王と第一王女
どうして、わたしをみるめはそんなにきびしいの
どうして、りりあなのようになででくれないの
どうして、おかあさまもそんなめでみるの
どうして、お父様————。
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「・・・はぁ・・・」
イルミナはため息をついた。
最近、自分の周りが騒がしいような気がしてならない。
ハーヴェイもそうだし、グランもそうだ。
特に、グランの変わりようは恐ろしかった。
知っている顔なのに、全く知らない人のような感じは、イルミナにとって戸惑いしか生まなかった。
零れるため息をそのまま、イルミナは上がってきている報告書に目を通す。
現実逃避をするかのように、アウベールについての報告書を、念入りに読み込む。
(・・・施設は建築が終了している。
教本も骨組みはできている・・・。
教える人を誰に依頼するか・・・。
今までの講師に伝手があるのか聞いてもいいのかもしれない、それも一度確認しないと・・・)
読みながら、別の用紙にすべきことを書き留めておく。
治水に関する資料も、一緒に送られている。
それをどうやって他の村に広めるか。
その案も話し合わないとならない。
試験的な場所を見学させて売り込んだ方が良いのだろうか。
しかし寒村に払える見込みはあるのだろうか。
村に払わせるのではなく、領主に売り込むのは―――。
つらつらととめどなく考えていると、ノックの音が来訪者を告げた。
「殿下」
「・・・どなたですか」
イルミナは視線も上げずに誰何する。
ヴェルナーやアーサーベルトであれば、必ず名前を言ってくる。
言わないということは、城仕えの誰かだろうと考える。
「第一王女殿下、陛下がお呼びです。
謁見室にくるようにとのことです」
「、陛下、が?」
いきなりのことで、一瞬頭がフリーズする。
「は、
直ぐに来るようにとのことです」
イルミナは何の用だろうかと考える。
リリアナの誕生日の際は、一切広間には近付いていないから、それに対する叱責などではないだろう。
ウィリアムのことだろうか。
それとも政策?
思い当たることが多すぎて、何用かわからない。
しかし、断るという選択肢は、イルミナには用意されていない。
「・・・わかりました、
直ぐに向かいます」
手元の資料をまとめ、机の引き出しにしまう。
机の上には、ヴェルナーからもらった花のガラス細工だけだ。
イルミナは一通り確認し、そして扉に向かった。
開くと、そこには衛兵が直立不動で待っている。
「どうぞ、殿下」
男はそう言うと、イルミナを先導するように歩を進めた。
それは、いつもであればないことだった。
「―――?」
なぜか、逃がさない為だけに先導しているとイルミナは感じた。
いつもであれば、誰も先導しないのに、どうして。
訳も分からず、ただ、逃げ出したくなった。
「イルミナ、
お前を娶りたいという人物がいる」
謁見室は、王とイルミナの二人だけの姿があった。
王妃も、宰相も、貴族も。
誰もいない。
なぜだろう、と考える間もなく、王は言った。
その言い方だと、探して見つけたわけではないのがすぐにわかる。
「どなた様でしょうか」
イルミナは、そのことに気付きながらもそう返した。
「宰相だ」
「・・・もう、一度、お願い出来ますか」
「宰相だ」
イルミナは、何度目になるだろう信じられない気持ちを抱えた。
「・・・陛下、宰相殿は御年五十を超えてらしたかと記憶しておりますが」
イルミナはもうすぐ十六とはいえ、宰相は五十越え。
いくらなんでもその年齢差は大きすぎる。
「私もそう言ったのだがな・・・。
宰相がどうしてもというのだ。
あれにも長きにわたって私を支えているからな。
一つでも望むものをやりたいとおもって・・・」
「っ、陛下!!」
イルミナは、堪えきれずに王の言葉を切った。
いくらなんでも、おかしくはないだろうか。
なぜ、宰相への褒美で自分が出てくるのだ。
なぜ、王女である自分が、他の国との結びつきの為でも何でもない、宰相と婚姻を交わさねばならない?
なぜ、可笑しいと思ってはくれないのか。
なぜ、そこまで自分は蔑ろにされなければならないのか。
イルミナは震える唇を必死に動かした。
今まで、一度も聞いたことは無かった。
聞いて、得る答えが怖かった。
―――もし、その答えが、自分の望むものでなかったら。
「どうしたのだ、イルミナ。
王女なのだからそのように声を荒げるな」
どうして、と声なき声で聞く。
リリアナはしても許されるのに、どうして。
「へい、か・・・。
ひとつ、おうかがい、したいことが・・・」
イルミナは、顔を青ざめさせながら、呆然としながらも、聞いた。
震える唇のせいで、みっともない声が出てしまう。
神などいないと思っているけど、それでも縋りたくなってしまう。
―――どうか、どうか。
「なんだ」
王は、そんなイルミナの状態に気づこうともしない。
唇を、噛む。
手が、震える。
聞いてしまったら、戻れなくなってしまうのは分かっている。
でも、どうしても、わからないのだ。
幾度となく、自問自答してきた。
幾度となく、答えを探そうとしてきた。
気のせいだと、思い込もうともした。
表現が違うだけなのだと納得させようともした。
それでも、わからないのだ。
どうして、こんなにも嫌われているような気がするのだろう。
「———、へいか、は、わたしのことが・・・っ、きらい、なのですか・・・」
その言葉に、王は目を見開く。
「っ、どうしても、きらわれているとしかっ・・・おもえないのです・・・!!」
幼いころから―――そう、リリアナが生まれたころから、感じていたことだった。
いつだって、自分は後回し。
後回しであれば、まだ良いほうかもしれない。
時には、自分の存在すら忘れられているのだと思ってしまうほどの、それ。
それは、イルミナの人生を集約する、たった一つの質問だった。
聞きたくても聞くことが出来ず。
違うと何度も自分に言い聞かせ。
諦めようとして諦めきれず、求め続けたその言葉。
―――いつか・・・きっと、いつかは。
それを一体何度言い聞かせて、これまで頑張ってきただろうか。
頑張れば、いつか、自分を見てくれる。
それだけの為に。
たった、それだけの為に、ここまで来たのだ。
イルミナは、縋りつきたくなる思いを必死にこらえる。
どうか、どうか。
――――おねがいだから、
王は、イルミナの言葉を聞き、目を細めると無感情に言い放った。
「イルミナよ、
私は以前お前に言ったことがあるな。
お前は、王妃の母に似ている、と」
イルミナは、小さく頷いた。
祖母の存在のお陰で、自分は不義を疑われることなく王家に連なることが出来るのだから。
祖母の存在には、感謝してもしきれない。
だが。
「あの人は、我々の婚姻に最後まで反対していた。
王妃も、あの人には幾度となく泣かされていた。
お前のその色を見ると、どうしても思い出すと、王妃が言うのだ」
目を閉じながら言う王は、自分の父は、その人のことを思い出しているのだろうか。
眉間に皺が寄っていることから、良い感情を持っていないのは、いくらイルミナでも理解できた。
―――理解できてしまった。
そして、イルミナは言葉を失わざるを得なかった。
「・・・そ、れは———」
王は続けた。
「分かっている、
お前とあの人は違うことを。
だが、どうしても無理なのだ。
お前のその髪色、瞳の色、目や顔の形すべてが、あの人を思い起こさせる」
忌々しそうに言うその人は、本当に私の父なのだろうか。
その表情は、娘に向けるものなのだろうか。
「お前は年々あの人に似てきている。
その容姿、その行動の仕方、そして政治に介入しようとするその姿が、な。
・・・悪いが、お前をリリアナのように愛することは出来ない」
どくり、と心臓が大きく打った。
やめて。
言わないで。
しかし、王は無情にも言い放った。
「宰相の件に関しては、追々誰かに話に行くようにしておこう。
イルミナ、悪いが、私はお前のことを娘として認識はしているが・・・」
王はそこで一言区切った。
「―――愛することが出来んのだ」
なんで、女王になろうとしていたのかしら
――――いばしょが、ほしかったから
なんで、居場所がほしかったのかしら
――――ここにいるいみが、ほしかったから
なんで、意味が欲しかったのかしら
――――いみがないと、みとめられないようなきがしたから
なんで、認めて欲しかったのかしら
――――みとめてくれれば、いつか、みてくれるとおもったから
違うでしょう。
誰かが、嘲るように言った。
違うでしょう、居場所が欲しかったのも、意味が欲しかったのも、
認めて欲しかったのも。
全部建前でしょう?
ぬろり、と声が侵食しようとする。
————ちがう、そんなことない
イルミナは必死に自分を守るように声を張り上げる。
それ以上、言わないでほしい。
気付かせないでほしい。
やめて、と。
叫ぶその前に声は響いた。
『―――――愛されたかったんでしょう』
小さな影が、見えたような気がした。
蹲り、小さくなっているその影。
それは、ひどく見覚えがあった。
真っ赤な血を、その目から流しながら、幼いイルミナは嗤った。




