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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
172/180

行動派王女の恋



私の初恋は、私の国、ヴェルムンドの城でのことだった。


褐色の肌に、所々白いものが混じっているダークブラウンの髪。


優しく細められたヘーゼルカラーの瞳。


異国の人のようで、その服装は自国では見かけないものだった。


『・・・あぁ、エルリア王女だね?

 なるほど、顔立ちはイルミナそっくりだな』


お母さまの名を言われたのは分かったし、知り合いなのも分かった。


でも、それ以上に愛情満ちた目が、私の心を奪っていった。





*****************





「ハーヴェイ様!

 お待ちしておりましたわ!」


「・・・エル。

 王女がそんなに走って、はしたないと怒られるぞ?」


ヴェルムンド第一王女、エルリア・ヴェルムンドは、久々に見るその姿に高揚し、走り出した。

しかし傍に寄った瞬間言われた小言に、むっと口を尖らせた。


「抱き着かないだけ大人になったと褒めてくれてもいいのに」


「大人はそのようなことは言わないよ、エル」


苦笑を浮かべるその人は、ハーヴェイ・ラグゼン。

隣国、ラグゼンファード国王、サイモン・ラグゼンファードの実弟だ。

既に四十をいっているはずだが、その見た目はとても若々しい。


「もうっ、いつまでたっても子供扱いしないでよね!」


エルリアがふくりと頬を膨らませていると。


「エル、はしたないぞ。

 ラグゼン公、大変失礼しました」


「ん?

 エドガーか。

 また大きくなったな、昔のようにハーヴィー兄さまと呼んでくれてもいんだぞ?」


「公・・・私はもうそんな子供ではありませんよ」


「ははっ・・・そうか。

 では、女王陛下のところへ案内していただけるかな、エドガー殿下」


「もちろんです、どうぞこちらへ。

 エル、お前も一緒においで」


エルリアは少しだけむくれていたが、すぐさまにこりと微笑んだ。


「ご一緒させていただきますわ、お兄様、ラグゼン公」


その取り澄ましたエルリアに、ハーヴェイは苦笑を浮かべているのを知っているのはエドガーだけだった。







「お久しぶりです、イルミナ女王陛下」


「えぇ。

 息災のようで何よりです。

 ラグゼンファードは恙なく?」


「はい。

 サイモン王も、アナスタシア妃も健勝です。

 息子のライアンも同じく」


「それはよかった。

 今回は五日間ほどの滞在でしたね。

 後日お茶でもどうでしょう?」


「もちろん、ご一緒させていただきたいです」


「・・・」


エルリアは、母である女王とハーヴェイの会話を内心でもぞもぞしながら聞いていた。

詳しくは聞いていないが、昔、ハーヴェイが母に婚約を申し込んだことを知っているからだろうと自分では思っている。

もちろん、母とハーヴェイの仲を疑ったことなどない。

父と母は鴛鴦夫婦と言われるくらい仲が良いことを知っているからだ。

だが、それとこれとはまた違った問題だとも思っている。


そうこう一人で悶々と考え込んでいると、いつの間にか正式な謁見は終わっていたらしい。

少しだけ砕けた様子の父母、そして兄とハーヴェイがいた。


「いい加減、結婚しないのか?」


「はは・・・。

 なかなか難しいものでね」


「!!」


どうやら自分が考え込んでいるうちに、ハーヴェイの結婚話になっていたことに気づいたエルリアは、くわっと目を見開いた。


「お父様!お母様!!」


「・・・エル」


「いや!!

 前もお話を聞いてくださると言っていたのに、聞いてくださらなかったわ!!」




イルミナとグランは、エルリアの断固たる意志を持った言葉に、内心でため息をつきそうになった。

内容なんて、わかり切っている。


「ハーヴェイ様のお嫁さんになりたいです!!」


「はぁーーー・・・」


それは、エルリアがハーヴェイと出会ったころから何度も聞いた言葉だった。

いつの間にか、娘は一目ぼれをし少し大人になっていたらしい。

そのことは素直に嬉しい。

相手がハーヴェイでなければ。


いや、ハーヴェイが悪いということではない。

大国の王弟だし、人となりは・・・少しは問題があっても極悪というわけではない。

しかしいかんせん、年が離れている。

自分たちのことがある手前、強くは言えないが、ハーヴェイは四十越え、そしてエルリアはまだ十代半ばだ。

本気で好きであれば、問題はない。

だが、エルリアは若い。

まだ世界を知らないのだ。

もしいつか、ハーヴェイよりも好きな人が出来たとしても、ハーヴェイと結婚している以上結ばれることはない。

それを危惧しているというのに、娘は気づいてくれない。


「エル・・・以前にも言ったでしょう。

 貴女が大人になってもそう思うのであれば反対はしないけれど、ハーヴェイは今のところ自分には勿体ないと固辞しているのよ。

 貴女はまだ若い。

 もっとたくさんのことを知ってからになさい」


「っ・・・」


エルリアは納得していないようだが押し黙った。

もちろん、本気で好きであればイルミナは反対するつもりはない。

だが、エルリアには国内外からたくさんの縁談がきている。

だというのに、エルリアはハーヴェイと結婚するのだと豪語し、誰とも会おうとはしないのだ。


「エル・・・、私のようなおじさんにはとても嬉しい話だがね・・・、君は若い。

 もっと他の人を知って欲しいんだ」


「ハーヴェイ様・・・」


ハーヴェイに宥めすかされ、エルリアの肩は落ちた。

この時、気づけば良かったのだ。

自分たちの娘が、どれほどの行動力を持っているのかということを。







**************






「へ、へいかああああああ!!!!」


「!?」


ある日、というよりもハーヴェイがヴェルムンドを離れたその日の昼、事件は起こった。

エドガーは勉強、ダレンは稽古、そしてエルリアは淑女教育をしているはずのその時間帯に、アーサーベルトの悲鳴のような言葉が響いた。


「ど、どうしたの!? アーサー!?」


「ひ、姫が!!」


「!?

 エルがどうかしたのか!?」


イルミナとグランの顔色がざあっと悪くなる。

エルリアは、良くも悪くも活発的で落ち着きのない娘だった。

木に登ってはそのまま眠って城を騒がせ(落ちたら間違えなく怪我をする高さ)、兄の剣の稽古を見て自分もやりたいと言い出し(しかも無駄に大きいものを持ち出そうとし)、かくれんぼを兄弟でしては何故か絶対に見つからない場所に隠れたり(隠密でも覚えようとしているのか、と勘繰りたくなるほどの徹底したもの)、で兄弟をパニックに陥らせたり。

見た目が妖精のように可愛らしい分、ギャップが酷かった。

だから、今回も似たようなものだろうと高をくくっていた。

しかし。


「ひ、姫様のメイドがっ、こ、これを!!」


そう言ってアーサーベルトが差し出したのは一枚の紙だった。


―――お母様、お父様、エド兄さま、ダレンへ

 もっとたくさんの人と出会って世界を広げよ、とのことでしたのでハーヴェイ様について行ってラグゼンファードを見に行ってきます。

 すぐ戻ると思いますので、心配しないでください。

 ちなみに、連れ戻そうとされたら逃げます。

 エルリア


「~~~~~!!」


そう意味ではない、とイルミナの叫びが城に響き渡った。






*************





「・・・は?」


「あら、見つかってしまいましたわ。

 着くまでバレないと思ったのですけど」


同じくして、ハーヴェイは固まっていた。

護衛のアルマが、何か不審なものが荷に紛れているかもしれないと報告を受け、警戒態勢で開いた荷には、想像もしていないモノ・・・人が乗っていた。


「え、エル・・・?」


「はい!

 皆に見分を広めよと言われたので、ラグゼンファードに一緒に行きますわ」


「いやいやいやいや!?」


「・・・第一王女殿下、それは、女王陛下に許可を・・・」


「貰っているわ、多分」


「たぶん!?」


冷静沈着なアルマが素っ頓狂な声をあげる。


「お手紙を書いてきましたの。

 今頃お読みになっていると思いますわ」


「きっ、君は何を!?」


あまりの出来事に、ハーヴェイは言葉を詰まらせながらもエルリアを叱ろうと口を開こうとする。

しかし、年頃の女の子は口がもっと早かった。


「だって、ハーヴェイ様と結婚をしたいと言っても誰も信じてくださらないんですもの。

 であれば、同盟国に行って見分を広めて、それでも結婚したいと言えばお父様もお母様も納得してくださると思うのよね」


「い、今からすぐに戻るぞ!?」


「いやよ。

 そんないけずなことをなさらないで?

 これも私の成長のための一環としてくださいませ」


「エルリア!

 君はこれがどれほど危険なことか理解しているのか!?」


「もちろん。

 でも王弟で在られるハーヴェイ様がいらっしゃるのですもの。

 警護も万全でしょう?

 それに私たちの国は同盟国、留学とでも言えばいいですわ。

 でも、ここで私を城に戻そうとされるのであれば、私はここから逃げ出しますわよ?

 そうなれば、とてもとても大変なことになりますわよね?」


普通であれば、貴族の娘が逃げ出すと言ったとしても不可能だと笑い飛ばすところだった。

しかし、ハーヴェイも、アルマもエルリアの逸話は聞いていた。

彼女であれば、やりのけてしまう可能性があるだろうと。

にこりと笑うその姿は、まさしく何も出来そうにない王女だ。

だが、見た目と中身を一緒にしてはいけない典型的なタイプだと知っている二人は、深いため息をついた。


「・・・一度、女王陛下に確認を取る。

 いいね?」


それは、実質許可を下したようなものだった。

エルリアはその言葉ににこりと微笑む。


「もちろん! 構いませんわ!」


ハーヴェイとアルマは、気力が一気に削がれたような気がした。



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