第一王女と子息
「こうしてお話しするのは初めてですね、第一王女殿下。
私はウィリアム・ライゼルトと申します」
「初めまして、私は第一王女、イルミナ・ヴェルムンド。
これからよろしくお願いしますね」
それが、二人の初めての会話であった。
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「では殿下は最終的に医療施設も立ち上げるおつもりなのですか?」
「はい、長期的にはなりますし、数年以内というのは無理ですが」
「そのために勉強施設とやらを?」
「それも一つになります」
「ひとつ?」
「あの施設は国を豊かにするために必要なのです。
すぐには無理でも、長い時間をかければ必ず必要となるのです」
グランがイルミナを訪れた翌日、グランから手紙が送られてきた。
どうやらすでに子息はグランから話を聞き、出来るだけ早くお会いしたいと記載されていた。
イルミナは、それに快諾し、それから二日後に二人は顔合わせと相成った。
イルミナは、ウィリアムのような年代の男性と話すことがあまりなかったので緊張していたが、ウィリアムはそんなイルミナには構わず政策についての話を持ち掛けてくる。
そのかいあってか、イルミナの緊張は直ぐにほどけ、二人は政策に関して熱い論争を交わすまでになった。
「殿下はどうやってこのような知識を得られたのですか?」
「色々な方面の研究者に話を聞いたのと、実際に視察に行ったことが大きいです。
王宮では気づけなかったことがたくさんありましたから」
「そういえば、アウベールに行かれたのでしたね。
今はどのように?」
「今は代理で使者をたてて、学び舎の試験的な地にしようとしているところです」
ウィリアムは、イルミナより年上だが、彼女のその知識量に脱帽しそうになった。
見た目は少女でしかない彼女の口からは、まるで父のような言葉が出て来るのだ。
「殿下、お時間です」
そんな二人に、騎士の一人がイルミナに声をかけた。
「あぁ、もう時間なのですね・・・。
ウィリアム殿、実に楽しい時間でした」
「私こそ、お時間を頂きありがとうございます。
明日、またこのお時間で構いませんか?」
「えぇ、問題ありません」
ウィリアムは微笑みながら退席するイルミナの背を見送った。
ウィリアムは、イルミナに非常にいい感情を抱いていた。
彼女の頭の良さは、この国に必要だとも。
というより、彼女の考える政策は非常に魅力的だ。
鉱石のことは、父であるグランも心配していた。
しかし変わる何かを探すというのは、多忙な父に到底出来そうにないものだった。
ウィリアム自身、父の力になろうと考えていたが、正直に言ってイルミナのような案は考えもしなかった。
そうやって悩んでいる矢先、イルミナからの打診があったのだ。
父が、あのように他人を手放しで褒める事は非常に稀なことだ。
だからこそ、ウィリアムも興味が沸いたのだ。
あの父を、そこまで言わせる第一王女とはどのようなお人なのだろうか、と。
ウィリアムも社交界に出ているから、彼女の噂の一つや二つは聞いたことがある。
舞踏会に殆ど顔を出さず、出したとしても直ぐに退室してしまう暗い陰険な姫であるともっぱらの噂だ。
そして、妹であるリリアナがその分どれだけ美しく愛されているか。
姉姫とは違って本当に可愛らしさに溢れている、と。
二人はまるで、比較されるために生まれてきたと言わんばかりの噂だった。
しかし実際に会った彼女は噂とはかけ離れた人物であった。
醜くも、暗くもない。
確かに、リリアナ殿下と違う色の髪や瞳ゆえに、暗く見えがちだが実際は違う。
冷たく見えがちの顔も、ふとした瞬間に浮かべる笑顔は美しいとすら思える。
「―――本当に、噂とはあてにならない」
ウィリアムは本当にそう思った。
騎士に連れられて行く彼女の後姿は、堂々としていて王族にふさわしい威厳を保っている。
彼女となら―――。
ウィリアムは既に、父にイルミナとの婚姻の話を聞いていた。
まだ正式には決まっていないが、近々打診しに行くだろうとも。
それでもいいか、とウィリアムは考えた。
ライゼルトにはまだ当主である父がいる。
万が一何か起きても、父の弟である叔父もいるから、後継者問題がすぐにどうにかなるというわけでもない。
だからこその、この話なのだろうとも気づいている。
愛せるかどうかは、わからない。
早くに母を亡くしたとはいえ、愛されていないわけではなかった。
それでも、ウィリアムにはいまいち異性への恋情というものが理解できていなかった。
恋人がいたことはある。
経験だってある。
しかし、父が母を愛したような激情はないのだ。
だが、それはきっとイルミナにも分かっていることだろう。
自分たちが、愛のない政略結婚であることぐらい。
長い長い時間をかければ、家族に対する愛情くらい、生まれるかもしれない。
そうこの結婚は、自分ではなく国が望んでいることなのだ、そう考えていると。
―――――――ガサリ
背後で草木がこすれ合う音を、ウィリアムは耳にした。
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イルミナを呼んだのは、久々に会う王だった。
「息災か、イルミナ」
「はい、陛下においてはお変わりなきようで」
その距離は、臣下とのそれ。
玉座に座る父を前に、イルミナは数段下の床に膝をついていた。
その距離は、あまりにも遠い。
「うむ、お前が行っている政策に関してだが」
イルミナはきた、と思った。
今回の政策に関して、父王には前もって書面にて知らせておいた。
しかし、どうやらリリアナが体調を崩したらしく、流し見をして許可を出したことは知っている。
ようやく、自分に確認しに来たのか。
申請したといっても、どのくらい前のことかイルミナは正確には覚えていない。
アウベールから戻ってすぐには提出しているはずだが。
宰相もなにも言ってはこなかった。
それを今更聞くということは、なにかしらあるのだろう。
聞いてくれるまでには、自分の政策に興味を持ってくれたことにイルミナは微かながら喜びを覚えた。
「はい、学び舎のことでしょうか」
「あぁ・・・そのような名だったな。
それで、今はどのように進んでいるのだ」
「はい、陛下。
以前下見したアウベールという村での試験的なものが行われます。
期間はおおよそ一年を見込んでおりますが、治水技術自体はもう少し早めにことを進めるつもりです。
あとは・・・」
「もうよい」
「・・・はい」
王は全てを聞かないでイルミナを止めた。
「ブランがお前の策を良いと言っていたのでな。
少し聞いてみたかっただけだが、問題ないのであれば構わない」
そして王は言葉を切って続けた。
「それとリリアナもそれに加えてやりなさい」
「・・・いま、なんと?」
一瞬、イルミナは王が何を言っているのかわからなかった。
遊びではないのに、加えてやりなさい?
自分が主体となってやっていることなのに、なぜリリアナが出てくるのだろうか。
「リリアナが、最近お前と会っていないと悲しんでいた。
政策で忙しいのであれば、その政策をリリアナにも手伝わせてあげなさい」
「・・・へい、か・・・?」
イルミナは、父王の言うことを理解したくなかった。
寂しいから?
いったい何の茶番なのだろうか。
遊びではない、これは、自分がすべてをかけて行っていることだというのに。
そんな、一個人の感情で出来るものではないというのに。
宰相はどうしたのだ。
何故、止めない。
手が、カタカタと震えている。
目の前にいるこの人は、いったい誰だ。
王であれば、そのようなことは言わないはずだ。
―――しかし。
吐きそうになる気持ちを堪え、イルミナは笑った。
それはひくついて、酷くみっともない笑みであっただろう。
しかし、それを気づくものはここにはいない。
「・・・・・・・、じゅんびが、できましたら、
・・・こえを、かけさせていただきます」
そう言う他、なかった。
それ以外、何も言えなかった。
断ることも、怒ることも。
イルミナには許されてはいなかった。
目の前にいるその人は、イルミナがそう考えているなんて夢にも思わないだろう。
彼女が断るなど、考えていないのだ。
きっと、いくら危険だと言っても、聞かないだろう。
なれば、しっかりと守れと一言寄越してくるだけだろう。
先程までの暖かな気持ちに、罅が入ったような気がした。