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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
169/180

分かたれる女




何を、間違えたのかしら―――。


どうして、こんなことになってしまったのかしら。


先王妃は、茫然とした気持ちでそれを考えた。


ハルバートでは珠玉と謳われ、一番美しく在った。


誰もが自分の美しさを褒め、慕っていたというのに。


唯一、それを認めなかったのは母くらいだった。


美しさなど、永遠ではない。


その心で、人を魅了しなさい、と。


先王妃からすれば、それは僻みでしかなかった。


母は、ハルバートによくある黒髪で。


自分は、そんな中では異質な色とすら言えたのかもしれない。


それでも、先王妃は確かに国一番の美姫だったのだ。


淑女たれとばかり言う母。


今どきの女でも、学は必要だと、言った母。


それは、間違っていなかったのだと、この年で知るとは、夢にも思わなかった。


美しい自分が、美しい夫に見初められるのも、当然だと思っていたあの頃。


母のようにいつも怖い存在ではなく、生まれてくる子には精一杯の愛情を与えようと夢見ていたあの頃。


しかし、生まれた第一子の色は、先王妃にとっては悪夢でしかなかった。


それでも、愛そうとしたことはあった。


第二子である、リリアナが生まれるまでは。


金髪碧眼で、自分と愛する人と同じ色を持つ我が子は、目に入れても痛くないほどの愛おしく思えた。


そうしたら、不思議と第一子であるイルミナが、自分が生んだ娘に思えなくなってきた。


母と、同じ色をし、似た、女。


きっと、あの子は私たちの幸せを壊すのだろうと、漠然と思ってしまった。


そうして、遠ざけた分、リリアナを愛した。


大切に、していたはずなのに。







「―――」


「・・・あな、た・・・」


愛する人に名を呼ばれ、茫然としながらも振り返る。

その傍には、リリアナの夫であるウィリアムもいた。

その目は赤く、憔悴しているように見える。


「・・・大丈夫か」


どうして、そんなことを聞くのだろうか。

大丈夫なはずが、ないのに。

どうして、そんなにも普通にいられるのだろうか。


「大丈夫なはず、ないでしょう・・・!!

 あの子が、あの子が・・・!!」


その先を言うのは、未だに憚られる。

認めたくない。

でも。


「リリアナは、いない。

 あの子は、自分で選んだんだ」


「!!

 そ、そんなはずないわ!!

 だって、あの子はここで私たちと暮らせるのを喜んでいたのよ!?

 きっと、きっとあの娘が・・・!!」


憎悪が噴出しそうになる。

そうだ、あの娘。

あの娘が、出しゃばってからというもの、何もかもが可笑しくなってしまった。

確かに、自分は王妃としての仕事をこなせていなかった。

それは認めよう。

でも、家族に対して、あまりではないか。

こんな、何もないところに閉じ込めるなんて。


「イルミナは関係ない。

 わかっているだろう?

 あの子は、既に王都で押しも押されぬ立派な女王となっている。

 今更我々に手を出さん」


「そんなはずないわ!!

 だって、あの子はリリアナのことを嫌っていたのよ!!」


そうだ、あの娘は、リリアナを嫌っていた。

いや、嫉妬していたはずだ。

自分にない美しさと愛らしさを持つリリアナに。


「先王妃様・・・、それは、あり得ません」


「ウィリアム!?

 あなた、自分が何を言っているのか理解しているの!?」


耳障りな高い声は、いったい誰の声だろうか。

キン、と耳に障るその声が、自分のものだとは到底思えなかった。


「先王妃様、私とリリアナは、女王陛下のことを通して知り合ったのです。

 リリアナは、陛下を慕っていました」


「そんなはずないわ!!

 だって、あの子は、綺麗で愛らしいリリアナに嫉妬していたはずよ!!

 あなた、あなたからも何か言ってくださいまし!」


「・・・お前も、見えていないのか」


「・・・え?」


愛する人の落胆の色を滲ませたその声音に、先王妃はぽかんとした。

いつだって、自分の味方でいてくれたその人を見れば、深い失望をその相貌に滲ませている。


「あ、なた・・・?」


「愛する我が妻よ。

 何度でも言おう。

 イルミナは、リリアナの美しさを認めていた。

 だが、リリアナだけが愛されることを、悲しんでいたのだと、何度言えば理解できる?

 あの子は、お前が腹を痛めて産んだ子だろう。

 私も、間違えた。

 だが、お前も間違えていたのだと、なぜ理解しようとしない?

 だから、リリアナは死を選んだのだと―――」


「やめて!!!!」







******************









「お母さま」


部屋に、愛すると同時にどうやって接していいかわからないリリアナがやってきた。

以前までは、一緒にここで暮らせることを喜べたのに、今ではそう簡単には思えない。

何故なら、彼女はここを捨てて王都に戻ろうとした娘なのだから。

それでも、可愛い娘の問いにはつい答えてしまった。


「リリアナ、どうかしたの?」


「私、間違っていたの?」


「・・・いいえ、そんなことはないわ。

 でも、ここにいたら、私たちとずっと一緒にいられるのよ。

 女王になんてなったら、とても大変なのよ?

 どうして、王都になんて戻ろうとしたの。

 ここには、お母さまもお父さまもいるというのに。

 それにね、王になられたお父さまは、毎日疲れていたの、だから、ここでゆっくりと休まれるのよ」


「・・・でも、メイドたちは捕まって、お姉さまの旦那様は、私が悪いと言っていたわ」


「そんなはずないわ。

 私の可愛いリリアナ」


「どうして?」


「だって、貴女は私と陛下との子ですもの。

 そんな貴女が悪いという向こうが、悪いのよ。

 でも、少しだけ時期が悪かっただけよ」


「でも、お母さま。

 お姉さまは、とても頑張られて、苦労をされたと言っていたわ」


「・・・きっと嘘よ。

 それだって、あの子が勝手に選んだことよ。

 それをそのように吹聴するなんて、良くない子ね」


それは、先王妃にとって真実でしかなかった。

イルミナは、もう一人の娘であるはずの彼女は、自分でその道をかってに選んだのだ。

少しは話を聞いていたが、そのどれもが王族の娘とは思えぬほどの野蛮なものばかり。

そんなものを選んだ、あの娘が悪いのだ。


「・・・おかぁさま、

 おかあさまは、お姉さまが、お嫌いなの・・・?」


「・・・いいえ、

 嫌ってなど(・・・・・)いないわ」


そう、嫌ってなどいない。

ただ、憎たらしく思うのだ。

少しくらい悲しめば、弱弱しく在れば、可愛がれたものを。

しかし自分の母に似たのか、彼女は強かであった。

愛してとすら言わないあの娘を、愛せるはずもない。


「そう、よね・・・。

 お母さまが、私たちを嫌うはずなんて、ないわよね」


ちくり、と。

心のどこかが痛んだような気がした。


「・・・ねぇ、お母さま」


「なぁに、可愛いリリアナ」


「私も、赤ちゃんが、欲しいわ」


「―――」


「ウィルとの、赤ちゃんが欲しいの・・・。

 お姉さまは、御子がお腹にいるのでしょう?

 私も、欲しいわ」


「り、リリアナ・・・」


「私もね、お母さま。

 お母さまやお父さまのようになりたいの。

 大好きな人との子を、授かって・・・、幸せになりたいの」


「リリアナ、ここには私もお父さまも、ウィリアムもいるのよ?

 それで十分ではないの?」


先王妃は、震えそうになる声を必死に抑えながらも諭すように言った。

リリアナの気持ちはわからないでもない。

だが、それ(・・)だけは、駄目なのだ。


「でも、私も赤ちゃんが欲しいわ・・・。

 お母さま、お姉さまにお願いして?

 私じゃ駄目だったけれど、お母さまのお話なら、お姉さまも聞いてくれるでしょう?」


「・・・」


愛おしい娘の言葉に、先王妃は沈黙せざるを得なかった。

だって、どうしたって、無理なのだから。


「り、リリアナ・・・それは・・・」


「お母さま?」


「―――っ」


同じ女として、愛する人との子が欲しいという気持ちは、痛いほど理解できた。

でも、それを許されない立場に、彼女たちはいた。

ウィリアムに、子を成す能力は、既にない。

それは既に、リリアナの望みを叶えられないということを示唆していた。


「・・・ウィリアムには、子を成すことが出来ないのよ、リリアナ」


「!!

 どうして!?

 どうして、お母さまもお父さまと同じことを仰るの!?

 私は、ウィルとの赤ちゃんが欲しいだけなのに!!」


「リリアナ・・・」


その時、先王妃は初めてリリアナが何も―――そう、本当に何も理解していないことを知った。


「お姉さまの御子は、そろそろ産まれるのでしょう!?

 なら、私だって、授かってもいいでしょう!?

 どうして、そんな意地悪を言うの!?

 私は、王都へは行かないわ!!

 だったら、いいでしょう!?」


そういう問題ではないのだと、先王妃は言いそうになって、それを何とか押しとどめた。

そういう、問題ではないのだ。


「リリアナ、お父さまやお母さまがいるのよ?

 子がおらずとも、幸せでしょう?」


「いや!!」


リリアナはそう叫ぶと、そのまま部屋を出ていった。


「リリアナ!!」


先王妃の声は、届かない。


どうして、こんなことになってしまったのだろう。

自分たちは、そこまで酷いことをしたのだろうか。

ただ、愛する人との子が、欲しいだけなのに。

この世で一番、幸せな人生を送って欲しいと思いたいのに。

だって、愛する人との、愛する子なのだから。


「―――?」


その瞬間、生まれてくる子のことを、少しだけ考えた。

望まれて生まれたはずの、子。

愛されるはずの、子。


―――その子が、愛されなかったとしたら。


ぶわり、と肌が粟立つのが先王妃にはわかった。


愛し合う両親の傍にいながら、愛されない子供。

望まれたはずなのに、望まれない子供。

それなのに、次に生まれた子が愛されたとしたら。


―――そうだとしたら、自分が、したことは―――


先王妃は頭を振った。

考えてはいけない。

そう、それ(・・)は、考えてはいけないのだ。








その数週間後に、イルミナが第一子であるエドガーを出産した。

そして、いくらか大きくなったその幼子の絵姿を見たリリアナは、その数日後に、自らの命を絶った。










*******************








「・・・わたし、が、間違っていたの・・・?」


茫然と、先王妃は呟くように零す。


自分が、母の言うことをちゃんと理解できていれば。

母の面影だけで、娘を嫌わなければ。

そうすれば、こんな未来は、避けられたのだろうか。


嗚咽が、先王妃の喉を突いた。


「―――!!

 リリアナ!!リリアナ!!

 どうして、どうしてぇぇぇええ!!」


自分が、しっかりと教えていれば、こんな未来は来なかったのだろうか。

自分が、もっとしっかりしていたら、こんな悲しいことは起こらなかったのだろうか。

自分が、自分が、じぶんが―――!!!!


ぼたぼたと零れる涙が、酷く煩わしい。


こんなにも、愛しているのに。

どうして、どうして自分たちだけでは駄目だったのか。

どうして、なぜ。


―――本当は、理解していた。


愛する人との子を望めない。

鳥籠のような世界で、真綿に包まれるように生きていくしかない絶望を、リリアナは言葉に出来ずとも理解していたのだと。

新しい風の入ってこない世界は、時と共に腐り、そして終わっていくのだということを。


先王妃は、自分の犯した罪を、ようやく理解した。

子は、未来を築く存在だ。

そうでなくとも、愛した人との子を、その性格もろくに理解せずに蔑ろにしていいはずがなかった。

間違えていれば叱り、良いことをすれば褒めなければならなかった。

それを、先王妃は自身のトラウマから、避けた。

例え、似ていたとしても、同じ存在ではないというのに。


あの娘を、イルミナを憎むのは、お門違いだということは、痛いほどに理解していた。

いや、実際にそうなのだから。

あの娘ほど、ひたむきに自分たちを慕った存在はいないだろう。

でも、それを振り払ったのは間違いなく自分なのだ。


「あの子を!!

 あの子を、愛していれば、何か変わったというの・・・!!」


自分で言っておきながら、変わっただろうと冷静な自分が返す。

イルミナを、ちゃんと個人として。

否、自分の娘として愛していれば、こんな未来は起こらなかっただろうと、本当は気づいている。


でも、出来なかった。


出来なかった自分は、親として失格なのだろうか。

きっと、誰もが頷くだろうその問いに、先王妃は噎び泣くほかなかった。


確かに、自分は幸せだった。

母の言うことを聞かず、愛する人と結ばれたのだから。

そして、子を授かったのだから。


でも、今は世界で一番不幸だと嘆くしかできない。


幸せだったはずの自分。

それは、過去のものだ。

そして、過去の自分が現在を招いた。






そうして、エルムストはただひたすらに沈黙を保つ。

時の流れとともに朽ち果てるのを待つと言わんばかりに。





そんなエルムストに、十数年後、一人の少年と青年の間の年頃の男が現れる。






リクエストです。

お気に召していただければ嬉しいです。


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