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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
167/180

ダレンの旅 下



「殿下、少しは落ち着かれましたか?」


「ごめん、キリク。

 みっともないところを見られたな・・・」


その後、ダレンとキリクはメイドによって部屋を案内された。

質素ながらも綺麗に整えられたその部屋は、常に人の手が入っていることがわかる。


「いいえ。

 正直、陛下が我々の動向を読んですでに許可をされているとは気づきませんでした・・・」


自分たちの行き先やらを報告はしていたが、エルムストのことだけは言えなかったキリクはため息をつきながらもそう零した。


「母上だからな。

 俺の行動だって読まれているんだろう」


母であるイルミナは、女王であるにも関わらず産んだ子供たちを乳母に任せきりにすることはなかった。

どんなに忙しく、時間がなくとも眠るときは必ず傍にいようとしてくれる人だった。

失敗しても怒られることはなかったが、駄目な時はしっかりと駄目だという自分の母。

きっと、今回の旅の目的を知っていたとしか思えなかった。


「それで、どう思われましたか?」


「・・・嫌なことを聞くな、キリク」


「言ったでしょう。

 必ず傷つきます、と」


キリクの言葉に、ダレンは疲れた笑みを浮かべた。

誰だって、自分の大切な人が愛されていなかったと言われて、傷つかない人はいないだろう。

ましてや、それが自分の血縁者だとすればなおさらだ。

だから、誰も言わなかったのだろうとダレンは思う。


「・・・でも、ずっと知りたかったことだから」


どうして自分たちには、祖父母が健在しているのに会えないのか。

どうして誰も、そのことを気にしないのか。

先代といっても王族、なのにどうしてエルムストという土地に引きこもっているのか。


「キリク・・・もういいだろう?

 お前が知っていることを、話してくれ」


ダレンは覚悟を決め、キリクにそう切り出した。

先ほどの先王の言い方。

きっと、先王とキリクは面識があったのだろう。


「・・・私の知る限り、でしかありませんが」


「構わない」


「・・・はぁ・・・。

 私の知る陛下は、幼いころは第二王女であらせられたリリアナ様の陰に隠れる、存在感の薄い暗い姫だと言われておりました」


「母上が・・・?」


キリクは頷き、そのまま話を続ける。


「陛下は、当時から華美なものを好まれませんでした。

 ですから、舞踏会などでも少しだけ顔を出してすぐに退席していたのです。

 表にもあまり顔を出さない陛下は、城のものからは何をしているかよくわからなかったのでしょう・・・。

 そして同様に、母上であられた先王妃はリリアナ様ばかりを可愛がり、そして先王も同じようにリリアナ様ばかりを可愛がられていたのです。

 段々と陛下のお傍からは人が消え、そして陛下は孤独な幼少期を過ごされたと聞いております。

 アーサーベルトと陛下が稽古をされるようになったのも、陛下が御一人だったから出来たことだと、アーサーに聞きました。

 当時から、女王になることを決めていた陛下は、アーサーに稽古をつけてもらい、ヴェルナーに政治や国のことを学んだそうです」


ダレンは、自分の母のことを聞き、少なくない衝撃を受けていた。

いつだって淡く微笑む母からは想像もできない。


「陛下は、貴族として力を持つライゼルト辺境伯に目を付けました。

 彼の息子が自分の婚姻相手となれば、ライゼルトの後ろ盾が得られ、女王になる一手になると。しかし、その子息にリリアナ様が恋に落ち、同様に子息もリリアナ様を慕ってしまったのです。

 ・・・酷かったのは、この先でした。

 当時、宰相位にいたウォーカーという男に、陛下を嫁がせようと先王たちはしたのです。

 ウォーカーは先王たちよりも年嵩のもので、その婚姻自体本来ならあり得ないものでした。

 ですが、ウォーカーは陛下を誘拐、監禁し、我が物にしようとしたのです」


「っ!!」


「結果として、陛下は救われ、それを機に先王たちを隠居することに決められたのだと思います。

 薬物に手を出していた一部の貴族を更迭し、ご自身の父君を療養という名でエルムストに幽閉することにされたのですから」


「・・・それは、誰もが知っていることなのか・・・?」


「―――城に長く勤めているものであれば」


ダレンはあまりの衝撃に、言葉を失わざるを得なかった。

母が、そんな人生を歩んでいたことなんて、微塵も感じさせなかった。


「・・・陛下とリリアナ様は、仲が悪かったわけではないと聞いております。

 ですが、ウィリアムとの婚姻を許可されたリリアナ様の立場は微妙なものとなりました。

 結果として、リリアナ様はこの地で自害されたと聞いております」


「ご病気ではなかったのか!?」


静かに頷くキリクに、ダレンはそれが本当のことなのだと知る。


「私が知っているのはこれくらいです。

 アーサーベルトから聞いたのがほとんどですが」


「なんて・・・なんてことだ・・・」


ダレンは呻くように言葉を零し、自分の顔を両手で隠した。

好奇心で知るべきものではない。

いや、覚悟をしていたつもりだった。

その覚悟が、足りなかった。


「だからこそ、陛下は女王として賢君で在らせられようとしているのだと、我々は思っているのです」


ダレンは、今すぐに母に会いたかった。

何を言っていいのか分からない。

それでも、会いたかった。


そんな時。


「―――どなたでしょうか」


ドアがノックされ、キリクが誰何する。

この屋敷で、ダレンたちを訪れる人間なんて知れているが。


「・・・ウィリアムです。

 差し支えなければ、少しお話をさせていただきたく・・・」


キリクはちらりとダレンを見た。

それに答えて、ダレンは一度だけ首肯する。


「・・・かしこまりました。

 どうぞお入りください」









「・・・初めまして、ですね。

 ダレン殿下。

 私はウィリアム・ライゼルトと申すものです」


ウィリアムは、自分よりだいぶ年下の異母弟を見て淡く微笑んだ。

その顔を見た異母弟は、少しだけ驚いたように目を見開いていたが。


「・・・ダレン・ヴェルムンドです。

 お初にお目にかかります」


固いその言葉に、ウィリアムは仕方のないことだと心の中で言う。

いくら異母兄弟だと言っても、彼らは自分のことを許せるはずもないだろうから。

ウィリアムは、リリアナを失って以来、領地の為に精力を尽くしていた。

たとえこの先誰かを好きになったとしても、ウィリアムには子を遺すことはできない。

それならば、少しでも国の為に―――女王の為に―――尽くすべきだろうと思ってのことだった。


「・・・少しだけ、失礼してもよろしいだろうか・・・、

 時間はあまりとらせない」


「・・・構いませんよ」


ウィリアムはダレンを見て、その色が、表情が、イルミナに似ていることを知って泣きそうになった。

いや、少なくともイルミナよりはもっと分かりやすい。

感情が豊かなのだろう。

そしてそれを考えて、イルミナのあの感情の読めなさがどれだけ異常なことだったのかを知る。


「・・・女王陛下と、ロンチェスター様は、息災で在られますか?」


「元気ですよ。

 二人は息子の私から見ても仲睦まじい様子です」


「そう、ですか」


そのことに安堵し、そして少しだけ感じる寂しさのまま微笑めば、ダレンが顔を険しくした。


「―――どうして!!

 どうして!!母上を裏切ったんですか!!」


「っ・・・」


ウィリアムにとって、その一言は未だに痛いものだった。

裏切ったつもりは、なかった。

でも、結果としてそうなったのは確かだ。


「確かに・・・人を好きになる感情は自分でも支配できないと母上は言っていた・・・、でも、でも!!」


「殿下・・・そこまでに」


「キリク!!」


「・・・済まない・・・」


ウィリアムはそれしか言えなかった。

リリアナのことを愛したことに、後悔はない、はずだ。

例え、自分を愛していると言っておきながら先立たれたとしても。

彼女の生きる意味に、自分が入っていないのだと思い知らされても。


謝罪しかできないウィリアムに、ダレンは一瞬泣きそうになりながらも、顔を俯けて何かに耐えるように深い呼吸をした。


「・・・結果として、母上が貴方と一緒にならなくてよかったと、思います」


「・・・私も、そう思う」


「ウィリアム殿、そこまでに・・・」


「本当にな!!」


ウィリアムは、目の前の青年をまじまじと見た。

キラキラと光る、紫紺の瞳。

それは、いつぞやの彼女(・・)を思い出させる。


「お前なんか!!

 お前なんか・・・!!

 異母兄(あにうえ)なんて呼んでやらないからな!!」


「・・・はい」


それは、怒りに満ちたものだけではなかったと感じたのは、ウィリアムだけではあるまい。














「・・・よかったのか、会わなくて」


「・・・どのような顔して、会えるというのでしょうか。

 私は、母としてしてはならないことをしました。

 その私が、どのような顔して、あの子の子に会えると・・・」


翌日、宣言通りにダレンとキリクは屋敷を発った。

一度も振り返られることのないそれは、ダレンが自分たちに対して拒絶をしている証なのだろう。

だからこそ、先王妃は彼に会うことをしなかった。


「・・・あの子が、子を育てるほどに、大きくなっていたのね」


「あぁ・・・」


「遠目から見ても、あの子によく似ているわ」


先王妃は、水気を含ませた声音で囁くように言った。

一度だって、振り向いてやることのなかった我が子。

愛した娘は、自ら命を絶つほどに深く絶望してしまった。

それはつまり、自分たちは彼女の生きる意味にすらならなかったということ。

そしてもう一人も。


「―――ぃ、ルミナ・・・」


ほろり、と先王妃の瞳から雫が零れ落ちる。

抱きしめることのしなかった娘、そして、二度と抱きしめることの叶わない孫。

それは、かつての自分の犯した過ち故のもの。

それでも、零れ落ちる雫を止めることはできなかった。


産んだときは、自分たちの愛する子だと、確かにそう思っていたのに。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。


―――いや、本当は理解している。

全ては、自分の咎だ。

あんなにも小さく、柔らかな手を振り払った、自分の。






崩れ落ちる妻を、先王は支えながら、小さくなる二つの影を見えなくなるまで見つめていた。





珍道中・・・ではありませんが、ダレンが若さゆえに気にしていたことを成す話です。

すみません・・・!!

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