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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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第二王女とその子息




彼女を見ると、心が浮かぶ。

泣かれると、一緒に泣いてしまいたくなる。


そんな感情が、この世にあったことを、私は初めて知った。








******************





ある日、リリアナは父に呼ばれた。

リリアナは弾む足取りで廊下を歩く。


最近は良いことばかりだ。

姉のことを知れて、ウィルという人にも出会えた。

勉強も捗っているし。


前に、父王に漏らしたことがあった。

自分も姉の手伝いをしたいと。

父は姉に言ってくれただろうか。


そうして父の執務室にたどり着く。

そこには見慣れた護衛騎士たちがいる。

にっこりと笑って挨拶をし、扉を開けてもらう。

彼らは、嬉しそうに扉を開けてくれた。

それは、リリアナにとって当然のことであった。


「お父様!」


リリアナは、目の前で執務をしている父を見ると一目散に駆け寄った。


「リリアナ、はしたなくてよ。

 お父様が大好きなのはわかりますけどね」


隣には、大好きな母もいる。


「お母様!

 こちらにいらっしゃるなんて珍しいのね!

 どうなさったの?」


王は、リリアナの金色の髪を撫でると、席に着くように言う。

そしての対面に、王と王妃は腰掛けた。


「さて、リリアナよ。

 最近どこぞの若造とよく会っているそうだな?」


そこでリリアナはピンと来た。

そうか、父はそのことが気になって自分を呼んだのか。


「えぇ!

 ライゼルト辺境伯のご子息のウィリアムよ!」


その言葉に、王と王妃は顔を見合わせて頷く。


「その、だな・・・。

 その・・・」


「もう、陛下。

 わたくしが聞きますわ。

 リリアナ、貴女、彼の事をどう思っているの?」


王妃は、優しい笑顔でリリアナに問うた。

慈愛に満ちた表情は、いつもリリアナがみるものだ。


「どう・・・?

 とても優しい人なのよ。

 一緒にいてとても楽しいの」


「そう、

 ずっと一緒にいたいと思う?」


「うん!」


リリアナは知らなかった。

この時すでに、ライゼルト辺境伯から、イルミナとウィリアムの婚姻の打診を受けていたことを。

そして、それを確認したいことがあるからと、保留にしていることを。


「そう!

 リリアナも女の子ね!」


王妃は嬉しそうに微笑みながら王の手を握る。


「陛下、リリアナもこう言っているのだし・・・」


王妃に言われた王は、苦渋の表情をしている。

しかし、とも考えていた。

もし、リリアナがウィリアムと結婚をすれば、リリアナが女王になることも可能だ。

リリアナの婚姻相手として、ライゼルトは問題ないどころか完璧だ。

彼と結婚すれば、リリアナはずっと自分たちの元にいる。


「・・・リリアナ、お前はウィリアムとやらと結婚をしたいか」


王は渋々、リリアナに聞いた。

自分たちの元にいると分かっても、愛娘を男と婚約させるなんぞ本当であればしたくないのだ。

しかし、そうでもしないと第二王女は自分たちの元にいる事(・・・・・・・・・)はできない。


それが意味することを、王も王妃も正確に理解して、リリアナに問うた。


「結婚・・・?

 そう、ね・・・。

 ウィルと結婚出来たら、いいな・・・」


リリアナは夢見る乙女のような表情で呟く。

その姿は、まさに美しいの一言に尽きた。


王と王妃は思う。

リリアナの幸せのために、どうすれば良いのかを。

そして、自分たちの幸せの為にはどうすれば良いのかを。


一王女(イルミナ)は大丈夫だろう、と二人は考えている。

二人はイルミナという個人を嫌っているわけでは無い。

ただ、彼女の容姿が、嫌厭したくなる人に似すぎているのだ。

それゆえに、距離を置きたくなってしまう。


結果、体の弱く愛らしいリリアナに付きっ切りになってしまい、いつの間にかイルミナは全てを自分で出来るようになってしまっていたのだ。

だからと言っては何だろうか。

その分の愛情が、リリアナに向かっただけというのは、彼らの言い分だ。


いくらなんでも、親として褒められたことではないという事に、王も王妃も気づかない。


誰も気づかない。

イルミナの本当の気持ちを。

それが、良くない事だと。


彼らは誰も気付かなかった。








************************






ウィリアムはいつも通りイルミナとの話し合いを終え、リリアナのサロンを訪ねていた。

メイドたちは心待ちにしていたようで、笑顔でこちらへと案内してくれる。

姫様はすぐにいらっしゃるのでこちらでお待ちくださいと言われ、サロンにある花たちを眺めた。


ウィリアムは、リリアナが来るのが待ち遠しかった。

彼女を見るだけで、幸せになれるような気がする。

そんな気持ちを今まで知らなかったことに、ウィリアムは驚きすらした。


イルミナと話しているのは為になる。

しかし、彼女は年下らしくないのだ。

愛らしさ、というものが欠けているような気すらする。


それに比べて、リリアナの愛らしさと言ったら。

分からないところを聞いてきて、必死に理解しようとするその表情。

分かった時に浮かべる笑顔。

困った時に唇を突き出すその姿。

何もかもが、愛らしく映る。


イルミナだってきっと可愛らしいところもあるのだろうと、ウィリアムは思っている。

しかし、イルミナはいつだって急いでいるような気がしてならないのだ。

何故、そこまで急がなくてはならないのか。

ウィリアムにはいまいち理解できない。


「ウィル!」


物思いにふけっていると、リリアナがやって来る。

その姿は、まるで天使のように輝いて見える。

彼女がいるだけで、世界が華やいでいるような気すらする。

景色は一瞬で極彩色となり、今まで見ていたものは何だったのだろうかと思うほどだ。


そして不意に、父の言葉を思い出した。


――――私にとって、お前の母は女神のようだったのだ


その瞬間、体中が沸騰したかのように熱を持った。

まさか、この年にもなって。

信じられない気持ちと、そうでしかないだろうと叫ぶ心がせめぎ合う。


「ウィル?

 どうかなさったの?」


見上げてくるリリアナに、ウィリアムの頬に熱がのぼる。

勝手に目が潤んできて、彼女の視界に入っているだけで幸福を感じられた。


そうして、ウィリアムは気付いた。

これが、父の言っていた異性への愛情だということを。


「リリー・・・。

 君は、とても、美しい・・・」


つい思わず零してしまった言葉に、リリアナが赤面する。


「うぃ、ウィル?

 どうしたの、そんな、いきなり・・・」


狼狽えるリリアナの前に、ウィリアムは膝をつく。

そして手を取った。


「リリー、

 リリアナ。

 私は君ほど美しい人を見たことが無い。

 君の側にいるだけで、こんなにも幸せになれるなんて、知らなかった」


熱に浮かされたようなウィリアムの言葉に、リリアナも徐々にその目を潤ませる。

そのことに、ウィリアムの心臓の速さは、一気に加速する。


「ウィル、

 ウィリアム・・・。

 私も、貴方の側にいるととても安心するの・・・」


リリアナのその言葉に、感極まったウィリアムは彼女を抱きしめる。


「リリー、

 君を好きなんだ・・・。

 こんな感情を教えてくれた君を、手放したくはない・・・!」


ウィリアムはこの時、ライゼルトの血の濃さを知った。

ライゼルトは、感情を大切にする。

きっと今まで自分が冷めていたのはリリアナに会うためだったのだと今ならわかる。

そして父が恋愛婚をしたその理由も。


彼女が居なければ、この命に意味はないとすら思えてしまう。

それは、激しくも熱い情熱だった。




しかし、ウィリアムは知らなかった。

初恋は、いつだって燃え上がってしまうものだということを。


そしてリリアナも分かっていなかった。

自分の立場と、彼の立場を。




次の日、ウィリアムは王に呼び出され、その真意を確かめられた。



「ウィリアムよ。

 そなたの父はイルミナとの婚姻を打診していたようだが?」


「陛下、

 リリアナ様にお会いし、この想いを知ってしまった今・・・。

 イルミナ殿下との婚姻は出来ません・・・」


「そうか・・・。

 そなたに、私の至宝を守ることはできるのか、

 泣かせないで幸せにすることはできるのか?」


「・・・わかりません・・・。

 しかし!最大限の努力はいたします!!」


力強いウィリアムの言葉に、王は心を決めた。


「そうか、

 なら、ウィリアム・ライゼルトとリリアナの婚約を認めよう」


こうして、王と王妃、ウィリアムと宰相の四人で話はまとまった。


本来であれば許されることではない。

しかし王は溺愛している娘の為ならば何でもする心積もりだった。

それゆえに、まかり通ってしまったというのもあっただろう。


それは国王としてはやってはならないことで。

それは、父親として当然ともいうべきだった。






境界線を違えてしまったら、戻れないということを。

この時誰も気づけなかったのだ。





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