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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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第一王女の望み



イルミナがアーサーベルトに教えを乞うた日から、毎日とまではいかずとも定期的に稽古は行われた。


「殿下、足が引けております!」


「はい!」


アーサーベルトは、一切の容赦をしなかった。

本来王族であるイルミナがするはずのない稽古を、イルミナに課していく。

それらは彼女の柔らかい肌を傷つけたが、誰一人としてそれを咎める者はいなかった。

いや、そもそも彼女に傷が出来ていることを知っているのはアーサーベルトと本人のみだろう。


「殿下、立ちなさい。

 敵は待ってはくれませんよ」


「、っはい・・・!」


アーサーベルトは、細かい剣技や技術を教えることはしなかった。

力は求めるべきではなく、速さとてあくまでも一般的な女性くらいしかない。

そんな彼女の特性を生かした剣など、必然的に決まっていた。


「遅い!!」


「っっ!!」


アーサーベルトの木刀によって、イルミナが吹っ飛ばされ、そのままごろごろと地面を転がる。

訓練着は、泥にまみれて所々破けている。

今の彼女が王女だと言って、信じる者はいるのだろうか。

その目は道楽などで学ぶそれではなく、生きるために必死で習得しようとするそれだ。


「立ちなさい、殿下」


イルミナは激痛の為か顔を歪ませている。

きっと酷い痣になってしまっているだろう。

目は涙でいっぱいだが、それでも零すことはない。


「教えを乞うたのはあなたです!!

 さぁ、立ちなさい!!」


「っ!!はいっ」


アーサーベルトの叱責に、イルミナは歯を食いしばりながら立ち上がった。

その姿は見るのにも辛い。

本人が望んだこととはいえ、つい止めましょうかと声を掛けてしまいそうになる。

しかしアーサーベルトも歯を食いしばった。

中途半端に教えることはしない。

それはアーサーベルトの矜持を傷つけるものだし、イルミナも傷つく。

彼女は、本気で学びたいと思って自分を頼ってきたのだ。

そんなイルミナに適当を教えることなど出来るはずもなかった。


だからこそ、アーサーベルトは甘さを見せることなく彼女を扱った。






***********





「殿下」


教え始めてからどれくらいの月日が流れたのか、イルミナはアーサーベルトの予想を超えて上達していた。

どうやら、自己訓練も欠かさずに行っているようで、成長の進みが速く思ったよりも形になっている。

それは、アーサーベルトの目に非常に好ましく映った。


「なんでしょうか」


「あなたは私の予想を超えて強くなられましたね。

 私の自慢の弟子です」


アーサーベルトは本気でそう思っていた。

イルミナに教えたのは、逃げることを一番とした剣。

そしてどうしようもなくなった時に不意打ちでとる一撃必殺のみ。

いくらイルミナが鍛えようとも、男と打ち合うことなど考えられるはずもなかったため、そのように教えた。


イルミナは兵士ではなく、王女なのだ。

戦うことで命を落とすことが彼女の存在意義ではなく、戦うことで誰かを屠ることを求められてもいない。

彼女に、おとぎ話のように強くなって打ち合えるようになることは求められてはいないのだ。


「ありがとうございます、アーサーベルト団長」


イルミナは振っていた剣を下ろし、そう返してきた。

アーサーベルトは、イルミナと接して気づいたことがいくつもあった。

感情が薄いように見えるが、実際は表情に出にくいだけのことであったり、見た目に反して根性があること。

人を生まれで判断することなく、その人柄で判断するところや、自身の装いや見た目に一切気を遣わないこと。

そして、驚くほどにひたむきなことだ。


「・・・殿下」


「?なんでしょうか」


「・・・なぜ、あなたは怒らないのですか」


アーサーベルトは堪えきれずに問うた。

彼女はひた向きだ。

リリアナに全てが渡ろうとも、きっと怒らないだろうと思ってしまうほどには。

現に、彼女の両親だけでなく城のほとんどのものがリリアナへと愛情を向けている。

姉姫であるイルミナのことなど、見向きもしないで。


アーサーベルトは、正直に悔しかった。

自分の弟子とも呼べる王女は、こんなにもいい子なのに。

何故、誰も見向きもしないのだろうと。

彼女は、もっと愛されるべきだと思う。

だからこそ出た発言だった。


「なぜ、怒るのでしょうか?」


イルミナは不思議そうに問うた。

それは、本当に分からないと言っているように見えた。


「リリアナ様がお美しいのは理解できます。

 ですが、だからと言って殿下に騎士を付ける前にあのお方に付けるのは違うでしょう。

 なぜ、それについて怒らず私から剣を教えてもらおうなどと考えられたのですか」


ずっと疑問に思っていたことだった。

いくらイルミナが妹を大切に思っているのだとしても、これは酷いだろう。

もし、自分が貴族でもっと力があったのであれば、きっと直談判してもおかしくないと思うほどだ。

しかし、アーサーベルト自身、階級というものに心の中ではこだわってしまっているのでそれをすることはできない。

そもそも、いくら国一番と呼ばれようともアーサーベルトは騎士団の所属でしかない。


「・・・リリアナが身体が弱いことは知っていますか?」


「えぇ」


それは誰しもが知っていることだ。

城のみでなく、民もそのことを知っている。

今でこそ表に出ているようだが、幼いころは季節の変わり目の度に床に伏していたことは知っている。


「今回、騎士になれるものが少なかったというのもありますが、なによりリリアナに万が一が起こることを、陛下たちは恐れているのだと思います。

 あの美しさであれば、誰かが我が物にしようと企むかもしれない、そう危惧しているのだと思います」


それがどうした、とアーサーベルトは言いたくなってしまう。

万が一というのは、第二王女だけでなく第一王女にだってあり得る話なのだと。


「アーサーベルト団長、わたしはリリアナが大切です。

 それは、陛下たちも同じなのです。

 だから、怒るべきことではないのです」


言い切ったイルミナを見て、アーサーベルトははっとした。

彼女は、諦めていた。

知って(・・)いるのだ。

怒っても仕方のないことだと。

怒れば、王家の間で軋轢が生まれてしまうことを。

それでいて、そう答えるのだ。


「・・・殿下は、何を望まれているのですか・・・?」


彼女は、あまりにも無欲だ。

自分の為に欲しいと言えない、そういう風に育てられた。

そしてそれがあまりにも当然すぎて、歪だと気付けないのだ。


「・・・欲しいものですか・・・」


イルミナは少し考えるように首を傾けると、泣き笑いのような表情を浮かべた。

その表情は、まるで言ってどうするのだと言わんばかり。

そんな彼女の表情に、アーサーベルトの胸は締め付けられたかのように痛みを覚えた。

そして、イルミナは空を見上げると、ぽつりと零すように言った。


「わたしは、わたしの居場所がほしいです」


それは、あまりにも哀しい望みだと、アーサーベルトは思ってしまった。

王女であれば、きっと言うことのないその一言。

しかし、彼女はそれを欲してしまうほどに、居場所がないのだということを知って。











愛されていないわけではない、そうイルミナは思っている。

愛されていないのであれば、存在そのものが無かったことになっているだろうと。

そう考えるのに、たいして時間は必要なかった。

王家に伝わる歴史書の中には、そのようにして存在を消された人がいたことを知ったから。

それが良かったのかどうか、未だにわからない。


ただ、自分よりも愛らしい存在があるから、そう感じさせているのだと。

自分が、寂しく思ってしまうのは、周りと同じように考えられていないからなのだと。

だからこそ、思うのだ。


「団長、わたしは、わたしの居場所を自分でつくるために、強くなりたいのです」



2017/04/08 修正

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても惹かれるストーリーですね。可哀想で孤独な主人公がめちゃくちゃ好みなんです…最高です。 [気になる点] 紹介文と本文どちらにも読点が多いように感じます。 作品の紹介文で読点が多いと本…
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