿下。

 辛いでしょうなぁ、苦しいでしょうなぁ・・・。

 あれだけ、頑張っておられたのに、結局誰も貴女をお認めにならない」


「っ、っ・・・っく、」


「私は知っておりますぞ。

 貴女様は頑張っておられた。

 王も王妃も認められない中、必死になっておられた。

 ですが・・・、認められなかった」


「!!・・・!!」


止めてと、叫びたいのに。


「クライスも、アーサーベルトも、辺境伯も。

 今の貴女をみて、どう思いましょうか。

 きっと失望されてしまうやもしれませんなぁ」


ぬるりと、蛇の様にまとわりつく声に、イルミナは侵されているようだった。

聞きたくない、でも、なぜかその声はイルミナの耳へと滑り込んでゆく。


「殿下、殿下・・・。

 もうお疲れになったでしょう。

 もう、お休みになられても良いでしょう。

 大丈夫、私が貴女をお守りしましょう」


「・・・っは、っは」


そうして声の主は、イルミナをそっと抱き寄せた。

そしてようやく、イルミナは顔を上げた。





「・・・・・・・・・・・さい、しょう・・・?」



呼ばれた宰相――ティンバー・ウォーカーは、恍惚たる笑みをイルミナに向けた。







*************************






「貴殿がライゼルト辺境伯殿か?」


「・・・これは、ハーヴェイ・ラグゼン大公・・・。

 どうしてこちらに?」


男たちは、互いのことを良く知っていた。

勿論、人柄とかではなく書類上で。


「本日はどのような用件で?」


グランはハーヴェイがここにいることを不思議に思う。

先日の誕生会は既に終了しており、最もたる貴族や使者たちは既に帰路についているのに、なぜ彼はいまだにここにいる?


「あぁ、ヴェルムンド第一王女に求婚をしようとしていましてね」


爽やかにさらりと話す彼に、グランは頭を殴られたような衝撃を受けた。


「・・・イルミナ殿下に・・・?」


「そうです。

 彼女のことは調べさせていただきました。

 我々としてはその頭脳が欲しい。

 同盟でもと考えていたのですが、女王がリリアナ殿下になられると発表されたでしょう。

 イルミナ殿下に婚約者の話も聞かないのでね。

 なら、私を婚姻を交わして国同士の繋がりも強めれば、一石二鳥だと思いましてね」


それは、グラン達貴族も考えていたことだ。

国内で婚姻を交わすことも考えていたが、王族として生まれた以上、それが一番望ましい。

しかし。


「そうですか。

 奇遇ですね、私も殿下の降嫁を願い出ようと陛下に伺う所でした」


ぴしり、とハーヴェイの笑顔が凍る。

どうやら彼にとって予想外の言葉だったらしい。


「・・・ライゼルト伯、

 貴方は、自分が何を言っておいでか・・・理解されているのか?」


笑顔のまま、険呑な空気を出すハーヴェイに、グランは内心でにやりとする。


「もちろんですとも。

 貴殿がそう考えたように、私だって殿下のその頭脳を我が領地に欲しいと考えても可笑しくはないでしょう?」


「・・・貴方ほどの方が、そう思われるなんて予想外だったな・・・。

 しかし、国として考え見れば、イルミナ姫には他国に嫁いでもらうのが一番なのでは?」


それは尤もだ。

正直、グラン自身そう考えたことは幾度となくある。

しかし。


「殿下が望まれるものを、貴殿が彼女に与えられるのであれば、私は引きましょう。

 しかし、ラグゼン公、貴殿は知っているのか?

 イルミナ殿下が望むものを」


「・・・」


ハーヴェイは言葉に詰まった。

いくらイルミナを調べたと言っても彼女の行動や嗜好など、目に見えるもののみ。

彼女の考え方や、望むものがわかるはずもない。


「・・・貴殿は知っているとでも?」


唸るようなその言葉に、グランはにやりと笑った。


「少なくとも、貴殿よりかは」


ピン、と張った空気のなか、それを裂くようにグランを呼ぶ男の声が響いた。


「グラン様!!」


彼の顔を認めた途端、グランは顔色を変えた。

その男は、イルミナに内密で護衛として付けていた男だ。

騎士団として在籍しているが、並行して仕事が出来るほどの力量を持つ為、グランは彼を信用してイルミナにつけていた。

その男が、ここまで焦ってグランの元に来るということは。


「申し訳ありません・・・!

 見失いました・・・!

 それと、王が、

 王が、宰相との婚約を進めようとしています・・・!」


誰が、とは言わなかった。

しかし、その言葉だけで男たちは理解した。





「・・・ティンバーが・・・なぜ出てくる・・・!!」




グランの低い獣のような唸り声が、廊下に響き渡った。




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