第二王子の受難
こちらですべてのリクエストとなります。
下さった皆様、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「殿下っ!」
「げ」
ヴェルムンド国第二王子であるダレン・ヴェルムンドは、聞こえてきたその声に嫌そうな表情を浮かべた。
その表情を見た側近、キリク・マルベールも少しだけ疲れたような表情を浮かべる。
「殿下っ、ご機嫌麗しゅう!
今日は何をなさっておいでですの?」
「・・・ご機嫌麗しいようだね、バラン子爵令嬢」
「いやですわ、殿下。
わたくしのことはマリとお呼び下さいと言いましたのに」
「・・・」
御年十九になるダレンには、いまだに婚約者がいない。
十四から世間を知るという名目で旅に出たダレンは、両親の配慮から婚約者の話など一切出ずにいたのだ。
兄であり王太子でもあるエドガーは、すでにアリバル侯爵家のアリアと婚約している。
姉であるエルリアはすでにヴェルムンドにはいない。
ゆえにと言っていいのか、ダレンは年頃の令嬢の一番の有望株だったのだ。
「・・・バラン嬢、みだりに男性にそのようなことを言わない方がいいと思う」
「わたくしは殿下にしか言っておりませんわ!」
「・・・」
ダレンは吐きそうになるため息を何とか飲み込む。
キリクはそんなダレンに同情するような視線を向けていた。
「バラン嬢、すまないが兄上に用がある。
これで失礼するよ」
「あっ・・・」
ダレンはそれだけ言い、逃げるようにその場を去って行った。
「・・・めげませんね、あのご令嬢」
「本当にな。
そろそろいい加減にしてほしいくらいだ・・・」
疲れたように零すダレンの背後を、キリクは憐みの目で見守る。
本来王族にそのような感情を持つべきではないのだが、キリクは三年間、外遊と称した旅に付き合ったのだ。
少しくらいの不敬は見逃される。
「・・・父上がいたらなぁ・・・。
あの人、モテていたんだろう?」
「えぇ・・・、
お若い時は相当モテていたようです」
ダレンの父グラン・ロンチェスターは、ダレンが十六になると同時に体調を崩し、そのまま儚き人となってしまった。
ダレンがちょうど旅から帰ってきた時期でもある。
あの時ほど、旅に出ていた時間を悔やんだときはなかった。
もっと、早くに戻っていれば、父ともっと話せたのだろうか、と。
「その辺の話はアリバル侯爵のほうが詳しいだろうな」
「それはもちろん、同世代と伺っていますからね」
二人は話しながらも足を止めない。
そして。
「失礼します、母上、兄上。
ダレンです、入室してもよろしいでしょうか?」
「ダレン?
構わないわ、お入り」
そこは女王陛下の執務室だった。
簡素にされた部屋は、実務的なものばかりで華美さなど一切ない。
ただ、ガラス細工だけが唯一女性らしさを出している。
「・・・いつみてもそのおもちゃたちは笑えますね」
「そう?
あなたたちが幼いころにはこれで遊んでいたのよ?」
そして部屋の一角には、おもちゃが飾られている。
それらはヴェルナーとアーサーベルトからのプレゼントだと聞いた瞬間、二人のセンスを疑ったものだ。
「それで、どうかしたの、ダレン。
あと少しでヴェルナーか来るのだけど」
ヴェルムンド女王であり、ダレンの母であるイルミナは微笑みながらダレンに問うた。
「あ、いや、大したことじゃないんだけど」
「ん?
あぁ、また付きまとわれたのか?」
「!?
兄上、知って・・・?」
「登城者リストにいたし、前から聞いていたからな」
「助けてよ!」
「・・・?」
よくわかっていないイルミナは、微笑みながら息子たちのじゃれあいを愛おしそうに見る。
その時。
「失礼します、陛下。
ヴェルナーです、入室してもよろしいでしょうか?」
「構わないわ」
そうして入室してきたのは。
「っっっ!!」
「あら、そちらの方は?」
「私の娘です。
以前この子の誕生日の際、花を下さったことへのお礼をどうしても直接お伝えしたいと聞かなくて・・・」
「お久しぶりです、女王陛下。
ヴェロニカ・クライスです。
先日は美しいお花を下さり、誠にありがとうございます。
どうしても直接お伝えしたく、このような我儘を言いました、お許しください」
「久しいわね、ヴェロニカ。
構わないわ、でもお花のことは秘密よ?
前にあったときはもっと小さかったわね・・・。
お母様は元気?」
「はい!」
ヴェロニカは父に似たのか、青みがかった銀の髪に、父よりも少しだけ濃いアイスブルーの瞳をしていた。
その姿を、ダレンは食い入るように見つめる。
そしてそんなダレンを、エドガーはにまにまと笑いながら見ていた。
「どんどん綺麗になっていくわね。
十五歳ですものね、来年にはデビュタントね!」
「はい!
陛下の主催される舞踏会、今から楽しみにしているんです!」
「・・・ヴェロニカ、少しは落ち着きなさい」
ヴェルナーは苦笑しながらヴェロニカを制する。
言われたヴェロニカは、はっとして頬を少し赤らめた。
「も、申し訳ありません、陛下・・・。
お会いできてつい、我を忘れてしまったようです・・・」
「ふふ、可愛らしいわね。
ヴェルナー、性格まで貴方似でなくてよかったわね」
「・・・陛下」
「私にも挨拶させください、母上」
「あら、ごめんなさい。
ヴェロニカ、息子のエドガーとダレンよ」
「王太子様、第二王子殿下、お会いできて光栄にございます」
「こちらこそ。
クライス家の兄弟姉妹の噂は聞いているよ」
「まぁ、つまらないものをお聞かせいたしましたわ」
「ふふ・・・。
君たちが全員私の配下になってくれたら楽なんだろうけどね」
くすくすと笑いあうヴェロニカとエドガーの間に割り込むように、ダレンが入り込んだ。
「わ、私も、あえて、嬉しい、です」
「殿下。
私も、お会いできてとても嬉しいですわ」
「っ!」
顔を真っ赤にするダレンに、その場にいたヴェロニカ以外があらまぁと思う。
なんて甘酸っぱい空気だ。
「ヴェロニカ、そろそろ時間になる。
陛下、貴重なお時間を頂いてありがとうございます。
また後程来ますので」
「わかったわ。
ヴェロニカ、またいらっしゃい」
「!!
は、はい!!」
ヴェロニカは瞳を潤ませ、夢見る少女のような表情でイルミナを見た。
そして二人が退室し、執務室にはイルミナ、エドガー、ダレン、そして護衛のキリク含めた五人となった。
「・・・ふふ、ダレン?」
「っ!!」
「可愛かったわね、ヴェロニカ」
「そうですね、きっともっと美しくなるでしょうね」
「そうしたら縁談なんて掃いて捨てるほど来るでしょうね」
「クライス家ですからね」
「・・・」
「あそこの兄弟姉妹はみんな可愛らしいか凛々しい子ばかりだから」
「社交界でも有名ですからね」
「~~~もう!!
二人揃って俺を苛めて楽しい!?」
「「うん」」
ダレンは顔を真っ赤にしながら二人に怒鳴る。
それを真顔で頷く母と兄に、ダレンは涙目になった。
なぜ二人にはいくつになっても勝てないのだろうか。
「いくつになっても人が恋に落ちる瞬間はきゅんきゅんするわね」
「兄弟だと、なんか笑ってしまいますけど」
「あら、エド。
それすらも楽しまなきゃ」
鬼すぎる二人に、ダレンは涙を堪えながら震えた。
どうして成人した男が苛められなければならないのだろうか。
「ここまでにしておきましょうか。
で、ダレン。
ヴェロニカに一目ぼれ?」
「・・・」
「そうですよ、母上」
「なんで兄上が言うんだ!?」
「はっはっは。
まだまだだぞ、弟よ」
愉快犯二人に、ダレンが勝てるはずもない。
「・・・アリア義姉様に言いつけてやる」
「ダレン・・・、お前は幼児か。」
呆れたように言うエドガーに、ダレンはふいとそっぽを向く。
エドガーに勝てるのなんて、母か婚約者であるアリア、そして物理的な意味でエルリアしかいないのだ。
頼って何が悪い。
そんな二人の様子を見ていたイルミナは、苦笑を浮かべながらダレンに謝った。
「悪ふざけが過ぎたわ、ダレン。
でも真面目に聞いているのよ?
ヴェルナーはああ見えても子供たちを愛しているのだから」
「・・・気になる、だけです」
「そう!
なら早速お茶会に招くわ!」
「母上!?」
「行動あるのみ!よ。
それにただのお茶会ですもの。
そこまで気を張らなくてもいいわ。
あとでヴェルナーに確認しておくわね」
「ちょ、まって、母上!?」
「じゃあエドガー、あとはお願いね」
「わかりました」
イルミナはそういうと、颯爽と執務室を後にする。
慌てて追いかける近衛騎士が可哀そうだとダレンは思った。
「・・・殿下」
「うるさいぞ!キリク!」
「・・・何も言っておりませんが・・・」
憐みの目を向けてくるキリクに、ダレンは涙目で怒る。
自分が遊ばれていることくらいわかっているのだ。
いや、遊んでいるように見えて、浮かれているのだろう。
婚約者をいつまでたっても選ぼうとしない自分を、家族が心配していたことくらいダレンとて知っているのだから。
「とりあえず落ち着けダレン。
私たちもお前からそういう話が聞けて舞い上がっているんだ」
「・・・話してないよ、兄上」
ダレンの的確な指摘に、エドガーは聞こえないふりをして話を続ける。
「する、しないにしても知りあわなければ何も起こらない。
ダレン、しっかりと話して相手の人となりを知るんだよ」
敬愛する兄、エドガーにそういわれたダレンは渋々黙り込む。
面白がっていうところは性質が悪いが、それだけ心待ちにしていたということだろう。
唯一よかったのは、この場にエルリア姉上がいないことだ。
あの人は思い込みとかその他色々で勝手に突っ走って自爆する。
しかもその自爆には他人も巻き込まれることも多数だ。
絶対に知られたくない。
そのことを表情から理解したのか、エドガーは苦笑を浮かべる。
「エルにはまだばれないようにしてあげるから。
自分でできるところまで頑張りなさい」
「・・・はい」
そうしてダレンの初恋・大作戦(イルミナ命名)は勝手に走り出すこととなった。
**********
「・・・ほ、ほんじつはっ、お日柄もよく・・・!」
「お招き下さり、ありがとうございます、女王陛下。
それに第二王子殿下」
「・・・よく来たわね、ヴェロニカ」
イルミナは我が子の哀れなまでの動揺具合に、少しだけ憐れに思いそして内心で面白がった。
「私、一度でいいので陛下とお話ししたいと思っていたのです!」
「あら、私と?」
「はい!
お父様から陛下のお話を伺うたびに、もっとお話を聞きたいと思っていたのです!」
「それは嬉しいわね」
そしてヴェロニカはダレンそっちのけでイルミナにばかり話しかける。
イルミナは内心で困ったと思いながらもにこやかに対応していく。
「ダレン様!!!!」
とそんな時、無粋な声があたりに響いた。
「お待ちください!
こちらは立ち入り禁止だと!!」
「わたくしを誰だと思っているの!?
ダレン様の婚約者よ!」
聞きなれたくなかったその声に、ダレンの意識は薄ピンクから現実へと引き戻される。
「・・・何事かしら?」
「!!
じょ、女王陛下・・・」
バラン子爵令嬢は、予想外のそのイルミナの姿に一瞬で尻込みをした。
「・・・どちら?」
「大変失礼いたしました、陛下!
バラン子爵令嬢です!」
「・・・そう。
アナタ、ここがどこなのか理解していないようね。
バランは来ているのでしょう。
呼び出してちょうだい、アナタは私と一緒に来なさい」
「へ、へいか・・・」
「ヴェロニカ、ダレン。
悪いけどあとは二人で楽しんで。
私の国でこのような横暴かつ無粋な真似をする親子と、少しお話合いをしてくるわ」
「は、母上」
「あ、陛下・・・」
いきなりの出来事に、ダレンとヴェロニカは戸惑いしか見せられない。
イルミナはダレンに近寄ると、そっと耳打ちする。
「・・・しっかりなさい、ダレン」
そしてそれだけ言うと、警護をしていた騎士とともに城内へと戻って行った。
「・・・」
「・・・」
「・・・はぁっ・・・なんて、なんて素晴らしいお方ですの・・・!!」
「く、クライス嬢?」
「殿下が本当に羨ましく思います。
もちろん、両親のことを愛しておりますが」
「は、はぁ・・・」
「でも陛下のように素晴らしいお方の傍に在れるなんて、本当に羨ましいですわ・・・。
お兄様もお父様について城に来た際によくお会いになると聞くのですが、本当に兄に殺意を覚えてしまうほどで・・・」
「へ、へぇ・・・」
「お年を召されてもあの美しさ!それに慈悲深く、智謀に長けた陛下!!
私などのようなものまで配慮してくださるその優しさ・・・!
あぁっ・・・私も陛下のお傍でお手伝いをしたいですわ・・・!!」
「・・・そうか」
ダレンは気づいた。
いや、気づかないほうがおかしいだろう。
ヴェロニカ・クライスは、イルミナ狂だ。
細められた瞳はとろりと溶け、頬は紅潮から薔薇色に染まっている。
それが自分を見てのものであれば、ダレンも一緒に赤くなっていただろう。
だが、ヴェロニカが見ているのは母が消え去った方向だ。
しかし。
そんな表情を可愛いと、思ってしまった。
「・・・クライス嬢」
「・・・はっ!
殿下を前に、なんて失礼なことを・・・!」
「うん、気にしなくていい。
それより、そんなに母上のことが好きなのか?」
「っ・・・!
も、もちろんですわ!!!!」
ダレンは薄く笑った。
家族の中では弄られやすい立場だが、腐っても王族なのだ。
さらにいうのであれば、ダレンはキリクと二人でいろんな場所を見て回ってきた経験がある。
「・・・なら、これからも時折私に会いに来るといい」
「殿下に、ですか?」
「あぁ・・・。
家族しか知らない母上のこと、教えてあげよう」
「!!!!
是非!!!!」
見事な一本釣りだった。
ダレンは知らない。
イルミナ大好きなヴェロニカが、父の血を継いだのか物凄く異性関係に鈍いことを。
イルミナに叱られて少し大人しくなったバラン子爵令嬢が、めげずにダレンにアタックしてくることを。
そして、ラグゼンファードに行った姉、エルリアが突然やってきて引っ掻き回す未来を。
結局のところ、ダレンはイルミナとエドガー、そしてキリクに不憫な目で見られることになる。
「そんな目で見るな!!」
涙声でそう叫ぶ未来は、遠くない。