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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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二人だけの姉妹




城は、あの日(・・・)から浮足立っているかのようにイルミナは感じた。

それもそうだ。


陛下が女王の発表を行うと宣言したのだから。

リリアナから話を聞いたのだろう、メイドたちが鼻高々に言いふらす。


やはり女王はお美しく優しいリリアナ殿下がなられるべきだ、と。

イルミナは、これ見よがしに言われても、何の反応も起こさなかった。

いや、起こせなかった。

しかし人というのは厄介なもので。


反応しなければしないで、なんと冷たい姉姫なのだ、やはり女王になるには不向きだと噂し。

反応すればしたらで、姉のくせに意地汚い、そこまで地位に固執するのかと噂される。


結局のところ、正解などないのだ。


イルミナはリリアナとウィリアムの為、というより国の為に自分が行おうとしていた政策を清書し続けていた。

可能であれば自分が行いたいが、それをすればまた邪推をされるだろう。

下手に大きく動けば、イルミナの立場が・・・いや、命すら危うくなることだってありえる。

女王になるはずの立場を失った今、暗殺するほどの価値はないと思いたいが、誰が何を考えるかはわからない。



「・・・はぁ」


ようやく予定した分の半分ほどが終わった。

しかし書いている間にも新しいのや、万が一に備えた分も書いているので量としては大して減っていない。

昨日の今日でやっているが、正直これが出来るのもグランのお蔭であった。

彼の存在が無ければ、今でも自分はここまで前向きに取り組めていなかったかもしれない。


彼は、宣言通りに次の日にイルミナに会いに城に来た。

そして抜け殻同然のイルミナに叱咤したのだ。


貴女が行ってきたことを、水に返すおつもりか、と。

そんなところでうずくまってしまうほど、貴女の望みは弱いものなのか、と。

確かに、女王としての立場は難しい、だからと言って、期待させた民にはなんと言い訳するのですか。

貴女に期待を寄せた民に、女王になれないからやめると言って、彼らが納得するとお思いですか、そんな浅い気持ちでできるほど、その立場は軽くないはずだ、と。


その言葉に、イルミナは目を覚ます思いだった。

自分を奮い立たせるために言い聞かせた言葉が、他人によって言われることでこんなにも違う意味合いを持つのかと素直に感心した部分すらある。


そうだ。

自分は約束したのだ。

訪問した村の人たちと。

アウベールの村の人々と。

彼らは、イルミナを知って、それで今回の政策の試験的な場所を請け負ってくれた。

それを、無駄には出来ない。


しかし、あれからリリアナとウィリアムとは顔を合わせてはいなかった。

逃げと言われてしまうかもしれない。

毎日毎日執務室に引きこもって、ただひたすら政策の案件を考え続けることだけが、今のイルミナの原動力だ。

二人には、まだ引き継ぐ準備が出来ていないからと言っているが、それもいつまで保つか。


―――本当であれば、今頃アウベールの進捗状況を確認しているところなのに。


未来さきを考える事を先延ばしにしているのはわかっている。

本当なら清書しながらだって話すことは出来るのだから。

でも、それだけは今のイルミナには選べないことだった。






「ヴェルナー、何かわかりましたか」


「っは、どうやら今回の事は一部の貴族の後押しで決定されたようです。

 ベナン子爵、フェルク子爵、そして男爵であるイルバニアが吹聴し回っているのを確認しています」


聞き覚えの有りすぎる名だ。

確かに彼らは、イルミナに対して無礼な態度を幾度となく取っていた。

彼らがそのように行動するのも何ら不思議はない。


「どうやら、殿下が積極的に政策に介入してくることをよく思っていなかったようで、そのような不満話を何人かのメイドが聞いたことがあるようです」


「・・・そう」


イルミナは考え込む。

だとしても、彼らに決定権はない。

だとすると他に誰かいるはずだ。

別に犯人捜しをしたいわけではない。

しかし、アーサーベルトとヴェルナーが零していた通り、話が広がるのがあまりにも早すぎるのだ。


そしてリリアナの教育に関してもそうだ。

その前からイルミナが行っているのに、なぜ彼女に行う必要があったのだろうか。

まるで、こうなること(・・・・・・)を予期していたかのような対応だ。


「・・・宰相は?」


ふと、彼の存在を思い出した。

長く今の王に仕えている割には、その存在感があまりにも薄い男。

王からの信頼厚く、城の中では相当な力を持つその男が、どうしてこうも静まり返っているのだろうか。


「もうしわけありません、殿下・・・。

 最近宰相とは話す機会が全くない状態でして・・・」


申し訳なさそうに言うヴェルナーに、イルミナは疑問を抱く。

国の中枢であり、次期宰相と呼ばれるヴェルナーですら話す機会が無いほどの多忙を極めているとでもいうのだろうか。


不意に、嫌な考えが脳裏をよぎる。


もし、会う(・・)ことに不都合を考えていたとすれば。

会うことによって、何かが露呈しかねないと、考えていたのだとすれば。


一つ仮説を心の中で立てた。

もし、宰相がリリアナを女王にとずっと考えていたとしたら?


だとしても解せない。

彼は国の宰相だ。

なぜ、その彼がこのようなことをする?

国あっての王であり、宰相だ。

それだというのに、何故このようにかき乱すことをしたのだろうか。


考えても出ない答えに、イルミナは諦めた。

もし、なんて今更意味はない。

それに、宰相が本当にそうだとは限らないのだ。


「そうですか、

 ・・・引き続き動向を探るようにお願いします」


そうして会話を打ち切ろうとすると、アーサーベルトが転がるように入室してきた。


「で、殿下!!」


「どうしたのです、アーサー。

 殿下の前ですよ」


ヴェルナーがたしなめるが、アーサーベルトは聞く耳を持たない。


「り、っリリアナ殿下が!!」


「・・・リリアナがどうかしたのですか」


「今、殿下に面会されたいと!

 扉の外でお待ちになられています・・・!」


「!!」


ヴェルナーが息を呑む。

それくらい、ありえない状況であった。

知っているものであれば、今の二人の状態が決してよくはないことを知っているだろう。


イルミナが時期女王として教育を受けていながら、王は妹であるリリアナを選んだのだ。

しかも、イルミナに非があるわけではないのにも関わらず。

もしこれで、イルミナが何かしらの罪を犯したのであれば納得できるものであっただろう。


しかし、イルミナは政策の一部を任されており、一部の貴族からも支持を得ている。

にもかかわらず、だ。


そんな渦中の二人が会うことに、両手を上げるものはきっといないだろう。

だが。


「わかりました、

 応接間に通して」


「殿下!?」


ヴェルナーが非難の色を乗せた声をあげる。

万が一、何かあればイルミナが悪者になってしまう可能性があまりにも高い。


「ヴェルナー、

 ここで逃げても意味はないでしょう。

 第一、護衛やらメイドやらを連れていきているのでしょうから・・・。

 それに、丁度私もリリアナと話をしたいと思っていました」


アーサーベルトは、苦い表情をしたままリリアナを応接間に連れて行くべく執務室を後にする。

そんな彼の背中を見たイルミナは、静かに目を伏せた。







「お、お姉さま!!」


応接間にやってきたイルミナに、リリアナは転がるように飛びつこうとする。


「殿下、それは」


しかし、それを護衛の一人が止める。

その態度に、自分はどこまで悪役なのだろうとイルミナは内心で笑う。

そしてそのままソファーに座るように促した。

イルミナはリリアナが座るのを確認すると、その真向かいに腰を下ろす。


「どうしたの、リリアナ。

 いきなり来るなんて」


イルミナは、普段通りにリリアナに接する。

そのイルミナの態度に驚いたのはリリアナだ。


「っどうして、そんな普通にしていられるの、お姉さま!!」


その言葉に、女王になることはリリアナの意思ではないということを、イルミナは冷静に読み取る。

そして彼女の顔を観察した。

リリアナは、疲れた顔をしていた。

よく眠れていないのだろう、目の下にはうっすらと隈が出来ている。

金色の巻き毛も、若干くすんでいるようだ。


「陛下がお決めになったことでしょう、

 私にはどうしようもないわ」


その答えは、リリアナが期待したものではなかったらしい。


「だって!

 お姉さまが女王になるって、ずっと思っていたのに・・・!

 私には出来ないわ・・・!」


悲鳴のようなその声に、彼女付きの護衛やメイドは痛ましい表情をする。

そんな彼らを、ヴェルナーとアーサーベルトは冷めた表情で見た。


「だって、リリアナ。

 ウィリアム殿と結婚をしたいのでしょう?」


はらはらと涙を零すリリアナに、イルミナは優しく問うた。

それが、ある意味すべての引き金なのだから。


「・・・ウィルとは、結婚したいけど・・・」


「それを、陛下は確認されて今回の事に至ったのよ。

 分からない?」


涙に濡れた空色の瞳は、まるで宝石のようだとイルミナは思った。

しかし、以前ほどに感情は動かされない。

きっと、リリアナはわかっていないのだ。

自分がどれだけ、陛下たちに愛されているのか。


「・・・でも、なんで女王に・・・?」


あまりにも理解していないリリアナに、イルミナは苦笑を禁じえなかった。


「辺境伯であるライゼルトは、非常に力を持っている貴族なのよ。

 少なくとも、彼の力を王家が手に入れれば、他の貴族たちは下手なことをしなくなる」


そう、だから、私は彼との婚姻を受け入れようとしたのだから。


「そうすれば、これから行う政策に非常に有効となるのよ。

 ライゼルト辺境伯は、それを理解した上でウィリアム殿と私の婚姻を行おうとした。

 国の為に。

 でも、ウィリアム殿と貴女は恋に落ちた。

 それを陛下が知って、何もしないと思うの?」


「・・・?」


わかろうとしないリリアナに、イルミナは落胆する。

女王教育をして、これか。


「お、お姉さまはこれからどうなさるの・・・?」


リリアナの瞳は、今にも零れそうなほどの涙がはっている。


「わからないわ、

 陛下は私に良縁を整えてくださるそうだけど・・・。

 でも、城にはいられないわ」


その言葉に、リリアナは泣き出した。


「嫌よ!!

 お姉さまが、女王になると思って勉強しただけだもの・・・!

 お姉さま、ずっと一緒に居て・・・!

 二人で女王になりましょ・・・?」


あまりに幼稚なその言葉に、イルミナは絶句した。

どうしたらそのような考え方が出来るのか、理解が出来ない。


「大丈夫!

 お父様には私から言うわ!

 姉妹なのですもの、きっと大丈夫よ!」


イルミナは、リリアナになんと言えば正しく伝わるのか、分からなくなってしまった。


「り、リリアナ・・・。

 あなたは、本当に、お勉強をしていたの・・・?」



「?

 もちろんよ!

 宰相だってお父様だって、誉めてくれたわ!!」


くらり、と目の前が揺れた気がした。




これが、私の愛する妹なのか。





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