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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
36/180

第二王女の誕生日前夜





「では、明日には発表するから、

 皆、心して待つように」



王はそういうと、玉座から颯爽と離れた。







*****************




「やはり無理でしたか」


アリバル侯爵はやはりと思いながら謁見室を後にした。

周りを見れば、表情の変わらないブラン公爵と、にまにまと下卑た笑いを零す貴族たちが居る。

それらを視界に一度映すと、アリバルは近くのメイドに声をかけた。


「そこの君、」


「っは、はい!!

 なんでしょうか!」


声を掛けただけなのに、ピシッと背筋を伸ばすメイドに、アリバルは不思議に思いながらも用件を話す。

彼は気付いていないが、既婚していようとアリバルはメイドたちに人気があるのだ。


「イルミナ殿下に会いたいのですが、

 今どちらにいらっしゃるのですか?」


その言葉に、メイドは少しだけ不服そうな表情をする。

どうして会いに行くのか、と言わんばかりの表情に、アリバルは失笑した。

城のメイドともあろうものが。


「・・・第一王女殿下は、執務室にいらっしゃるはずです」


「そうですか、

 わかりました、ありがとう」


アリバルはそれだけ言うとブランの元へと足を進めた。


「ジェフ、私はこれから殿下の所に行きますが、

 貴方はどうしますか?」


「俺はいい」


ブランはそれだけ言うと、さっさと離れると言わんばかりに城の出口へと早足で向かった。

そんな彼を見て、アリバルは苦笑する。

できる事なら、自分だってここから離れたい。

しかし、折角なのだからイルミナに会っていこうと考えたのだ。


そして、彼女のこれからの行動を確認する。

イルミナのことだから、女王になる為に裏で何かを画策するということは無いはずだ。

しかし、そんな彼女の傍にはなぜかわからないがグラン・ライゼルトがいる。

そしてそのグラン・ライゼルトは、国の為であれば何をするかわからないのだ。


イルミナは、自分が女王の座を狙うことを拒否するだろう。

ころころと上の意見が一転二転して困るのは下の者だと知っているから。

しかし、一部のものからすれば第二王女より第一王女が適任だと思うものも少なくはない。

だからと言っては何だが、念のため、というやつだ。

確認せねばならないとわかっていても、面倒だと思う気持ちは先行する。


「私も早く帰ってリアに癒されたい・・・」


思い出すのは、まだ生まれて少ししか経たない娘の姿だ。

ぽつりと零すそれには、哀愁が詰まっていた。







「殿下、リチャード・アリバル侯爵がお見えです」


執務室前の衛兵がイルミナに声をかける。


「・・・アリバル侯爵が?」


彼と会う約束などはしていなかったはずだが・・・それ以前に、彼と会って話すのは会議の時のみだ。

個人的に会って話したことなど一度もない。

その彼が、何今になって自分と会いたいのだろうか?


イルミナは不思議に思ったが入室の許可を出す。


ギイ、と扉が開いて、一人の男が入ってきた。

眼鏡を掛け、涼やかな印象を持つ彼だが、毒舌なことをイルミナは知っている。

それで何度煮え湯を飲まされる思いをしたことか。

すらりとした体躯に、銀色の長髪。

見た目だけなら、上級の男だ。

見た目だけなら。


「急な来訪、失礼します。

 イルミナ第一王女殿下」


「いいえ、

 かまいません。

 今日はいかがされたのですか、アリバル侯爵」


そう言いながら、ソファーを進める。


「紅茶はお好きですか、

 良ければ用意しますが」


「あぁ、良い茶葉を持っているので、そちらを使って頂きたい。

 私に毒耐性はないのでね」


アリバルはそう言いながら、懐から少量の茶葉を取り出す。


「・・・そうですか、

 毒入りを好まれる奇特な方をご存知なんですね」


さらりと言いながら、イルミナは茶葉を受け取った。

彼のことだからイルミナを怒らせて本音を語らせようとしているのだとイルミナは考える。

自分の毒耐性のことを知るくらいには、貴女のしていることなど筒抜けですよ、とでも言いたいのだろうか。

確かに、多少イラつきはするものの、激昂するほどではない。

こんな些細なことをいちいち真に受けていたらイルミナの身が持たない。


用意させた茶器にてイルミナは紅茶を淹れる。

香りからして上物だというのは本当の様だ。

二人分淹れ、互いの前に用意する。


そして一口飲み、ほっとする。

紅茶はいい。

どんなにささくれだった気持ちも、一瞬だけだが落ち着かせてくれる。


「・・・それで、今日はいかがされたのです?

 顔を見に来た、というわけでもないでしょう」


イルミナがそう言うと、アリバルはくすくすと笑う。

なにがそんなに楽しいのか。

それよりも、彼がこのように笑うのを始めてみたイルミナは一瞬瞠目してしまう。


「申し訳ありません、

 ただ、あなたが言葉遊びを出来ないくらい切羽詰まっているのかと思いますと面白くて・・・。

 私が知っている殿下は、いつも毅然としておりましたから。

 ・・・さて、本題なのですが殿下。

 あなたはこれからどうするおつもりで?」


イルミナはやはりそれかと思った。

そうでなければ、彼がわざわざ自分を訪れるなんて考えられない。


「アリバル侯爵こそ、どうなるとお思いで?」


にこりと、微笑む。


「・・・さぁ、とんと想像つきませんねぇ・・・。

 どこかに降嫁されるか、はては返り咲こうとするのか・・・。

 私には想像つきません」


にこりと、冷たい目で笑うアリバルに、イルミナは、やはりこの人苦手だわと考えた。


「アリバル侯爵ならご存知なのでしょう?

 私が陛下から言われていることも」


安易に、城のどこにでも子飼いがいるのでしょうという言葉に、アリバルは鷹揚に頷く。


「えぇ、もちろん」


「それでは、邪推は不要では?」


アリバルは紅茶を一口飲むと、ソファーに深く座り直した。


「邪推・・・そのように考えられているのですか・・・。

 ・・・殿下、貴女の意思はどこにあるのです?

 私からすれば、貴女は自身のなさろうとした政策を投げ捨てようと・・・失礼。

 静観しようとしているようにしか、見えないのですが」


「っ・・・」


それは、イルミナにとって痛い一言だった。

突かれたくなところを突かれ、イルミナは表情を変える。

分かっているのだ。


現状(今起こっている事)に、イルミナの意思は関係していない。

それどころか、彼女の意思を無視し全ては進んでいる。

それに対して、イルミナは何のアクションも起こしていない、いや、起こすつもりもないのだ。


「殿下、優しさと甘さは違いますよ。

 分かっておられるのでしょう?

 正直、リリアナ殿下に女王は務まらないでしょう。

 あの方はいまだに視察も何も行っていない。

 民はみな、貴女が女王になると思っている。

 アウベールもそうです。

 ライゼルトのところの子息も、女王を支える役としては不十分だ。

 そもそも、貴女だからどうにかなる、という話でグランも話を持ってきたのでしょう。

 陛下は理解していないのかもしれないが、貴女も何も言わなさ過ぎた。

 今までのこと考えれば、貴女は言って然るべきだった」


「・・・、」


「貴女は声をあげるべきだった。

 粛々と従うのではなく。

 今まではそれでよかったのかもしれませんが、女王になると決められたのであれば、変わるべきでした。

 ・・・明日になれば、相当のことでもない限り女王は変わることはありえないでしょうが」


イルミナは何も言えない。

全てが図星だったから。

明日になれば、何もかもが決まってしまう。

今までのイルミナの努力も、苦労も無駄になるのだ。

他の方面で使えるには使える。

しかし、過去の自分はそれを許容できるのだろうか。






「・・・っ」


何かを言おうとしだのだろう。

しかし、彼女は口を開きかけて、閉じた。

そんなイルミナを見て、アリバルは哀れにすら思う。


アリバルは知っていた。

何故、彼女がここまで両陛下に蔑ろにされているのかを。

それを、彼女に言うつもりはないが、彼女に非はない。

理不尽すぎるそれを、いくらアリバルとてイルミナに言うのは躊躇われた。


「・・・貴女も半年ほどで十六になられる。

 陛下はどのような相手を見繕うつもりなのか、私にもわかりません」


そこでアリバルはイルミナの目を見た。


「私個人としては、貴女にはぜひ国に残ってもらいたい。

 国を良くするのに、貴女という存在は必要だと、()は思いますから。

 しかし、このままを維持するのであれば、どこか別の国に嫁いでもらいたい。

 貴女の存在はいつかは火種を起こすでしょうから」


アリバルは、今まで誰一人としてイルミナに言ったことがない本音を話した。

元来、王家とはそういうものだ。

国と貴族の結びつきを。

国と国の結びつきを強くするために、婚姻をする。


後者を、本来であればリリアナが行うはずだった。

しかし、今回の件でそれは不可能になっただろう。

そうすれば、姉であるイルミナがそれをしなければならない。


だがもし、イルミナが国にとって非常に有益であるという事がわかれば、彼女はヴェルムンドにいることは出来る。

しかし、それを望んでいるかどうかは、イルミナにしかわからない。

アリバル自身、もし自分が似たような状況に陥ったとなったら、国を出ることを決意するだろうから。


「・・・」


黙りこくるイルミナに、アリバルは告げる。


「正直、私は貴女と辺境伯が婚姻してもかまわないと思っています。

 そうすれば、少なくとも貴女はこの国に残り続けることが出来る。

 そして発言力のある辺境伯を通して、国を発展させることも夢ではないでしょう」


「っ、それは・・・!」


それは、絶対に無理だろう。

そんなことをすれば、ライゼルトに力が偏り過ぎる。


「もちろん、貴女が継承権を放棄した上での話ですが。

 発言力があると言っても、全ては辺境伯のグランの子息、女王の王配であるウィリアムを通じてです。

 しかも、それをそうと見せないようにしなければならないでしょう」


「!!」


それは、イルミナにとって苦渋過ぎる決断だった。

放棄するということは、今までの全てが、本当に無駄になるということだ。

どんなに頑張ったとしても、それはウィリアム、通じてはグランの功績として後に残ることになるだろう。

そこに、イルミナの名は載ることはない。


「まぁ、すべては貴女が決めることです。

 国を良くするため、ご自身を犠牲にするのか、はてはそのほかの道を選ぶのか。

 ただ、仮にも女王になると決められた身でしょう。

 いい加減、流されるのはお止しになられた方が貴女の為ですよ」


アリバルはそう最後に言うと、部屋を後にした。





「・・・どうすれば、せいかいなの・・・」




イルミナの迷子のような一言は、誰の耳にも届くことなく消えていった。




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