第一王女と隣国のその人
その日の城は、ヴェルムンドの長い歴史の中でも一位二位を競うほど、豪華絢爛な一日となった。
シャンデリアは光を反射させ、広間を煌びやかにし。
飾られる装飾品は全て一級品。
香り高い花々は、フロアの至る所に飾られている。
大広間では、まさにこの世の天国と呼ぶににふさわしい光景が広がっている。
色鮮やかなドレスたちが、ひらりひらりと泳ぐその様は、まるで天上か。
その中でも一際光り輝いていたのは、ヴェルムンド国第二王女リリアナ・ヴェルムンドであった。
リリアナは素晴らしいの一言に尽きる姿だった。
丁寧に梳られた黄金の髪は光り輝き、空色の瞳は宝石を閉じ込めたかのようにきらきらとして、紅潮した頬は、彼女を精巧な人形のような美しさから、生きているものへと変化させていた。
この日の為だけに仕立てられたドレスは、彼女に良く似合う薄い桃色。
沢山のフリルがあしらわれたそれは、きっと彼女以外着こなすことが出来ないだろう。
そしてその隣を歩くのは、かの有名な辺境伯、ライゼルトの一粒種。
ウィリアム・ライゼルト。
彼の風貌は、若かりしグラン・ライゼルトにそっくりだった。
しかし彼と違って、少し垂れ気味の目は愛嬌を感じさせる。
そんな彼は、極上の甘い笑みでただ一人、リリアナをその目に映していた。
「――――みな、今日は良く集まってくれた」
きらきらと輝く中、王の声が響き渡る。
ヴェルムンドの美しき国王、そしてその隣を絶世と名高い王妃が静々と付き添う。
「リリアナ、おいで」
王は優しい声でリリアナを隣に呼ぶ。
「今日は、我がヴェルムンド第二王女であるリリアナの十三の誕生を共に祝えることを感謝しよう。
そして、私からみなに一つ、報告がある」
その言葉に、いったい何人が笑みをこぼしただろうか。
「リリアナ・ヴェルムンドと、ウィリアム・ライゼルトの婚約を、ここで正式に発表する。
そして、次期女王にリリアナを指名したことを、ここに宣言する!!」
その瞬間、フロアは爆発したかのような歓声に包まれた。
リリアナは、戸惑った表情でウィリアムを見上げる。
そのウィリアムも、戸惑いを隠せないのか、ひきつったような笑みを見せた。
二人は知らない。
この場に居ていいはずの人が居ないことに。
気付けないほど、自分たちに精一杯だった。
その、歴史に残る一面に参加しない者たちがいた。
その参加を、王の言葉によって自粛した、第一王女イルミナ・ヴェルムンド。
仕事を理由に、ヴェルナー・クライス宰相補佐。
同じく、アーサーベルト騎士団長。
そして、グラン・ライゼルト辺境伯。
参加している人々は気づかない。
どうして、彼らが参加していないのかを。
特に、ウィリアムの父であるグランが参加していない理由を。
理由のほとんどを知るブラン公爵と、アリバル侯爵は苦笑を禁じえなかった。
こんなので、この国は上手く回っていくのだろうか、と。
それに気づくものは、まだ少ない。
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「殿下、こちらにいらしたのですか」
イルミナが一人、いつもの四阿にいるとヴェルナーが少しだけ息を切らしながらやってきた。
どうやら、自分を探してくれていたのだと知る。
しかし、今日はリリアナの誕生日ということもあって、仕事はほとんどないはずだ。
それ以前に、今日は好きにしていいと言ってはずだが、彼はそれに出席しなかったことを知る。
「ヴェルナー・・・?
どうしたのです?」
彼の今後のことを考えれば、出席しているとばかり思い込んでいたが、そうでもないらしい。
そのことに、イルミナは少しだけ暗い気持ちが湧くのを感じ、そしてそれを浅ましいと考えた。
「どうしたもこうしたも、無いでしょう。
なぜお部屋にいないのですか。
探し回ってしまいましたよ」
今回、イルミナは参加を拒否されている。
王本人たっての希望だ。
理由は、イルミナがいると皆がイルミナを王にしないことに対して変な憶測を呼ぶから、とのこと。
正直手遅れではないかとイルミナは思っている。
・・・それを口にすることはないが。
正直、出たくはなかったのでただ一言、是とだけ答えた。
「部屋にいると息が詰まりそうで・・・。
ここだと風通しもいいから・・・」
イルミナはそう言いながら四阿の周りに植えられている木々にそっと目をやった。
あと数カ月もすれば、誰もその名を知らない真っ白な花弁を付ける花が咲く。
何代か前の王妃が、現王妃とは反対側の位置に国土を持つ国、ラグゼンファードから嫁いできている。
その彼女の為に、王がわざわざどこからか取り寄せたらしいのだが、その名前だけが唯一わかっていない。
イルミナはそのことを非常に残念に思っていた。
もし、いつか自分がどこかに屋敷を構えるのであれば、この花はぜひとも欲しかったから。
「それは構わないのですが、一言言って下されば付きましたのに」
ヴェルナーはそう言い、イルミナの真向かいに腰を下ろした。
どうやら一緒にいる為に来てくれたようだ。
「アーサーもそろそろ来ると言っていましたよ」
「・・・そうですか」
二人が、参加しない理由が自分にあると知って、イルミナはそれ以外何も言えなくなった。
そうして、二人の間に沈黙が降りる。
イルミナの何かを書く音と、ヴェルナーの書類をめくる音が、かすかに聞こえる程度だ。
しかし、イルミナはその沈黙に耐え切れなくなり、ぽつりと零す。
「・・・リリアナは、今のままでは・・・あまりにも・・・」
それは、知っているものであれば当然のことだった。
リリアナが悪いわけではない。
彼女自身、女王になる予定ではなかったのだから。
それでも、民はきっと納得しないだろう。
当たり前だ、国の象徴たる存在がそのようなことでは勤まるはずもない。
だからこそ。
「だから、早くこれを完成させないと」
自分に言い聞かせるようにするイルミナに、ヴェルナーは何も言わなかった。
「では、殿下。
私たちはこれで失礼しますが、必ず戻られる際に言付けを衛兵に言って下さいね。
もし、夜中になっても来ないようであれば探しに来ますので」
あの後、アーサーベルトと三人で政策の案件について話し合った。
そうこうしているうちに、文官がヴェルナーを、そして騎士団員がアーサーベルトを呼びにやって来たのだ。
「わかっています、
そこまで迷惑を掛けたりしませんから、仕事を優先して下さい」
イルミナは書類から一度視線を上げて、二人を見送る。
二人には、自分たちと一緒に戻るように言われたが、どうしても部屋にだけは戻りたくなかった。
部屋だと、聞こえることがあるのだ。
音楽隊の、演奏の音が。
それに響くように、笑う人々の声が。
リリアナを、祝い称える声が。
イルミナは、それらに耐えられる自信がなかった。
アリバル侯爵の言葉は、イルミナの心の柔い部分を見事にさらけ出した。
言われなくてもわかっていたそれ。
しかし、どうしても気づきたくなかった部分。
知っていて、逸らし続けていたそれを、イルミナは眼前に突き付けられたような気がしたのだ。
そんな状態で、あの音を聞くのは辛いものがあった。
書類を置き、凪ぐ風に目を瞑る。
鼻腔を擽る草木の香りに、少しだけ癒される。
何も考えることなくぼんやりとしていると。
「――――あぁ、こんなところにいらしたのですね。
第一王女殿下、イルミナ様」
「!?」
イルミナはばっと勢いよく振り返る。
この場に誰かが来るなんて、予想もしていなかった。
そもそも、自分をそのように呼ぶ人がここに来るなんてありえない。
身体を起こし、距離を取るべく体勢を整える。
そしてようやく声の主を視界に収めた。
声の主は、男だった。
ダークブロンドの髪は綺麗に撫で付けられ、瞳は暗めの色のような気がする。
辺りがそんなに明るくないせいで、正確な色の判断がつかない。
彫の深い端正な顔立ちで、ヴェルムンドにいる美丈夫たちとは違った感じの見目麗しい感じだ。
ヴェルムンドいる美丈夫たちは、どちらかというと線が細い感じがするが、目の前の彼からはそのような印象を一切受けない。
イルミナは必死に考える。
自分にこのような知り合いはいないはず。
ヴェルムンドに馴染みない容姿からして、他国から来たという可能性が一番高い。
しかし、だとすればなぜここに?
リリアナの御祝いであれば、自分に用などないはずだ。
だが、彼はまるで探していたかのようにイルミナに話しかけた。
「・・・、恐れ入りますが、どちら様でしょうか」
警戒を緩めずに、イルミナは問う。
しかし問われた本人は、何かに気付いたかのように四阿の周りを見渡し始めた。
「・・・あ、の・・・?」
イルミナは返答しない彼に更に不信感を募らせつつ再度声をかけた。
「あぁ、申し訳ありません、
母国の木があって、つい。
私もこの花の香りが一番好きでして・・・」
うっとりとする男に、イルミナはその男の国を悟る。
「あぁ、申し遅れました。
私はラグゼンファード国王弟、ハーヴェイ・ラグゼンと申します。
以後お見知りおきを・・・」
そういってにやりと笑う彼に、イルミナはなぜか鳥肌をたてた。