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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
168/180

アーサーのある一日




「・・・ん、朝か・・・」


アーサーベルトの一日は、早い。

夜が明けるのと同じくらいに始まる。


アーサーベルトの居住は、城の一角にある。

団長としていたころは城の直ぐ傍にある騎士団専用宿舎にいたが、団長を辞すのと同時に城へと住まいを移した。

もちろん、一部の貴族からの反感はあった。

貴族でもない、平民を住まわせることに対して、異議を申し立てたのだ。

しかし、アーサーベルトは国一番の騎士、そしてイルミナへ騎士の誓いを行った唯一の者だった。

イルミナ自身、アーサーベルトが同じ城の中にいるだけで安心できるといったのも大きかったのだろう。

さらにそれだけ異議を申し立てるのであれば、アーサーベルトを超える騎士を連れてこいの一言で、アーサーベルトの次の住まいは決まったのだ。


顔を洗い、そしてそのまま走り込み、そして素振りを二時間ほど行う。

それは、アーサーベルトが騎士団に入ってからの習慣だった。


「アーサーベルト様!」


「ん・・・?

 ハザか、早いな」


「アーサーベルト様のほうが十分に早いですよ。

 良ければご一緒しても?」


「構わないぞ。

 気を遣わなくていいならな」


アーサーベルトの一言に、ハザは苦笑いを零す。

どうしてか、アーサーベルトは年を重ねてもその体力に衰えを見せることはなかった。

仲の良いヴェルナーには、脳筋だからだと言われているようだが、騎士団に所属するものであれば誰もが羨ましく思っていることを、アーサーベルトは知らない。


「行くぞ、ついて来れなかったら置いていくぞ」


「は!!」









「はぁっ・・・はぁっ・・・」


「なんだ、ハザ。

 もうへたばっているのか?」


「な、に、をっ・・・お、っしゃ・・・て」


アーサーベルトは肩まで使って全力呼吸するハザを見ながら、呆れたようにした。

しかし当のハザからすれば、人外の所業だと思っている。

走り込み―――ハザは全速力でなければ付いていけなかった―――素振りをし―――どれだけの重りをつけていたのか、知りたくない―――それでいて平然としているアーサーベルトが可笑しいと言わんばかりの視線をハザから贈られた。


「お前ももっと鍛えなければならんな」


アーサーベルトはそう嘯く。

しかしハザからすれば、彼に届くなんてそれこそ夢物語に等しかった。


「はぁ、っはーー・・・、

 アーサーベルト様、貴方の、基準で、鍛えられたら、誰もが、へばります・・・」


何とか息を整えながら言うが、未だにその額には汗が滴っているハザを見て、アーサーベルトはふぅむと悩んだ。


「そろそろ騎士団へ顔を出そうと陛下に願い出るつもりだったところだ。

 ハザ、キリクに伝えておいてくれ」


「アーサーベルト様が!?

 ・・・わ、わかりました・・・新しく入ったものもおりますので、どうぞお手柔らかに・・・」


「何を言っているんだ、ハザ。

 いつだって無理はさせていないだろう」


アーサーベルトの言葉に、ハザはひくりと頬を引き攣らせた。

あれで、無理をさせていない・・・?

少なくとも、訓練に参加したものが二日は使えなくなる、あの訓練が・・・?

しかし、ハザの心の声など聞こえないアーサーベルトは、汗を拭いながらハザを見た。


「・・・わかりました。

 団長には伝えておきます」


「頼んだぞ」


アーサーベルトはそう言って、颯爽と城へと足を進め始めた。

もうそろそろ陛下や殿下たちが起きる時間帯だ。

その前にはこの汗を一度流さなくては。


そんなアーサーベルトの後姿を、ハザは緊張に満ちた面持ちで見送った。


「・・・早く団長に伝えないと・・・。

 人選を間違えれば大変なことになる・・・!」


間違えれば、城が一時の間脆弱となる。

それを本当のことにしないためにも、ハザは悲鳴を上げそうになる体に鞭打ってキリクの元へと走り出した。









「おはようございます、陛下、ロンチェスター様」


「おはよう、アーサー。

 相変わらず早いのね」


「あぁ、おはよう」


朝食の場、その場にアーサーベルトはイルミナたちを待って待機していた。

もちろん、ここに来るまでに朝食は済ませてある。

そして王家の朝の団欒を見守るのがアーサーベルトにとって習慣なのだ。


「アーサー、おはよう」


「おはようございます」


「おはよー」


イルミナたちに続くように、三人の子供たちも挨拶をしながら入ってくる。

そしてその愛らしさに、アーサーベルトは強面を緩ませた。


十二歳となったエドガー殿下は、王太子となるべく日々勉強を頑張っている。

十歳となったエルリア殿下は、日に日にその美しさを開花させているが、それ以上にお転婆なところが愛らしい。

七歳になったばかりのダレン殿下は、幼いころの女王陛下を彷彿させ、懐かしさを感じさせる。


「三人とも、今日は謁見で忙しくなるから、アーサーと共にいてね」


「はい!母上!」


「やったわ!

 アーサー!今日こそき・・・」


「き?」


エルリアは顔をぱっと華やがせ、アーサーベルトを振り返るが、慌てて踏みとどまった。


「・・・アーサー」


「そ、その・・・」


アーサーベルトにはエルリアの言葉の続きに心当たりがあった。

そして、それは淑女としてはしたないことだとわかっている。


「・・・エル、木登りはほどほどになさい。

 それで貴女が怪我をしたらアーサーが怒られるのよ」


「!!」


気づかれているとは露にも思っていなかったエルリアの顔が、驚愕に染まる。

そんなエルリアを、エドガーはばれていないとでも思ったのかといわんばかりに見た。


「エル、あまり母上を困らせるな」


「っ・・・に、兄さまでしょ!?」


「違うよ、僕じゃない」


「うそ!」


そうして喧騒に包まれる室内は、グランがパン、と手を叩いたことによって一瞬で鎮まる。


「三人とも、父さまと母さまに心配をあまりさせないでくれ。

 怪我なんてしたら私たちが倒れてしまうよ」


「「・・・ごめんなさい」」


何がなんだがわかっていないダレンですらも、ぺこりと頭を下げた。


アーサーベルトは、この光景を見るのが好きだった。

幼いイルミナが求めた、居場所がここにはあると思えるから。

あの、幼く、涙を零したあの子が、報われる光景だと思えるから。


「失礼します」


そんな時、部屋のドアが叩かれた。


「ヴェルナー・クライスです。

 入室してもよろしいでしょうか」


「入って」


イルミナが許可すると、開かれた扉の先には年を取ってなお、その氷の美貌を輝かせる男がいた。


「今日は早いのね、ヴェルナー。

 お家は大丈夫なの?」


「問題ありません。

 事前に許可をもらっています」


「・・・それだけ聞くと、尻に敷かれているな、ヴェルナー」


「しりにしかれてって、なにー?」


純粋無垢なダレンが質問してくるが、ヴェルナーはアーサーベルトをきっと睨むと、ダレンに向かって言った。


「殿下、殿下がもう少し大きくなられてから知られることです。

 ですが、今は少しだけ早すぎますね」


「えーー」


少しだけ頬を膨らませたダレンだが、彼のいいところは切替が早いことだろうとアーサーベルトは思う。


「・・・アーサー、あとで、話が、ありますから、ね?」


「!」


そして、自分がヴェルナーの尾を踏んづけたことも、知った。









****************








「では、今日は庭で遊びましょうか」


「やったー!」


「本持って行ってもいい?」


「もちろんです、エドガー殿下」


「ぼくは、きしごっこしたい!」


庭、と聞いて跳ねるように喜ぶエルリアと、年に見合わず落ち着いた趣味を見せるエドガー。

そして目を輝かせながらちゃんばらをしたいという三人に、アーサーベルトは相好を崩した。


「お茶の用意も頼んでありますから、あとでお茶をしましょう。

 ですから、私からあまり離れたところには行かないでくださいね」


「はーい!」


今日は三人とも休みの日だった。

いつもであれば家庭教師たちがそれぞれを教えているのだが、週に二日、休みがあるのだ。

イルミナもそれに合わせて休みを取るようにできるだけ調整しているが、どうしても外せないときがある。

そんな時に、アーサーベルトやヴェルナーたち城のものが、三人の面倒を見るのだ。


「アーサー!アーサー!みてみて!!」


「アーサー!はやくー!」


「はい、お待ちくださいね!」


強面のアーサーベルトが唯一モテるのが、この瞬間だ。

幼いころからの付き合いのため、子供たちはアーサーベルトを怖がらない。

だからこそ、御守役を任せられている部分もあるのだ。


「アーサー、僕はあそこの木陰で本を読んでいるよ」


「かしこまりました。

 何かあればお声をかけてくださいね」


「うん、ありがとう」


アーサーベルトは、エドガーが座り込むのを確認すると、ほかの二人のところへと足を進める。


「?」


そして、二人揃ってしゃがみ込んで何をしているのかと覗き込めば。


「あ、アーサー!みて、うねうね!」


「うねうね・・・あぁ、ミミズですね」


「うねー!」


エルリアはその手にミミズを握っていた。

見た目に反して豪胆な性格をしている彼女は、時折こうして生き物を捕まえることがあるのだ。

そして、それを見たメイドが悲鳴を上げるまでが一連の流れになりつつある。


「さぁ殿下、放してあげましょう。

 ミミズはとてもいい土をつくってくれる働き者なのですから」


「いいつち?」


「えぇ。

 ミミズがいる土地は、作物がよく育つのです」


「なんで?」


「それは―――」


そうしてアーサーベルトによる講習が、突発的に行われたが、変に木を登ろうとするよりずっとましだとアーサーベルトは思った。










「今日も面倒をかけたわね、アーサー」


「いえ・・・」


子供たちが寝た後、アーサーベルトはイルミナに呼ばれていた。

結局、忙しくて会えなかった子供たちのことを聞くためだろうことを、アーサーベルトは知っている。

そして全てを聞いた結果、送られた言葉がそれだ。


正直に言って、大変だ。

かつて自分が稽古をしたイルミナとは違って、彼らは自由にいる。

それを悪いとはもちろん思わない。

むしろ、そうやって自由に生きられるような(状況)を作ったイルミナに対しての尊敬は深まる。


アーサーベルトはイルミナの産んだ三人の子を愛している。

自分が、剣を捧げた人の子として。

だが、その強面から子供に嫌われていた身としては、正直に言って戸惑いしかないのだ。


「・・・アーサー、もし貴方が辛いと思うようであれば、断っても構わないのよ」


「そんなこと!!」


イルミナの言葉に、アーサーベルトは即座に否定する。

辛い?

そんなわけがない。

自分は、自分なりにあの子たちを愛しているのだから。

だが、イルミナがどうしてそのようなことを言ったのかを考えて、まとまらないままにそれを発した。


「辛い・・・というわけではありません。

 それは、断じて違います。

 ただ・・・私は子供や女性から怖がられていた人間なので、あのように、されると、どうしても戸惑ってしまうのです・・・」


そう、あのようにてらいのない好意は、イルミナを除いて初めてだったのだ。

いつだって、アーサーベルトはその強面から怖がられてきた。

だからこそ、自分からあまり近寄らずにいたのだ。

だが、あの三人は違う。

自分を見れば嬉々として近寄ってくるのだ。


「アーサー、私は、貴方だからこそあの子たちを任せられるのよ。

 確かに貴方の見た目は一部の人から怖がられることもあるかもしれません。

 でも、貴方のその性根は優しく、とても真面目だわ。

 あの子たちはそれを見抜いているのよ」


「っ・・・!」


イルミナの浮かべたその笑みは、優しく、そんな笑みを浮かべられるようになったことに、アーサーベルトは心の底から喜びが湧き上がるのが分かった。


「そう、だと、誠に、嬉しいですな・・・」


切れ切れになる言葉と共に、目頭が熱くなる。

あぁいけない。

年を取ってから涙もろくなってしまっている。


そんなアーサーベルトに、イルミナは美しく微笑んだ。

まるで、仕方ないとでも言うように。


「アーサー。

 貴方は、私にとって一番の騎士よ。

 真摯で、真面目で、優しくて。

 みんな、そんな貴方を知っているわ」


「・・・嬉しいお言葉です!!」


アーサーベルトはぐっと涙を飲み込んだ。

自分の敬愛する方に、そこまで言ってもらえるなんて。


「おかぁさまぁ・・・」


「あら、ダレン、起きたの?」


不意に、寝室に繋がる扉からダレンが目をこすりながら入ってきた。

その姿は、イルミナに酷く似ていることもあって、愛おしさが生まれる。


「あーさぁ!

 ねぇねぇ、いっしょにねよ!

 ねるまでおはなしして!」


「で、殿下、それは」


「今日だけと約束できるならいいわよ、ダレン」


「陛下!!」


「ほんと!!

 やったー!

 兄さまと姉さまもよんでいい!?」


「二人が良いと言ったなら」


「やったー!!」


寝起きとは思えないテンションのまま、ダレンは一目散に寝室へと戻っていった。


「へ、陛下、それは・・・!」


戸惑うアーサーベルトに、イルミナは微笑みを浮かべた。


「幼いころだもの。

 少しくらい、お願いを聞いてあげないとね」


「うっ・・・!」


その言葉はずるい、と思った。

そんなことを言われたら、断れないではないか。


「~~~はぁ、わかりましたが、ロンチェスター様の許可を戴いてからになさってください」


「大丈夫よ。

 グランも許可するわ」


悪戯っ子のように肩を竦める主人に、アーサーベルトは深くため息をついた。







アーサーベルトの一日は、一度だって同じ日はない。

そして毎日が宝石のように輝いている、そうアーサーベルトは思いながら、三人の子供たちとともに眠りについた。




リクエストありがとうございました!

お気に召していただければ幸いです。


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