行動派王女の恋 3
これでいったん梔子のなみだを完結とさせていただきます。
宰相と令嬢の話は別でご用意しようと思います。
長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
リクエストも本当にありがとうございました。
「エルリア姫、良かったら遠乗りに行きませんか?」
「エルリア姫、料理長が新作の甘味を作ったそうです。
よかったら一緒にお茶をしませんか?」
「エルリア姫、商人が城に来るのです。
よかったらラグゼンファードの宝石を見ませんか?」
「ライアン、あなた、必死ねぇ・・・」
「・・・仕方ないでしょう、母上。
俺だって必死になりますよ」
「くすくす・・。
それくらい人を好きになれるのは、とても幸せなことね。
よかったわぁ、ね、アナタ」
「そうだな、アナ。
それにしても、そんなお前の姿を見れるとは思わなかった」
「うるさいですよ。父上」
少しだけ膨れた様子のライアンに、国王夫妻はころころと笑った。
夫妻の一粒種、ライアンは非常に出来た息子だった。
暴力や快楽に溺れることなく、王族という権力を笠に着ることなく。
ひたすら真面目に、国のことをしっかりと考える唯一の王子にして王太子。
それが、ライアン・ラグゼンファードだった。
正直、国王夫妻からすればどうしてこんなに出来たことになったのか摩訶不思議だった。
いや、もちろんそれ相応の教育はしてきたし、もう二度と血塗られた歴史を歩まないためにも道徳にも力を入れた。
だが、それらは想定以上に息子をど真面目にしていたらしい。
婚約者に関しても、国の為になる相手を、しか言わなかった息子が、初めて言った我儘。
それは我儘というにはあまりにも可愛らしいものだった。
「だがライアン、わかっているな?」
「もちろんです。
押し付けませんし、彼女の意志を尊重したうえで頑張ります」
「そう、ならいい」
「頑張りなさいねぇ、ライアン」
***************
エルリアは、自分の心が分からなかった。
あれだけハーヴェイを好きだと思っていたのにも関わらず、どこかでライアンに揺れている自分がいる。
それが、エルリアには許せなかった。
自分の想いは、そんな簡単に揺れるものではない。
そうあってはならない、だというのに。
「・・・どうして」
「姫様?」
護衛をしているアレンにもその声は届いたのか、怪訝そうな表情で声掛けられる。
「・・・アレンは、結婚をしているの?」
「今更ですか・・・?
していたら、今ここにはおりませんよ」
「そ、そうよね、ごめんなさい」
しゅんとなるエルリアに、アレンはばつが悪そうに頬をかく。
そして無礼だと知りつつもエルリアの前の椅子に腰かけた。
「姫は、何に悩んでおられるのですか?」
「・・・」
「はぁ・・・。
面倒なのでさっさと話してください。
こう見えても、俺は貴女より長く生きているので何かしらアドバイスが出来るかもしれませんよ?」
「鬼か」
「鬼でもなんでもいいですから。
ほら、早く早く」
エルリアはアレンのことを内心で罵りながらも、渋々口を開いた。
「・・・アレンは、恋をしたことがある?」
「はぁ?」
「はぁって何よ!
したことあるの、ないの!?」
「はぁあー・・・・。
ありますけど、それがなにか?」
「あ、あるの!?
相手は!?」
「・・・幼馴染ですけど」
「それは初恋なの!?」
「違いますけど。
なんですか、姫様は恋でお悩みですか?」
「うっ・・・」
「まぁ、陛下から話は聞いておりますけどね。
ラグゼン公を追いかけて国を出て、そして今はライアン殿下に言い寄られてどうしようってところですよね?
いいではないですか、ライアン殿下と婚約なされば」
「っ簡単に言わないでよ!!
ずっとずっと、好きだったのよ!?
そんな簡単に割り切れるわけないじゃない!!」
「・・・姫様。
俺の初恋、なんですけれどもね」
アレンは、珍しく茶化した様子もなく言葉を紡ぎ始めた。
「俺、ずっと近所のお姉さんが好きで、ずっとアタックをしていたんです。
それこそ、ガキの頃からずっと」
「・・・」
「一番最初はなんでしたかね・・・。
とりあえず、優しくしてもらったのです。
当時ガキの俺は、イチコロでしてね。
それから十代半ばまで、ずっとそのお姉さんにアタックしてました。
でも、お姉さんは一度も応えてくれませんでした。
若いから、今だけの想いだから、と」
「それ・・・」
アレンの言葉は、自分もハーヴェイに言われたことのあるものだった。
「ショックでしたよ。
俺は、ガキながらも本気でしたからね。
相手にされない自分も嫌いだったし、相手にしてくれないお姉さんに憤りも覚えました。
そんな中、幼馴染に告白されたんです」
「今の私と同じような状況じゃない・・・」
「そうですね。
・・・最初は、断りました。
俺は、お姉さんが好きなんだと。
これからもずっと好きでいるつもりだから、お前の想いには答えられない、と」
泣いていた、とぼそりとアレンは言った。
「それを見てたら、自分がとんでもない間違いを犯したんではないかと思ってしまいましたよ。
そんなさなか、お姉さんが結婚することになったんです」
「・・・それで?」
「ショックでしたよ。
俺の想いには応えてくれないのに、どうして、と。
お姉さんは言いました。
貴方のそれは、憧れでしょう、と。
そんなはずないと、俺は言えませんでした」
「どうして・・・?」
「俺は、お姉さんと一緒になる未来が、想像できませんでした」
「みらい・・・?」
アレンは、彼にしては珍しく、少しだけ思い出に浸るような、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべていた。
その表情に、エルリアは息をのむ。
「姫様には想像できますか?
ラグゼン公と一緒に紡ぐ未来を。
結婚し、相手を年上でも支え、時に喧嘩をし、諫め、愛することを。
子を成し、その子を二人で育てる未来を」
「―――」
エルリアは、茫然とした。
―――そんなこと、考えたことなどなかった。
ただ、愛し愛される自分だけを、想像していた。
「出来ますか?」
「・・・わ、からない・・・」
「でしょう。
年上への恋慕というのは、愛される自分がいることを前提としたことが多いですから。
引っ張っていってもらえる、任せていられる、そういった安心感を得るために年上への憧れを恋情に置き換えることがままあり得ます」
「そ、んな・・・」
「陛下とグラン様は、そういったことを乗り越えた珍しい夫婦でもあります。
そして、陛下は姫様のその想いに気づかれておられたから、ラグゼン公への婚約話をお持ちになっておられなかったのだと俺は思いますよ」
「そんな!!」
でも、エルリアは完全に否定することが出来なかった。
だって、今でもハーヴェイと一緒にいる未来を想像できない。
今までのように、まるで、おままごとのような。
「・・・お、まま、ごと・・・?」
愛される自分、包容力に溢れた人からの、絶対的な庇護。
それによって得られる安心感。
「・・・少し、お独りでお考えになられたほうが良いでしょう。
俺は外します。
何かあればすぐに声をかけてくださいね」
「・・・」
パタン、と扉が閉じられる。
「わ、たし―――」
エルリアは、独りになった部屋で考え込んでいた。
アレンに言われた瞬間、頭に血が上っていたのは確かだ。
でも、それでも反論できなかった。
きっと、アレン以外に言われたのであれば、反論していたのだろう。
しかし、彼の言葉はあまりにも真に迫っていた。
「・・・会わ、なきゃ・・・」
ハーヴェイに会わなくては、エルリアは漠然と思った。
幸いにもまだ夕食前だ。
誰かに頼めば、ハーヴェイと今日中に会えるだろう。
そうしてエルリアは、ハーヴェイに会うべく行動に移した。
「やぁ、エル。
君からわざわざ呼んでくれるとは」
「お忙しいのにごめんなさい、ハーヴェイ様。
少しお話したくて・・・」
「構わないよ」
ハーヴェイはそう言ってエルリアの向かい側に腰を下ろした。
「・・・それで、話というのは?」
「・・・ハーヴェイ様、
私、ハーヴェイ様が、好きです」
「・・・」
「ずっとずっと、幼いころから好きです」
「・・・ありがとう、エル。
とても嬉しい」
「・・・私も、とは仰ってくださいませんのね」
エルリアは、諦めたようにため息をついた。
傷つかないわけではない。
でも、思ったよりも傷が浅いのも、本当だった。
「エル、私は」
「いいえ、良いのです。
わかっています・・・。
ハーヴェイ様は、私のことを娘のようにしか、思っていらっしゃらないのでしょう・・・?」
子供扱い、それは間違っていない。
だって、ハーヴェイからすれば自分は好きな人の子供でしかないのだ。
「そうだ。
エルリア、お前は私にとって、娘のようなものだ。
かつて愛した、イルミナのな」
「っ」
分かっていた。
それでも、言葉にされるとやはり辛いものがある。
「エルリア、イルミナの娘。
お前のことは好きだ、だがそれは、親愛でしかない。
ずっと、はっきりと言わなくてすまなかった」
頭を下げらると、それが本音だということが分かってしまう。
ぐっと、込み上げてきそうにくる何かを、エルリアは必死に堪えた。
だって、良い女はこんなところで、泣いたりしないもの。
「・・・っ、
いいえ、ありがとう、ございます・・・。
ずっと、好きでいさせてくれて、しあわせ、でした」
ハーヴェイはエルリアの精一杯の笑みを見ると、少しだけ眩しそうにしてそのまま席を立った。
「今夜の食事はこちらに運ばせる。
欲しくなったらメイドに言いなさい」
「・・・ありがとう、ございます」
パタン、と二度目の音が響く。
「~~~~~っ!!」
エルリアは押し殺した声で泣いた。
好きだった、とても。
ずっと、ずっと、好きだったのだ。
それが、たとえおままごとのようなものだとしても。
エルリアにとっては、真実の初恋なのだ。
「ふぅ~~~っひっく、っく、」
泣いて泣いて泣いて。
もうこれ以上泣けないというくらいに、エルリアは泣いた。
そんな時、ノック音がエルリアの耳に届いた。
「・・・」
もちろん会いたくないので、エルリアはその訪れをなかったことにしようとした。
しかし。
「エルリア姫」
「っ!!」
聞こえてきた声は、ライアンのものだった。
「姫、そのままで結構です。
少しだけ、良いですか」
エルリアは、無言のままドアに滑るように近づいた。
そして小さくノックで返す。
そうすると、扉の向こうから安心したような空気が伝わってきた。
「先ほど、叔父上が姫の部屋に伺ったと聞きました・・・。
その、何か、ありましたか」
――コン
「っ・・・、姫は、想いを、お伝えに・・・?」
――コン
「そ、そう、ですか・・・。
おめでとう、ございます・・・」
――コンコン
「・・・違う、のですか?」
――コン
「まさか、叔父上は、貴女の想いに応えられなかった・・・?」
――コン
「っ・・・叔父上のところに行ってきます、ゆっくりとお休みになってください」
慌ただしく離れようとするその気配に、エルリアは慌てた。
「ま、まって・・・!」
「っ姫!?」
「いいのです、もう、おわったこと、ですから・・・」
言っていて、エルリアの眦からほろりと涙が零れ落ちる。
それを見て焦ったのか、ライアンが慌てて近寄ってきた。
「え、エルリア姫、だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です」
「・・・大丈夫そうには見えません。
部屋に戻りましょう」
今はその優しさが辛い。
「だ、駄目です、今は優しくしないでください・・・」
「どうして?」
「どうしても、です・・・。
申し訳ないのですが、今は放っておいていただけると・・・」
「・・・」
顔を背けて部屋に戻ろうとすると。
「っ」
いきなり包まれたその熱に、エルリアは息をのんだ。
「・・・付け込むような真似なのはわかっています。
ですが、俺も必死なのです。
・・・ゆっくりでいいです、俺との未来を、考えてはいただけませんか・・・?」
「で、ですがっ、わたしは・・・!」
「わかっています、まだ、叔父上を忘れられていないことも。
それでも、俺は貴女の傍にいたい。
貴女の力になりたい・・・出来るのであれば、貴女からの想いも欲しい・・・」
「ら、らいあん、さま・・・」
ライアンは一度強くエルリアを抱きしめると、ゆっくりと名残惜しそうにその手を緩めた。
「・・・いきなり、申し訳ありませんでした。
ですが、嘘偽りのない言葉です。
滞在中、少しでも構いませんので、俺にもチャンスをください。
・・・お疲れでしょう、ゆっくりと休んでください」
ライアンはそれだけ言うと、颯爽とその身を翻した。
「・・・あれ、な、なんで、どうして・・・」
頬の熱がなかなか下がらないエルリアだけが、その場に残された。
その数か月後、ヴェルムンド第一王女であるエルリア・ヴェルムンドの短期留学は終了し、国へと戻った。
そしてそのさらに半年後、エルリアとラグゼンファード王太子であるライアン・ラグゼンファードの婚約が成立する。
しかし結婚式までの数年、エルリアは各国を回り講和大使としてもその名を広めた。
そうして国に戻り、婚約成立から五年後、エルリアはラグゼンファードへと嫁いでいった。
仲睦まじい二人の様子は、平和の象徴としてラグゼンファードでも長く語り継がれていった。
「―――エルは、ようやく気付いたのね」
「そのようだね」
「全くもう。
初恋が年上なのは理解できるけれどね、でも他の人と会ってからの言葉でないと難しいと言ってもあの娘は聞かなかったでしょう」
「くくっ・・・。
それは君にも言えることなのかな、イルミナ」
「意地悪ね、グラン。
あの娘と私とでは、立場も状況も異なるでしょう?
私は、貴方と紡ぐ未来をずっと夢見ていたのよ?」
「そうだったな。
それに、私は年甲斐もなく君に惚れぬいたからな」
「ふふ、ここでそれを言うのね」
「もちろん。
・・・それにしても、エルリアもいい相手に出会えて本当に良かった。
あの子は少し・・・お転婆だったからな」
「少し、ね。
でも、本当によかったわ。
我が子の意思に沿わぬ婚姻なんて、結ばせたくないもの」
エルリアの両親、ヴェルムンド国女王夫妻であるイルミナとグランは、カラリと酒精の強いグラスを回しながら微笑んだ。
何度、こうして二人の夜を迎えただろうか。
そしてこれからも、迎えていけるのだろうか。
それは分からない。
でも、今の幸せはかつての辛さがあってのものだと、今なら言えるとイルミナは思う。
「―――我が子に、我が国に、幸せを」
「私の妻にも、な」
そうして二人は愛おしそうに微笑み合った。