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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
179/180

白いダリアを君に 上

お久しぶりです。

900万近いPV記念ということで。

あとはバレンタインやホワイトデーに書けなかった無念をここに…!!



イルミナは絶望していた。

いっそのこと泣いてしまいたいし、逃げ出してしまいたい。

でもイルミナにはそれが出来なかった。

顔色は真っ青で、紫紺の瞳には今にも零れそうなほどの涙が堪えられている。

手は固く握りしめられ、ふるふると振るえてすらいる。


「へ、陛下・・・」


窺うような、同情するような声が背後から恐る恐るかけられる。


「なん、で・・・」


イルミナは目の前に広がった惨状を、信じられない思いで見つめた。


「なんで・・・言われたとおりに、したのに・・・!!」


いくら願っても、目の前の惨状に変化はなく、ただひたすら残酷な真実をイルミナに伝えてくる。


「陛下・・・」


「どうして・・・どうして・・・!!

 お菓子がまともに作れないの・・・!!」


悲痛な声で細く叫び、顔を覆い隠す女王を、料理長が悲しげに見つめていた。






*****************





「感謝の証に?」

「そうですわ、陛下」


ジョアンナがイルミナの髪を丁寧に梳きながら話す。

どうやら、最近の城下では感謝の証に大切な人に菓子を送るのが流行しているらしい。


「ということは、ジョアンナも旦那様に作ったのですか?」

「まぁ、長年連れ添ってくれておりますから・・・。それよりも陛下!

 どうですか、一度試されてはみませんか?」

「私がお菓子作り・・・。できますか?」


イルミナの心配はそもそもで、貴族の女性は料理というものをしないのがほとんどだ。料理人を抱え、彼らが調理をするのが普通。

むしろ令嬢が厨房に立つこと自体ほぼありえないこととされている。

それに城の厨房の人間ともなれば矜持が高い人間が多いと聞いている。

自分のような人間が入ることなど許されないだろう。


「ですが・・・料理長がそれを許してくれますか?」

「大丈夫ですわ!前もって説得しておきましたから!」

「!?」


ジョアンナのあまりにも早い対応に、イルミナは持っていた書類を落としそうになった。


「本来であれば好ましくないと渋られていたのですが、何度か説得するうちにこちらの情熱を理解してくれたようで」


それは、本当に説得なのだろうか。

賢明なイルミナはそれを口にはしない。


「そ、そう・・・。せ、せっかくの好意ですから、やってみようかしら」

「ぜひ!」


最初は押し切られた感じだったが、よくよく考えるといい考えのように思え始めた。

自分が今の今までやってこられたのも、皆のお蔭だ。

しかしその感謝を物で与えるのは無粋が過ぎる。

その点、お菓子であればいいだろう。

ましてや、イルミナの手作りであれば。


「では、時間を作るので料理長にそのことを伝えてもらえますか?」

「もちろんです!」


意気揚々と返事をするジョアンナに、イルミナは何を作ろうかと思いを馳せた。





「料理長・・・どうして、なにが、何がいけないのですか・・・」

「へ、陛下・・・、その、も、もう一度!!もう一度作りましょう!」


計画は夕食後に遂行された。

昼間はイルミナも女王としての仕事が忙しい上に、せっかくプレゼントするのであればサプライズにしたかった。昼間はたくさんの人と会うため、隠れながらというのも難しい。

さらに一番の問題は、厨房は基本的にフル稼働しているところだろう。

だから、夕食後の時間しかなかったのだ。


イルミナは料理長に言われたとおりにエプロンを巻き、髪の毛をひっつめ、手を綺麗に洗った。

予め材料は用意されていたが、計量もやらせてもらった。

料理長監修のもとで。

丁寧に、丁寧に作ったはずのクッキーは、真っ黒な姿で竈から顔を出したのだ。


「料理長・・・もう、三回目です・・・、材料は大丈夫なのですか・・・?」


イルミナは弱弱しい笑みを浮かべる。

そう。

三回目。

イルミナは練習と称して少量のクッキーを作り始めていた。

しかし三回ともなれば、材料のものによっては底が尽きるかもしれない。


「大丈夫ですよ、陛下。

 予め用意してあります。

 まだまだ練習はできますよ」

「そう・・・よかった・・・」


本当によかったのだろうか。

イルミナは自分が焼いたクッキーを横目に見る。


一度目は、焦げた。

二度目は、固すぎて歯が立たなかった。

三度目は、なぜが溶けていた。


同じ材料を使用して、竈の調節はプロである料理長に任せている。

手順も同じ、なのに。

どうしてこうなるのか。


「どう、しますか・・・陛下・・・」


料理長もしどろもどろになりながら窺うように聞いてくる。

きっと、彼自身もイルミナがこうまで壊滅的だと思いもしなかったのだろう。


「・・・もう一度、もう一度だけ・・・!!」


そうしてイルミナのお菓子作り特訓は幕を開けた。








「―――ナ」

「・・・」

「――ィ、ミナ」

「・・・」

「イルミナ、大丈夫か?」

「!!」


イルミナはやってしまったと思った。

いくら昼下がり、暖かい陽光の中での仕事とはいえ、うつらうつらしてしまうなど。

驚いて目を見開けば、目の前には心配そうな表情を浮かべたグラン・ライゼルトが覗き込んでいる。


「あ、ご、ごめんなさい・・・つい」

「それは構わないが・・・最近どうしたんだ?

 いつも疲れて眠そうに見えるが・・・眠れないのか?」

「いえ、少し勉強をしていて・・・」


嘘は言っていない。

それにグランに対して眠れないなどと言えば、きっと彼は心配し過ぎて色々やろうとするだろう。

現に、昔のイルミナが悪夢におかされていた時に彼はずっとイルミナの部屋にいたらしいから。


「勉強?遅くまでやっているのか?」

「いえ、そこまでは・・・ただ、そのあと眼が冴えてしまって、なかなか眠れていないのかもしれません」

「・・・イルミナ、勉強のし過ぎは体に毒だ。

 クライスや私に聞けないことなのか?」

「っ、いいえ、もう、聞いているんです!!

 ただ、頭の中で色々と考えてしまっていて」

「・・・イルミナ、何を勉強しているのかまでは聞かないが、顔色があまりよくない。

 倒れそうになるまで勉強するのは、感心しないな」

「・・・ごめんなさい」


あぁ、やってしまった。

イルミナは後悔する。

言葉こそ責めているようだが、グランの深い緑色の瞳には心配の色しか浮かんでいない。

大切な人にこんな表情をさせたいわけではないのに。


「・・・あと少しで、終わる予定ですから・・・、少しの間だけ、目を瞑ってもらえませんか?」


それでも、イルミナは言ってしまう。

諦めたくないから。

イルミナの儚げな笑みに、グランが息を詰め、そしてゆっくりと吐き出した。


「・・・あまり酷くなるようなら、止めるぞ」

「はい、ありがとうございます」

「とりあえず、少し休むといい。急ぎのものはないだろう?」

「でも・・・」

「いいから。まだクライスが確認に来るまで時間が少しあるだろう」

「・・・すみ、ません・・・」


本当に、ダメダメだ。

どうしてうまくいかないのだろうか。

イルミナは心の中で涙を流す。

本当なら、もっとうまくお菓子が作れて、すでに渡している予定だったのに。

料理長にも申し訳ない。

きっと私の数倍疲れているだろうに。

イルミナは自分の不甲斐なさを悲しく感じながら、一時の眠りへと落ちた。







「―――料理長、私、お菓子作りは諦めたほうがいいのかしら・・・」

「陛下・・・」


通算何度目になるのだろうか。

もう数えきれない量のクッキーを焼いた。

イルミナがおかしいのではなく、別の何かがとも考え料理長と同時に作ったりもした。

結果、おかしいのはイルミナの腕という悲しい事実だけが判明したのだが。


「だって、何度やってもうまくできないわ・・・。

 もう、呪われているとしか思えない・・・!!」

「陛下、そんな、せっかくここまで来たのに・・・!」


そう、少なくとも原型が留めるくらいには成長したのだ。

あとは焦げるか、溶けるか、生焼けを防げればいいだけの話。

しかしどうしてか、イルミナが竈に入れると事件は起こる。


「正直に言ってね、料理長・・・。

 私、自分を過信していたわ」

「陛下・・・」

「幼いころからいろんなことを勉強して、経験して。

 大抵の物事は出来ると思っていた・・・。

 でも、自分にこんなにも料理の才能がないなんて・・・!」

「陛下っ・・・!」


料理長はイルミナの苦悩を共にしたせいか、目元を腕で隠し男泣きをしている。


「本当はね・・・、皆にあげたかったの。

 いつも感謝しているって気持ちを込めて・・・。

 でも、こんなクッキーでは逆に嫌がらせね・・・」


諦めたように笑みを浮かべ、目の前の焦げたクッキーを見る。

今までで一番マシな出来。

それでも、表面の半分以上が焦げていて、食べれば苦みを感じる代物。

とてもではないが、渡せるものではない。


「・・・料理長、次で、最後にするわ」

「っ、他のものがまだっ!」

「無理よ。一緒に試したでしょう?」


クッキーが駄目であれば、と。

二人は他のお菓子にも挑戦していた。

しかしどれも悲惨な結末を迎えていた。

比較的に見れたものが、クッキーだけだったのだ。


「・・・次で無理であれば、諦めるわ。

 そうね、皆にお花でも贈ることにするわね」



イルミナは火傷の跡がついた手を見て、切なそうに零した。


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