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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
176/180

ある日の宰相殿

これで梔子のなみだはリクエストがない限り更新しません。

くださった皆様、本当にありがとうございます。

ヴェルナー編は別で書きます。



「失礼します、陛下・・・。

 その、少しだけお時間よろしいでしょうか・・・?」


「ヴェルナー?」



結婚し、すでに数か月が経過したその日のイルミナはいつもと同じように執務室で政務をこなしていた。

普通であれば蜜月が設けられ、ゆっくりとした時間を過ごすのが通例だが、イルミナは女王としての仕事があるのでそれもない。

それはグランも同じで、彼は別件でイルミナの傍を離れていた。


「・・・その、私事なのですが・・・」


「ヴェルナーが?

 ここではないほうがいいですか?」


「可能で、あれば・・・」


いつになくそわそわした様子のヴェルナーにイルミナは首を内心で傾げながらも頷いた。


「わかりました。

 急ぎでなければ一時間後に瑠璃の間でどうですか?」


「もちろん構いません。

 ・・・申し訳ありません、お手間をおかけして」


その見た目からは想像できないほどまでに小さくなるヴェルナーに、イルミナはくすりと笑みをこぼした。








「―――それで、どうかしたのですか?

 ヴェルナーが私に相談事なんて珍しいですね」


「そ、そうですね・・・。

 正直に言って、私では不得手なものになりまして・・・」


「ヴェルナーに?」


イルミナはヴェルナーの言葉を訝しげに思う。

彼ほど知識を持っている人もなかなかいないというのに、どういうことだろうか。


「・・・その」


「はい」


「・・・」


中々切り出そうとしないヴェルナーに、イルミナは少しだけ咎める口調でヴェルナーを呼ぶ。

するとヴェルナーはソファーの上で背筋を伸ばし、イルミナに縋るように見た。


「―――じょ、女性の好む店というのをご存知でしょうか!!」


「―――はい?」


ヴェルナーの切羽詰まった様子とその言葉に、イルミナはらしくない声をあげてしまった。







「―――つまり、とあるご令嬢に助けてもらい、その恩を返したい、ということですか?」


「そうです・・・」


聞くところによると、つい先日、ヴェルナーはらしくもなく書類をばら撒いてしまったらしい。

しかも風が吹き抜ける廊下での出来事で、ヴェルナーは一瞬頭が真っ白になったそうだ。

そんな時、一人の令嬢が颯爽とやってきて書類を拾うのを手伝ってくれたらしい。

基本的に女性を苦手とするヴェルナーだが、手伝ってもらっておきながら冷たい対応はできない。

その為、礼に何かすると伝えたところ。


―――『宰相様がお忙しいのは存じております。

   微力ながらそのお手伝いを出来たのであれば十分にございます』


令嬢はそれだけ言うと父が待っておりますので、と颯爽と去っていったらしい。

それは、ヴェルナーにとっては青天の霹靂だった。


ヴェルナー・クライスという男にとって、女性は未知なる存在でもあった。

元からあまり接しないのと、舞踏会では物凄い勢いで迫ってくるという印象しかなかったのだ。

だからと言っては何だが、そのご令嬢の対応は予想外そのものだったようだ。


「なるほど・・・。

 父が待っている、ということは御父上が城で務めているのでしょうか・・・。

 ほかに何か気づいたことはありませんか?」


「・・・そういえば、そのまま政務室のほうへ向かっていった気がします」


「政務・・・。

 であればレネットあたりに確認するのが一番かもしれませんね。

 私のほうから話をしておきますが、いいですか?」


「とても助かります。

 ・・・それで、女性の好む店、とは・・・」


「・・・ヴェルナー、それを私に聞くのですか・・・?

 少なくともドレスや貴金属、あとはお菓子に花、などでしょうか」


「そうですか・・・。

 ありがとうございます、陛下。

 もし進捗がありましたらアーサーに、アーサー(・・・・)にだけはばれないようにお教えいただけると幸いです」


「・・・わかりました」




そして令嬢の正体はすぐにわかった。


「先日私の娘が書類を届けに来てくれましたが・・・」


「本当ですか、レネット。

 ご令嬢の容姿は?」


「容姿、ですか?

 金の髪に緑の目をしております。

 それと身長はそこまで高くないです」


「なるほど・・・」


「あ、あの陛下、む、娘が何かしましたか・・・?」


「あ、いいえ。

 ごめんなさい、不安にさせましたね。

 出来るのであればご令嬢に先日ヴェルナーを助けたか確認をしたいのですが」


「てぃ、ティアナが、ですか!?

 わ、私はそのような話を聞いておりませんが・・・」


「そうですか。

 ではもう一度書類を持ってきてもらってください」


「・・・失礼ですが陛下、なぜそこまで・・・?」


レネットの疑問をイルミナは微笑みを浮かべながら答えた。


「だって、ヴェルナーがあのように言うのは初めてなんです。

 折角ですし、ね?」







************







そしてレネットの頑張りにより再度城に来た令嬢は、ヴェルナーが探していた人だった。

結局女性の好む何かを見つけ出せなかったヴェルナーは、直接本人に聞いて後日本人の希望の元に書籍を買いに城下へと赴く。

・・・アーサーベルトに見られていることも知らずに。





「陛下、お手間をおかけして申し訳ありませんでした」


「構いませんよ。

 それより城下はどうでした?」


「いつもどおりでしたよ」


ヴェルナーのそっけない物言いに、イルミナは苦笑を浮かべる。

彼がそっけない物言いをするときは、何かしら言いづらいことがあったときだ。

だが、その表情を見ても悪いことではないと知る。


「ふふっ・・・」


「?

 なんですか、陛下。

 いきなり笑いだして」


「いいえ・・・。

 思えば、初めのころのヴェルナーは冷たい表情も相まって怖い印象しかなかったのにって」


「今は違うということですか?」


「ヴェルナー、気づいてないのですか?

 確かに冷たく見えがちですが、昔よりも表情豊かになっていますよ?

 あとは、長年の付き合いですから」


宰相になってから、というよりイルミナと知り合って色々あったのもあるのだろうが、ヴェルナーは最初のころの冷たい印象というのは薄れつつあった。

もちろん初対面の人はそれを知らないが、長年の付き合いのある人間であれば、ヴェルナー・クライスという人間に丸みが帯びてきたことがわかる。

決定的に何かが変わったわけではない。

冷たい言い方をするし、笑顔だって滅多に浮かべない。

だが、その雰囲気が変わったのだ。


「・・・そう仰るのは陛下くらいですよ」


ヴェルナーはいまいちピンとこないのか、イルミナの言葉をやんわりと否定する。


「わかっていないのはヴェルナーです。

 私が成長したように、貴方も、アーサーも変化しているのですよ」


その言葉に、ヴェルナーははっとなってイルミナを見る。


「人は誰しも成長します。

 若くても、年老いても。

 良いほうにも、悪いほうにも。

 成長は、子供だけの特権ではありませんよ?」


「・・・そう、でしたね」



ヴェルナーはイルミナの言葉に、気づかされる。

かつて、言葉にできない思いを抱えていた過去を。

そして、それが時と共に癒えていった事実を。

最初から最後まで、気づかせることはなかった。

だが、ヴェルナーは確かにイルミナという女性に思いを寄せていた。

結ばれることのない縁。

それに涙した夜は嘘ではない。

そして、その人の幸せを祈ったことも事実なのだ。


あの頃は、思い出すだけでじくじくと痛んだ胸も、今ではそこまで酷くはない。

むしろ、その人に思いを寄せた過去を誇らしくすら思えるのだ。


「・・・まったく、陛下に教えてもらうようになるとは・・・。

 私も年を重ねましたね」


「ヴェルナー、貴方の年で言っていたら一部の人に怒られますよ」


「ははっ・・・それもそうですね」


今になってだから言えることだが、ヴェルナーはイルミナと結ばれずにいてよかったのだと思う。

いや、もちろん結ばれる未来だって見たいが、それ以上に自分ではイルミナを支えきれないだろうと思ってしまうのだ。

愛した人の幸せを。

それが祈れるのは、とても幸せなことだとヴェルナーは思う。

祈れない人がいるのも仕方ないと思うが、できるなら綺麗な思い出として自分の中に残したい。


「・・・さて陛下。

 残りの執務も片してしまいましょう」


「そうですね」









その後、ティアナ・レネットは臨時で宰相付きとなる。

能力の高いティアナは、一部の政務官に救世主と崇め奉られるものの、正式にはならなかった。

すっきりとした性格の彼女は、ヴェルナーに尊敬の意を持っていたがいつしかそれは恋情へとかわる。

仕事での付き合いから、彼の性格を知ったティアナは猛アタックをし、見事ヴェルナー・クライスの妻の座に収まる。


双璧のもう一人であるアーサーベルトはそのことを咽び泣くほど喜び、ヴェルナーを酒で潰した。

もちろん翌日、仕事にならなかったヴェルナーが彼を絞めるのはある意味では定番の光景だ。


そして女王であるイルミナも同じように喜び、城から近い場所に宰相のための家を建てる。

夫妻は恐れ多いと辞退しようとするも、くつろげる場所があったほうが将来はいいだろうと言った女王は先見の明があるのかもしれない。


ティアナはそれ以降表舞台に立つことはなかなかなかった。

しかし宰相の元で働いていた文官たちが彼女のことを後輩に話したことによって、ティアナの名は常に囁かれ続けることになる。




イルミナは内心で喜んだ。

ヴェルナーという人柄を知っていた彼女は、彼がこの先孤独でいるのではないかと心配していた一人だからだ。

ヴェルナーも貴族である以上、いつかは結婚をしなければならないだろう。

だが、それが強要されたものかそうでないかは天と地ほどに違う。

実際に、自分がそうだったから。


だからこそ、彼という人間が女性に対して何かしらしなければ、あるいは恩を返さなければと思うことはいい傾向だと思った。

自分が知る彼は、女性に苦手意識を持っているというだけだったから。


人は、他者を愛しても愛さなくても成長する。

だが、愛したほうが絶対に良いとイルミナは思う。

愛したほうが、自分の糧になるからだ。

イルミナは、自分の経験からそう思っている。

だが、愛さなくても成長がないとは言わない。

しかし、それはそれで悲しいものだとも思っている。

だからこそ、心の底から信頼しているヴェルナーには知って欲しかった。

人を、他者を愛するということを。



―――イルミナは知らない。

ヴェルナーが自分に対して異性の愛情を持っていたことを。



しかし、それはそれでいいのだろう。

ヴェルナーは、伝えない愛を選んだだけの話なのだから。

だからこそ、二人は今でも同志としてやっていけているのだから。






一生語られることのない愛など、この世に万と溢れている。



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