彼女の周り
男たちは、その姿を見ることすら辛かった。
彼女の頑張りを知っているからこそ、何と声を掛けていいのかもわからないのだ。
絶望しているはずなのに、人前で涙を見せない彼女は、あまりにも哀れで仕方がなかった。
なぜ、このような仕打ちが出来るのか。
理解ができない。
ただ一つの目標の為に。
その目標を失った彼女に、どう接すればいいのか分からなくなっていた。
*********************
「―――なんだと!?」
ヴェルナーの怒声が、部屋に響く。
「お前、もう一度言え・・・」
部下である男はヴェルナーに首元を締め上げられながら、必死に言った。
「でっですから!!
第二王女のリリアナ様とライゼルトのウィリアム様が婚約をするとっ・・・!!」
「そんな馬鹿な!!」
今のヴェルナーからは、冷静沈着という言葉は最もかけ離れていた。
それくらい、信じられないことだった。
一体どこがどうなれば、そのような話になるのだ。
そして不意に思い出す。
見かけただけに過ぎないが、リリアナとウィリアムが一緒にいるところを見たものがいる、との報告を。
実際に確認していないので、イルミナに報告するまでもないと思っていたが。
「―――!!
私は席を外す、
後は目途が立つまで処理を頼む!」
ヴェルナーは衝動のまま、部屋を後にする。
彼の後では、悲痛な叫びが響き渡っていた。
「アーサー!!」
「ヴェルナー!!」
二人は、いつものように四阿で顔を合わせた。
「一体どうなっている!?
なんで殿下ではなくて第二王女なんだ!?」
元から怖い顔を、更に怖くさせたアーサーベルトがヴェルナーに詰めよる。
「私が知る訳がないだろう!!
一体どうなっている!?
ライゼルト伯は!?」
「さっき鷹を送った」
一通り、お互いが目ぼしい情報を持っていないと分かると、二人は息を荒くさせながら椅子に座りこんだ。
「・・・ヴェルナー、俺にはいったい、何が何だが全く分からんのだが」
「私もだ・・・。
一体どうしてそのような話が一気に広がっているのか・・・」
そう。
何より二人が驚いたのはその速さだ。
昨日は流れていなかったのに、今日になって一気に回っている。
それがさらに信憑性を持たせた。
まるで、誰かが故意に流しているとしか思えない。
「出所は?」
「今ハザに調べさせている」
ヴェルナーは必死に考えを巡らせる。
政策の力になる代わりに、グランは子息との婚姻を提示した。
そして、それはイルミナが女王になるためのものでもある。
しかし、万が一それが成らなかった場合。
万が一、第一王女ではなく第二王女との婚姻になってしまった場合。
そうすれば、女王になるのはどちらでも良くなってしまう。
基本的に長子が王となるのが通説だが、別に絶対というわけでは無い。
「もし、なんだが・・・」
アーサーベルトが恐る恐る考えを口に出す。
「もし、陛下がリリアナ殿下を、女王にすると、宣言したら・・・」
有り得ない、とヴェルナーは一蹴しようとした。
しかし、ふと。
宰相が以前言っていた言葉を思い出す。
―――リリアナ様も、充分に女王の素質がある。
「ま、さか―――!!」
もし、リリアナが女王教育を受けていたとしたら。
それが、宰相の元で行なわれていたのとしたら。
誰も彼女が女王になることに否を言うことはできない。
そんなあり得ない考えが、真実味を帯びてヴェルナーの中に生まれる。
「・・・アーサーベルト様!!」
最悪過ぎる考えに、ヴェルナーが吐き気すら催しているとハザが汗だくになりながら駆け寄ってきた。
「ハザ!
何か分かったのか!?」
「っは!」
ハザは、言うのを躊躇うような表情をしている。
まさか。
「・・・報告します!
噂の出所は、リリアナ殿下のお付きのメイドたちです」
「・・・なぜ、メイドたちが?」
「どうやら、リリアナ殿下とウィリアム様は逢瀬を重ねており、それを知った陛下が今回の件を考えたとの事です」
「っ待て!!
陛下だと!?
なぜ噂の段階で陛下が出て来る!?」
「っは!
先程イルミナ殿下は陛下に呼ばれ、謁見室へと向かわれているのを何人かが確認しております!!」
ヴェルナーは舌打ちした。
いくらなんでも早すぎる。
いっそのこと乗り込んで馬鹿ではないのかと言ってやりたいほどだ。
「まさか!!
おい、ヴェルナー!!」
最悪の事態に、なりそうな予感がした。
*********************
その部屋は、カーテンで閉め切られていた。
薄暗い部屋の中、男が一人、深く椅子に腰を掛けている。
「旦那様」
その男に、気配無く別の男が近づいた。
そして紙を渡した。
男――グランは、持っていた紙とは別の用紙に目を滑らせる。
「・・・・・・、」
それを見て、一瞬目を見開く。
もう一人の男、執事のダニエルは沈黙を守った。
「・・・なんと、いうことか・・・」
グランは、すぐに自分の落ち度を悟った。
息子を信じ、彼を見張っていなかった。
たったそれだけが、全てを後手にさせている。
「・・・まさか、
あれが、そんなことを・・・」
脳裏に浮かぶ、息子の姿。
感情は大切だと説いてきたが、これはいけない。
ライゼルトという家に、良くないことをしてしまった。
否、そもそも人としてしてはならないことだった。
なぜ、自分が第二王女ではなく、第一王女との婚約を条件にしたのか。
それを、少しでも考えてはくれなかったのだろうか。
どうして、自分に一言でも言ってくれなかったのだろうか。
なぜ。
せめて、言ってくれればまだほかに対策が打てた。
しかし、相手は第二王女を溺愛する王だ。
王は、リリアナの為であれば何でもしてしまうだろう。
それを幾度となく諫めた。
諫めても、王は聞く耳を持たなかった結果が、これか。
握りしめた拳が、ぎりぎりと鳴る。
いくら恐れられているといっても、この程度か、と心の中で失笑した。
そして、独りでいるだろうイルミナを思った。
きっと、彼女は誰も近づけようとはしないだろう。
クライスも、アーサーベルトも。
誰も彼女に近づくことは出来ないだろう。
それを、彼女が望んでいないから。
「・・・ダニエル」
「はい、旦那様」
「・・・私は、間違ったのだろうか」
いつになく、力なく項垂れる自分の主人に、ダニエルは冷たく言う。
「それは私が判断することではありません。
しかし、ここで考え込んでも何も解決しないのでは?」
ダニエルは分かっていた。
長年、彼のもとで働いてきたのだ。
自分の主人が、甘い言葉を欲している訳ではないことを。
「・・・・・・。
城に行く。
馬を頼む」
「かしこまりました」
*******************
「―――?」
グイードは、なぜか一瞬嫌な気を感じた。
何故だろう、何かが、失敗してしまうような、何とも言えない感覚。
そんなはずはないのだ。
グイードは、村に来た役人と共に、アウベールの学び舎の最終確認を行う一人となっていた。
祖父であるタジールと、父であるバルバスが村代表となった今、グイードもその一人になるべく手を挙げたのだ。
王都から来た役人は、非常に感じが良かった。
最初は、どうせ役人なんてとも思った。
だが、例外でイルミナのような王族だっているのだと考えを改め、彼をよく観察した。
ジョンと名乗った彼は、その能力を認められ平民から貴族に養子入りしたようで。
それゆえに自分たちにも普通の対応をしてくれた。
その人選を行ったのがイルミナなのだから彼女には頭が下がる。
「グイード?
どうかしたのか?
そろそろ会議を行うぞ」
王都の方角を見つめていると、祖父タジールがやってきた。
「じじぃ・・・。
いや、殿下は元気なのかなって」
その言葉に、タジールも頷く。
「そうじゃな、
あのお方は自分を大切にされなさすぎる。
そうじゃから、一日も早く完成させんといかんな」
学び舎の案は、村では問題なく受け入れられた。
イルミナが行うと決めたのも大きかったのだろう。
むしろ彼女でなければ反対しかしなかったことだ。
自分の足でこの村まで来て、そしてたくさんのことを知ろうとした彼女だからこそ。
今は建物を建設中なのと、どの分野をまず行うかの選定中だ。
きっと、イルミナは今も城で頑張っているのだろうと彼女に思いを馳せる。
「待っててくれ、
・・・必ず、いくから」
グイードは思いを新たにし、その歩を祖父の元へと歩ませた。