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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代

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辺境伯




「美味しい紅茶に、お菓子。

 そして美しい女性と一緒にいられるなんてとても幸せ者ですね」


のんびりとした優しい声音で紡がれる言葉に、ヴェルナーはひくひくと頬を引きつらせる。


「美しいだなんてそんな・・・。

 でも、私もグラン殿のような美丈夫とご一緒出来て嬉しいです」


聞こえてくる慣れた声に、アーサーベルトは背筋を震わせた。


「本当に、貴女にお会いできて私は幸運ですよ、殿下」


「私こそ、貴方とこうしてお話しできて幸せです」



ヴェルナーは、なぜ今ここに自分がいるのかわからなくなりそうだった。







*********************






ヴェルナーとアーサーベルトは、二人そろってイルミナの元へと足を運んでいた。

イルミナから呼び出されることは少ない。

基本的に四阿でのお茶会で事足りるからだ。

しかしその彼女が、二人を公的に執務室へと呼び出した。


「・・・ヴェルナー、お前なにか心当たりはあるか?」


「・・・残念ながら、あるな」


先ほど、グラン・ライゼルト辺境伯が到着したとの報告を受けた。

宰相はそうか、後程陛下にお知らせしておこうとだけ言い、自身が辺境伯に会いに行っていた。

本来、陛下に謁見するのが通常あるべき姿だ。

しかし陛下、王妃、そしてリリアナ殿下は沢山の護衛を引き連れて遠乗りに出てしまった。

どうやら、リリアナがあまり元気が無いことを気にした陛下たちが実行したらしい。

そのリリアナの為に、宰相自らライゼルト辺境伯にご機嫌取りを行っているのが見え見えだ。


それ自体に何か言うつもりはない。

しかし、今でなくともいいのではないかというのが本音だ。


「・・・今、ライゼルト辺境伯、いらしているのか・・・?」


「・・・ええ、殿下にお会いに」


良かったと思うのは、辺境伯が王に謁見しに来たのではなくイルミナに会いに来たというところだ。

お蔭で、余計な胃痛を抱えなくて済む。


しかし、ヴェルナーもアーサーベルトも、辺境伯を苦手としていた。

嫌いなわけではない。

むしろ、かの人ほど尊敬できる人物は中々居ないとすら考えている。

しかし、恐ろしいのだ。

ヴェルナーは次期宰相候補時代に。

アーサーベルトは訓練生時代に。

それぞれに、彼はトラウマを植え付けた。


「殿下は、大丈夫なのか?」


「わかりません、かの方のことを教えようとした矢先に来られたからな・・・。

 案件の修正でいっぱいいっぱいだ」


行かなければならないと分かっている反面、出来れば行きたくないと正直なところ思う。

しかし、年下であるイルミナが一人で対応しているのだ。

これで行きたくない等と口が裂けても言えない。


そうこうしているうちに、見慣れた扉の前に着いた。

いつもならすぐさま入室の伺いを立てる所だが、なぜか体が上手く動かない。

しかし、いつまでもそうしている訳にも行かず、二人は気合を入れるように深呼吸をするとノックする為に重い手を持ち上げた。







そして扉を開いた先の光景が冒頭になる。

ヴェルナーとアーサーベルトは、自分が見ているものを信じることが出来なかった。

それくらい、有り得ない光景だった。

あのグラン・ライゼルトが、穏やかに微笑んでいるなど、信じたくない。

彼の笑みとは、嘲笑している時と、何かを画策している時だけのはずだ。

お腹真っ黒な笑みに、次は自分の番かと震えあがり、何人がやられたことやら。

入室を許可したイルミナが、今では恐ろしい人に見えてしまう。

どうして殿下はいつもと同じようにしていられるのだろうか、と聞きたい。


しかし、いつまでたっても二人の世界を作られるのではたまったものではない。

ヴェルナーは諦めて、声を掛けた。


「お待たせいたしました、殿下。

 お久しぶりです、ライゼルト辺境伯」


「クライスにアーサーベルトか。

 久しいな、息災だったか?」


「っは!!

 ライゼルト伯もご健勝の様で」


「堅いな、アーサーベルトよ。

 お前はどうだ、クライス」


「はい、変わらずに。

 ライゼルト伯も変わらぬようで」


三人が挨拶を交わし合うの横目に、イルミナは二人の分の紅茶を淹れる。

丁度準備を終えたくらいに、三人は席についていた。


「殿下のような麗しい方に淹れていただく紅茶は、実に美味しい」


「ありがとうございます、グラン殿」


「「・・・・・・」」


ヴェルナーとアーサーベルトお互いの顔を見合わせる。

先ほどのは幻覚でも何でもなく、現実だったらしい。


「・・・さて、クライス。

 アーサーベルト」


一息ついたグランが、二人の名を呼ぶ。

しかし先ほどまでの穏やかさのある声音ではない。

その瞬間、二人の背筋がピンと伸びた。


「殿下から話は聞いた。

 正直、殿下が考えたとは思えない程の素晴らしい案件だ。

 今回、急遽こちらに来ることにしたのはその話し合いをしたいと思い、来た」


そう言い紅茶を一口、口にする。


「あの案件、私も乗ろうと思う」


「!!本当ですか!!」


ヴェルナーが身を乗り出す。

そして慌てて恥ずかし気に椅子に戻った。

彼のこんな興奮する姿などめったにない。


「あぁ、殿下と話をしていて心が決まった。

 正直、一人で考えたなど荒唐無稽な話だと思っていたのだがな。

 実際に話してみればなんと勤勉な方だ」


グランの言葉に、ヴェルナーとアーサーベルトは熱が上がる。

やはり、イルミナは素晴らしいのだと。

彼ほどの人物に認められれば、きっと城の皆の見方も変わるだろう。


「しかし」


「、なんでしょう」


渦中のイルミナは、一人穏やかに紅茶を飲んでいる。

まるで、言われることを知っているかのように。


「私の息子との婚姻が条件になる」


「!」


「な、なぜ・・・」


アーサーベルトが動揺のあまりに敬語が抜けている。

イルミナが、可能であれば婚姻も上手くいけばいいと思っているのは知っている。


しかし、彼らは少しだけ考えていた。

イルミナにも、愛する人と結婚をして欲しいと。

誰にも愛されずに来てしまった彼女に、それくらいの幸せがあってもいいのではないかと。


アーサーベルトの言葉に、グランは馬鹿なものを見るような視線を向ける。


「お前は馬鹿か。

 私がなんの利も無く殿下の力になると本気で思っているのか」


その言葉は、ヴェルナーとアーサーベルトの心に冷たく刺さる。

そうだ。

彼は、辺境伯。

彼には守るべき(もの)がある。


「ヴェルナー、アーサー」


呆然としている二人に、声を掛けたのはイルミナだった。


「でん、か」


イルミナは、居住まいを正して未だ呆然としている二人に向き直った。


「どうしたのですか?

 良縁でしょう。

 揃いも揃って、なにを狼狽えているのです?」


それは、まぎれもない本心だった。

以前イルミナが話したことに、嘘など一切ない。

ライゼルトと王家が結びつけば、より強固な国づくりが出来る。

そして何より、イルミナが女王として君臨するに必要なネームバリューなのだ。


イルミナとて、自分が貴族の間から何と呼ばれているか知っている。

それを黙らす力が、今はまだない。

しかしライゼルトの名であれば、きっと誰もが黙るだろう。


「お前たちはまだまだだな。

 殿下の方が良く理解している」


「お褒めに預かり光栄です」


「この案に乗るには、婚姻以外の方法がないのだ」


グランはそう言い、説明を始めた。


「もし婚姻が無く、私が殿下に力を貸したとしよう。

 そうすれば他の貴族は黙っていない、それはわかるだろうクライス宰相補佐」


「はい」


「しかしこの案をうまく軌道に乗せるためには、出来るだけ力の強い貴族の助けが必要だ。

 だが力を持つ貴族がこの案に乗るなどわからん。

 実際、ほとんどの貴族は助力を願い出なかっただろう。

 しかし、私が名乗り出たのであれば、貴族間の争いは避けられん。

 利益のないことを辺境伯である私が行うなどと、邪推されるのがオチだろう。

 穏便に、平和的にすますにはどうするのが一番いいのか」


その言葉に、アーサーベルトも気づく。


「幸い私には年頃の息子がいる。

 そして殿下には許嫁はおろか婚約者もいない。

 それに私の息子が入れば?」


そうなれば、ライゼルト伯がイルミナの案に手を貸すことは不自然ではなくなる。


「しかし!

 殿下の婚約者にご子息を入れる事が貴族の邪推を呼ぶのでは?」


「あり得なくはない。

 だが、いまだに居ない(・・・)のだぞ。

 その意味を考えろ」


女王になる筈のイルミナに、婚約者が出来ない。


「―――まさか」


「そう、誰一人として手を上げないからだ」


それは、年頃の女の子にはあまりにも残酷な現実だった。

本来、王族であるイルミナはもっと早い段階で婚約者がいてもおかしくない。

しかし、誰もそれに立候補もせず、さらには王たちも探していないということになる。


だが、イルミナはそれを不幸だと感じたことは無い。

むしろいないおかげで、ライゼルト家と繋がりを得られるのかもしれないのだから。


男三人が難しい顔で話し合いをしている横で、イルミナは少しだが心が満たされるような感じがした。

誰も、自分のことなど気にしたことはなかった。

しかし今は違う。

少しずつ、自分の居場所が作られている実感が沸く。

ほう、とイルミナは息を吐く。





イルミナはかつて涙を零した幼い自分に、未来は大丈夫だよと言って抱きしめたくなった。




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