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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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辺境伯と子息



ひとつずつ、確実に。

私が必要なものが集まっていく。


全てを揃えられたら。





―――あのひとたちもわたしをみてくれるだろうか。







*********************






「とりあえず、息子を呼ぼう。

 今回は単騎で来てしまったからな」


色々な話し合いをした後、グランは一区切りをつけたのか、言った。


「ご子息はどちらに?」


「王都近郊の屋敷だ。

 三日とかからずこちらに来れるだろう」


そう言い、席を立つ。

外を見れば空が赤くなり始めている。

彼が来てからもう数時間は経過しているのだ、そろそろ彼も屋敷に戻らねばならないだろう。


「イルミナ殿下、貴女とお会いできて良かった。

 貴女の考案した案件、久々に血が滾りました」


「それは私の台詞です。

 貴方の力添えがあれば、この国をさらに良くすることができます」


グランはイルミナと握手を交わすと、優雅に部屋を後にした。






「・・・思ったより、殿下とライゼルトは合うようですね」


ヴェルナーは呆然としながら漏らす。

それくらい、彼にとっては衝撃的なことだったのだろう。


「殿下、なにかされたのですか?」


アーサーベルトも不思議がっている。

しかしイルミナは、彼の何がこの二人をそうさせるのだろうと考える。

自分にとって、グラン・ライゼルトは非常に好ましい人間だった。

確かに、最初は自分を試そうとしていたようだが、それも直ぐに訂正された。


「私は何もしていませんよ。

 ただお話しただけです」


イルミナの言葉に、ヴェルナーもアーサーベルトも信じられなかった。

話しただけで、あの男が人を気にいるはずがないのだ。

男だろうが、女だろうが。

彼は一切の容赦を見せない。

そう在るからこそ、彼は歴代随一と謳われる辺境伯として名を馳せているのだから。


「そう、ですか・・・」


納得を見せないヴェルナーに、イルミナは苦笑をもらした。

一体彼はどれだけのトラウマを彼らに受け付けたのだろうか。


「一つ言える事は、同じ志を持つものとして認められたのだろうというくらいでしょうかね」


アーサーベルトは、イルミナのその言葉に一瞬息を詰める。


幼きあの日。

彼女に望みを聞いた。

幼い彼女が口にした、あまりにも哀しい願い。


それがイルミナの目標だと知っているアーサーベルトは、グランとイルミナが本当に同じ志を持っているのだろうかと思った。

そして、あの辺境伯が、イルミナのような年若い娘の本当の望みに気づかないのだろうか、と。


そして。

もし、仮に気づいていたとして。

かの御仁は、そのようなものに絆されるのだろうか。






*******************






「父上」


グランが王都に構える屋敷に帰ると、聞くはずのない声を耳にした。


「ウィリアムか?」


執事に外套を渡しながら声の方を見る。

そこには若かりし頃の自分そっくりの息子がいた。

しかし、すこしだけ目が垂れているのは、亡くなった妻に似ている。


「おかえりなさい、いきなり王都にいらっしゃるので驚きました」


ウィリアムは柔らかい物腰で父、グランと話す。

いつもであれば、グランが帰宅したとしてもウィリアムが顔を出すことは無い。

夕食時に挨拶するくらいだ。

男の子というのはそういうものなのだろうとグランは思っている。

しかし、その息子がわざわざ王都近郊からここまで来て、尚且つ顔を出すとは。


「そこまで気になるのか」


グランのその言葉に、ウィリアムは首肯した。

その様子に、グランは内心で喜ぶ。

息子であるウィリアムは、あまり他人への興味を示さない。

誰でも当たり障りなく対応できるが、それ以上の感情を見せないのだ。


それは次期当主として必要なことだ。

誰彼構わず感情を見せるものなど、貴族に必要ない。

しかし、それはあくまでもそれまでの感情を育てて初めて覚えることだとグランは考えている。


そういった感情を知らぬまま当主になれば、暴君となってしまう可能性だってあり得る。

というより、実際に過去にいたのだ。

それゆえ、ライゼルトは貴族として必要なものよりも、感情を大切にする。


人の痛みが分からぬものに、人を守り、育てる事は出来ない。


その考えに、グラン自身納得し、推奨している。

しかし、ウィリアムはどうしてか他人に興味を示すことが少なかった。

だからといって冷たい訳ではない。

ただただ、興味を持てないのだと零していたのをメイドが聞いており、それをグランに報告したのは記憶に新しい。


「第一王女殿下はどのような方だったのですか、父上」


グランは内心で喜んだ。

息子が他人に興味を示すことに。

きっとこれならば結婚生活もうまくいくだろうと考える。

そして、その子を一人、ライゼルトにもらい次期当主として育てる。

それがグランの考えていることだった。


「殿下は素晴らしい方だぞ、ウィル。

 とてもではないが、成人していないとは思えぬほどの思考の持ち主だ」


グランのそれは、本音だ。

ウィリアムのことが無くとも、他の何かを条件に彼女の力になってもいいというくらいには彼女を認めていた。

まぁ、認める為にもっと時間を要したであろうが。


「父上がそこまで仰られるなんて、どうやら噂とはあくまで噂でしかないようですね」


ウィリアムが話に乗って来る。

息子には知ってもらう必要がある。

噂は、噂でしかなく、ときに真実の形を欠片も含んでいないものがあるということを。


「あぁ、お前にも今日、殿下と話したことを話しておこうか」


グランはそう言い、メイドに茶を持ってくるように指示しウィリアムを椅子に座らせた。

憐れと言われ続けた彼女が、ここまで育っていることにグランは驚きを隠せない。

しかし、国の為に成長することは大変喜ばしいことだった。

例え、彼女の今までが酷く苦しく、辛いものだったとしても。


グランは知っていた。

イルミナが騎士団長に鍛えられていることや、クライスに教えを乞うていること。

そして、その努力がいまだに報われていないことも。


可哀想だとは思う。

本来、王女と言う立場の人間はそのような事をしなくてもいいのだから。

しかし、彼女を取り巻く環境が彼女をそうさせなかった。


だからといって、同情はしない。

それをするべきではないからだ。

きっと辺境伯として、彼女がそれ(・・)をしたことを黙認してしまうだろうから。

むしろ、今の彼女だからこそ話を聞こうと思ったのだから。

今の彼女を作っているのは、今までの経験だ。

それをグランが否定するのは間違っている。


だからと言って、彼女の幸せを願わないわけではない。


リリアナはきっとその美貌と両陛下からの愛故に、一番の人と結ばれるだろう。

そして一身の愛を受け、さらに輝く存在となる。


しかしイルミナは違う。

イルミナの婚約者の話は、貴族界でも全く聞かない。

それが意味することは、王も貴族たちも、誰一人として、第一王女のことを気にかけていないということになる。


しかし、もし自分の息子と結婚したのであれば。


今の自分の息子を見て、きっと下手な事にはならないだろうとグランは思っている。

あの、他人に興味を見せない我が子がわざわざに聞きに来るくらいなのだ。

時間はかかるかもしれないが、きっと幸せな家族を築けるだろう。


辺境伯としてグランは恐れられているが、実のところ愛に溢れた人間だということを知るものは少ない。

しかし彼は亡くなった奥方とも恋愛婚で、その後も後妻を迎えることなく過ごしている。

愛で全てを救えるとは思っていないが、愛無く平和な統治は出来ないとも思っている。


だからこそ、願うのだ。

女王となる彼女が、愛を知ることを。


―――きっと、殿下は気づいていないのだろう。


イルミナを見て、グランは気付いた。

イルミナは、自分の居場所を欲しがっていることを。

しかし、それが建前であることに、彼女は気づいていない。

何故、居場所を求めるのか。


きっと考えないようにしているのだろう。

そうしないと、きっと壊れることを本能で知ってしまっているのだ。

しかし、彼女の本当の願いがそれである以上、彼女は国を捨てることができない。

つまり、裏切ることはないのだ。

グランは嫌な大人になったものだと嘆息しそうになる。

しかし、あえてそれを教えることも、知らせることもない。


可能であれば、気づかぬままでいてほしい。

最悪なのは絶望の中で知ってしまうことだ。


だが、グランは大丈夫だと思った。

自分に出来ることはしたし、なにより自分の息子には多大なる信頼を持っている。

だから、大丈夫だと。



それが、間違いだとは気づけないまま。




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