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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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第一王女と王弟と辺境伯




「そうか・・・。

 では、君はお払い箱になってしまったということか?」


「・・・もう少し言い方はありませんか」


「はは、

 遠いとはいえ、親戚だろう。

 まぁ、殆ど血の繋がりなんてないだろうがな」


そう言って笑う男に、イルミナは少しだけ面倒くささを隠せなかった。






********************






ハーヴェイ・ラグゼン。

イルミナにもその名は聞き覚えがあった。


王妃のハルバートと対極の位置にある大国、ラグゼンファード。

海に面しており、海路を保持する国。

そして、広大な国土を持つその国は、敵に回したくない国一位だ。


その国の王は、最近代替わりをしたと以前聞いたことがある。

若きその王は、父王の才能を受け継いでいるらしく、平和に国を治めているらしい。

そして、サイモン・ラグゼンファード王の実弟が、ハーヴェイだ。


しかし彼は既に王位継承権を放棄していると聞いている。

既に臣下へと降下し、大公という地位で現王を支えていると聞いたことがある。


「正直、今日イルミナ殿下に会えると思ってきていたのでね。

 貴女が見当たらなくて探してしまいましたよ」


爽やかに彼は言っているが、他国で好き勝手動く彼の神経を、イルミナは理解できない。


「そうですか、

 私に何用でしょう?」


イルミナは持っている資料や案の書いた紙をさりげなく片付けていく。


「いや、我が国の何代か前の王女がこの国に嫁いでいましてね。

 興味があったのですよ」


それと私がどのような関係があるのでしょうか。

イルミナは問いたくなったが、相手は大国の使者だ。

無礼な真似は出来ない。


「それに、姉をおいて女王になる妹より、

 政策を必死に考える姉の方がよっぽど魅力的だ、というのもありますね」


「!!」


イルミナはハーヴェイを見る。

この暗がりで、資料を見たとでもいうのだろうか。

それとも、以前会議に出ていたことが他国に伝わっているのだろうか。

そうだとすれば、とても問題あることだ。

早いうちに鼠を探し出さねばならない。


一瞬にして警戒を強めるイルミナを、ハーヴェイは軽い感じのまま、笑う。

それだけで、この人物は危険だとイルミナの警鐘がけたたましく鳴る。


「先ほど、大広間で噂をしている人がいましてね。

 つい、色々と(・・・)聞いてしまいました」


くすりと笑う彼に、イルミナは警戒を解かない。

彼の言い方だと、イルミナに同情をするような言い方だが、あの場でそのような発言をする人はいないだろう。

そして、今日は妹であるリリアナの誕生日であり、そして次期女王の発表式典でもある。

つまりは、イルミナは公的に女王としての素質がないと言われたも同然だった。


そうだというのに、どうしてイルミナを探していたのか。


「ラグゼン殿、

 どうして、あなたは私を探していたのですか」


その言葉に、ハーヴェイはにやりと笑う。


「本当に知りたいですか?」


もったいぶった言い方に、こくりと頷く。

すると、ハーヴェイはイルミナの足元に片膝をついた。

そして流れるように彼女の手を取る。


「イルミナ・ヴェルムンド。

 私はあなたに求婚しに来た」


「―――――――え?」


イルミナは、頭が真っ白になった。


きゅう、こん。


求婚、つまり。


「・・・なぜ?」


イルミナはその一言しか言えなかった。

しかしそれを聞いたハーヴェイはこの上なく面白そうに笑った。


「貴女のことは良く知っている。

 調べさせてもらったからな。

 それで、貴女に求婚したいと思った」


そう言って、イルミナの頬に軽い口づけを落とす。


「―――――、」


あまりの早業に、イルミナは固まるばかりだ。


「今日は貴女の様子を見に来ただけだからな。

 また後日、正式にこちらに伺うとしよう」


ハーヴェイはそういうと、風のように四阿から姿を消した。


「・・・え?」


一人残されたイルミナは、呆然とするほかなかった。








********************






「―――か、でん・・・、殿下?」


「!!

 申し訳ありません、グラン殿・・・!」


イルミナは、あれからどうやって自室戻ったのか、よく覚えていない。

だが、自分はしっかりと部屋に戻れたという点に関しては、自分を褒めてもいいのかもしれない。

しかし、全くもって記憶はないが。

それこそ、わざわざ自分の様子を見に来てくれたグランが、目の前にいることに気付けないほどには、イルミナは混乱していた。


「どうなさったのです、殿下。

 貴女らしくもない」


グランは嘆息しながら立ち上がる。


「あ、ご、ごめんなさい・・・っ」


呆れられた、とイルミナの中で恐怖が沸く。

やってしまった。

グランに呆れられるのは、辛い。

彼に見捨てられると考えただけで、目の前が真っ暗になってしまいそうなほど。


―――なぜ、そう考えるのかすら分からずに。


声音に恐怖が混じっていたのだろうか。

グランはイルミナを怪訝そうに見る。


「・・・少し休憩でもしましょう。

 紅茶をいれます、ミルクたっぷりのものを」


「あ、ありがとう、ございます・・・」


グランはその言葉には何も返さず、静かに茶葉を確認し始めた。




「グラン殿、一つ、聞きたいことというか・・・

 確認したいことがあるのですが・・・」


―――イルミナは、グランにあることを聞けずにずっといた。

  聞くことが、ただただ怖かっただけなのかもしれない。

  自分の望む答えが、返ってくることがあまりにも少ないから。

  そう、自分だからこそ、力を貸してくれるという、その言葉を。


それは、あまりにも傲慢だと知っていた。

だけれど、どうしてもその問の答えを聞けなかった。

自分の望む答えが、得られないと知っていたから。


「なんでしょう」


紅茶を一口口にし、グランはイルミナに問う。


「その・・・。

 今後のことです」


「今後?」


不思議そうにするグランに、イルミナはどういう意味でとればいいのか分からず、慎重に話し続ける。


「その、そもそもご子息と私の婚姻が、ライゼルトの力を借りる条件でしたでしょう。

 しかし、ご存知の通りそれは叶わなくなりました」


グランは沈黙したままイルミナに先を促す。


「、ですが、王家とご子息の婚姻は成っています。

 つまり、その・・・」


「・・・私に、最初にお話した条件の様に力を貸してほしいと。

 そう、仰りたいのですかな」


グランはカップを置くと、イルミナを真正面から見据えた。


「断ります」


「!?

 ど、どうして、」


予想したくなかった答えに、イルミナは愕然とする。

そして、胸中に生まれた微かな歓喜に、絶望する。


グランは、自分と共に国をよくすると言ってくれていたのに。

どうして。


「殿下は勘違いをなさっておいでだ」


グランはテーブルに手を着き身を乗り出す。

ぐう、と顔がイルミナの近くに来、瞳の虹彩まで見えてしまうそうなほどの距離だ。

イルミナは身体を引こうとするが、ソファーが邪魔をして大して体を引けない。

ふんわりと香るのは、グランの付けている香水なのだろうか。


「な、にを・・・」


じりじりと近づいてくるグランに、イルミナはどうしていいかわからなくなってくる。

じわり、と目が水分を帯びているような気すらし、どうして、彼はこのようなことをするのだろうと考えた。


は、貴女だから力を貸すと言ったのです。

 王家に力を貸すなど、一度として言ったことはありませんよ」


それ(・・)は、イルミナが欲しい言葉ではあった。

だが、国を守る立場として、許されない言葉でもあった。


「そ、そんな・・・

 ともに国を、よくしようと・・・」


グランは鼻で笑った。


「それは、貴女がいたからです。

 リリアナ殿下と、あの愚息に力を貸すつもりはない」


吐き捨てるように言うグランに、イルミナは困惑を隠しきれない。


「殿下、あれは、してはならないことをした。

 父に迷惑をかけるのであれば、まだ許せるものだった。

 しかし、あれはライゼルトに泥を塗った」


「そ、れは・・・、

 私との、婚姻の話、ですか・・・」


グランは言葉に出さないで肯定する。


「私に何も言わず行動をするという意味そのものが、分かっていない。

 ライゼルトの当主を蔑ろにするという意味も、わかっていない。

 リリアナ殿下は女王としては明らかに不足だ。

 ・・・しかし、今までにもそのような王はたくさんいた。

 そんな王から領民を守るのも、我々貴族の仕事だということを、イルミナ殿下はご存知でしょう?」


イルミナは、その言葉に頷くことはできなかった。

確かにそうだが、頷いてしまえば、彼がここから去ることを理解していたから。

しかし、そんなイルミナの胸中を読んだのか。


「・・・私はライゼルトに引きこもろう、かつてのライゼルトのように」


「っま、」


「イルミナ殿下。

 私は、貴女(・・)だから、領地を離れて力になることを決めた。

 貴女が発案し、それを先導すると思ったから領地からこうして出てきているのだ。

 貴女でないのであれば、出るつもりなどなかった」







グランはイルミナの手を取った。

氷のような冷たいそれに、苦笑を浮かべる。

きっと、自分に想定外のことを言われて、緊張と困惑をしているのだろうと読み取れる。

表情があまり変わらないと言っても、わかるものにはわかるというのに。

見開かれた目に、うっすらと涙が膜を作っている。

ランプの光できらきらと光るそれは、まるで飴玉のようにグランの目に映った。


年甲斐もなく上がる熱に、グランは内心で笑みを零す。

妻は、燃えるような愛だった。

彼女がいなくなろうとも、絶えることのない炎。


イルミナにそれは感じない。

ただ、湖面のような静かな感情のみだ。


自分がもう少し若ければ、形振り構わず彼女の降嫁を願い出たであろう。


「殿下、覚えておかれるといい。

 私は欲張りだということを・・・」






グランはそう色気を含ませた笑みを、イルミナただ一人に向けた。

 




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