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梔子のなみだ  作者: 水無月
王女時代
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2人の王女



ヴェルムンド国には、二人の王女がいる。

第一王女のイルミナ・ヴェルムンドと、彼女の二つ下の第二王女のリリアナ・ヴェルムンドだ。


二人は、美男子と名高いヴェルムンド国王と、隣国ハルバートより嫁いだ絶世の美女と謳われる王妃との間に生まれた。

故に、生まれた子供が絵にも描けぬほどの美しさであろうと誰しもが思った。


実際に一人はそうで、もう一人は誰もが想像したとおりの容姿とはならなかった。


第二王女のリリアナは、燦然と輝く金の巻き毛に夏の青空を切り取ったかのような青い瞳。

零れ落ちてしまいそうな大きな目を長い睫毛が囲んでおり、唇はぷくりとして吸い付きたくなるように愛らしい。

小鳥の囀りのように愛らしい声に、庇護欲そそる低めの身長の彼女は、まるで神が自ら手掛けたかと思うほどの美しさであった。


しかし、第一王女であるイルミナは違った。

真黒な髪は重苦しく垂れ、菫色と呼ぶには暗い紫紺の瞳。

鼻は高く目は吊り上がり気味で唇は薄いためか、冷たいという表現がまさに似合う王女であった。

イルミナは女性にしては声が低めで、その年にしては背が高いためか、どうしても愛らしさからは程遠かった。


唯一の救いは、彼女の色は王妃であるハルバート国によくある色彩で、王妃の母親がその色であったことから不義を疑われなかったことだろうか。


王たちは悲しんだ。

せめて少しでも、リリアナに与えられた神の愛がイルミナにも向けばよかったのに、と。

王たちが悲しむことによって、周りの皆も同じようにイルミナを憐れんだ。

せめて、もう少し、と。

それが、どれほど酷い世界かを、誰一人として教えずに。


二人の王女は、まさに正反対で生まれた。


これで二人の仲が悪ければ、きっと何かしらの問題が起きたことであろう。

しかし、二人の仲は良好であった。

イルミナは妹を愛し、リリアナは姉を慕った。






リリアナは、幼いころ体が弱かった。

季節の変わり目には熱を出して寝込み、風が吹けば折れそうという表現が似合うほどのか弱い体であった。

それゆえに、城の誰もが、リリアナに気を配っていた。

彼女が風邪をひかないように常にメイドが傍におり、転んでしまわないように、転んでもすぐに手が差し伸べられるように騎士が彼女を守った。

そして王たちも、常に下の娘を気にかけていた。


そしてそれを、イルミナにも強いた。

強いた、というのには語弊が生まれるかもしれない。

しかし、そういわざるを得ないのだ。


イルミナは常に我慢するように教育された。


リリアナは体が弱いのだから、姉のあなたが気にしてあげないと。

リリアナは繊細なのだから、姉のあなたは強くならないと。

あなたは姉なのだから、自分でできるようにならないと。

か弱いリリアナが優先されるのは仕方がないことなのよ、と。


城の皆に無言で、視線で言われているように感じられるほど、周囲の態度はリリアナに向いていた。


真綿に包むように育てられたリリアナは、しかし我が儘に育つことはなかった。

ただただ、与えられるものを当たり前のように受け取っていただけだった。

我慢という言葉を知らないというより、我慢とかそれ以前の状態ですべてが与えられるのだ。

だからこそ、リリアナは全てを受け入れるだけの存在となっていた。

そんな何も知らないリリアナは、ヴェルムンド国の至宝として、誰からも大切にされていた。







「お姉さま!」


廊下の向こうから、妖精のような軽やかな足取りでリリアナが廊下の向こうからやってくる。


「どうしたの、リリアナ」


イルミナは、歩みを止める。


「お姉さま!これからお茶会をするの!

 ぜひいらして!」


リリアナは満開の薔薇のようなと呼ぶにふさわしい笑みを浮かべながら姉を誘う。

その笑みはとても眩しく、まるで光そのものだとイルミナは思った。

しかしイルミナは首を横に振った。


「ごめんなさい、リリアナ。

 私はこれから講義を受けなくてはならないの」


リリアナはイルミナのその言葉に、悲しそうに眉根を寄せる。


「そんな・・・別の日に出来ないの?」


イルミナの喉が詰まる。

リリアナの背後のメイドと騎士に咎めるような色が浮かぶ。

本当は私だって、このような表情をさせたいわけではない。

でも、それをいうことはしない。


「、ごめんなさいね、リリアナ。

 次は行かせてもらうわ」


イルミナがそう言うと、リリアナは悲しそうにため息をついて了承した。

その姿に、メイドや護衛達は慈愛に満ちた視線を向けるのを見たイルミナは、胸中に広がる苦みを何とか抑え込む。


「わかったわ、お姉さま。

 次は必ず来てね!」


「リリアナ様、そろそろ・・・」


メイドがリリアナに声をかける。

リリアナはぱっと顔を華やがせて、イルミナに挨拶をするともと来た道を戻っていった。

その姿は、まるで妖精のよう。

全てに愛される娘、それがリリアナ。



イルミナは、リリアナが好きだ。

大切な、大切な妹として。

彼女の存在は、奇跡だ。

そうずっと思っている。

リリアナが笑うと、全てが明るくなる。

リリアナが泣くと、皆が心を痛める。

そんな存在、奇跡と呼ばず何と呼ぼうか。







例え、両陛下からの愛情を独り占めしていても。


例え、イルミナの傍に誰もいなくても。


それが我慢できるのは、リリアナという存在のお蔭なのだ。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王妃の母に似ていたから不義を疑われなかったっておかしいのでは? 母親の実子なら母方に似ていて当然でしょう。父方に似ていなければ不義を疑われる事も有りでは?
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