ダレンの旅 中
「・・・え?」
ダレンとキリクの二人は、驚きの声を上げた。
あの後二人は、問題なく旅路を進め、エルムストにある屋敷へとたどり着いたのだ。
そして屋敷を警護している兵に声をかけた途端、お待ちしておりましたと声をかけられたのだ。
「第二王子で在らせられるダレン・ヴェルムンド殿下でございましょう?
それにお供のキリク・マルベール様。
どうぞ、お入りください。
おまちしておりました」
ダレンとキリクの両名は顔を見合わせながらも足を進める他なかった。
「―――よく、きたな」
「・・・あなたが?」
ダレンとキリクが通された部屋は、驚くことに先王の私室であった。
待たされることなく通されたそれに、キリクが警戒したのをダレンは気づいた。
ダレンは先王のことを絵姿でしか見たことがない。
だからキリクはキリクなりに気を付けてくれているのだろう。
「マルベール・・・、そなたも大分昇進していたようだな」
しかしその言葉に、キリクの緊張が一瞬だけ和らいだのがダレンには分かった。
そして目の前の人が、母の父・・・つまり自分の祖父だ。
先王はダレンとキリクに椅子をすすめ、その真向かいに腰を下ろした。
キリクは空気を読んでか、椅子には座らずダレンの背後に立っている。
そんなキリクを見て、先王は苦笑を浮かべたが咎めるつもりはないらしく、そのまま青色の瞳にダレンの姿を映した。
「・・・そなたが・・・」
「・・・お初に、お目にかかります」
ダレンのその他人行儀な挨拶に、先王は少しだけ悲し気な笑みを浮かべた。
「どうして、来るのを知っていたか不思議そうだな・・・。
イルミナが、連絡をくれたんだ」
「母上が!?」
想定外の人物の登場に、ダレンは驚きからつい声を上げてしまう。
「も、申し訳ありません・・・」
「構わない。
あれから個人的な手紙をもらったのは初めてだったな・・・。
きっと、息子のダレンがこちらに来るだろうから、面倒をかけるとな。
正直に言って、私も驚いた」
それはそうだろう。
母である女王は、エルムストの地だけは何が何でも話題に上らせなかった。
家族が住まう地だとは思わせないほどに、それは徹底されていた。
「・・・それにしても、よく、似ている」
「・・・母上に、でしょうか」
ダレンの言葉に、先王は微かに頷いた。
そして懐かしむように、目を細める。
「そなたたちのことは、絵姿では見ていたのだがな。
王女はリリアナにそっくりだった。
・・・エルリア、といったな。
愛されているのか?」
ダレンは、その言葉にかっとなった。
「どういう意味ですか。
母上が、俺たちを愛していないとでも言いたいのですか」
「殿下」
声を荒げ、口調すら変わったダレンをキリクが止めようとする。
だが、それを先王は目で制した。
「すまない、そういう意味で言ったわけでは・・・、
いや、変わらないかもしれないな・・・。
ダレン、そなたは、なぜここに来た?」
「・・・母上と、貴方たちの関係を、知りたくて」
「アレの父、と言っても納得はしないのだろうな。
キリク、話すが、良いな?」
「女王陛下がそれをお許しになられているのであれば・・・」
「知っておるよ。
だからこそ、手紙を寄こしたのだからな・・・。
さて・・・何から話せばよいのやら・・・」
そうして先王、自分からすれば祖父の口から聞かされたそれは、ダレンの心を酷く傷つけることとなった。
「ダレンよ、そなたにはわからぬのかもしれないのだが、私たちはイルミナという娘を愛すことが出来なかった。
そなたと同じ色の髪と瞳・・・、それは私たち夫婦にとっては忌避したい色だったのだ」
「・・・」
「あの子が、幼いころから努力をし、愛されようとしていたのは知っている。
それでも、次に生まれたリリアナのほうが愛おしくて仕方なかった」
「母上の、妹・・・」
「そうだ。
私たちと同じ色をしたリリアナの存在は私たち夫婦を繋ぐもの。
しかし、イルミナの色は、私たち夫婦にとって言葉に出来ぬ不安を煽るものだった」
先王は、椅子に深く腰掛け頭上を仰いだ。
「・・・私は、妻を愛していた。
いや、今でも愛している。
その妻が、イルミナの存在を不安に思い、遠ざけるのはそう遅いものではなかった。
私も、妻の心の安寧を考え、同じように手を伸ばしたあの子を振り払ったのだ」
「・・・最低、です」
ダレンの掠れた声に、先王は目じりを下げながら笑った。
「あぁ・・・。
最低な、行為だとも。
イルミナが認めてもらう為にアーサーベルトに稽古をつけてもらっていても、毒耐性をつけるために生死の淵を彷徨った時も、私は一切関与しようとしなかった。
そしてアレの努力を全て無駄にしようともした。
女王になるためにと努力したものを、全て私たちの我儘でなかったことにしようとしたのだ」
「・・・どういう・・・?」
先王は、深い悔恨を滲ませた表情で、ダレンを見た。
「私たちは、リリアナを手元に置きたいがために、グラン・ライゼルトの子息と婚姻を成り立たせ女王となろうとしたイルミナを押しのけ、リリアナを女王としようとした」
「・・・え?」
ダレンは、一瞬先王が何を言ったのか理解できなかった。
父であるグランが、一度結婚したことは知っている。
しかし、母は父とではなくその息子と婚姻を成り立たせようとしていた?
わけがわからず目を点とさせるダレンに、先王は続けた。
「ここに、かの子息はいる。
ウィリアム・ライゼルト。
リリアナの夫であり、グランの息子。
一時は、イルミナの婚約者にと名が挙がったものだ」
「ちょ・・・ちょっと待ってください・・・、
なんで、どうしてそんなことに・・・?」
「イルミナは、女王になるためにウィリアムと婚姻関係を交わそうとした。しかし、リリアナがウィリアムに恋をした。
だから私たちは、リリアナの望みを叶えようとし、私たちの望みも叶えようとした。
イルミナのことなど一切考えずに」
ダレンは絶句した。
女王として名高い母上。
自分たちを愛し、父上ともおしどり夫婦と言われ、理想的な家族を築く王族と言われるその母は。
「―――だから、エル姉上が、愛されているのかと、問われたのですか・・・」
母は、自分の両親に愛されていなかった。
愛されるために頑張ってきたこと全てを、否定されながら生きていた。
それは、なんて・・・。
「っ!!
最低だ!!
お前たちと、母上を一緒にするな!!」
「殿下!!」
ガチャン、とカップがテーブルから落ちて割れる。
キリクが慌ててダレンを抑えようと肩に手を置いた。
「母上は!!
兄上も、姉上も、俺もちゃんと愛してくださっている!!
なんで、なんでそんな!!」
ダレンは、家族を愛している。
優しく強い母、時に厳しくも、暖かさのある父。
尊敬できる兄に、見た目に反した行動力のある姉。
だからこそ、先王の言っていることが分からなかったし、理解したくもなかった。
そして何より、自分の母を苦しめていた、それだけが許せなかった。
アーサーベルトやヴェルナーの言うことが、今なら良く理解できる。
何故、エルムストが禁句なのか。
先王たちのことは、城では一切話題に上がらないのか。
激高したダレンを、先王は苦しそうに見た。
どうして、お前が、そんな表情をする。
ダレンはそう言ってやりたかったが、ぐっと堪えて椅子に腰を下ろした。
「・・・すまない。
そういうつもりで言ったわけではなかった・・・。
だが、傷つけたのには変わらないな・・・。
謝罪しよう」
「っ・・・。
俺にっ・・・、なんでも、ありません・・・」
自分に謝罪するよりも、母に謝罪してほしかった。
でも、母はきっと望んでいないのだろう。
言葉を飲み込んだダレンに、先王は目じりを下げながら席を立つ。
「重い話ばかりで済まなかった。
好きなだけ滞在してくれて構わない、何かあれば、誰かに声をかけてもらって構わん」
「・・・いえ、明日には出ます」
ダレンの低い言葉に、先王は寂し気に微笑んだ。
「そうか・・・。
ウィリアムもじきに戻るだろう」
「・・・ありがとうございます」
そうだ、とダレンは思った。
ウィリアム・ライゼルト。
父の、息子ということは異母兄弟。
会ってみたいという気持ちはないわけではない。
「部屋は案内させよう。
人をやるから少しここで待っていなさい」
「・・・」
考え込んだダレンは先王の言葉に返さなかったが、その代わりにキリクが会釈を一つした。