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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
173/180

行動派王女の恋 2



留学という名の名目でラグゼンファードを訪れたエルリア・ヴェルムンドは、初めて訪れる国を輝きに満ちた瞳で見つめた。

ラグゼンファードの王宮までの道中に見える全てのものが、彼女の目には輝いて見えた。

見たことのない服装、食べ物、色、空気。

ヴェルムンドにいたのであれば、絶対に知ることのないもの。


「エル、わかっているな?」


「もちろん!

 ちゃんと国には戻るわ!

 ねっ、アレン!」


「もちろんです。

 殿下の我儘で私が急遽こちらに来ることになったのですからね。

 ちゃんと戻ってもらいますよ」


あの後、騎士団のアレンが急遽ラグゼンファードへと向かった。

もちろん、第一王女であるエルリアの護衛の為だ。

口調こそ慇懃無礼だが、彼の腕は確かなことをエルリアは知っている。


「もうっ、アレンってば意地悪!

 折角ラグゼンファードに来たのだから少しくらい楽しめばいいのに!」


「・・・楽しめないのは、殿下の考えなしの行動の所為ですがね」


アレンは、イルミナから手紙を預かってラグゼンファードに向かう一行に追いついた。

手紙はエルリア宛とハーヴェイ宛の二通。

内容は言わずもがなだ。

エルリアは今でも内容を思い出しただけで国に戻りたくないと僅かながらに思ってしまう。

それほどまでに、母は怒っていた。


「ま、まぁ、来てしまったものは仕方ないでしょう!

 あとのことは後で考えましょう!?」


エルリアは冷や汗を流しながらも窓の外へと目を向ける。

そしてすぐさま広がる景色に目を輝かせた。






************





「よくぞ参った、

 ヴェルムンドの第一王女よ。

 そなたのことは良く聞いているぞ」


「お初にお目にかかります、ラグゼンファード国王陛下、そして王妃様。

 この度は滞在をお許しいただき、誠に感謝しております」


「あぁ。

 何かあればいつでも言うと良い。

 同盟国の姫なのだからな。

 あぁ、そうだ、我が息子を紹介しておこう。

 ライアン」


そうして現れたのは、サイモン王そっくりの男性だった。


「お初にお目にかかります。

 ラグゼンファード王太子、ライアンです。

 どうぞ、ライアンとお呼びください」


目の前で手を差し出されたエルリアは、その手に自分の手を乗せる。

手の甲に落とされる唇に、すこしだけどきまぎしながらも、冷静に笑みを浮かべた。


「ご丁寧にありがとうございます、ライアン様。

 エルリア・ヴェルムンドです。

 どうぞ、エルリアとお呼びくださいませ」


「ありがとうございます、エルリア姫。

 よければ、ラグゼンファードを案内させてください。

 我が国は初めてとお聞きしたので」


「えっ」


エルリアはしまったと思った。

初めて来たラグゼンファード。

せっかくだからハーヴェイに案内してもらおうと画策していたのだ。

それに気付いたのか、ハーヴェイは苦笑を浮かべながらも助け船を出した。


「エルリア姫、一緒に来ておきながら済まないが、私も忙しい身でな。

 ライアンに案内してもらうといい」


「は、ハーヴェイ様・・・」


これはエルリアにとって想定外だった。

本当は、ハーヴェイに案内してもらって仲を深めようとしていたのに。

しかし、忙しいと聞いてしまっては、それも難しいだろう。


「・・・わかりました。

 既に無理を言っている身です。

 ライアン様、お願いできますか?」


「もちろんです」


にこりと太陽の下が似合うような笑みを浮かべるライアンに、エルリアは少しだけ落胆しながらも微笑んだ。








「ここが朝市です。

 エルリア姫はヴェルムンドの朝市などに行ったことは?」


「いいえ、ありませんの。

 とても活気づいているのね」


「民たちの生活の基盤の一つですからね。

 各地の特産はもちろん、新鮮なものが手軽に手に入りますからね」


にこにことしながら案内をしてれるライアンは、とても優しかった。

迷わないように手を引き、だからといって嫌な感じは全くしない。

そして自国でも見たことのない活気溢れた市場にエルリアの好奇心は擽られた。


「あ!

 あれは何ですの?」


「ん?

 あぁ、あれはラグゼンファードの特産である香辛料ですよ」


「え!?

 あんなすごい色をしているのに?」


「初めて見る方にはすごい色ですよね。

 でも料理にとても合うのですよ。

 後日料理に使ってもらうよう料理長に言っておきますね」


「本当ですの!

 ありがとうございます!」


エルリアはすっかりライアンに心許していた。

優しく、エスコートも出来、会話も楽しい。

年もそこまで離れていないというのもあるのだろう。

背伸びをせずに話せる異性というのは、エルリアの中で珍しかった。


「あ!

 あれは一体なんですのっ?」


「あ!

 待ってください!」


走り出そうとする自分の手を、ライアンが握る。


「っ」


自分より大きな手に、エルリアは一瞬息を止めた。


「あ、申し訳ありませんっ、

 痛くなかったですか?」


「あ、はい、大丈夫です・・・。

 私こそ、はしゃいでしまって申し訳ありません・・・」


慌てて離される手に、エルリアは顔に熱が籠るのを感じながらも謝罪を口にした。

思えばなんてはしたないことをしてしまったのだろうか。

ついつい初めて見るものばかりで我を失ってしまった。


「いいえ、私こそ申し訳ありません。

 時間はありますから、ゆっくりと見てみましょう?」


どきりと高鳴る自分の心臓に、エルリアは駄目駄目と頭を振る。

駄目、自分はハーヴェイ様に恋をしているのだ。

ずっとずっと、あの人だけを見てきたのだ。

少し優しくされたくらいで靡くような、そんな短くも軽くもない想いなのだから。


「そ、そうですね!

 時間がありますものね、案内してくださいますか?」


「もちろんです」


くすり、とライアンが笑っているのに、エルリアは気づかなかった。









「――――え?」


滞在五日後、エルリアは茫然としながらその人を見た。

大好きな、その人は、淡々と言葉を紡ぐが、エルリアは理解したくなかった。


「今、なん、て・・・?」


「うん?

 エルもいい年だ。

 それに、ライアンが君に求婚したいと言っているのだが、どうだろうか?」


「っ!!

 そ、れはっ、私の想いを、知っての言葉ですか!?」


どうして、とエルリアは震えた。

どうして、それを貴方(・・)が―――、ハーヴェイが、言うのだろうか。

しかし、ハーヴェイは苦笑を浮かべるだけで何も言ってはくれない。


「・・・エル、もうわかっているだろう?」


「っ、何をですか・・・!!」


駄々を捏ねる子供を相手にするように、ハーヴェイは優しい声音で諭すように言った。


「エルリア、私は、君の想いに応えることはできない」


「なんでっ」


「君と私は年が離れすぎている」


「そんなの、お父様とお母様だってそうですわ!」


「エルリア、君のその想いは、きっと年上に憧れるようなものだろう。

 君には君に相応しい人がいるよ」


エルリアは、言葉を失った。

どうして、どうして。

あんなにも、好きだと言ったのに。

あんなにも、思い続けてきたのに。

どうして、どうして否定されなくてはならないのだろうか。

よりにもよって―――。


「どうして!!

 どうして、私の想いを、ハーヴェイ様が否定なさるの!?

 私はずっと、ずっと、ハーヴェイ様をお好きだとお伝えしていたのに!!」


椅子がガタンと倒れる。

エルリアは、悲鳴のような声をあげながら泣いた。


「わたしはっ、ずっとハーヴェイ様のことをお好きだと、言っていたのにっ・・・、

 少しも伝わっていなかったというのですか・・・!?」


「エル、落ち着きなさい」


「いや!!

 酷いわっ、酷すぎる!!」


エルリアは逃げ出すようにその場を走り出した。

後ろからエル、と名を呼ぶ声がする。

エルリアはそれから逃げ出すように廊下を駆け抜けていった。






「―――エルリア姫」


「うぅ・・・ぐすっ・・・、だ、れ・・・?」


エルリアは一人、庭園の隅に蹲って泣いていた。


もう、誰にも会いたくなかった。

ずっと好きだと言っていたのに、ハーヴェイは欠片も信じてくれなかったのだ。

だから、あんな酷いことが言えたのだ。

なんて、酷い。


エルリアは顔を上げずに聞こえてきた声の主を問うた。

本当なら無視してしまいたい。

でも、それはエルリアの中にある微かな矜持が許さなかった。


「ライアンです。

 お隣、よろしいですか?」


「・・・」


出来れば、空気を読んで一人にしてほしかったが、相手はこの国の王子だ。

失礼なことは言えない。

エルリアは無言のまま顔を膝に埋めた。


「・・・ハンカチをどうぞ」


「・・・ぁ、りがとう、ござぃます・・・」


好意は無碍にしてはならない、そう教えられたエルリアは、少しだけ掠れた声でそれだけを言った。

それでも、この涙に塗れた顔だけは見せたくない。


「・・・話は、聞きました」


「・・・」


「姫が、叔父上のことが好きなのは、見ていてわかっていました」


「っ・・・なら、なんで・・・!」


どうして、自分に婚約の話などしたのだろうか。


「正直に言いましょう・・・。

 姫と叔父上の結婚は、現実的ではない」


「っ・・・」


そんなこと、ない。

エルリアは咄嗟に言おうとして、言葉に出来なかった。

だって、現実的であったのであれば、母はとうの昔にハーヴェイに婚約の話を持って行ったはずだった。

なのにそれをしないということは。


「それに、私は・・・いや、俺は」


「・・・?」


「俺は、そんな姫を好きになったんだ。

 一緒に市に行ったときにころころと変わる表情、見た目に反した行動力。

 そして何より、自分の想いを貫こうとするその姿勢に、俺の心は奪われた」


「っ・・・」


そんなこと、あの人は言ってくれなかった。

いつだって、自分のことを子供扱いばかり。

―――本当は、知っている。

あの人の、ハーヴェイの心の中には、母が今でも残っていることを。

自分が、母の娘だから、可愛がってくれていることなんて、知っている。

でも、諦めきれなかった。


「貴女が、叔父上のことを好きなのは知っている。

 ・・・でも、俺のことも、少しずつで構わないから、見てくれないだろうか」


「・・・でも、私は」


諦め、きれない。

だって、ずっと。


エルミナの考えが読めたのだろうか、ライアンは苦笑を浮かべていた。








「―――ラグゼンファードの男は、辛抱強いんだよ、エルリア」





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