未来への道
リクエストです。
大変お待たせして申し訳ありません…!
「リア、リアはパパとずっと一緒にいると言ったじゃないか!!」
「いやよ。
パパにはママがいるじゃない」
「リアはパパが好きじゃないのか・・・!?」
「好きよ。
でもハリーがいるから私はお嫁に行かないとじゃない」
「っ!!
な、ナタリア!!
リアが、リアが・・・!」
「あらあら。
あなた、アリアももう十歳よ?
旦那様になる人を考えちゃうお年頃なの」
「だ、だが、なんで、なんでエドガー殿下なんだ・・・!」
「陛下が打診してきてくださっただけでしょう?
実際に決めるのは二人だとも仰られていたじゃない。
それでリアはエドガー殿下と婚約してもいいと思ったのよね?」
「うん!
エドは優しいし、かっこいいし」
「っ・・・!
わ、私は認めない、認めんぞーー!!」
「あなた!」
「パパ!」
「・・・はぁ、お父さまの言うことなんて気にしなくていいのよ、リア。
私たちは貴女の幸せを願っているのだから。
でも家のことを考えてのものであれば、止めておきなさいね」
「ママ・・・。
大丈夫、私、エドのこと好きなんだもん」
「・・・あの人が聞いたら号泣しそうな一言ね。
とりあえず、時間をかけてもいいからゆっくり決めなさい。
ずっと一緒にいる人だからね」
「ありがとう、ママ!」
************
「ってことが昔にあったの」
「あはは・・・。
だろうと思ったよ。
侯爵はリアのこと溺愛しているからね」
「もう、私ももう十五だっていうのに、パパってば私をお嫁にやりたくないって駄々を捏ねているのよ。
いい加減子離れしてほしいわ」
「リア、侯爵はリアのことを心配しているんだよ。
私の妻になるということは、王妃になって一緒に国を支えてもらわないとならないからね。
とても大変だから、リアにそんな苦労をさせたくないんだと思うよ」
そこは、王宮の庭のある一角であった。
暖かな日差しの中、少年と少女はお菓子を摘まみながら会話を楽しんでいる。
茶色の髪に、緑の瞳をした少年はヴェルムンド国第一王子であるエドガー。
そしてその真向かいに座る少女はアリバル侯爵家長女のアリアだ。
「それに、僕がリアより年下なのもあるかな・・・」
エドガーは眉尻を下げながらいった。
アリアは、エドガーの四つ上なのだ。
「そんなの関係ないわ!
私がエドのこと好きだって言っているのに、パパは未だに耳を塞ごうとするのよ?
もう、大人げないんだから」
エドガーとアリアの婚姻の打診は、アリアが十歳のときに既にされていた。
しかし未だに成立していないのは、アリバル侯爵が首を縦に振らないからだ。
「ハロルドが家を継ぐから、どうしたって私はお嫁に行かないとならないのに、パパってば・・・」
「リア、娘と息子とでは違うんだよ、きっと」
エドガーはぷりぷりと怒るアリアを、年下にも拘らず宥めていた。
エドガーは十一というわりには落ち着いていて、よく年上に間違えられることが多い。
しかしその落ち着きようから、次期王太子に推されているのも確かであった。
「そういうものなの?
エドのお父様もそう仰られていた?」
「うん。
まぁ、エルはお転婆だからね・・・。
父上はエルに付き合える人がいるのかと悩んでいたよ」
「えぇ・・・。
それ私のパパと違う悩みではなくて?」
アリアが顔を顰めながらそういうと、エドガーも苦笑を浮かべた。
確かに、父であるグランは、エルリアの自由奔放さに男が付いていけないのではないか、つまり結婚できないのではないかと心配している。
「エドは心配してないの?」
「うん。
エルはちゃんと見極められるからね」
そう、エドガーはエルリアの心配を一切していない。
三人兄妹の唯一の女の子。
でも、その女の子は圧倒的に強い心を持っている。
だからこそきっといつか自分で見つけてくるだろうと思っているのだ。
「あら、こんなところでお茶をしていたの」
「母上!」
「陛下!」
そんな二人のもとに、女王であるイルミナがゆったりと近づいてきた。
紫紺の瞳は穏やかに細められ、子を三人も産んだとは思えないほどのすらりとした体型を、今なお保っている。
それはもちろん、女王の騎士であるアーサーベルトが鍛えているからだとエドガーは知っているが。
「母上、今日はもうお仕事は終わりなのですか?」
エドガーは忙しくてあまり会えない母にそう聞いた。
幼いころは寂しさを覚えていたが、妹、そして弟が生まれてからは寂しさよりもしっかりしなければと思い始めた。
だからといって、会えない寂しさが消えたわけではない。
「まだなのよ・・・少しだけ息抜きにね。
リア、いつもみんなが面倒をかけているわね。
お父様は元気?」
「いいえ!
私こそいつもお世話になっておりますわ、陛下。
父は、相変わらずです・・・」
オブラートに包んだ言い方をするも、イルミナはアリバルの溺愛を知っているのか苦笑を浮かべている。
「侯爵もそろそろ貴女をお嫁に出す覚悟をしてほしいわ。
私は貴女がエドのお嫁さんになってくれたらとても嬉しいもの」
「そんな、恐れ多い・・・」
恐縮した様子でイルミナへ尊敬の眼差しを送るアリアに、エドガーは少しだけ面白くなさそうに唇を尖らせた。
そんな様子のエドガーを見たのか、イルミナがくすりと笑う。
「陛下?」
「ふふ・・・。
いいえ、何でもないわ。
そろそろ行かなくては・・・。
エド、リア、ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます、陛下」
「母上もあまり根を詰めすぎないで」
「ありがとう。
アーサー、戻るわ」
「はっ!」
姿を見せずに護衛していたアーサーベルトがすぐさまイルミナの傍へと侍る。
年を経てその髪には白いものが目立つようになったが、それでもその腕は未だ確かなものだ。
そうしてエドガーとアリアのお茶会に現れたヴェルムンド女王は姿を消した。
「・・・やっぱり陛下は素敵ね」
「・・・うん」
黒い髪を棚引かせ、常に微笑みを浮かべるその人は、今となっては国に必要不可欠な存在となっている。
そんな母を持つエドガーは、その大きな存在に潰されることなくひたすらに母の背を追っている。
きっと、父や弟妹たち、そして母自身がエドガーの頑張りを認めてくれているおかげだろうと思う。
そうして感慨深くしていると、どこからともなく悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「「?」」
その声はどんどん近づき、何を叫んでいるのか理解したとき、二人は苦笑をこぼした。
「アリアーーー!
リアーーー!どこにいる!?」
「・・・はぁ。
パパ、私はここよ!」
それは、リチャード・アリバルの魂の叫びであった。
「リア!
こんなところにいたのか!
・・・殿下、いつも私の可愛いアリアがお世話になっております」
「パパ!」
アリバルの大人げない姿に、エドガーは苦笑いを漏らすほかない。
「いいえ、侯爵。
私のほうこそ、アリア嬢と楽しく話をさせていただいております」
「っ!」
大人の対応をするエドガーに、アリバルはぐっと顔を顰める。
しかしすぐさまにこりと微笑んだ。
「殿下もお忙しいことでしょう。
リア、そろそろ屋敷に帰ろう」
そういってアリアの傍へと近寄る。
しかしアリアはそんな父を冷たい眼差しで見つめていた。
「・・・お父様」
「!?」
「折角エドガー殿下と楽しく話をさせていただいているのに、なんてことを仰るの。
それに陛下からもゆっくりしていっていいって許可をいただいているのよ?」
「あ、アリア・・・、
ぱ、パパはそんな気持ちで言ったんじゃ・・・」
「それにいつになったら婚約を許可してくださるの?
陛下はお優しいから何も仰られないけど、本当なら不敬なのでしょう?」
アリアの冷たい言葉に、アリバルがしどろもどろになる。
彼をこんな風にできるのは妻か娘だけだろう。
「だ、誰がそんなことを・・・」
「みんなよ。
お父様、いい加減にして。
私はエドだから結婚したいの。
子供みたいに駄々を捏ねないで!」
「!!」
その言葉にショックを受けたのか、アリバルは完全に固まってしまった。
さすがにその姿に同情し、エドガーはアリアを落ち着かせるべく口を開こうとした。
そんな時、更に別の場所から声が聞こえた。
「あなた」
「!!」
「ママ!」
そこにはリチャード・アリバルの妻であるナタリア・アリバルが悠然と立っていた。
微笑んでいるが、目が笑っていないことにアリバルとエドガーは気づいた。
「・・・あなた、いい加減にしてくださいと、あれほど、あれほど言ったのに、まだ聞いてくださらないの?」
「っ・・・そ、その、だな」
「私は二人の婚姻に賛成だと、何度もお伝えしたと思いますが・・・?
陛下はお優しいから何も仰られませんが、いい加減になさらないと困ったことになるのはアリアなのよ?
第一、あなたのお眼鏡に適う男性なんてこの世にいて?
そうしたらアリアはずっと独り身になってしまうってこと、わかってらっしゃるの?」
「私がいるだろう!!」
アリバルのその言葉に、夫人のこめかみに青筋が立ったのがエドガーにはわかった。
「・・・そう、では私は不要、ということですわね」
「・・・え?」
「だって、あなたは私よりアリアとずっと一緒にいるのでしょう?
私、私だけを見てくれない人と一緒にいるなんて、できませんわ」
「ま、待ってくれ、ナタリア・・・」
「知りません。
ハロルドは連れていきますから。
私だってずっと我慢してきたのです。
もういい加減うんざりよ」
「ナ、ナタリーーーー!!」
颯爽と立ち去る夫人の後を必死に追う侯爵の後ろ姿は、二人の子供の目には何とも情けなく映った。
「あ、アリア、そのことについては今夜話す!
殿下、リアを頼みます!!」
振り返りざまに言うアリバルに、アリアはふん、と鼻を鳴らし、エドガーは苦笑とともに手を振った。
「侯爵家では、夫人が一番お強いのだね」
「そうかもしれないわ。
パパもハリーもママの言うことなら聞くし」
「あんなに焦っている侯爵、初めて見たよ」
「家ではよくなってるわ」
二人は顔を寄せ合いながらくすくすと笑った。
そうしてきゅ、と小指を絡ませた。
まだ婚約者ではない二人には、これが精いっぱいだが、それでも心がふわりと温かくなる触れ合い。
リチャードの前では絶対に行えないものだ。
「今日こそ、パパを説得してみせるわ」
「無理はしないで」
「大丈夫、ママが味方なら強いわ」
勝利を確信したアリアの笑みに、エドガーは心の中でリチャードに微かにだが同情した。
愛する妻と娘に挟まれることを考えると、きっと侯爵は発狂しそうになっていそうだ、とも。
「ねぇエド」
「なに、リア?」
今はまだ、アリアのほうが少しだけ目線が上だ。
しかしそう遠くない未来、絶対に追い抜くと心に決めていることを、アリアは気づいているだろうか。
「ーーーーー」
こそり、と耳元で囁かれたその言葉に、エドガーは笑みを深める。
そしてその一か月後、ヴェルムンド第一王子であるエドガー・ヴェルムンドとアリア・アリバルの婚約が成立した。
「楽しみにしてて、リア」
「?
エド、何か言った?」
「ううん、なんでも」
『――――素敵なプロポーズ、よろしくね、エド』
「・・・殿下、絶対に、絶対にアリアを泣かせないと、誓ってください・・・!!」
「パパ・・・。
それ難しくない?」
「しーっ!
殿下、如何ですか!?
誓ってくださいますか!?」
「侯爵・・・、
それは誓えません」
「!?
ち、誓えない、ですと!?
それで、この私からアリアを奪おうと!?」
「あなた、少し落ち着いて」
「ナタリ―!?」
「侯爵、私は確約できないことを約束したりはできません。
きっとこれから共に歩む人生で一切の喧嘩なくなんてできるわけないと思っています」
「っ・・・」
「そうですよ、あなた。
私とあなただって何度喧嘩したか、お忘れになられたの?」
「ぐぅっ」
「アリバル侯爵。
私は、アリアを絶対に泣かせないと約束はできないけれど、悲しませないということは誓えます」
「エド・・・」
「どんな時でも、共に乗り越えられるように。
侯爵家のように、我が王家のように・・・。
そんな関係を、私はアリアと築きたいと思っています」
「・・・」
「ふふ・・・。
エドも大きなことを言うようになったわね」
「母上・・・」
「侯爵。
エドガーもこう言っているわ」
「~~~エドガー!!殿下!!
私の、わたしのっ・・・、
わたしの、りあ、を・・・しあわせにっ・・・」
「あらあら」
ぼろぼろと泣き出したリチャードを、イルミナ、ナタリアたち大人の女たちは微笑まし気に見る。
グランは、いずれ自分もあのように泣くのだろうかと未来を思いつつ見る。
そして子供たちは。
「ありがとう、パパ!!」
「ありがとうござます、侯爵!!」
未来は明るいのだと、そう信じさせてくれるような光景だった。