第二王女
ほんとうは、そんなつもりではなかったの。
ごめんなさい、ごめんなさい。
あやまってもゆるしてくれないかもしれないけど。
ごめんなさい、大好きなイルミナおねえさま―――。
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小さいころから、皆が私を可愛いと褒めてくれた。
お父様も、お母様も、宰相も。
十歳になる前に、私付きのメイドと騎士ができた。
誰もが、私付きになれて嬉しいと言ってた。
私には、お姉さまがいる。
小さいころは、体調を崩した私をよく見舞ってくれた、優しいお姉さま。
でも、いつでも会えるわけではなかった。
お父様とお母様と一緒に来てくれたことも、数えられるほどしかない。
一回聞いてみたら、お勉強で忙しいからと返された。
でも、私はお姉さまのことを大好きになった。
でも、どうしてなのかしら。
なんで、皆お姉さまを陰険とか呼ぶの。
お姉さまは冷たいとか、酷いことを言うの。
皆知らないのね。
お姉さまの真っ黒な髪は、光が当たると青になることを。
お姉さまの濃い紫色をした瞳は、夜に明かりを見ると宝石のようにきらきらと輝くことを。
切れ長の目だって、笑うと細まってすごく優しくなるのに。
どうして、皆知らないのかしら。
お姉さまが、いっぱい勉強しているとメイドから聞いた。
お忙しいのはわかるけど、たまには私とお茶をしてくれないかしら。
お姉さまに話したいことはいっぱいあるのに。
そう宰相に言うと。
「ではリリアナ様も、イルミナ様のようなお勉強をなさいますか?」
それを聞いてこれだ、と私は考えた。
お姉さまと同じお勉強をして、分からない所を聞くようにすれば、お姉さまもきっと一緒にいて下さるわ!
でも、お姉さまのしているお勉強はすごく難しくて、何が解らないのかも最初は解らなかった。
毎日毎日これをお勉強しているお姉さまは、やっぱり私の尊敬するお姉さまだと思った。
「リリアナ、最近はどうしているのだ?」
お父様!
最近私もお姉さまと同じようなお勉強をするようになったの!
それで今度一緒にお茶会をしながらわからない所を聞こうと思うの!
「・・・そうか。
偉いぞ、リリアナ。
さすがは私と王妃の娘だ」
お父様はそういって私の頭を撫ででくれた。
お勉強して良かった!
お父様は褒めてくれるし、お姉さまと同じお話が出来るわ!
宰相に感謝しなくては!
いっぱいいっぱい勉強をしているのに、お姉さまにはなかなか会えない。
どうしてかしら、お姉さまは私のことがお嫌いなのかしら。
悲しくなって、涙が零れる。
たった一人のお姉さまなのに。
そんなある日、お姉さまと廊下でお会いした。
良かった!
これからちょうどお茶会をするのよ、お姉さま!
え?・・・視察に、行かれてしまうの・・・?
出来るなら私もついていきたいけど・・・。
きっとみんな許してくれないわよね。
それに、お外は危ないと聞くわ・・・。
でも、今お姉さまがいつでもお茶会できるでしょうと言って下さったわ。
なら、お茶会の為に私ももっともっと勉強をしておかなくてはいけないわ!
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ある日、リリアナは本を片手にイルミナがよくいるという四阿へと足を運んでいた。
いつもいつも行こうとしても、皆が止めてくるのでなかなか行けずにいたのだ。
しかし、ようやく皆を撒いて来ることが出来た。
リリアナはドキドキしていた。
姉としっかりと会うのは本当に久々なのだ。
自分の誕生日の時には会えたが、イルミナの誕生日の時は視察で城を空けていて会うことが出来なかった。
カードを送ったら、後日、感謝の言葉と共にリリアナの好きなお菓子が添えられていた。
凄く凄く嬉しくて、お菓子も出来ることなら残しておきたいと思った。
メイドに止められたけど。
幾つかの木を潜り抜けてようやく目的の場所が見えた。
人影が目に入る。
お姉さまだ!
そう思って飛び出したリリアナだったが。
「―――、こんにちは」
「、!!こ、こんにちは!!」
そこにいたのはイルミナではなく、一人の男性だった。
栗色の短めの髪に、明るい黄緑色の瞳。
誰だろうと、リリアナは思った。
「第二王女殿下、私はウィリアム・ライゼルト。
辺境伯グラン・ライゼルトの息子です」
リリアナにも、その名前に聞き覚えはあった。
貴族録で、最初の方に出て来る名前だ。
「あ、初めまして、ら、ライゼルト様。
私は第二王女リリアナ・ヴェルムンドです」
それが、リリアナとウィリアムの初めての会話だった。
「―――では、リリアナ様も女王になるための勉強をされているのですね」
ウィリアムは優しく微笑みながらリリアナに言う。
そんなウィリアムに、リリアナは色々な話をした。
「いいえ、女王になるためではないの。
お姉さまと少しでも同じお話をしたいの。
でも・・・お姉さまはお忙しいようで最近はお会いできていないのだけど」
悲しそうに目を伏せるリリアナに、ウィリアムの心がぎゅう、と詰まる。
「では、殿下のお好きなものを送ってみたらいかがです?
そうすれば、お礼にといらして下さるかもしれませんよ?」
ウィリアムのその言葉に、リリアナは首を横に振る。
「・・・私、お姉さまが何がお好きなのかわからないの。
だからお誕生日の時もカードしかお渡し出来なかったの・・・。
お姉さまは私の好きなお菓子を送ってくださったというのに・・・」
リリアナのその空色の瞳には薄く水の膜が張っていた。
ウィリアムは、そんなリリアナを慰めようと考える。
「・・・、なら、私が殿下に聞いておきましょうか?」
「、本当!?」
リリアナはウィリアムを見上げた。
お互いに座ってはいるが、身長はウィリアムの方が圧倒的に高いのでリリアナは見上げる形になるのだ。
期待に満ちた表情を向けられ、ウィリアムは内心で喜ぶ。
彼女を、このような表情にさせる事が出来て、良かったと思う。
―――なぜ、そのように思うのか。
ウィリアムは気付かなかった。
「もちろんです、
殿下は忙しいようですが、話の合間に聞くことも出来るでしょう」
リリアナはその言葉を聞いて、華やいだ笑顔をウィリアムに向ける。
「ありがとう!ウィリアム様!」
その笑顔を向けられたウィリアムは、蕩けんばかりの笑みをリリアナに向けた。
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「時間通りかな、リリー」
「ウィル!
大丈夫よ!
お茶の準備も終わってるわ」
リリアナとウィリアムは、二人でよく会っていた。
気心が知れたことから、愛称を呼ぶまでに。
ウィリアムがイルミナとの話を終えた後、そのままリリアナのサロンで少しの間お茶をするようになったのだ。
そして、イルミナと話したことをリリアナに話すのが、ウィリアムの日課となりつつあった。
最初の頃、リリアナはメイドたちに隠していたがすぐにばれ、今では何故か応援すらされていた。
何故応援されているのか、リリアナは知らなかったが、メイドたちは知っていた。
ウィリアムがイルミナの婚約者になるかもしれないと言う噂を。
「そう、
お姉さまもお花とお菓子がお好きなのね!
今度誰かにお願いしておかないと!」
そういって、リリアナはウィリアムに感謝の意を告げる。
彼が居なければ、リリアナは姉が何をしているのか知らないままであることになったのだから。
そこまでの回数しか会っていないが、リリアナはウィリアムを非常に好意的に見ていた。
姉のことを教えてくれる、優しいウィリアム。
そもそもリリアナの周りには年頃の男性は殆どいなかった。
王である父が、それを許さなかったことから溺愛具合がうかがえる。
だから、リリアナにとって近い年の男性と話すのはウィリアムが初めてだったのだ。
故に、それが恋に発展するのになんら難しいものではなかった。
そして同様に、ウィリアムがリリアナに恋に落ちるのも時間の問題であった。
リリアナは知らなかった。
父王がどれほど自分を溺愛しているのかを。
ウィリアムは知らなかった。
父であるグランが、なぜイルミナだから手を貸すと言ったのかを。
そして二人は知らなかったのだ。
イルミナが何故、女王となるために必死だったのかを。
その為に、どれだけの犠牲を払っていたのかを。




