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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
175/180

隠れた漢気

リクエストありがとうございます。




「・・・やぁっと・・・おわったわね・・・」


「・・・そうねぇ・・・」


「・・・正直、何度か見えちゃいけないものを見た気がするわ」


「奇遇ね、あたしもだよ」


そこは、呉服店ロッソのとある一室だった。

衣裳部屋とは異なり、様々な書類と来客用のテーブルセットがある。

ロッソの主、ビアンカの仕事部屋だった。

しかしその部屋はいつになく乱れ、書類が散乱している。

少なくとも、今すぐの来客には対応できないほどに。


それもこれも、女王イルミナの結婚式以降舞い込んできた仕事の依頼量が忙殺級だったためだった。

城で行われたデビュタントの舞踏会以降、依頼の問い合わせ自体は何件もあった。

しかも女王イルミナが直々に勧めてくれたのだ。

しかし当時は結婚衣装もあったので全てを一時的に断り、結婚式後の依頼であればと返していた。

それが逆に仇となった。


もとからロッソの腕は確かというのはあった。

しかしデザイナーが男性であるルミエールであることから、依頼量はある一定量しかなかった。

だが、イルミナが勧めたこと、そして何よりウェディングドレスをデザインし作り上げたのがロッソだと分かった瞬間、その依頼量は爆発的に増えた。

今までは男性にデザインさせるなんてと渋っていたご婦人たちですらこぞって依頼の問い合わせをしてきたのだ。


「しかしまぁ・・・よくやりきったよ、ルミエール」


「アナタもよ、ビアンカ」


素直に言えば、ルミエールの腕が認められたのは嬉しいことだ。

だが、限度というものはあった。


「・・・私、しばらく目に優しいものを見たいわ・・・」


「・・・あたしは書類以外のものが見たいよ」


もちろん、すべての依頼が完了したわけではない。

奇跡が起こって三日間の休みが発生したのだ。

それにお針子たちは涙した。

仕事があるのはもちろん嬉しい。

だが、女王の結婚式が終了して既に数か月も経つのに休みがろくにない状況というのは人を壊す。

そもそも女王のウェディングドレスから忙しかったのだから。


「・・・それにしても、陛下もお優しいわねぇ」


「本当だよ、アレがなかったら今でもあたしは書類を見なきゃならなかったよ・・・」


結婚式が終わってから二人の仕事に対して何か褒美を、とでも思っていたが、その当人たちが全く来ない。

一度も城に来ない二人を心配した女王イルミナは、人を手配した。

そしてロッソの状況を知るなり、慌てて休みが取れるように各貴族に手配してくれたのだ。

自分がここを勧めたせいもあると言って。


「・・・とりあえず、三日はゆっくりできるわね」


「何しようかしらねぇ。まずはゆっくり湯に浸かって寝たいわ」


「あ、それは私も。もう見てよ、お肌ぼろぼろ」


「隈も凄いよ、ルミエール」


「それならビアンカだって」


二人はのろのろと動き始めた。

二人の居住はロッソの裏側にある。

元はビアンカだけが住んでいたのだが、ルミエールを拾ったその日のうちに彼を自宅に招いたのだ。

家から追い出されたルミエールは、最初のころは流石にダメ!と言っていたが、住む場所ないのにどうすんの、というビアンカの最もな言葉に諦めて住むようになった。

稼ぎ始めてからは何度か家を出ようとしていたが、ロッソに近いこと、そしてビアンカの一人暮らしを心配したためそのまま一緒に暮らしている。


「ビアンカ、お湯は用意しておくわ、先に入りなさい」


「悪いわねぇ~、

 とりあえず簡単なお祝いでもしておく?」


「いいわね、あまり強くないお酒とおつまみ作っておくわ」


「いいわよ、それくらい。

 あたしが入った後、アナタも入っときな」


「そぉ?

 じゃ、お言葉に甘えて」


二人は家に帰るなり、ビアンカは窓を開けに、ルミエールは湯の準備をしにいく。

そして各々自室にいったん戻り、着替えの準備などをしていく。


「ビアンカ~、準備できたわよ~」


「今行くー!」


そうして二人は、久々に自宅でゆっくりとした夜を過ごしために疲れた体を引きずるようにして歩いた。









「はぁああああ~・・・生き返ったわぁ」


「本当よ・・・。

 もう私なんて何回目の前が真っ暗になったか・・・!!」


「それは言ったらだめよ、ルミエール。

 開いちゃいけない扉を開くから」


「そうね・・・。

 お針子たちなんて奇声あげてたものね・・・」


「忙しいのはいいことなんだけどねぇ・・・。

 それにルミエールの才能が認められてるのもいいんだけど・・・こうも忙しいとね」


「まぁ、今だけじゃない?

 あとはコンスタントに来るでしょ」


「それもそうだね、一応陛下の御抱えだしね」


「そうよ!!

 そもそもそれ理由に断ってもよかったんじゃない!?」


「ダメでしょ、おバカ。

 稼げるときに稼ぐ!!

 そしてロッソの名を売る!!

 そんで生地をいっぱい仕入れて人を雇う!!

 いつかはヴェルムンドの呉服店はロッソと世に知らしめるのよ!」


「・・・やっぱりそんなビアンカ好きだわぁ」


二人は湯に浸かり、そしてリビングで葡萄酒を傾けながらゆっくりとした時間を過ごしていた。

ちなみに葡萄酒は女王陛下からの差し入れだ。

ずっと前にもらったものをようやく飲めたのだ。


「でも、あの時のルミエールは面白かったわ」


「えええ・・・?

 でもああでも言わないと私たち屍よ?」


あの日、つまり城の使いの者が来た日。

ルミエールは気づいた瞬間にその使いの足にしがみ付いたのだ。

そして。


『陛下に言って!!

 私たちこのままじゃ忙殺されちゃう!!

 お休みが欲しいのよぉおおおお!!』


使いの者はいきなり男性に足にしがみつかれ、さらには号泣しているのルミエールをドン引きしてみていた。

可哀相だったが、正直ちょっと面白かったとビアンカは思う。


「まぁ、でも、私もそろそろお休み欲しかったし・・・」


「それは皆そうだよ」


ルミエールは少しだけ目をビアンカから逸らしながら言う。

頬が少しだけ赤いのは蝋燭のせいだろうか。


「っていうか!!

 ビアンカ!!

 あの男何よ!?」


「あの男?」


「そう!!

 五日くらい前に来たヤロウよ!!」


「・・・?

 あぁ、妹さんのドレスを引き取りに来た?」


「あの男っ、やったらとビアンカに近づいて・・・!

 視線もいやらしいったらない!!」


「ルミエール、何言ってんの。

 ただのお客様でしょ」


「ダメ!!

 ヤロウは私が対応する!!」


「って言っても、アナタデザイナーじゃない。

 あんま表でないでしょうが」


「ぐぅっ・・・!!」


ビアンカの一言にルミエールは拗ねたのか、クッションが抱きしめたまま背を向ける。

その様子に、ビアンカは苦笑をこぼした。

どうしてそんなわかりやすい態度をしていて、気づかれないと思っているんだろうか、と。


「・・・そういえば、陛下からもしよかったら城で食事でもどうですかって書状がきてたよ」


「・・・行く」


「うん。

 ルミエールが一番だと思うドレスで行きたいんだけど」


「任せて!!

 ビアンカのことは私が一番知っているからね!!」


すぐに目を輝かせるルミエールに、ビアンカはほっとした。

折角の時間なのだ、顔を会わせないというのは寂しい。

安心したように微笑むビアンカを見て、ルミエールは息をのんだ。





「―――ビアンカ」


「なぁに?」


不意に、ルミエールが低い声でビアンカを呼んだ。

葡萄酒を口にしながらそちらを見て、ビアンカの息が一瞬だけとまる。

そこには、いつになく真剣な表情をしたルミエールがいた。


「ど、どうしたの。

 何かあった?」


「・・・」


黙り込んだまま、ビアンカの傍によるルミエールに、ビアンカの鼓動は早まる。

今まで一度だって、こんな表情は見たことない、と思いながら。


「もう、我慢できないんだ・・・」


「っ!」


久々に聞く言葉遣い。

それは、ルミエールが苦手としていたものではなかっただろうか。

ビアンカは、唐突なそれに対応できずただただ固まる。


そしてルミエールはビアンカの前に膝をついた。


「・・・ビアンカ・ロッソさん。

 俺、ルミエール・アランゾと、結婚してくれませんか」


「―――っ」


驚いて硬直するビアンカに、ルミエールは続ける。


「本当は、陛下の結婚式後にする予定だったんだ・・・。

 だが、予想以上に忙しすぎて・・・。

 でも、ビアンカに言い寄る男を見て、焦った。

 一番傍にいるのは俺のはずなのに、一番ビアンカを知っているのは俺のはずなのに、なんでか不安に思った。

 もし、ビアンカが俺ではなくほかの男を選んだらって・・・。

 ビアンカの隣は俺の居場所なのに、ほかの男がそこにいるようになる未来は、絶対にごめんだ」


「・・・ルミ、エール・・・」


「ビアンカ、はいと言ってくれ。

 俺だけが、ビアンカのドレスを作って、隣に居れるんだと言ってくれ」


「―――ルミエール」



ルミエールは、絶対に断られないと確信した。

だって、ビアンカの目は潤んでいて、頬は紅潮している。

それに、ずっと自分が隣に居たのだ。

他の男に目をやらせる暇もないくらいに。


ルミエールは知らぬうちに笑みを浮かべて――――


ゴン!!


「~~~~!?」


いきなり頭部に走った衝撃に、ルミエールは悶絶した。


「え!?、え!?なに!?何が起こったの!?」


頭を抱えてきょろきょろと周りを見ると、そこには痛みの元凶がいた。


「・・・ルミエール。

 大切なこと、言い忘れてない?」


「た、たいせつなこと・・・?」


まさかプロポーズして頭を叩かれるとは夢にも思わなかったルミエールは、目を白黒させながらビアンカを見上げる。

何か、大切なことを言い忘れていただろうか?

いったい何を言い忘れたのか。


全く分からないルミエールに、ビアンカは冷たい視線を向ける。

そして。


「・・・ルミエール・アランゾ」


「はい!!」


しゃがみこんだままのルミエールの前に、同じようにしてビアンカが膝をつく。


「・・・愛してるわ。

 私と結婚してくれる?」


「っ!!!!」


一番大切なこと。

なんて大切なことことを忘れてしまっていたのだろうか。

伝えた気にすっかりなっていた。


ルミエールは目を潤ませながら何度も頷いた。

首が取れてしまいそうと思うくらに。


「わ、私もっ愛してるわ、ビアンカ!!

 喜んで!!」


「―――ふふっ」


「? な、なに?」


いきなり笑いをこぼしたビアンカに、ルミエールは不安になりながらも見上げる。

くすくすと頬を赤らめながらも笑うビアンカに、ルミエールは目を奪われた。


「やっぱり、アナタに任せないであたしがやったほうが、あたしたちらしいねぇ」


「~~~んんもう!!」


「ははは!!

 だって、ルミエールってばらしくない言葉遣いっ・・・」


「やめてよ!!

 私だって緊張してたんだから!!」


夜も遅いのに、疲れ果てているのに。

なのに不思議と二人の心は軽かった。


「ビアンカだけに似合う、最高のウェディングドレスをデザインしないと」


「気が早いわよ、ルミエール。

 もうちょっと落ち着いてからにしましょ?」


「えーーー。

 でもまぁ、デザインするだけならいいでしょ?

 いっぱいいっぱい書いてビアンカも気に入るやつにしましょ」


二人は隣り合って座り、葡萄酒を手に取る。

おいしいそれは、まさしく祝い酒にふさわしい。


「陛下にもお伝えする?」


「当たり前でしょう。

 陛下のおかげでここまで有名になっているんだから」


「なら早めに行きましょ。

 明後日にでも」


「とりあえず行っていいかを聞かなきゃね。

 明日書状を送りましょ」


あの女王陛下は、どのような反応をするのだろうか。

いつものように、ふわりとほほ笑んで祝いの言葉を送ってくれるのには間違いないが。






ヴェルムンド王都に本店を構えるロッソ呉服店はその後も飛ぶ鳥を落とす勢いで有名になっていく。

そうして支店を多数構え、その名は国外にも広がる。


本店の主、ビアンカ・ロッソは夫でありデザイナーであるルミエール・ロッソとともに流行の最先端を駆け抜けた。

女王御用達ということもあって、その基盤はしっかりしたものとなり、呉服店の老舗としてヴェルムンドに在り続ける。


デザイナー、ルミエールは一度その生家から戻るように言われるも最愛の人の傍にいるとそれを突っぱねた。

しかし秘密裏にドレスを購入していたことを知り、その確執もなくなる。


本店ロッソの主人は夫を尻に敷きながらも幸せな人生を送り、その夫は最愛の妻のドレスを生涯自分以外にデザインさせなかったという。






「でね、陛下!

 もうルミエールったら面白いんですのよ!!」


「ちょ、び、ビアンカ~」


イルミナは訪れた二人を見てくすくすと笑った。

いつもと同じようでどこか距離感が変わった二人を。


「でも嬉しいんでしょう、ビアンカ」


「っ・・・。

 それは、もちろんですわ」


一瞬恥ずかしそうにするも、色気の滴る笑みで頷くビアンカにルミエールは涙をその目に溜める。

その勢いで抱き着こうするが、ビアンカはそれを制した。


「陛下の前よ、ルミエール。

 お待ち」


「~~好きよ、ビアンカ!!」


「ふふっ・・・。

 本当にお幸せそうで何よりです。

 それにしても今回の件、申し訳ありませんでした。

 まさかそこまで忙しくなるとは思ってもいなくて」


「いいんですのよ、陛下。

 忙しくないより忙しいほうがいいですわ」


「そうよ、陛下。

 もう少ししたら落ち着くから、その時はまたヨロシクね」


「こちらこそ。

 可能であれば、お二人の結婚式に参加したいものです」


イルミナは叶うかわからない未来を口にした。

だが、口にせねば叶うものも叶わない。

それに対して二人はきょとんとした。


「なに仰ってるの、陛下。

 結婚式は無理でもこちらに伺いますわ」


「そうよ陛下!

 私のビアンカへの愛が籠った渾身の力作は見てもらうわよ。

 それでそのまま美に目覚めるの」


当然のように言ってくれる二人にイルミナは笑みを深くした。

こうやって、人は繋がっていくのだ。

だからこそこの絆を大切にしなくてはならない。


「それはぜひ、見たいですね」



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