ある貴族の会合
「貴殿はどう考えるのか」
「そうですね・・・」
ある屋敷の一室で、それは行われていた。
暗い部屋に、柔らかい色のランプが灯されている。
その光に浮かぶようにある調度品は、どれも素晴らしいものだった。
部屋に、影は二つあった。
それぞれ、グラスに琥珀色の液体を満たしたものを手にしている。
「アリバル侯爵・・・
いや、リチャード」
「なんですか、ジェフ」
ジェフェリー・ブラン公爵―――貴族の中でも辺境伯に次ぐ力を持っているその人と、リチャード・アリバル侯爵―――彼もまた、辺境伯までとはいかないが力を持つ貴族の一人――は静かに事を見極めようとしていた。
「王の行動は解せませんね。
イルミナ殿下でなく、どうしてリリアナ殿下にしたのやら。
いくらあの方に似てるからといって、正直愚策としか思えません」
「そうだな。
イルミナ殿下の方が女王の素質はあるだろう。
なにより辺境伯が彼女を認めている」
二人は、領地が近いことと年も近いため、若かりし頃はライバルとして互いに切磋琢磨する仲であった。
今となっては、唯一の相棒とすら互いに思っている。
そんな二人は、状況を正確に把握するために内密で会っていた。
「グランが出てきたことが驚きだったがな」
「そうですね、あの人は基本的に領地の事のみを考える人ですから」
イルミナは自分を助けてくれるグランしか知らないが、それは彼を昔から知る人間からすると驚きものだった。
山を挟んでいるとはいえ、彼の領地はゼビル国との境界だ。
今でこそ何もないが、かつて戦争すら行ったことのある国。
その国に常に気を配る辺境伯たちは、ほとんどが国の政策にかかわることが無かった。
その、ライゼルトが。
「正直、子息の教育を怠ったとしか言えませんね」
彼らは知っていた。
幾人もの間諜を放って、イルミナを見ていたのだから。
それは、女王となる可能性が高い、彼女の人となりを確認する為である。
同様にリリアナにもつけていたが、あまりの幼さに早々に切り上げさせた。
「そうだな・・・。
まさかあそこでリリアナ殿下にいくとは予想もしなかったぞ」
もし、グランがウィリアムにしっかりと婚約の意味を教えていたらこうはならなかっただろう。
それほど、彼らの婚姻には意味があった。
しかし、それをちゃんと理解していなかった現実が、今なのだろう。
「・・・それにしても・・・。
あの馬鹿貴族はどうにかなりませんかね」
そうして脳裏に浮かぶのは、幾人かの貴族の姿だ。
ベナン、フェルク、イルバニア。
貴族の中でも、考えの浅いものたち。
「本当にな。
リリアナ殿下なら御しやすいと簡単に考えたんだろう。
本当に、王にも困ったものだ。
愛しているから手元に置いておきたいなどと・・・
他にいくらでもやりようはあっただろう」
そういい、ジェフェリーは琥珀色の液体を飲みほした。
かっと体が熱くなるが、思考がクリアになる。
そんな彼を、リチャードは嫌そうな目で見た。
「良いウィスキーをそんな飲み方しないでください。
だからあなたと飲むのは嫌なんです」
そういってリチャードはグラスを少しだけ傾ける。
「いいだろう、別に。
それにしても、これからどうする」
カラリ、とグラスの中で氷が音をたてた。
「どうもこうも。
とりあえず王には女王の通達をもう少し待つように進言しますよ。
幾らなんでも、あの状態のリリアナ殿下に任せるなど無謀ですし」
「納得するか?」
「・・・さぁ、きっと無理でしょうね。
リリアナ殿下が手元に残るための他の道を示さない限り」
「だろうな。
まったく・・・イルミナ殿下がそのまま女王になっていれば丸く収まったものを。
宰相も馬鹿な事をしてくれた」
そもそも彼がリリアナに教育をしなければ、このようなことは起こらなかったというのに。
時を戻せるなら彼を一番に止めるだろう。
「・・・宰相ですが、」
「ん、なんだ」
「・・・確証も証拠もない話ですが、いいですか」
リチャードの真剣な表情に、ジェフェリーも身を乗り出す。
石橋を叩いて渡るタイプの彼が、このようなことを言うのは珍しいのだ。
「・・・、リリアナ殿下の信奉者である可能性が」
「・・・、
だからなんだ」
「それも、質が非常に悪いタイプの」
「・・・そうか・・・。
だからイルミナ殿下にならせたくなかったのか」
「いえ、まだ確証はないです。
やはり宰相ですからね、尻尾をなかなか掴ませてはくれません」
そうだとすれば、宰相がリリアナに教育をしていた意味も理解できる。
しかし、そんな前から彼はこれを狙っていたのだろうか。
「・・・頭が痛くなりそうだぞ、リチャード」
「そんなの、私だってそうですよ。
イルミナ殿下の政策の状況とかも見なければなりませんし」
先日、アウベールの工事が終了したとジョンから連絡がきた。
ジョンは、アリバルに連なる貴族の養子だ。
それゆえに定期的に連絡する様に彼には言ってある。
「それにしても、イルミナ殿下は女王の素質が素晴らしいですよ。
彼女の見る未来のヴェルムンドが見てみたいくらいには」
「・・・だが、今は下手にイルミナ殿下につくことは出来んぞ」
だからこそ、二人の有力貴族である自分たちは、今でも沈黙を保っているのだから。
「わかっていますよ。
そんなことしたら国が割れますからね」
王がリリアナを女王とすると言っている以上、貴族の上位である彼らがイルミナにつけばそれこそクーデター扱いで処刑される可能性がでてきてしまう。
そうなって、一番被害を被るのは民だ。
それをすることは、イルミナも望んではいないだろう。
だから彼女は、自分たちに助けを求めてこない。
「なぁ、リチャード」
「なんですか」
ジェフェリーはぼんやりと空を見ながら、ふと思い出したことを言った。
「俺は、イルミナ殿下を鬼才と言ったことがあったな」
「えぇ、なんです?
訂正する気ですか?」
ジェフェリーはゆっくりと頭を振る。
「殿下は鬼才ではない。
ただ、異常なまでに努力家なんだろうな、と思ってな」
その言葉に、リチャードは眉尻を上げる。
「なんですか、それは」
「いや、鬼才であれば、そもそもこんなことは起こらないだろう。
しかし、それに気づかず結果、こうなった。
確かに殿下の政策に関する知識は驚きを禁じ得ないが、きっと相当な努力をして手に入れられたのだろうと思ってな」
「・・・あなたから、そんな言葉を聞く日が来るとは思いませんでしたよ」
リチャードは茶化すように言う。
そしてウィスキーのグラスを回しながら物憂げに続けた。
「私とて、努力するものを無下にはしない。
だが、女王になるつもりであればもっと高みを目指してほしいという気持ちもあったがな」
「しかし、本当にこの国はどうなることやら。
ウィリアムはグランに見切られましたからね」
「そうだな・・・。
ライゼルトでも通るところは通るが、グランを知っているものからすると、な」
「えぇ、既に一族には通達をしたようです」
ウィリアムは、父であり当主であるグランの顔に泥を投げつけたのだ。
正直、二人からすると優しすぎるとすら思うが。
きっと自分たちであれば、勘当しても済まない。
下手に子を作られても面倒なので、飼い殺しにするぐらいのことはするだろう。
ウィリアムからすれば、グランの対応ですら絶望しているだろうが。
「後ろ盾をなくした政策はどうなるかな」
「本当に。
イルミナ殿下だからこそ、力を貸しているものも多いようですからね」
「はぁ・・・、
王は知っているのだろうか」
「報告書に目を通していない事は確かですね。
もし通してこれだとしたら、鳶が鷹を産んだ級ですよ」
アリバルのその言葉に、ブランは不敬だぞ、とは言えなかった。
そして二人は顔を見合わせるとため息をついた。
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「やはりリリアナ殿下の方がいいだろう」
「第一王女は政策に関与しすぎですしな」
「陛下が決められたのですから、覆ることなどないでしょう」
その部屋は、酷く視界が悪かった。
三人の男たち、ベナン伯爵にフェルク子爵、そしてイルバニア男爵に気にした様子はない。
それぞれが気に入った葉巻をふかしているので当然だ。
「そもそもあの小娘、存在が気に入らんのだ」
そう零すのはフェルクだ。
必死に頑張っているのだが、頭が光に反射している。
「そうだ、第一王女だからと言って、下々の奴らに知恵をつけようとするなど・・・やっていいことと悪いことの判別もつけられんくせに」
大きな腹を揺らしながら憤るのはベナンだ。
「第一、容姿からして本当に王族なのか疑わしい」
イルバニアは見た目はいいのだが、病的なまでに細い。
吹けば飛びそうなほどに。
「一時はどうなる事かと思ったが、天は我々を見捨てていないようだな」
そう喜々とフェルクが言うと、他の二人もまさしくと言わんばかりに頷いた。
「宰相はよくやってくれましたな、
褒美を取らせてもいいほどの仕事だ」
「本当にそうですよ、
空気かと思っていましたが、案外仕事をしていましたねぇ」
続ける二人に、ベナンは気を良くする。
やはり、この二人は道理が分かっている。
以前、イルミナとブランたちに恥をかかされたことを、ベナンもフェルクも忘れていない。
爵位は上だが、どうしてあいつらに、常に馬鹿にされなければならないのだと思っていた。
自分たちはこんなにも、王家のことを考えているというのに、なにをどう勘違いしたのか、陛下もあの二人を信頼している。
弱みでも握られているのだろうか、そうでなければ絶対にありえない。
今回、ブランもアリバルも動いていないことは知っている。
リリアナが女王になった暁には、二人にはぜひ退場すべき人間だと教えてやろうと考える。
殿下が女王になられるのに、何一つ手伝わなかった不届きものですよ、と。
そうすれば、もしかしたら褒美にと自分にさらなる爵位を下さるかもしれない。
そうだ、きっとお優しいリリアナ殿下なら下さるだろう。
ベナンは、薔薇色に染まっていく未来に思いを馳せてにんまりと笑った。




