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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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彼女の涙






「―――――、?」




どうやって、自室に戻ってきたのか。

イルミナは記憶がない。

気がつけば、見慣れたというべき部屋にいる。


「―――――あ、」


思わず漏れた声は、掠れていて酷くみっともなかった。

なにも考えられない。

何かを、考えなくては、ならないのに。


ふらり、と。

イルミナは幽鬼のように立ち上がった。


何度も歩いたはずの道は、どこかよそよそしく感じる。

この廊下は、こんなにも色がなかっただろうか。


要所要所に灯されている松明すらも、何故か寒々しく感じる。

そう感じると、自分の格好すらも寒く感じる。

そういえば、私は着替えてもいないとイルミナは思い出した。

何故、着替えていないのだろう。



当てもなく、ふらふらとさ迷う。


―――――わたしは、どこに行きたいのだろう



それすらも、わからない。

何も考えられない。

否、考えたくない。


歩みを止めず、無心になっていると、見慣れた四阿に来ていた。

慣れとは恐ろしいものだ。

イルミナは気付いていなかったが、この王宮という場で、彼女が落ち着いていられるのはここしかなかった。

自分で自分に与えるプレッシャーを、唯一忘れられるのがこの場なのだ。

その他の場所はどうしてか、自分の居場所ではないと感じてしまうのだ。


不意に、人影が視界に入った。


「―――、殿下」


そこには、今まで見たことがないほど、悲痛な表情をしたヴェルナーとアーサーベルトがいた。

彼らは、何を言えばいいのかわからず、口を開閉させているが、何一つとして出てこない。


「―――――、」


何故、そんな表情するのだろうか。

そんな、全てが、駄目だったと言わんばかりの表情を。



―――――そんなひょうじょうをしていいのは、わたしのはずなのに。



「殿下・・・」


ヴェルナーが、沈痛な面もちでイルミナを呼ぶ。

いったい何を求めているのだろうか。

イルミナにはわからない。


「・・・、ヴェルナー、アーサー・・・」


「「!」」


イルミナの声は、今まで二人が聞いたことがない程、弱々しく掠れていた。

はっとして、その姿を見る。

月明かりにぼんやりと浮かんだ彼女の姿は、あまりにも小さかった。


そうして二人は気づく。

彼女は、まだ十五でしかないという事実を。

否、忘れていたわけではない。

しかし、あまりにもしっかりとしているので失念していた、というのが正しいのだろうか。


そして、今の彼女は、哀れなまでに子供だった。

暗いとはいえ、恐ろしいまでに蒼白な顔色。

背はその年にして高めだから、より年上に見えた。

だが、彼女は子供だった。


アーサーベルトに鍛えられたから。

ヴェルナーに師事していたから。

ライゼルト辺境伯に気に入られたから。


だから何だというのだろうか。

そのことに、二人は気づいてしまった。

そして、そのまま取り返しのつきそうにない状態になってしまった。


「な、なんでしょうか、殿下」


アーサーベルトが恐る恐るイルミナに声をかける。

イルミナが、アーサーベルトをその瞳に映す。


「―――!!」


息を、飲んだ。


何も、なかった。

悲しみも、苦しみも、怒りも、憤りも。

絶望すらも、イルミナの瞳には浮かんでいなかった。

まるで、人形のガラス玉のような、瞳。


「おねがいが、あります・・・」


「、なんなりと」


アーサーベルトの言葉に、イルミナは微かに笑んだ。

まるで、記憶しているから勝手に浮かび上がったかのような、何もない笑みだった。

その笑みに、ヴェルナーとアーサーベルトが絶句する。

こんな、こんな哀しい笑い方をする人ではなかった。


「・・・今から、私が、許可を出すまで・・・、

 ここに、人を、立ち入らせないように、してください」


ゆっくりと、イルミナは喘ぐように言った。

何かを言葉にすることすら、今の彼女には億劫そうに見えた。

まるで、全身が泥に浸かっているかのようだ。


「・・・、かしこ、まりまし、た・・・」


アーサーベルトは、唇を噛むとそのまま踵を返す。

残されたのは、イルミナとヴェルナーだ。


「・・・ヴェルナー、あなたも」


その声は、疲れ切った老婆の様ですらあった。


「・・・かしこまりました。

 なにかありましたら、お声がけを・・・」


そういって、ヴェルナーはその場からゆっくりと足を動かした。

背後からは、イルミナが歩いている音だけで他には何も聞こえない。

酷く重そうに聞こえるその足音は、間違っても十五の少女が出すものではない。

それに、彼女は、泣いてすらいないのだ!!


そんな彼女に、ヴェルナーにできることは、なにもない。

それがこんなにも歯痒いことだと彼は知らなかった。


―――せめて、彼女がもっと自分を頼りしてくれたら。


せめて、彼女が自分の前で泣けるのであれば、自分だって慰めることが出来るのに。

せめて、彼女が怒りを見せてくれたら、自分が宥めることが出来るのに。


ヴェルナーは気づいていなかった。

何故、自分がそう考えるのか。

彼がそれに気づくのは、まだ先のことである。





***********************





ひどく、すべてが、おもかった。

からだも、いきをすることも、めになにかをうつすことすら、おもい。

かんがえることも、つらかった。


―――何故?


イルミナは、見慣れた四阿に腰を下ろして、ようやく周りを見渡した。

どうして、自分はここにいるのだろう。

いつもいるはずのヴェルナーも、アーサーベルトもいない。

どうしてだろうと考えて、自分が追い出したことを思い出した。


―――――そして、思い出す。


「―――――っっ!!」


唇から、悲鳴が漏れそうになった。

思わず、両手でそれを塞ぐ。


―――なぜ、どうして


そればかりが、胸中を染め上げる。


女王になるのは、私だったはずなのに、どうしてリリアナが?

その為に、今まで頑張って来たのに、どうして?

なんで、私では駄目なの?


幼き日々の記憶を思い出す。

それでも、涙は零れようとはしない。


強くなる為に、たくさん訓練だってした

―――いたかった、こわかった


たくさんたくさん勉強をして、いろいろなことを知った

―――まちがえると、こわかった


毒への耐性もつけた

―――しぬほど、つらかった


貴族たちへ強気に出てみた

―――くにをよくするために、それできらわれたとしても


何回も、暗殺されかけた

―――ころしにくるひとの、めがこわかった


何回も毒殺されかけた

―――なれていても、くるしくて、つらかった


待っている人(むらのみんな)が、いるのに

どうして、どうして。


私が、わたしが、やるはずなのに。



なのに、

なんで!!!!!


「――――ぁぁ、」


吐息のような悲鳴が、イルミナの唇を割って出た。

抑えていたはずの手は、いつの間にかだらりと落ちている。


「ぁぁァ―――っ・・・」


絹を裂くような、なんてものではない。

手負いの獣が、必死に上げる断末魔のような、悲鳴。


どうして、どうしてあんなにがんばったのに、みてくれないの

がんばったら、みてくれるのではないの

つよくなって、えらくなって、みんなのためにがんばったら、みてくれるとおもったのに

うまくいったら、よくやったなって、ほめてほしかったのに

さすがだと、いってほしかっただけなのに

どうしてどうして、なんで、どうして



――――どうして、わたし(イルミナ)を、あいしてくれないの



心の奥深くにいる小さなイルミナが、絶叫した。


その瞬間、イルミナの目から滂沱たる涙が流れ落ちた。

それは止まることを知らずに、イルミナの白く冷たい頬を濡らし続ける。


リリアナ、リリアナ。

かわいい私の妹。

大好きなのに、嫌いになりそうなくらいの、暴力的な感情がイルミナを責める。

父王も、王妃も。

何もかもが、嫌いになってしまいそうになる。





「―――ッあああぁぁぁぁァァァァア!!!!」







止まない雨はないと聞いているけれど、


    わたしのあめはいつやむのだろうか








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